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第38話 祠の少女 中編


数週間後、澪奈は再び孤児院を訪れた。


寄付の名目は変わらない。けれど今回は、明確な“もうひとつの目的”があった。


(るりちゃんに、あいたい)


あの日何気なく口にした口約束。

誰に言われたわけでもない。ただ、そうしたいと思った。


 

 「また来てくれる?」


 その声が、耳に残っていた。

 あの日の風の匂いと、石の花。

 そして、少女の笑顔。


 

孤児院では、子どもたちが再び歓声を上げて出迎えてくれた。

けれど澪奈は、やさしく応じながらも、どこかそわそわしていた。


贈り物を手渡し、院長と数言だけ交わしてから、そっと裏手の小道へ足を向ける。 

 

そして――祠の前には、るりが歌を口ずさみながら石の花を作っていた。



ーひとつ ふたつー♪



ジャリッ


澪奈の足音に気づいたとき、ぱっと顔を上げて、嬉しそうに笑う。


 

「お姉ちゃん!ほんとに来てくれた!」


その笑顔に、澪奈の胸の奥があたたかくなる。


「ええ、約束したもの」


澪奈は、ポケットからそっと包みを取り出した。


「今日はね、あなたに渡したいものがあるの」


るりが小首をかしげる。


包みの中には、刺繍入りのハンカチが入っていた。

花の模様と名前。


「わぁ!!……これ、瑠璃色の、お花」


るりがじっと見つめながら呟く。


「ええ。この前貴方の名前を聞いて。このお花を貴方にって」


「ありがとうっ!!」


るりは、そっとそれを両手で受け取った。

そして、ぎゅっと胸に抱きしめる。


澪奈ははっと息をのんだ。

るりの胸のあたりで、何かが――光った気がした。


そのあと二人は、前と同じように花をつくった。

小石を並べて、中心に木の実を置いて。

ひとつ、ふたつと増えるたび、るりはくすくすと笑った。


そして帰り際、澪奈が立ち上がると、るりが言った。


 


「ねぇ、お姉ちゃん」


「なに?」


「……きょう、わたし、すっごくしあわせだった」


るりはハンカチを胸に抱いたまま、ふわりと笑う。



「また、来てくれる?」



澪奈は、ふっと息を吸って、やわらかく笑った。


「ええ。もちろん」



「……またねっ!」



その声に、澪奈は微笑んだ。


「ええ。また、来るわ」


 

院に向かって数歩歩き出す。

ふと振り返ったとき、るりはまだそこにいた。

だけどその周囲だけ、空気がほんの少し揺れて見えた。


(……、気の所為よね)

そっと手を降って、祠に背を向けて歩き出す。



風が吹いた。


ハンカチを抱いた少女が、そっと口元でつぶやいた。 


「ありがとう……お姉ちゃん」


 


その声が、風に溶けていった。



* * *


その日、孤児院の院長が紅茶を出しながら、アルバムを取り出した。


「昔の子どもたちの写真も載ってますのよ。皆さんがよく見たがるんです」


ページをめくると、ふと目にとまった写真があった。


その中央で、花を胸に抱いた小さな少女が笑っていた。


……見覚えがある。今日も、祠の前で出会った――るり。


「この子……」


「ああ、この子は。小さいころ体が弱くて……もう、だいぶ前に。

けれど、いつも笑顔で、花が大好きだったんです。ええ、本当に優しい子で」


「あれ、でも、裏の祠に……」


「あら。裏手に行かれたのですか。

手入れが行き届いていなくて申し訳ないです。

小道しかなくてボロボロだったでしょう?」


「え、いえ、きれいに……」


「ふふ。お気遣いなく。昔は、あの祠も綺麗にしていて……ええ、守り神のような存在がいるって、言い伝えがあったんですよ」

「花を供えると、亡くなった子の夢を見られるって、そんな話もありました。……幽世に近い場所なんだ、とね」


「そうなんですか」


「ええ。子どもたちを見守ってくれますようにってささやかながらお祈りするのが私の日課なんです。」


「毎日、行かれてるんですね。女の子がいたりとかって……」


「祠にですか?最近は草も伸びてきましたし苔もすごいので、子どもたちには近づかないようにって伝えてるんです」


「そう、ですか」


澪奈はまたアルバムのページに視線を落とした。


(……でも、るりちゃんは確かにあそこに……)


祠に一筋の風が吹いていた。



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