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第6話 視線

「失礼いたします」


凛とした声が響いた。

ひとりの女性が部屋に入ってくる。

背筋を伸ばし、洗練された軍服を纏う彼女の胸には、五行隊の紋章が輝いている。


――禁忌監理機関 五行隊・金の隊。


「はじめまして、五行隊・金の隊 副長補佐官を務めております。清水 戒音かいねと申します」


貴族らしい礼儀作法に則った、優雅な所作。

彼女はまるで、王宮の社交界に紛れ込んでも違和感のないほど洗練されていた。


けれど、その微笑の奥に、どこか冷たい刃のようなものが垣間見えた。



「澪奈様、まずは目を覚まされて本当に良かったです。体調はいかがですか?」


その口調は、妙に柔らかかった。

紅い唇が微笑を描き、静かな瞳が澪奈を映す。


「問題ありませんわ」


そう答えると戒音は澪奈の指先をじっと見つめながら、ゆっくりと目を細め優雅に口元に手を当てポソリと呟く。

「……うん。瘴気も視えない。ふふ……奇跡のようね。」


「……?」


「いえ。失礼いたしました。それは何よりです。

影響も出ていなさそうですね。実は先程、夜会での状況についてご家族の皆様にお話を聞かせていただいておりました」


戒音がそう言うと、父と兄が頷く。


「それで、ご無理はなさらなくても大丈夫なのですが……もし、澪奈様が夜会のことで少しでも思い出せることがあれば、お聞かせ願いたいのです」


声は穏やかだった。

けれど、その瞳はどこか鋭く澪奈を見つめていた。


(……私が、話すべきこと……?)


夜会の喧騒。

軽やかな旋律。

舞踏の輪。

周囲の人たちの声。


――そして、視線。


(あの時、私は――)


口を開こうとした瞬間、脳の奥にノイズが走った。


(……何……?)


言葉が、出ない。


「澪奈様?」


戒音と家族の視線を感じる。


何かを話さなければならない。

だが、言葉にしようとすると、喉の奥で何かが引っかかる。


(おかしい……なぜ……)



「……いえ」


絞り出した声は、驚くほど掠れていた。


「……特に、何も。あの日は、何かが割れる音がして、その後突然周りで倒れた人がいたこと、その後に自分も意識を失ったことは覚えているのですが、それだけで。……あの音は誰かがグラスでも落としたのかしら。……これぐらいのことしか覚えておらず、申し訳ありません」


戒音は、じっとこちらを見つめたまま、微かに口角を上げた。


「……そう、ですか。謝ることは何もございませんよ。では、続いてあの日の夜会での過ごし方や食べたものについて教えていただけますか?」


「はい、あの日は――」


何度か質問と回答を繰り返し、覚えている範囲のことを伝える。

戒音の口調は変わらない。

だが、最初の一瞬。答えられなかったあとのその間が、どこか不穏なものに感じられた。


(……言えなかった。)


言わなかったのではない。


言えなかったのだ。



「――では、もし他に何か思い出されたら、いつでも、ご報告くださいませ」


戒音がふと家族にも視線を向けながら話し出す。


「……ああ、ただの可能性の話ではあるのですが。本日は突然だったのと、私はあくまで影響が出ないか観ることができるだけ、ですので。本格的な診察と経過観察で、後日木の隊からお声がかかるかもしれません。その際はまた改めてご連絡させていただきますね」


その言葉に私も家族も頷く。


「では、本日はこれにて失礼いたします。ありがとうございました」


戒音はそう告げ、静かに一礼する。


その姿をベッドの足元から――

しろの金色の瞳が、じっと見ていた。


彼女が部屋を後にした瞬間、張り詰めていた空気が一気に緩む。


「……澪奈」


兄の声には、確かな心配が滲んでいた。


「本当に、何も覚えていないのか?それとも、何か他に心配事があるのか?」


「……。」


ゆっくりと、視線を落とす。


(……本当に、何も……?)


心の奥底に、ぼんやりと残る視線の感覚。

あの時、確かに――何かが、そこにいた。


(でも、それを言葉にしようとした瞬間に……)


思考の奥で、何かが引っかかる。

まるで、喉が締めつけられるような、見えない手が口を塞ぐような、そんな感覚がして言葉が出せない。


「……私は、大丈夫よ、お兄様」


兄に向けて安心させるように微笑む。


「……大丈夫だから」


だが、微かに震える指先を、隠すことはできなかった。



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