1話 道のり
「ここは、、、、どこなんだ、、、」
目を開いた一言目がその言葉だった。
辺り一面が暗く少し寒い気もした。
手元には小さな火がついた蝋燭があり、かろうじて前は見えていた。
清高は一度なにがあったかを整理することにした。
「確か……俺はトラックに跳ねられて……えっ!!ちょっと待て!!もしかして死んだの……俺……」
自分が死んだことに気付き、その場で小さなため息をついた。
農家の家庭に生まれた清高は、一人息子ということもあり、農家を継ぐことをまだ小さい頃から言われ続けていた。
土遊びが好きでよく畑の周りで遊んだり、畑を手伝って、褒めてもらえることがとても嬉しかった。
ただ、嬉しいこともあったが辛いことも多かった。
家族で旅行など一切なければ、遊びに行くなんてこともなかった。
友達の自慢話などを聞いていると自分が少し惨めに思ったこともあったが、いつも疲れて帰ってくる父にお願いすることはできなかった。
高校に上がり悪友との出会いが人生を大きく狂わせてしまった。
タバコはもちろん、飲酒、ケンカなどで何度も補導をされた。その度に、父は謝りにきてくれていた。ただ一度も怒られたことはなかった。母も優しく接してくれた。
それが余計に辛かった。怒ってほしかったのだ
そんな生活に嫌気がさし、上京することに決めた。
父からは
「お前の人生だ、好きにしたらいい、ただ、28歳になっても何も目標がないなら帰ってきて家業を継ぎなさい。」
と言われ、母からは
「1ヶ月に1回は連絡をしてほしい。」
と頼まれた。
しかしこの両方の約束をを守るつもりはさらさらなかった。
学力はなく、なんとなくFラン大学に入学したが、バイトと遊びに費やし、一度だけ留年もした。
そこまで裕福ではなかったが、両親のお金で大学に行かせてもらっていたので、両親に伝えたのだが、その時も怒られることはなく、
「しっかり頑張りなさい。」
その一言だけだった。
在学中も母から何度か電話は来たが、たまに出て大丈夫の一言だけを言い、すぐ切っていた。
大学を卒業した後は、上京先で仕事を見つけ働こうとしたが、正社員面接はことごとくお祈りされ続けた。
そりゃ~勉強もせず、資格もない、面接練習もしていないやつにやる気なんてないと思われただろう。
とりあえず派遣の仕事でなんとか食い繋いでいた。
その後、なんとか正社員で雇用してもらえることができたが、その会社はいわゆるブラックというものだった。
終電の電車に乗れたらいいほうで、会社で寝泊まりなんて当たり前だった。
彼女がいたこともあったがこの会社に就職した時点で連絡は途絶えていた。
そんなこんなを過ごしているうちに気づけば約束の28歳最後の日を越えてしまった。
仕事が終わり、夜中3時にフラフラと歩いていた。携帯が鳴っていた気もしたが、その時はもうノイローゼ気味で何も考えれずに歩いていた。
「ハッピバースデートゥミィー……♫」
自分で自分を祝う歌を歌いながら、気づけば交差点の真ん中ではねられたのだ。ひき逃げで……
何度も小さなため息をついた後、
「ろくでもない人生だったな…親父の後を注いでいれば何か変わったのかな」
何度も何度もため息をついてしまった。
いつまでもここにいるわけにはいかないので、とりあえず蝋燭をもち、とりあえず歩いてみることにした。
変わり映えのしない暗い道をずっと歩き続けた。死んだらもう疲れることはないと思っていたのに気づけば膝に手をついて休んでいた。
「ハァハァ…おいおい…‥ハァハァ…死んですぐ天国とはいかないのかね…ハァハァ」
何日歩いたのだろう……お腹も減らない、眠くもならない、ただただ疲労感だけはあったのだ。
「もうだめだ……。」
前のめりに倒れ込もうとした。
ドサッ!!
