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第13話 楽になったもの 

朝の光が、ゆっくりとカーテンの隙間から差し込んでいた。澪奈は、ベッドの上で静かに目を開ける。


(……夢は、見なかった。)


日記を読んだ昨夜の衝撃は、まだ胸の奥に残っている。

けれど、涙が出るわけでもない。ただ、少しだけ息が苦しいような、そんな感覚が残っていた。


(私……あんなに色んなことを、感じていたんだ。)


それなのに、今は――。


身支度を整えながら、ふと思う。

昨日の記録にも、特に異常はなかった。予定通りにすべてこなして、いつも通りの1日だった。


(不便はない。困ってもいない。)


むしろ、楽 になったのだ。


昔の自分は、人の顔色ばかり窺っていた。

失敗すれば落ち込み、褒められれば嬉しくて、でも期待に応えられなければ不安で仕方なかった。


感情に振り回されるたび、胸が締めつけられるようだった。


(……あの頃は、生きるだけで疲れていた気がする。)


でも、今は違う。


心が揺れない。動じない。いつも静かに、ただ理想の令嬢でいられる。


(今の方が……ずっと、楽。)


事実、誰も何も困っていない。

家族も、周囲も、社交界も。みんな今の澪奈を受け入れてくれている。

期待に応えられている。間違ってなどいない。


けれど――


(それは、私なの?)


ふと、鏡に映る自分と目が合う。

綺麗に整えられた髪。隙のない笑み。礼儀正しく完璧な姿。

けれど、その目は、まるで感情を映さない硝子のようで。

自分で自分を見ているのに、そこに自分がいないような気がした。


(これは、誰のための私?)


私の姿をした、誰かの理想。

誰かにとって都合のいい人形。

それを自分自身が望んでしまっているような――そんな、

妙な違和感。


思わず、昨夜のページが脳裏によぎる。


『嬉しかった』

『泣いたら、少しすっきりした』

『明日も、同じような午後が来たらいいな』


そこにあったのは、誰かのためじゃない自分の感情だった。


(今の私は、そんなふうに言葉を紡げない。)


心の奥が、きゅ、と音を立てる。


ふと、紅哉の言葉がよみがえる。


『欠けた奴の顔ってのは、案外すぐ分かるもんさ。』


(……見透かされてたのかな。)


ほんの少しだけ。

分かってほしいと思っていた自分がいたことに、今さら気づく。


(私は、本当にこのままでいいの?)


わからない。

でも、確かに何かが、静かに揺れ始めている。


そんな朝だった。



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