第3話 忍び寄る影
20XX年ー
幽世と現世が交わる現代。
【号外】
立て続く令嬢・令息の失踪、倒れる貴族たち……
"これは偶然か、それとも――?"
被害者はいずれも、深い眠りについて目覚めないという。
幽世の妖怪による犯行か……!?
「今、神社が最も危険な場所――」
「五行部隊の影が動く」
* * *
きらびやかな灯りが窓に反射し、
会場は幻想的な美しさに彩られている。
大理石の床には絨毯が敷かれ、豪奢な装飾が施された大広間には多くの貴族や紳士、淑女が集い、社交のひとときを楽しんでいた。
あたりに響くのは笑い声と美しい旋律、そしてささやきあう声のざわめき。
「ねぇ、聞きました?」
「ええ、また事件があったんでしょう?」
「あら、また? 最近あまりに続くものだから、驚きも薄れてしまうわ」
「花山院侯爵子息に花房伯爵令嬢、それから……一條伯爵子息も一昨日倒れられたとか」
「まぁ……本当に? でも、あまりに奇妙ではなくて?」
「幽世の者の仕業か、それとも――?」
「私たちが次の主役にならなければいいけれど……、ね?」
「ふふっ。なぁにおっしゃってるのっ。」
「それに、もし事件があっても大丈夫でしょう?五行部隊がいるもの」
「この前なんて、火の隊の焔烈隊長が妖怪を一瞬で焼き尽くしたそうよ!」
「さすが火の隊長……恐ろしいほどの力ね」
「素敵だわぁ! !はぁー、いつかお目にかかれたらいいのに」
「実はね…、今日金の隊の刹真隊長が来るかもしれないって聞いたわ!!」
「本当に!? まぁ……お会いできるかしら……!」
「でも、もし本当に来ていたら……きっと人形姫様のもとへ行かれるんじゃなくて?」
「そうよね、——」
* * *
一人の令嬢が入り口から姿を現したとき、
会場の空気がわずかに揺れる。
艷やかな深い青の髪を結い上げ、長い睫毛に縁取られた瞳は静かな湖を思わす蒼。唇は美しく弧を描き柔らかな印象を与えている。背筋をのばし凛と立つその姿は、華やかな会場の中でも一際かがやく 一輪の花。
「ほぅ……今日もお美しい」
「あの方こそまさに理想の令嬢よね」
「ええ、完璧だわ」
貴族たちの囁きが、まるで讃美歌のように耳をくすぐる。
扇子の隙間から覗く羨望と敬意の視線。
誰もが、彼女を理想の令嬢として見上げていた。
——けれどその旋律は、胸の奥まで届かない。
* * *
「澪奈様!」
名を呼ばれ、私は微笑む。
「ごきげんよう」
軽くスカートを摘み、裾を揺らして一礼する。
動作のひとつひとつが滑らかに、令嬢として完璧な振る舞いを表現できるように意識する。
(……失敗しないように。いつも通りに。
そうでなければ、わたしなんて……)
澪奈は胸の内でそっとそう唱える。
ふと、窓の向こうに目を向けた。
そこに映るのは、貴族令嬢として何一つ欠けることのない姿。髪は美しく整えられ、ドレスは完璧に仕立てられたもの。
何も問題はない。何も――
「澪奈様? どうかされまして?」
その声に、現実へと引き戻される。
「……いいえ。なんでもないわ。それより貴方のお召し物、とても素敵ね」
そう微笑んだ自分の声が、どこか遠く感じられた。
それでも、公爵令嬢としての役目は途切れない。
澪奈はいつも通り、微笑みを浮かべたまま、令嬢へと話を振る。
軽やかな会話、笑顔、気の利いた言葉のやりとり。
けれど、心のどこかがわずかに遅れてついてくる。
……ふと、空気に混じる匂いに気づいた。
甘く、けれどどこか重たくて、鼻の奥に残る。
(……香水……? 誰の……)
けれど、ふと胸の奥がざわついた。妙な既視感。どこかで、似た匂いを感じたことがあるような……。
それはまるで、夢の中にいるような感覚を引き起こす、淡い香りだった。




