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第29話 螺旋の記憶(五行部隊side)

五行部隊・本部の中枢。 薄明かりの差す作戦室には、再び隊長・副隊長たちが顔を揃えていた。


各々の机には各部隊から集められたの報告書が置かれ、円卓の中央には、香の瓶や破片の封印箱など、実物資料が持ち込まれている。


「……では、始めます。まずは前回に引き続き、夜会事件について追加報告を。柊 澪奈嬢の経過について。木の隊、お願いします」


水の隊長・流慧の進行に従い、紡生が立ち上がった。


「柊嬢ですが、本人の希望により《紡ぐ治療》を試みました。ですが……結果は、拒絶されました」


「……拒絶?」


「はい。器そのものが"外部からの治療を拒んだ"のです。糸を通した瞬間、内部から弾くような反応がありました。加えて……糸が断たれた直後、誰かが"保護した"ような気配が走りました」


「……器が、守られている……?」


「あるいは、契約か。もしくは、既に"触れている存在"がいるのかもしれません」


場が沈黙する中、紡生はさらに言葉を継いだ。


「彼女の器は"喰われた"痕に類似しています。ですが、異なります。 明確に"くり抜かれて"、そのまま"安定"している……。それは自然な喰われ方ではない。……均衡が保たれている異質な空白。加えて、本人の精神は極めて安定しています」


慈邑が小さく頷いた。

「……喰われたのではなく、"渡した"可能性がある」


「だが、渡したとてこれまでに精神を保てていた前例は、ない。」


巌道のその一言が、会議室に重く残る。


「なぜか、はまだわかりません。

……引き続き経過観察と本人の希望に沿って、他の治療を試みます。以上が木の隊からの報告です」


「続いて、金の隊。お願いします」


静かに立ち上がったのは、黎久だった。


「……数日前、当隊の隊員が制圧した妖怪の件について。寄生型の妖怪で五行部隊の広場にて顕現。その際に、気になる発言をしていた、と。」


「『夜会で撒かれた"あれ"。感情の甘い香り。おかわりが欲しい』これらの発言から、この妖怪があの夜会事件で器を喰った妖怪ではないか、と思われます。

なお、この妖怪については処理済みです。

……ただ、処理した隊員からは斬撃時の手応えが"異様なほど軽かった"と。

夜会での用意周到さと今回の顕現の仕方を比較すると、どうにも矛盾がぬぐえません。何者かが裏で糸を引いているのではないかと。


夜会事件での被害者には何か妖怪を惹きつける香、もしくは印が残されている可能性があります。香は妖の力を抑えるためのものか、もしくは別のものか。引き続き検証中です。

……夜会事件での被害者はまだ狙われている可能性が高い。当隊はまだあの事件は終わっていない、とみています。以上です」


「甘い……香り……」


誰かが繰り返すようにぽそりと呟いた声が

しん、とした作戦室に響いた。



「……では、次。昨夜の件について、火と土の隊より報告を」


律貴が資料を手に、前に出た。


「昨夜二十二時過ぎ、不正な術式反応を感知。地下礼拝堂跡地にて、"意図的に生み出された妖怪"を確認。器の輪郭は残るも、魂は不明瞭。即時、炎烈隊長と共に排除処理を実施」


「人工的に、ですか……」


黎久が低く呟く。


「器の状態と、香の痕跡からの判断だ」

焔烈の表情は苛立ちを押し殺している。


「どう考えても"喰わせた"痕があった。あんな真似、まともな奴のやることじゃねぇ」


律貴が報告を続ける。


「残香より、夜会事件と同系統の香を確認。……

妖の力を抑えるだけでなく、別の使い道があるのかもしれません。」


「……。"共鳴香"の可能性がある。」


律貴の報告に続けてポツリと呟いた炎烈。


その言葉に、円卓の空気が一変した。


「共鳴香……」

「まさか、あれがまた使われていたと……」


律貴が続ける。

「正式な断定は検証が必要かと。ただ、どちらにせよ調香にはかなりの知識と精度が要ります。偶然ではない」


「器の構造にも異常が見られました」


律貴は新たな紙片を差し出す。


「これは昨夜の暴走体の器の記録です。……"割らせた"痕跡。しかも、魔法陣によって誘導されていました」


「器そのものを"割る"ことで、妖怪を生み出す……?」


木の隊長・慈邑が静かに眉を寄せた。


「使われた魔法陣も"記録"に酷似していました。かつて起きた、あの事件と」


——器の構造、術式の意図、その配置。まるで、過去の"あれ"をなぞるように。


沈黙が落ちた。



金の隊隊長・刹真が、封印箱を手に取る。


「……共鳴香、記録上では十数年前、封印されたはずの術式。 使用されれば、器のヒビや空白に根を張り、放っておけば、やがて喰われた状態と同じになる。……"育てて、喰わせる"ための香」


「まるで、感情を"肥料"みたいに……」

紡生が眉をしかめながら呟く。


「まさか、再びあの香が……」


ざわざわとした空気の中、


「これは偶発的な事件ではない」


刹真の声が、空気を切り裂いた。


「"共鳴香"を用い、器を割らせ、喰わせる。……誰かが仕組んだ一連の事件だ」


焔烈が低く唸る。


「……あの時と、同じ奴が関与してるなら、同じ事件をおこす気なら、次こそ絶対に潰す。」


誰もが、あえてその事件の名を口にはしなかった。 それほどに、深い爪痕を残した過去。


沈黙の中で、ふと、流慧が視線を上げた。


「……そういえば。最近、幽世の情報網で気になる噂がありました」


円卓が、静かにざわめく。


「感情を喰うことを、救いと呼ぶ者たちがいる。"喰われた者こそ、解放された存在だ"と――。そんな風に信じて、禁忌を正義と唱える連中が、地下で動いているようです」


「……新手のカルトか?」


「呼び名までは判然としません。ですが……共鳴香を用いるなら、信仰に近い理念を持つ集団である可能性が高い。供物として"感情"を用いるには、相応の狂信が要るはずです」


「……なら、奴らは"喰わせる"ことで、何かを得ているのか」


流慧は静かにうなずいた。


「"育てて喰わせる"という構造。使われた香。術式の配置……。それらを偶然とは、とても思えない」


「……信仰者、か……」


刹真が、低く呟いた。


「仮にそれが事実なら、この事件は、まだ始まったばかりということだ」


「……このまま喰われ続ければ、どこかで均衡が崩れる」


誰かがそう言いかけたとき、


巌道が小さく首を横に振った。


「まだ確証はない。ただ、ひとつ言えるのは——」


「これは、再び始まったということだ。あの"輪"のような螺旋が、また回り出した」


その言葉に、誰も返せる者はいなかった。



——会議は、静かに終わりを告げた。


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