おいちゃんのぎょーてい
おいちゃんとこのぎょーていは神だった。
バナナかよ! って突っ込みたくなるようなでっかい餃子が皿にぎっしり5個。
たまに『くずれちゃったから♡』とか言って更にもう1個おまけしてくれることもあった。
いやいや食いきれねえよ。
と思っても不思議と食えちゃう。
だって美味しいんだもん。
茶碗に山盛りの白米。
ラーメンのスープっぽい澄んだ中華スープ。(もちろんラーメンのスープとは別ものの定食用スープだ)
それと青菜の小鉢と漬物。
そんな餃子定食。略してぎょーてい。
お値段は850円くらいだったかなあ。(当時価格)
餃子がめちゃくちゃに美味かった。
皮はもちもち。
おこげカリカリ。
中の具がジューシー。
何よりデカい。
最強の餃子が食べれる最強の餃子定食だった。すっごく大好きだった。
毎日ここの餃子食いに来てもいいって思えるくらい美味かった。それくらい大好きだった。
あんまり通いすぎて、おいちゃん夫婦とすっかり身内のノリになってしまうくらいの仲になっていた。
『ねえねえ、昔やってた出前をまた始めようと思うんだけど……』
夕飯を食いに行ったとある夜、そんな話を奥さんが始めた。
『いーっすね、でも2人で店やってて片方が出前行っちゃって大丈夫っすか?』
そんな返しをしたら、奥さんは笑って言った。
『出前はあたしが行くし、うちに来る人なんてみーんな常連さんしかいないから。うちの人が一人いれば十分よ』
そう。
すっげえうまい定食屋なのに、平日は席が埋まってるのを見たことがない。
さすがに土日は家族客で満員になるけど。
うるさいのが嫌いな自分は、食べに行くのは平日の夜のみ。
というか人が少なくてうるさくないのに美味い、そういう穴場スポットを探し求める自分にとって最高の店だった。
たまーに常連のおっちゃんが一人で顔を真っ赤にして独り言を言いながらビール飲んでるのを見るくらいだ。
今思うと、奥さんは前から自分のことを狙っていたのかもしれない。
おいちゃんの店で一番若い常連は間違いなく自分だった。
他の客はだいたいおいちゃんと似たような歳のじーさんばっかりだった。
だから虎視眈々と目をつけていたんだろう。
要は、出前用のチラシをパソコンでちゃちゃっと作ってくれないかということだった。
夕飯前だけど朝飯前だったので、本日のぎょーていを完食した後、即日作成して翌日の夕飯前に持っていってあげた。
ギャラはタダだけど全然良かった。
おいちゃんのぎょーていがいつも美味しく食べられるなら、店が繁盛してくれてるなら、自分にとってはそれが一番ありがたかったから。
でも店は長く続かなかった。
おいちゃんは冬に風邪をこじらせて病院に行ったのをきっかけに、今までほったらかしにしていた健康負債を一気に払う羽目になった。
『体調かあ? 良かあないなあ』
そんなふうにいつもと変わらない真っ赤な顔で笑いながら、おいちゃんはいつもと変わらず美味い定食を作ってくれた。
『せっかくチラシ作ってもらったのにねえ』
奥さんがそう言いながら、メニューにはない賄い用の煮物を、頼んでもいないのに注文したぎょーていのお盆の上に置いてくれる。
だからそんなに食えないんだって。
とか言ってておいしいから食うけど。
もうここのぎょーていは食べられない。
おいちゃんにも奥さんにも、もう会えない。
閉店したら、店は売りに出すと言っていたから。
店にはすでに、〇月〇日をもって閉店しますのお知らせが貼られていた。
おいちゃんがどうなったのか、自分には知る由もない。
病気が治ったのか、悪化したのか、どんな最期だったのか、他人である自分には知るすべはない。
でもまあ、おいちゃんがどんなに長生きしたとしても、さすがに今はもう生きてはいないだろう。
実はおいちゃんから、餃子の具の作り方を教えてもらったことがある。
だから我が家で作る餃子はおいちゃんの味だ。
でも皮だけはうまく作れない。
だから皮だけ市販のものを使って餃子を作る。
食べ応えのない小さな餃子を食べながらいつも思う。
おいちゃんから皮の作り方も一緒に教わっとけば良かったなと。