第15話 裁かれるべきか、見守るべきか(五行部隊side)
「……待て」
声を上げたのは、火の隊・焔烈。
「穴が空いていた? 喰われた痕に近い? なのに治療もせず、普通に歩いている? それで器が視えて、音が聴こえる……? あまりにも異常じゃないか」
「異常であることは事実です」
紡生が答える。
即座に応じたのは、土の隊副長・律貴だった。書類を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。
「本来、喰われた者は管理対象とすべきです。紡ぐ処置なしに動けるというのは、それ自体が何者かの干渉を受けている可能性を示す」
「妖怪の影響下にある、と?」
紡生が聞き返す。
「可能性の一つとして、否定はできないでしょう」
律貴が淡々と発言する。
「心の器とは魂の核です。それに穴が空くとは、自己の喪失を意味する。つまり、喰われた状態では正常な判断ができず操られる可能性が高まります。我々が禁忌と呼ぶのは、本来の人格と制御を失わせる存在との関係性を指すのです」
「実際、操られて人を刺すような傷害事件もここ数年起こっていますし、ね。その後さらに心が壊れて狂気化した件も紡生副隊長ならばよくご存知でしょう。彼女にはその可能性がない、とでも?」
「ない、とは言い切れません。しかしながら、現時点で操られている、と断定することもできません。彼女にはまだ自分の意思がきちんとある。」
「意思の有無は関係ありません。自己が喪失していることこと自体が禁忌です。……例外は、存在しない」
「……例外はあります。それこそ、私がその証明でしょう。時に例外も作らねば、救えたはずのものさえ救えなくなります」
「……ふざけるな」
焔烈が舌打ちをし、机に拳を打ちつけた。
「喰われたってのに、のうのうと生きてる奴がいるだと? しかも音が聴こえるだ?それってつまり、自分が壊れたことに気づいてんじゃねぇのか」
「隊長、落ち着いて」
火の隊・副長 炎嗣が静かに声をかけるが、焔烈の眼はなおも爛々と怒りに燃えていた。
「俺たちが今まで何人、処理してきたと思ってんだ!喰われた者の器は、すべて焼き尽くしてきた。俺たちが"残した"例なんて、一度もねぇ。
『例外』なんて作ったら、今までの全部が崩れるぞ……!喰われたなら燃やすべきだ。異常者を野放しにするつもりか」
「……確かに、放っておけば、暴走する可能性もある」
焔烈の言葉に副長の炎嗣も賛同する。
「それでも、事実は事実です」
淡々と返したのは紡生だ。
「我々は、あの器を視た。何者かに喰われた痕に見えて、しかし違った。くり抜かれたような空洞。……そして、まるでそれが守られているようにも感じられたのです」
「守られている……?」
「器が、自己治癒しようとしているのか。あるいは、外部からの保護なのか。それはまだ判断できません。ただ……現状では燃やす対象と断ずるには早計かと」
「ふざけんなよ…!おい。紡生副隊長よぉ。お前自身が元人間の妖怪、だもんなぁ?仲間意識かよ?あ゛?2人まとめて燃やし尽くしてやろうか」
焔烈と紡生の応酬が続く。
「いいえ。私が妖怪であることは事実ですが、彼女の件に関して一切私情はありません。一副隊長を任されている身としても、そこは弁えております。」
「はっ。どうだかな。で?木の隊長さんもよぉ。だんまりか?副隊長が妖怪だからって令嬢にまで感情移入したわけじゃねえよなぁ?」
焔烈の発言に、木の隊・隊長 慈邑がゆっくりと口を開く。
「私が見ている限り、彼は逸脱していない。彼女もそうだ。彼女に関しては今はという前置きがつくが。……だがね、紡生については断言できる。そして彼の力は、誰よりも多くの命を繋いできた。——君の仲間も、含めてね」
「それこそ君たちならよく知っているだろう?妖怪だからと一括りにするのは違う、と私は思うがね」
慈邑の静かな圧に焔烈が一瞬押し黙る。
「………ちっ。だがよぉ、」
焔烈が再度口を開こうとした瞬間、場の空気を一変させたのは、再び水の隊長・流慧の声だった。
「——ご意見は承りました。ですが、現時点ではまだ禁忌に触れた確証はありません」
淡々と、それでいて圧倒的な威圧感を含んだ声音に、焔烈すらわずかに口を噤む。
「引き続き、木の隊による経過観察を継続。金の隊は補足情報の洗い出しを。土の隊は管理対象となりうるかどうかの基準再確認をお願いします」
「……火の隊は?」
流慧は、焔烈を見もせずに言った。
「感情的判断は、今は不要かと。……刹真隊長、何か補足は?」
やや沈黙の後、刹真が小さく息を吐く。
「……金の隊としても、現時点では判断保留が妥当だろう。観察を続けるべきだ。……すべてを切るには、まだ材料が足りない」
そうして——議論の熱が燻ったまま、会議の幕は一旦閉じられる。
その場に静かに残ったのは、穴の空いた器に関する謎と、最後に土の隊・隊長 巌道がポツリと呟いた一言だった。
「……最近、心の欠片が闇で流れているという報告も、ある」
それが意味するものが何かを、誰もまだ——掴みきれていなかった。




