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第30話 禁忌に触れた日

――それは、誰からも語られることのない、最も深い闇だった。


現世と幽世の境が崩れたあの時代。 人と妖が入り混じり、秩序なき混沌が街を飲み込んでいた。 五行部隊は各地の封鎖と収束に追われ、民は怯え、妖怪たちは自らの欲望のままに現世へと溢れ出た。


その混乱の真っ只中。 旧市街の地下、閉ざされた礼拝堂跡にて、"それ"は行われた。


香の煙が立ち込める薄闇。 静かな祈りの声が、儀式の中心に立つ魔法陣に注がれていく。


「……感情の器に、喪失を。解放を。混沌を」


子供たちが並ばされていた。 年端もいかぬ孤児ばかり。 社会から見放され、行き場のなかった者たち。 その中にひとりの男の子の姿があった。


「次。……この子も、感情が濃い。次、愛情。やれ。」


布を被った信者が魔法陣に触れる。 香の匂いが、甘く、強く、空間を満たした。


――音が鳴る。


ぱきり、と。 まるで硝子を割るような音。


身体の中の"何か"が、砕けた。 胸の奥が冷え、何も感じなくなる。 涙だけが、理由もなく流れた。


(……わからない……なぜ、泣いているのか……)


視界がぼやけていく。 周囲では他の子供たちが崩れるように倒れていく。


「……器の崩壊、確認。これで十一人目」 「共鳴香、順調に作用しています。欠片の収集を」


その声も、もう遠い。 意識が闇に沈み込もうとした、その時だった。


何かが、現れた。


黒の中に、白い光が浮かぶ。 ぼんやりと、人の形をしているが、人ではなかった。 それは"音"を纏い、"香"に惹かれてやってきた。


「……お前、もう消えるのか。惜しいな。良い音がするのに」


その声に感情はなかった。 だが、確かに"選んだ"のは、彼だった。


「……喰ってやる。壊れるよりはマシだろ」


次の瞬間、意識が白に染まる。 喰われたはずなのに、何かが"残った"。 壊れた器に、別の何かが縫い込まれ、再構築される感覚。


こうして――彼は、生き延びた。 だが、それは"人間"ではなかった。 彼はその日、"妖怪"として、生まれ変わった。



* * *



事件の痕跡は、五行部隊によって速やかに封じられた。 共鳴香は、使用そのものが禁忌とされ、記録から抹消された。


儀式の首謀者は捕らえられず、子供たちの多くは消息を絶った。


——それが、禁忌に触れた日。 そしてすべてが、静かに、狂い始めた日の記憶だった。



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