その際、誰かに支えてもらった感覚があったのだ。
「おやおや…大丈夫ですか?」
体格差のある自分を華奢な女性が支えていたのだ。身長は156〜158ほど…そしてどこか懐かしい香りがした。そして鬼の仮面をつけていた。
その女性は、パリッとしたワイシャツに蝶ネクタイ、どこかのBAR店主にいそうな格好だった。
「ハァハァあなたは……?」
何気なしに聞いた質問に優しく答えてくれた。
「これは失礼いたしました…私はすぐそこで喫茶店営んでおります。店主のシキと申します。」
その言葉を聞き、清高は純粋な問いをシキに問いかけることにした。
「喫茶店ですか?!でも俺死んだし……死後の世界にも存在するんですか?」
その言葉を聞くと、シキは少し笑い、答えてくれた。
「フフフ。失礼!そうですね…ここに来られた方は皆さんそう言われますね。正確にいえば、ここは三途の川の手前なんです。」
かなり驚きが隠せない清高だった。昔から人が亡くなれば三途の川へ行き、そのまま裁判とかを受けるみたいな簡単なイメージを思っていたのに……。
少し間をおいてシキは説明を続けた。
「ここに来られる方は、現世に大きな未練が
ある方なんです。未練のない方は真っ直ぐ三途の川へいけるんですよ。」
「大きな未練ですか……」
シキは疲れが見える清高へ提案をする。
「よければ、うちの店で休んで行きませんか?」
ただこの提案に一つの不安がよぎり、シキへ相談してみる。
「シキさんでしたっけ……俺お金とかないんですけど……」
その問いにシキはまた少し笑った。
「フフフ…大丈夫ですよ。うちはお金での決済ではないので。とりあえず休まないと…この先まだまだありますよ。」
その言葉を聞くと、清高は入店のお願いすることにした。なにせこの疲労でこれ以上歩くことは困難極まりない状況だったからだ。
「それじゃ……お願いします。」
シキはそう聞くと軽く頷き、肩を貸してくれた。
「それでは、行きましょう!清高様」
「えっ……なんで俺の名前……」
「さぁ……勘ですかね?…フフッ」
少し怪しさは感じたが、なぜだか悪い人には見えなかった。
「それはそうと少し確認したいのですが、あなたは私のことをどう見えてますか?」
急にシキはこんな質問をしてきた。
「えっと、、、華奢な女性ですかね。。なんでこんなことを?」
シキは少し微笑みながらこう言った。
「私の姿は人によって見え方が違うらしいのです。」
それを聞くと、清高はもう一度シキを見かえした。
そこにはやはり華奢な女性がいて、どこかとても懐かしい感じがした。
あれからどれくらい歩いただろうか、
シキの声が聞こえるが、正直もう限界であった。こういう時のあと少しどれくらいなんだろと少し疑問に思う。
体感で大体5分くらい歩いただろうか、シキが口を開く。
「あれがうちの店です。」
ずっと下ばかりを見ていたが、その声を聞き、ふと前を見た。
暗闇の中に、少しだけ灯り見えた。
その灯りは持っていた蝋燭なんかとは比べ物にならないくらい、清高に希望を与えた。
店の前まで着くと、希望が期待に変わっていた。
決して強い光ではなかったが、とても暖かった。表すなら実家に帰ってきたような…。
ただ、少し気がかりなことがあった。店の中がどうも騒がしいのだ。大きな物音がしたと思ったら次は女性の怒鳴り声…
「あの~シキさん……」
大丈夫か確認をしようとすると、シキは大きなため息とともに、右手を自分の額におしつけながらこう言った。
「ハァ~……申し訳ありません。」
一言謝罪をすると、昔懐かしい木の扉をあけた。
カランカラン♫
あたりを見回すと、見渡す限り懐かしいが充満していた。決して広いとは言えない内観、席は2人掛けのテーブル席が5席とカウンターが6席。THE喫茶店という感じなのだが……カウンター周りで暴れた形跡はあった……
「サナ!ベル!出てきなさい!!」
シキさんの顔は見えないが、どう見ても怒っていた。
そうしてカウンターに隠れていた2人の女の子がでてきた。
「おかえりなさい!!」
何事もなかったかのようにでてきたメイド服を着た女の子はサナというようだ。
元気よく出てきたサナであったが明らかに動揺していた。その答えは口元についた生クリーム物語っていた。
シキはそっと近づき、サナのおでこに強烈なデコピンをかました。
「痛ったーーー!!なにするんだよ~~。」
「あれだけ食べるなと言ったのに、、、耳はついてないんですかね~~。」
