第六話 ゴジュテス大陸
昭和のいつか。どこかの次元にある大陸。季節は乾季。
五年前、黒瀬達が阻止しようとした異界の神。
そいつがいる世界へ俺たちは飛ばされた。
「わけがわからないが、この景色を見たら納得だ。日本にこんなとこないだろ」
「飲み込み早くて助かる。映画とかでさ、理解力の低いやつがいて説明に手間暇かかるのって好きじゃないから」
「昨日から映画やマンガみたいな出来事に巻き込まれてんだ。今更だよ」
「すまんな。お前達を完全に巻き込んでしまった。狙いは俺だと予想はついたのに」
翠を操った存在、それに支配された別の人間達が異界の神を召喚するより先に、妨害してくる黒瀬を消し去ることにしたと言う。
「何をしてでも元の世界へ帰る。山下と工藤、協力頼む」
「あ、ああ」
「うん。私も」
「瑛子、とりあえず衣食住のうち“食”だ。人の気配がある方向がわかるか?」
「あそこ。人が来る」
黒瀬妹の指さす方を見ると……遠くに馬車っぽいものが見える。現地人か。
「まずは交渉してみるか」
段々と近づいてきたそれは、俺が知る馬車とは似ても似つかないものだった。
まず馬じゃない。
馬の首にあたる部分が人間、女の上半身。
半人半馬……ケンタウロスと言ったか。
しかも裸。目のやり場に困る。
彼女らが二人して荷車を引いているかっこうだ。
荷車には髭で顔半分が覆われてるおっさん。肌も日焼けして赤黒く、アラブっぽい顔つき。
そいつが俺たちを睨みつけている。
馬車は俺たちの近くで止まり、ケンタウロス女達が剣を構える。
「あぁん? 色が白いな。子どもか? 見たことねぇ服だのう」
助かった。言葉がわかるぞ。
「見ての通り子どもだけだ。あんたに危害を加える気はない。むしろ助けてほしい」
黒瀬が両腕を挙げたまま応える。
「お前達、なぜこんなところにいる?」
「わけありでね。手ぶらな上にここがどこかもわからないんだ」
「わっはっは。迷子というわけか!」
豪快に笑うおっさん。
表情を変える。
「対価は何が払える?」
「そうだな。まず俺たちのうち、三人はあんたの護衛が出来るぐらいには戦える」
「ほう?」
おっさんの目が光った気がした。
「それとこいつは俺の妹だが、剣を作り出せるし、それに力を付与も出来る」
「なっ?!」
「出し惜しみなしだ。俺たちは食べるものと寝られる場所があればそれでいい。あと少しばかりの情報があれば。あんた商人だろう?」
すらすらとおっさんと話す黒瀬が頼もしい。
「いいだろう。腕前が見たい。一番弱いのはそこの坊主か?」
おっさんは俺を指さす。
「そうだ。こいつは戦えない。その次に弱いこの子の腕を見てみるか?」
黒瀬は翠の背中を押した。
「えっ? 黒瀬君?」
「すまんが工藤、あの姉さんとちょっとやってみてくれ。猫の力使って」
ちらと俺をみる翠。眉が下がって困り顔。
「翠、怪我するなよ!」
「あ、うん」
「お前の方が強いさ」
「あ、ありがとう……」
「準備はいいか?」
女ケンタウロスの一人が、剣を構えてこちらを睨む。
「いいよ」
言うが早いか、翠は目にも止まらぬ速さで動いた。
何かが動いてるのはわかるんだが、はっきり見えない。
野良猫がすごい速さで駆けてくのを見たことあるが、それの比じゃない。
女ケンタウロスが剣を振り回すが、翠のスピードについていけないようだ。
空中に火花が散ったかと思うと、女ケンタウロスの剣が宙に舞い地面に落ち、翠は女ケンタウロスの背後をとっている。
制服の袖とスカートからのぞく手足は、昨日見たように毛で覆われ、指先からは鋭くて長い爪が女ケンタウロスの首へ当てられていた。
「ほうほう。単なる子どもじゃなく、獣つきか。大したもんだ」
おっさんは感心したように翠を褒めた。
翠、お前すごいよ。
その翠を容易く制圧した佐藤優子……怖いぐらいだ。
「わかった。その嬢ちゃんが一番弱いってことは、坊主達はもっと戦えるということか。こいつらケンタウロスは護衛も出来るが、やはり運搬が優先でな。戦えるお前達は歓迎する」
「交渉成立だな。すまんがこいつを荷台に乗せてやってくれ」
そう言うと黒瀬は俺の肩を叩く。
「じゃ、山下、工藤、あれに乗ってくれ。俺たちは歩く」
「え? 俺らだけ?」
「俺と瑛子は護衛だから。工藤、山下とおっさんを頼むよ」
「うん」
「坊主、俺はおっさんじゃねぇ。魔道具屋のバジャだ」
「それは失礼。俺は黒瀬、こっちは妹の瑛子。で、山下と工藤だ」
「ケンタウロスの方はレミとマキ。うちの従業員だ」
女ケンタウロス達は知らん顔だ。愛想悪い。
よく見りゃ可愛い顔してるのにな。
おっぱいが大きい方がマキ、小さい方がレミ。
「痛っ! 翠! 耳引っ張るなよ」
「隆晴、えっちな目で見てた」
しかたないだろっ! 目の前にいるんだから!
