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青い目のあの人


 あの人に会ったのは、小学一年生の時だったと思う。

 朝の通学路で、あの人の方から声をかけてきてくれた。


 水色の瞳。

 真っ白な髪。

 透き通るような雰囲気の、とても綺麗な人だった。



・・・


 私が3年間通っていた幼稚園は英会話に力を入れているところだった。

 だから習った歌も、朝や帰りの挨拶も、みんな英語だった。


 そんなこともあり、普通の小学生なら絶対に知っているはずの童謡を、自分だけが歌えずに大恥をかいてしまったこともある。


 音楽会の練習中に、出だしのソロパートをやってくれと先生から指名されたことがあった。

 突然キラキラ星を歌えと言われて、英語の歌詞を口にしそうになり、頭が真っ白になった。

 パニックで日本語の歌詞がまったく出てこなくなった。


 もし英語で歌ったりなんかしたら、確実に浮くということだけは察した。目立つことだけは何がなんでも避けたかった。

 焦れば焦るほど歌詞が出てこなくなる。


 誰か助けて。

 誰か教えて。


 でもまさかこんな有名な歌を歌えない子どもがいるなんて、誰も想像できなかったらしい。助けてくれる人は誰もいなかった。


 完全にフリーズした私に向かって『あなたはもういいわ』と言った先生の声が冷たかったのを今でも覚えている。

 実はこれ、ちょっとしたトラウマだったりする。

 

・・・


 たぶん同じ幼稚園だった同級生と、幼稚園時代の話をしながら学校に向かっていたんだと思う。

 それをたまたま朝の散歩をしていたあの人が聞いていた。そういう偶然だった。


『あら! 英語がしゃべれるの?』


 子どもみたいにキラキラした、とてもチャーミングな笑顔のおばあちゃんだった。


 その人は――普通にその年代にいそうな日本人の名前だったけど――ずっと外国に住んでいたと教えてくれた。


 その人と私たちは、すぐに友だちになった。



 当時はよく分からなかったけど、その人は軽費老人ホームに住んでいる女性だった。

 通学路からちょっと脇に入れば、その人の住んでる建物だった。


 今の時代なら考えられないかもしれないけれど、私たちはその人のお宅に何度か遊びに行った。


『これこれこういう人と仲良くなってこれから遊びに行くんだ! いい?』


 そんなふうに祖母に説明したと思う。そしてあっさりOKだった気がする。


 どんな話をしたかは全然覚えてない。

 でもその人と話をしている時間は嫌いじゃなかった。覚えてないけど、それだけは確かだった。


 その人はとても気品があって、所作が美しくて、素敵な女性だった。


 その人とお茶をする時間を、私は楽しんでいたんだと思う。


 でもなんとなく、ぎくしゃくするようになったのは、一緒に遊びに行っていた子が急にドタキャンしたことから始まった。


 一人でその人のところへ遊びに行くということに、とても高いハードルを感じてしまったのだ。


(めんどくさいな……)


 遊びに行くって約束をしたのに、私はその約束を破ってしまったのだ。


 どういう経緯だったか、そのことが父親にバレた。そしてものすごく怒られた。


『明日必ず謝りに行きなさい。

 約束を守らないのは最低の行為だ』


 そんな内容で怒られた。かなりきつく怒られた。


 自分がとても悪いことをしてしまったんだということを痛感し、その夜は泣きながら眠った。

 自分が地獄に落ちてしまうのではと本気で思っていた。そして怖くて怖くて仕方がなかった。


 そして罪の意識が強すぎて、ますます謝りに行けなくなってしまった。

 許してもらえなかったらどうしようと思ったら、会うのが怖くなってしまったのだ。


(もし朝、通学中に会えたらそのとき謝ろう)


 そう思っていたけれど、その人に会うことはもうなかった。


 記憶が曖昧だけれど、一度手紙を書いて持って行ったような気がする。


【遊びに行くって言ったのに、約束を破ってごめんなさい】


 そんな手紙を持って行って、受付の人に声をかけたら、出かけてるから留守だと言われて、手紙だけ置いていったような気がする。


 それで自分の罪の意識が軽くなったのかもしれない。


 私は普通に学校に行き、放課後は同級生と普通に遊び、習い事のある日は習い事に行った。



 それからどれくらい経ってからだろうか。

 急にあの人のことを思い出して、一緒に遊びに行ってた子と話をした。


 またあの人のところへ行きたいねって。


 だけどその子は言った。


 その人、もう死んじゃったよ……って。






 その日は家でずっと泣いた。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 もう会えないあの人に向けて、何度も何度も謝った。

 絶対に届くはずのない謝罪を。

 決して許しを得られない謝罪を。

 もう会えないあの人に向けて、何度も心の中で謝った。


 取り返しがつかないというのは、こういうことだというのを私は思い知った。

 

 

 その時のショックが強すぎたんだと思う。


 私は守れない約束はしないという信条を自分に課した。そして未だに課し続けている。


 そして何度も思い知った。


 世の中には人との約束を守らない人が、とてもたくさんいるということを。



 簡単に約束を破る人。

 できもしない約束を安易にする人。


 そういう人は、私の『親密になりたくない人リスト』に入れるようにしている。


 だってそれは、その相手のことを大切に考えていないという証拠だ。

 誠実に対応する価値のない人だと思っている証拠だ。


 そんな人間とは関わりたくない。

 そんな人を除外した人間関係を構築するようにしている。



 でも、本当は分かってるんだ。


 私がそういう不誠実な人を嫌悪しているのは、まだ私があのときの自分を許せていないだけなんだって。


 あの人との約束を破ったあの頃の私を、どこかの誰かに投影して、憎しみを向けてるだけなんだって。




 そして、あの人のことを久しぶりに思い出して気づいたことがある。


 きっと私とあの人が友だちになれたのは、私がまだまだ子どもで、ルールやマナーもよく分かってないような、そんな小学一年生だったからなのかもしれない。


 もっと私が成長しているときに出会っていたら、きっとあの人とは友だちになれていなかったんじゃないかな。


 そう考えれば、少しは救いが得られるような気がしないでもない。












I hope it reaches you.


I have never regretted being your friend.


Meeting you and talking with you has been an asset to my life.


Thank you so much for being my friend.



I loved you.

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく良いお父様ですね。 [気になる点] 私も「約束は守る」ものだと思っていたので、小学生時代に友人が当てもなく「遊びに行くよ」なんていうのを嫌だと思ってました。 社交辞令って言葉も知りま…
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