第七話 神の都
昭和のいつか。どこかの次元にある大陸。季節は乾季。
やあ!
俺は山下 隆晴、高校三年生だ。
一昨日まではそろそろ志望大学を具体的に決めろと担任にせっつかれたり、芸能雑誌を買うのが恥ずかしいから幼馴染の翠に頼んで買ってきてもらい、アイドルの水着ポスターを天井に貼ったりする平凡な高校生だ。
それが昨日から!
友人の黒瀬が『これは読んどけ』って押し付けてくる漫画や小説みたいな出来事の連続だ。
幼馴染の翠は人間じゃなくて俺が小さい頃に助けた(らしい)猫だった。
鶴じゃなくて猫の恩返し。
そんで翠は異界の神が放ったカケラに取り憑かれ、俺や他のクラスメイトをその神を呼び出す儀式の生贄にしようとしてた。
それを阻止したのは友人の黒瀬、黒瀬の妹である瑛子、クラスの人気投票一位の佐藤優子。
黒瀬は五年前に死んだ後、よくわからない形でこの世にとどまってるとのこと。肉体年齢は十七歳のまま。縁をあちこち結ぶとこの世との繋がりが強くなるそうだ。
黒瀬の妹は何と神様!
一瞬で移動するテレポートや見せられたり、何もないところにポンポンとテーブルやら料理を出現させるのを見たら信じるしかない。
俺のアイドル佐藤優子は吸血鬼だってさ!
ドラキュラのお仲間にしては日光を浴びても灰にならないし、牙も無いし、全然それっぽくないんだけど。
まだ他にも仲間がいるそうだが、黒瀬達はそのろくでもない異界の神がばら撒いたヤツ自身のカケラを始末して回ってる。国に雇われてるけど公務員じゃなく民間委託だって。
で、黒瀬に頼まれ、悪巧みしてる奴らを誘き出す囮として出かけたんだが、どういうわけかハンバーガーショップに入った途端、いきなり砂漠の中に放り出された。黒瀬によると、ここは地球じゃない。例の悪魔みたいな神のいる世界へ転移させられたんだと。
元の世界、俺たちの街へ帰れるのか? 果たして俺たちの運命は?
……と不安にもなるが、俺は来ることができたならその逆も出来るんだろうと楽観的に考えてる。
ああ。何とかなるさ。
「隆晴?」
「んあ、どした翠?」
「ぼーっとして。何か変よ?」
「あぁ、昨日からのこととな、今日のラジオが気になって。リクエスト葉書を出したから」
「はぁ。こんなことになってるのに、そんなことが気になるんだ」
翠が心底呆れた様子で言うと黒瀬が、
「工藤、山下のそういうところは美徳だぞ」
と真面目な顔をして言ったんだ。
「え?」
「危機的な状況に置かれた時に冷静さを保てるのはすごく大事なんだ」
「そうなの?」
「そうだ。取り乱してパニックになっても何も解決しないからな」
「ふぅん」
翠は納得いかない様子。
「ははは。若いのにが肝が座ってるな!」
アラブゲリラみたいな見た目のバジャが話に入ってきた。
「黒瀬、それ褒めてるんだよな?」
「当たり前だ。お前の動じないところは美点だぞ」
「そ、そうか」
正面切って言われると少しくすぐったい。
「工藤を助けた時の度胸も大したもんだ。幼稚園の頃だろ。俺は野良犬に立ち向かうなんて出来ないよ。ビビりだし」
「それ、覚えてないし」
「あの時、私はあの野良犬に食べられるんだって諦めかけてたの……」
まぁどう足掻いたって子猫が野犬には勝てないだろうさ。
「そんな時やって来た隆晴は、すごく頼もしかった」
「翠、黒瀬と妹がニヤニヤして見てるから、その話は後で」
「山下さん、ちゃんと思い出してあげてくださいね」
黒瀬妹がまたも逆らえない雰囲気を纏ってる。やりにくいな。
「ああ。努力するよ」
「よっし。神の都が見えてきたぞ」
バジャの指さす方を見て、俺は呆然としてしまった。
何だありゃ?!
