第十三話 ノリは合宿
昭和のいつか。どこかの街。季節は春。
はっと気づくと黒瀬、その妹瑛子、佐藤優子、知らない女子二人、つまり全員に見られている。
ああああああ!!
「先輩、山下さんって大胆な方ですね」
「言ってやるなよ、柚木。いきなり異界へ飛ばされた上に、エレボスを間近で見たんだ。そんな目にあった後に無事帰ってきて、好きな子が目の前にいたら……自然なことさ』
見知らぬ女子の一人、胸が小さくてお人形さんみたいに可愛い子が俺の方を見る。
「初めまして、柚木由香里です。皆さん、先ずお風呂へどうぞ」
「山下、立てるか?」
「あ、ああ」
「柚木は工藤を頼む」
「了解です。さ、工藤さん、こちらへ」
「……うん」
翠が惚けたような顔してる。
「山下はこっちだ」
驚いた。襖を開けたら、そこは広い更衣室。大浴場だ。
「着替えもある。服はあっちに置いてきたし」
さっきまで俺たちがいた異界。
やたらはっきりとした夢を見ていた気もするが、間違いなく現実だ。
黒瀬と二人して湯船に浸ると、ちょうどいい湯加減で身も心もほぐれていく。
総檜造りの香りもリラックスさせてくれるので至れり尽くせりだ。
「すまなかった、お前達を巻き込んでしまった」
「……いいさ。翠も俺もこうやって無事に帰って来れたし。刺激の強い遊園地へ行ったと思えば悪い気分じゃない」
これは本音。
翠も同じだと思う。
「糸こんにゃくは一生食べたくないな」
「……糸こんにゃく?」
「あの気色悪い触手だよ。そっくりだろ?」
ポカンとしてた黒瀬は笑い出す。
「くくくく……い、糸こんにゃくか。確かに。くくく」
どうやら黒瀬のツボに入ったらしい。ついでに訊いてみる。
「もう一人、胸の大きいお姉さんは誰?」
「飯田奈美。俺と小学校からずっと一緒の同級生だよ」
「同級生だと? 明らかにあっちが年上だろ……あ」
そうだった。
黒瀬は五年前、一度死んだ。
瑛子の力で辛うじて命を繋いだものの、本人曰くあやふやな存在になった。
名前を失い、身体は十七歳のままの黒瀬は、大人になっていく同級生を見て何を思うのだろうか。
「すまん」
「気にするな。前にも言ったろう? お前との縁が俺をここにいさせてくれる
そんな酷い目にあったのに、今もあんな妖怪みたいな奴らと戦ってる。俺が黒瀬と同じ目にあったとしたら……どうなるか。
光る剣で触手を斬り飛ばしていた黒瀬を思い出すと、自分には無理だとわかってしまう。
黒瀬、お前すごいよ。
「彼女達との縁があったから、それを命綱として帰って来れた。縁はかけがえのないもの、山下も工藤との縁を大事にな」
「年上って感じだな、黒瀬」
「おう。兄貴と呼んでくれてもいいぞ?」
「それはない」
脱衣カゴに異界へ置いてきたはずの制服が置かれていた。
「それ多分、柚木が作ったと思う。制服なくしたら親に叱られるだろ」
「黒瀬、あの柚木って子も人間じゃないのか?」
「まぁそうだ。一言で言えないから、本人に聞くといい」
胸の大きい飯田さんも普通の人間じゃないのか。
気になるなぁ。
風呂上がり、佐藤優子に謝られた。
「ごめんなさい。あなた達の護衛なのに防げなかった」
「気にしないで。佐藤さんのせいじゃないよ」
俺の正直な気持ち。あの一瞬で異界へ飛ばされた身から言わせてもらえば、防ぎようがないと思う。
そう考えたらさ、黒瀬達はとんでもない奴らと戦ってるわけだ。今になって怖くなる。
「山下、お前ん家に瑛子が送る」
「まて黒瀬、お前どこかに行くんだろう?」
「俺たちをあっちに飛ばしたやつの後ろにいるやつ、それがまだわかってないからな。そいつをどうにかするまではまだこの街にいるよ」
「じゃすぐに転校していくんじゃないんだな?」
「それを片付けとかないとお前と工藤も安心してイチャイチャ出来ないだろ?」
「そ、そんなことしない」
気配を感じて振り向くと翠がいた。
「隆晴……」
「誤解するなよ、翠。俺はだな、お前と健全な関係でいたいだけだ。まだ高校生だぞ、俺たち」
「……」
「だ、だから。今まで通りだ……よ」
そっと後ろから抱きしめられる。
「隆晴……嬉しい……」
黒瀬と目が合う。真剣な顔してる。
「揶揄う気はないよ。この縁は大事にしろ」
この流れ……黒瀬の誘導な気がするが、悪い気分じゃない。
「なぁ、よければここに泊まっていけよ。山下、お前の家はその辺どうだ?」
「外泊したことないから、わからないな……」
「親御さんに連絡してみろ、瑛子、電話」
「うん」
目の前にいきなり黒電話が現れた。もう何が起きても驚かない自信が出来たぜ。
「線がないけど……これ使えるのか?」
「使えますよ、山下さん」
微笑む瑛子。
俺は受話器を取り、ダイヤルを回す。
友達の家に泊まるって言うと、あっさりOKが出た。黒瀬に電話を代わってもらい、受験対策だと話してもらう。
「うちの親は意外と寛容だった……」
「山下、腹減ったろう? 食べようぜ」
振り向くと立派な料理が食卓の上に並んでいた。
「一瞬で……」
「気にするな。味は保証する」
その後、俺たちは夕飯を食べながら、たくさんの話、黒瀬達に何があって、どう言う経緯で今に繋がるかを教えてもらうことになる。