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第10話 欠けた器

五行部隊・木の隊の医療施設。

澪奈は、静かな廊下を歩いていた。

経過を診させてほしいと木の隊から連絡があったためだ。 


「澪奈様、こちらへ」


案内する医療官の声に、澪奈は小さく頷く。

病室の扉が静かに開いた。

中には柔らかく微笑む青年がいた。


「はじめまして、木の隊 副長、紡生つむぎと申します」


彼は礼儀正しく頭を下げる。


「本日はよろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


まずは簡単な診察から。

体調に問題はないか、気持ち悪いところや違和感はないか等、聴診器を当てられながら、いくつか質問をうけ答える。


――他のお医者様に診てもらうときとあまり変わらない。


「ではここから、ちょっと気持ち悪い感じがするかもかもしれませんが、心の器を診させていただきますね」


「……心の器?」


澪奈は、初めて耳にする単語に思わず首を傾げて尋ねる。


「あぁ、あまり聞き馴染みはないですよね。すこし、説明させてください」


「お願いします」


「心の器とは本来、人間がみんな持っているもの、

とされています。強い感情、希望、想いを集めた結晶。

人を精神的に支えている、人が生きるために必要な核のようなものですね。ストレスの器、なんて呼ばれ方をすることもあります」


「なるほど」


「本来ならば、人の心の器は強固です。少しのことで簡単に欠けたりはしませんし、少しの傷なら自分で治すことができます。……自覚はないかもしれませんが。

だからこそ普段の病気では影響が出ることはないので、一般の方にはあまり知られてはいない概念です。

精神面の病気を患ったり、妖怪に関わったりすると結構この器が破損していることが多いんですよ」


澪奈は話を聴きながら、頷きを返す。


「ちなみに、僕は心の器を専門にしていて、普段は精神科医として一般の病院にも往診してます。でも、本業は五行部隊での器の修復や、感情を紡ぐ治療がメインなんです」


「……心の器が破損するとどうなるのでしょう?」


「そうですね。症状はさまざまです。軽度なもので、怒りっぽくなってしまったり、――ちょっとナイーブになる人もいますね。性格に影響が出てしまうことが多いです。

中度になると、すべてがめんどくさいと感じてしまったり、しばらく目覚めない、とかですね。

これは心の器が自己修復に努めているとみられています。

が、最悪の場合……眠りに落ちたまま死に至ります」


「……なるほど。」


「そして、今回の夜会の事件では長く眠りについて目覚めない人が多すぎるんです。何か、心の器に違いがあるのかもしれない。そこで澪奈さんにご協力いただけたら、と」


「はい。私にできることであれば」


「ありがとうございます。では、澪奈さんの心の器を診させていただきますね。手を前に出していただけますか?」


手を触れられる。

何か温かいものが流れてくる感じがする。


……キンッ。――フワッ。


紡生が一瞬、眉をしかめた。

が、すぐに何事もなかったかのように表情を整える。

(……なんだか懐かしい気配。これ、まさか――いや、気の所為、だよな。……それよりも、この器は、)


「……。」


「あの、?」


澪奈が首を傾げると、紡生が真剣な声で話し出す。


「……すみません。少し驚いてしまったもので。

落ち着いて聞いてください、澪奈さん。貴方の心の器は

――穴が空いています」


「……穴?」


「ええ、本来であれば何かしら影響を受けていそうなのですが、……違和感はありませんか?なにか変わった事などは?」


「……特に思い当たることがございませんわ」


「なるほど」



紡生は一度、静かに息を吐いてから言葉を続けた。


「実は、器の穴というのは、強い外的干渉を受けた時に生じることが多いんです。妖怪に喰われたとか、強い精神的な打撃があった場合とかですね」



「……喰われた?」


思わず問い返していた。

それはあまりに突飛で、でも最近どこかで聞いたような言葉だったから。


「ええ。中には、心の器を喰うことで力を得ようとする妖怪も存在します。……これは非常に稀で、かつ危険な存在とされています。禁忌に触れる行為であり、場合によっては五行部隊による処理対象となることもあります」


「……。」


「でも、澪奈さんの器は、喰われたというよりは……くり抜かれたという感じなんですよね。裂けた、というには整いすぎていて……例えるなら、誰かが丁寧に欠片だけを摘んで持っていったような……そんな不思議な感触でして」


「……なるほど。」


「しかも、その周囲が綺麗に保たれている。普通は損傷箇所の周りも荒れてしまうものなんですが……澪奈さんの場合、器が自力で均衡を保っているようにも見えるんです」


「それは……いいことなんでしょうか?」


「悪いことじゃないです。ただ、通常では起こりえないことなんです。だからこそ、気をつける必要はありますね」


紡生は、少し表情を和らげて続けた。


「今すぐ何か影響が出るわけではないですが、慎重に見ていきましょう。もしよければ、紡ぐ治療を試してみるのも手です」


「紡ぐ……?」


「はい。僕たち木の隊では、破損した心の器を癒す治療を行っています。紡ぐ治療と呼ばれるもので、傷を覆い、補修する手助けになります。症状の進行を抑えたり、心の回復を促したりする効果があるんです」


「なるほど……私は、その治療が必要なんでしょうか」


思わず、胸元に手を当てる。

(……私は、何かを失ったの?)


「医師の立場から言えば、選択肢の一つです。……でも、突然のことですから、今日は無理に決めなくても大丈夫ですよ」


紡生は柔らかく笑いながら、続けた。


「実は、今日澪奈さんにお会いいただきたい方がいまして。ちょうど、紡ぐ治療を受ける予定の方がいらっしゃるんです。……似た状況を体験した人の声が、治療の助けになるかもしれないというご家族の希望もあって、ご協力いただけませんか」


「……わかりました」


立ち上がった瞬間、澪奈の視界の奥に、

ほのかに揺らめく光の粒が浮かんだ。

紡生の胸のあたり――それは、まるで内側に灯った小さな灯火のよう。


一瞬だけ視えたその光に、なぜだか痛みの気配を感じた。

優しく、それでいて確かに何かがそこにあったと告げてくるような感覚。


(……他の人を視れば、何かわかるかもしれない)



――その直感は、間違っていなかった。


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