「お兄ちゃんも見てたよね」
「瑛子、男がおっぱいに興味をなくしたら人類は衰退するんだ。種の保存は」
「はいはい」
馬車に揺られること一時間ほど。
季節は夏っぽい。
喉が渇いたと言ったらバジャが皮袋に入った水をくれた。
ぬるくて少し匂う水。
黒瀬はずっとバジャと話してこの世界のことを訊きだしている。
俺より五つ年上だからか、手慣れてる。
ここはゴジュテス大陸、その真ん中辺り。
バジャの行先は神の都ってところでデカい神殿があるそうだ。
そこへ神事で使う道具や生活雑貨を売るのがバジャの商売。
ここから数日の距離にある都市から、月に一度のペースで通ってるとか。
「何で日本語が通じるんだろうな?」
「山下、違うぞ。瑛子のおかげだ」
黒瀬妹、神様だそうだが、なんてありがたいんだ。
思わず黒瀬妹に拝むポーズをする。
「そうそう山下もな、そうやって瑛子を崇め奉ってくれ。神格が上がっていくから」
「お、おう」
黒瀬妹は背の高いスレンダーな美人さんだ。
正体を知ったせいか、どこか神々しく見える。
「それで坊主達はどこから来たんだ?」
バジャの雰囲気が変わった。厳しい目つきを俺に向けてる。
まいったな、何て言えばいい。
「山下、そのままでいいぞ」
「え? いいのか?」
「こんな状況、誤魔化せるものか」
俺はバジャに日本からこの世界に飛ばされたことをそのまま話した。
「わははっ! そうだろうよ。坊主達のような人種はこの大陸にはいねぇ。それにケンタウロスを物珍しげに見るやつも、だ」
聞けばこのゴジュテス大陸にはあらゆる人種がいて、ケンタウロスはどこにでもいるらしい。
男は戦士として働き、女はレミとマキのように商人に雇われて働くことが多いとのこと。
「これから向かう神の都にも色んな人種がいるから、あまりジロジロ見ないほうがいいぞ」
そう言って笑うバジャ。
「異界から人が来ると言う話は俺も聞いたことがある。幾つかの人種、その祖先はそうやって異界からこの地に迷い込んだという話だ」
「バジャ、俺たちはとりあえず生活拠点が欲しい。対価としてまず剣を渡すよ」
黒瀬が何もないところから剣を取り出した。
手品みたいだ。
「ほう。これはなかなか」
手渡された剣を見てバジャが感心している。
「ある種の力が込められているから、大抵のものは容易く斬れるぞ、それ」
「だろうな。波動を感じる」
チラとマキが振り返り剣を見た。
「よし、マキ。止まれ。試してみろ」
おっぱいのでかい方の女ケンタウロス、マキ。
彼女は軒剣を受け取ると、近くにある大きな岩へ駆け寄っていく。
剣を横一文字に振ると、岩はバターのように切り飛ばされた。
すごい切れ味だ。マキも目を見張って剣を見つめている。
「あれ高く売れるだろ?」
「あぁ、クロセ、対価は受け取った。お前達に俺の店でよけりゃだが、食事と部屋は提供しよう」
「それでいい。護衛もする」
「助かるな。ははっ。俺はとんでもない宝を拾っちまったんだな」
心底嬉しそうに笑うバジャ。
神の都まで後わずか。