真四角で黒くて、とてつもなくデカい建物。あそこまでの大きい建物は見たことない。造りも箱って感じ。
その麓には石造りの建物がびっしり並んでいる。
嫌でもここが異界だと思わされる光景だ。
「河野涼子に見せられた風景のまんまだな」
「何だ黒瀬、見たことあるのか?」
「五年前に、な。姫巫女の生まれ変わりに精神を同調されてこの景色を見せられたんだ、瑛子も」
「そんなことされたのか」
あの黒い箱みたいな建物は神殿だという。
「ほう。クロセは知ってるんだな。そう、あれは神を祀る大神殿だ。大勢の巫女があそこで神の声を聞いて、俺たちへ伝えるんだ」
俺は気になってたことを訊いてみた。
「その神の名前、何て言うんです?」
「なんだ、ヤマシタは丁寧に話すんだな?」
「そりゃ目上の人には」
「クロセみたいに話せばいいさ。子どもはそれでいい」
「あ……うん」
「それで質問の答えだが、変なことを聞くんだな。神は神。名前なんてないさ」
「え?」
「お前達の世界じゃ、神に名前があるのか?」
「あるよ。神様もたくさんいる。ゼウスとか天照の大神とか」
「はははっ! 神がたくさんいるのか?」
ジャバのおっさん、あんたの目の前にも女神様がいるよ。そう思いながら黒瀬妹を見ると、目が合った。にっこり微笑む黒瀬妹。
「神は唯一にして絶対、そして全て。夜空に見える星々から生きるもの全てを生み出した存在……と言う教えだ。この大陸にゃ様々な種族がいるが、その特徴を全て持っているのが神ってわけだ」
言われて、馬車を引くケンタウロスの二人を見る。
「もう一度言うが神の都に着いたら、キョロキョロするなよ? 俺たちと見た目が全く違う種族が山ほどいるからな」
それから間もなく、俺たちを乗せた馬車は神の都に到着したんだが、人の多さにまず驚かされた。まるで祭りの日だ。
額からツノが生えてるとか耳が尖ってるのはまだ普通。
直立歩行のウサギみたいなのや、蔦で体が覆われてる植物っぽいの、カニやエビみたいな甲羅のあるやつ、やたらデカい雪男みたいなのや、背中にステゴザウルスみたいな背びれがあるのまで。頭の部分がまるで向日葵みたいなのもいる。
子どもの頃に夢中だった特撮ヒーロー番組の怪人がまだ可愛く思えるほど、異様な姿の人々。
「まさに混沌てわけか」
黒瀬が呟く。
「まずは宿に行くぞ」
バジャはそう言うと馬車から降りて、近くの建物へ入って行った。大きな石を積み上げてた作りで、風には強そうだ。
ケンタウロスの二人、レミとマキは馬車をそのまま建物の裏手に引いていった。
「降りろ」
おっぱいの小さい方、レミが無愛想に言う。
「おう」
ケンタウロスの二人は馬車に布を被せ、何かお札のような字を書いた紙を貼り付けた。
「何してる? 早く宿へ行け」
「あ、はい」
睨みつけられた俺たちは、バジャが入った建物へ入る。中は陽が当たらない分、すこし涼しいのでホッとする。
「あいつらツンケンしやがって」
「隆晴はまた胸ばかり見てた」
翠のツッコミに黒瀬が噴き出す。
「工藤、そう言ってやるな。思春期の健康な男子として当然のことだ」
黒瀬! 友よ!
「お兄ちゃんも見てたよね?」
「当たり前だよ瑛子。これは男子の嗜み」
黒瀬、開き直りがすごい。
「山下、男は皆スケベなんだ。そうでないと人類は滅ぶ」
「そ、そうだな」
いつもの黒瀬節。俺より五年長く生きてるせいか、何となくおっさんっぽい。それより女子二人の目が怖いんだけど。
「クロセ、お前達は四人部屋だ。いいな?」
「かまわない。身の回りのものを揃えたいんだが」
「これをやる」
バジャが硬貨を取り出して、黒瀬に手渡す。
「ここを出て右の方に雑貨屋がある。俺の名前を出せばいくらか安くしてくれる」
「そりゃありがたい。じゃ行くか」
教えられた店で色々と買い揃えた。
制服のまんまでは少し暑いので、現地人が着ている薄手の布で出来たポンチョみたいな服で揃える。
女子二人は細々としたものを買ってたが、俺たちはタオル代わりの布と頭に巻く布だけだ。ここに来る道中、細かい砂が髪の毛や鼻の穴に入り込んで閉口したからな。
宿の部屋はシンプルそのもので、ベッドと掛布があるだけ。
風呂は無い。建物の裏の水場で身体を拭いておしまい。
トイレは共用。汲み取り風だが、穴があるだけ。かなり深いせいか匂いはしない。
食堂にて夕食。
豆と肉の組み合わせ。見た目はイマイチだが、味付けは美味かった。異国風料理、悪くない。
ジャバから明日の朝早くから商売を始めるので、護衛としてついてこい、早く起きろと言われ部屋へ入る。
「修学旅行みたいな感じ?」
「男女同じ部屋はありえないけどね」
「隆晴、一緒に寝ようね」
「……マジか」
「そうしろ。ダブルのベッドが二つ。俺は瑛子と寝るから」
「おい待て!せめて男女別じゃないのかよ」
「隆晴、私と寝るのは嫌?」
翠、そんな顔するなよ。
「そう言うわけじゃ……ああもう! わかったよ」
遠慮が一切なくなった翠に押し切られる俺。そして黒瀬よ、お前ら本当の兄妹じゃないよな? いいのか?
「疑問はもっともだが、瑛子に対していやらしい気持ちはないぞ」
「黒瀬、お前はエスパーか!」
内心、翠と一つのベッドに寝るということでドキドキしながら、黒瀬とくだらないやり取りをしつつ、いつの間にか寝てしまった。
異界で過ごす夜。
心のどこかで楽しんでいるのかもしれないな。