そう言うとアランはため息をつきながら、もう1人の女の子の方を向いた。
「ベル……さっき隠した物を出しなさい。」
ベルと言う少女は、サナと同じくメイド服を着ており、すごく可愛いく、
「店長ごめんなさい。」
そう言って出したのは、多分いちごが入っていたであろう箱をシキに差し出した。
シキは小さいため息をするとベルにもデコピンを行った。
「痛い~」
今にも泣き出しそうなベルをよそに、シキは清高に謝罪した。
「申し訳ございません。お見苦しいところお見せてしまって。」
シキがそう言うと、サナとベルはようやく清高に気づいた。
「あっいらっしゃいませ!!」
サナとベルが元気よく挨拶をする。さっきまでの疲労感は嘘のように消えていた。
「こちらのカウンター席へどうぞ。」
案内された席にゆっくり腰をかけた瞬間、座るってこんなにも楽だったのかと言わんばかりに大きく息を吐いた。
椅子に座って辺りを見渡していると、シキから少し変わったメニュー表を渡された。
メニュー表にしては豪華なもので、例えるなら卒業アルバムを薄くしたイメージで、
表紙にはメニュー表という記載はなく一つの金色で英単語が書かれていた。
「~memory~」
少し名前が気になりつつも、メニュー表を開けようとすると、シキが話しかけた。
「メニューを開ける前に、少し当店についてご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あっはい!よろしくお願いいたします。」
そう言うと、サナがカンペを出し店について読み始めた。
「このエデンでは、美味しいコーヒーとお客様の人生で1番思い出に残ったお食事を提供させていただきます。」
「俺の思い出の料理?」
それを聞くと、ベルが話し始めました。
「そうだよ♪そのメニュー表にはお客様が1番思い出に残っているものが書かれているんだよ!」
その言葉を聞き、清高は自分の思い出の料理について考えていた。
家族で食べに行った少し高価なステーキ屋や会社の入社祝いで上司に連れて行ってもらった寿司屋など思い返すと少し空腹感が戻ったような気がした。
暗闇で一人きりの時は、全ての欲はなく、ただただ苦痛だっだのだ
少し間をおいてシキが店の説明を続ける。
「そしてこの店にはルールがございます。、」
「ルールですか……?」
「はい。3つの大切なルールです。」
そう言うと、シキは少し真剣な表情を浮かべ、ルールについて話しはじめた。
1つ目は、メニューはそちらのメニュー表に記載している以外の料理は決して作りません。他の料理を作るように強要することは固く禁じます。
2つ目は、店内での暴言、暴力行為は禁止です。
3つ目は、お席は最大3時間までご利用が可能ですが、どのようなことがあろうと、この店にずっと居たいと思うことはおやめください。
ルールを聞き終えた清高は、素朴な質問をした。
「あのールールはわかりました。ただこのルールを破ってしまうとどうなるんですか?」
「強制退店となります。」
少し強張った顔でシキは続ける。
「退店後はそのまま三途の川に向かっていただきます。もちろんここで起きたことも閻魔様はご存知なので、せっかく徳を積まれ天国に行く予定の方も行けなくなる可能性もあるのでご了承ください。」
それを聞いた清高はシキに対し質問する。
「あの、、、天国に行けないということはやっぱり地獄ですか?」
その質問に答えたのはサナだった。
「地獄だったらいいね♪」
清高はその言葉に息を飲んだ。
地獄よりも辛い場所があるということを知ってしまい、その場で震えていた。
「余程のことがなければ、強制退店はありませんから安心してください。」
シキはそう言ったがその言葉にはかなり重みを感じた。萎縮した清高を和らげたのはベルだった。
「店主〜お客様縮こまってる…可哀想。」
ベルの一声で、優しく穏やかな声に戻ったシキから謝罪と
「そうですね。大変失礼しました。では清高様メニュー表をご覧ください。」
清高はその場で深呼吸をし、机に置かれたメニュー表をもう一度手に取った。
一体どんなものが載っているのかという期待と先程の地獄以上の場所があるという不安さが清高の手の動きを鈍らせていた。
「開けないの?」
ベルの言葉で、清高は覚悟をきめた。
「南無三!!!」
パッとめくったその瞬間、眩い光が当たりを包んだ。
数秒後、メニュー表に現れた文字を清高は読み返した。