第7話 戒音、語る(金の隊side)
禁忌監理機関・五行隊
その中でも切り離しを司る 金の隊 の拠点。
広々とした作戦室には、戒音を中心に数名の隊員が集まっていた。報告のため、机にはいくつかの資料が広げられている。
部屋の空気は静かだが、誰もが緊張を隠しきれない。
それも当然だろう。
貴族の若者十名が夜会の最中に倒れるという異常事態。
さらに、そのうち 九名は未だ昏睡状態。
目覚めたのは 柊 澪奈公爵令嬢ただひとり。
そして本人から話を聞いた清水 戒音 が調査結果を報告する……
* * *
「……なるほど、柊嬢だけが三日で目を覚ました、か」
冷静に報告を聞いていたのは 金の隊の隊長 刹真。
彼は腕を組みながら、静かに考えを巡らせていた。
「何か違いがあるとすれば、それが重要な鍵になりそうだな。」
「……戒音、お前の目から見て、何か異常はなかったのか?」
そう問いかけたのは副長 黎久。
淡々とした口調ながら、彼の鋭い眼差しは 報告の細かい綻びを見逃さない。
「ええ、瘴気は視えませんでした」
「容体にも異常なし。ただし、澪奈様は 夜会で倒れたときの記憶がほとんど曖昧になっている とのこと」
「記憶が曖昧……か」
「ええ、ただし、音の記憶だけは残っていたようです」
戒音は、資料の一枚を指で弾く。
そこには 澪奈の証言が記されていた。
『何かが割れる音がした。その後、突然周囲が倒れ始めた』
「割れる音?」
刹真が眉を寄せる。
「グラスか何かが落ちたのか?」
「それが……調査の結果、夜会の会場で割れたグラスは一つも確認されていません」
「……。」
「さらに言えば、夜会場には厚い絨毯が敷かれていたため、もしグラスが落ちたとしても 澪奈様の位置からは聞こえないはず です」
「……なら、彼女は何の音を聞いた?」
黎久が静かにそう問いかけた。
――部屋の温度が、少しだけ下がった気がする。
「…………。」
誰もがその違和感に気づいていた。
だが、それを言葉にするには、あまりにも情報が少なすぎる。
「今はまだ、判断材料が足りませんね」
戒音がそう結論づけると、刹真は無言で頷いた。
「……いずれにせよ、慎重に調査を進めるべき案件だ」
「ですね」
──そう、ここまでは真面目だった。
ここまでは。
「…………。では、戒音次の──」
刹真と黎久が 次の話を進めようとした、その時だった。
「……はぁぁあぁぁぁぁああああ!!!!」
突然、戒音が 机に突っ伏した。
「……は?」
黎久が思わず目を瞬く。
「ちょっと聞いて下さいよ!!!!まさに人形姫!!!ほっんっつっとうに美しくて、そのうえっ はぁ、ぁぁ、可愛かったぁあ……… っ!」
「……また始まった。戒音の美しいもの発作」
黎久が軽く呆れた顔になった。
「……お前、報告と同じテンションで喋れないのか?」
刹真が冷静にとりなす。
「だってぇぇ!!あの寝起き姿ですら!!! もう!!! 美!!! し!!! す!!! ぎ!!て!!!!」
「(無視)報告の続きは?」
「……え? あ、すみません。取り乱しました。
……ふぅ、失礼しました」
次の瞬間、戒音の笑みがすっと引き締まり、指先が資料を滑らせる。
「さて、報告に戻りますが、こちらが次の調査対象――」
だがその口元は、まだ微かに名残惜しそうだった。
そして調査対象についていくつかの情報が共有される。
そのまま戒音の報告が終わったと誰もが思った――
その、瞬間
「いや、でもほんとに!!あんな美しい方がこの世に存在していいんですか?!」
「本人の前で冷静に取り繕うの大変だったんですから!」
「私いままで!あんなに目を奪われたこと……ほんっとうに、なかったんです……!」
「あの、美しい髪の毛!!あの光沢!まるで月光をまとったかのような青の輝き!!ふわっと揺れるたびに美が乱反射するんですよ!!(?)」
「……。(言い足りなかったんだな)」
「瞳だって、あの湖のような深く透き通った蒼!
それが、ちょっと不安そうに瞬くんですよ!?
わかります!? あの尊さが!!(?)」
「……。(遠い目)」
「そして極めつけは……ぷるっとした唇ですよ!!!
喋るたびのあの可憐な動きが!!イイッ!! その余韻だけで紅茶三杯はいける!!!!(?)」
「……。(しくったな。今回は止めるのが早すぎたか)」
「白魚のような指先、控えめな仕草……
まさに貴族の最高傑作!!! 完璧なる人形姫!!!!(?)」
「……。(別の作業を始める)」
「はぁぁぁぁああああ……」
「…………。」
「美しすぎたぁぁぁぁあ……(尊死)」
──誰も、言葉を発さなかった。
……いや、むしろ 言葉を発するのを諦めた。
「……。」
「……。」
黎久はゆっくり視線を刹真へむける。
刹真もさらにゆっくり視線を黎久へ。
二人の思考はぴったり一致した。
「……仕事するか」
「ですね」
「えっ、ちょ、冷たくないです!? ねぇ、聞いてました!?今の美のプレゼン!!」
「はいはい。聞いてた聞いてた。
で、他に何か異常はあったのか?」
「ないです!!!!」
「お前な……」
刹真は呆れたように眉間を押さえ、ため息をついた。
「……で、報告は以上か?」
「ちょ、まっ、せっかくの美を流さないでくださいー!!!」
「お前の美の話は聞いた。他に、夜会での追加情報は?」
「だからないですってば……」
「――まぁ、美しさの裏にほんの少しだけ不穏な何かが混ざっていた気も、しないでもないですけど。……ま、気のせいかもしれませんけどね?」
戒音は首をかしげて笑う。
けれどその瞳だけは、一瞬だけ、笑っていなかった。
冗談とも、本音ともとれないその一言は、室内に小さな沈黙を落とした。
「……仕事しろ」
「はぁい」