第24話 蝶の導き
光が舞い上がる。
そっと目を開けると、そこはどこかの屋敷の中だったた。
「……お店? それとも、倉庫……」
辺りには棚が置いてあり、夜一に出ていた様々な商品が、一堂に集約されているよう。ただ、静寂に包まれたその空間は、まるで時間さえ棚に並べられているようだった。
ふと、並べられていたガラス瓶に目が留まる。瓶の中では、淡い光が脈打つように灯っていた。
心の欠片——否応なくそう理解できた。
「これ……」
「"想い"のかけらさ。甘くて、ほろ苦くて、ときに毒みたいに強い。けど、綺麗だろ?」
紅哉の言葉に、澪奈は視線を離せなかった。
その輝きは、どこか懐かしくて、そして少しだけ、胸が痛んだ。
「……売っている、んですね。こんなふうに」
「売りたいやつがいて、欲しいやつがいる。だから、売れる。……ただそれだけさ」
紅哉は肩をすくめると、すっと歩き出す。
澪奈はその背を追いながら、心の中に芽生えた小さな疑問の種に気づく。
——"心を失うこと"は、本当に"悪"なのだろうか?
失うことで楽になるなら、苦しみを誰かが受け取ってくれるなら。
それが"救い"になることは、ないのだろうか——
そんなことを考えたのは、生まれて初めてだった。
「……呼んでるよ。胡蝶が」
紅哉の声に顔を上げると、そこには、白い蝶がひらりと舞っていた。
静かな一角。小さな座敷のような空間に、どこか艶やかで妖艶な気配を纏った女が一人、腰を下ろしていた。
白と黒の羽織に、透けるような肌。 夜の蝶のように、静かに現れたその者は、まっすぐに澪奈を見つめて微笑んだ。
「ようこそ、"夜の端"へ。——ずっと、待ってたわよ」
その声は、風のようにやさしく、けれど芯に奇妙な熱を持っていた。
("待ってた"……?)
紅哉が片手を軽く上げて挨拶をする。
「やあ、胡蝶。ちょっとこのお嬢ちゃんに、話してやってくれよ。あんたの見てる世界のことをさ」
その名を呼ばれた女——胡蝶は、ちらりと紅哉の方を見たあと、じっくりと澪奈を見つめる。
「ふうん……。なるほどね」
瞳は澄んでいて、それでいて底が見えない。
見透かされているような感覚に、澪奈は思わず息を飲んだ。
胡蝶は、笑った。
「"きれいな穴"が空いてるね。……上手に渡したんだろ?」
「——え?」
その一言に、澪奈の身体がぴくりと震える。
「……何を、言って……」
「穴の空き方には、いろいろあるの。喰われたもの。砕けたもの。割れたもの。……そして、"差し出したもの"」
胡蝶の声は優しかった。あまりにも自然に、それを言った。
「無理して思い出さなくていいよ。……でも、あなたの器はちゃんと覚えてる。"あなた自身が選んだ"ってこと」
「私が……選んだ……?」
胡蝶は、何も答えずに微笑んだ。
けれどその笑みが、澪奈の中で、確かな"何か"を揺らした。
——私は、あの"音"の前に、いったい何を……
心の奥に広がる空白が、微かに軋む音を立てた。
そして、もう一度——澪奈の中で、"音"が鳴った。
小さな音だった。でもそれは、確かに澪奈自身の内側から鳴ったものだった。




