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オレンジジュース

 

 僕が子どもの頃はまだ、ドリンクバーなんていう夢のような飲み放題システムはなかった。


 ファミレスでお子様ランチを頼めば、ジュースが1杯ついてくる。(ついてこない店もあった気がする)

 たしか、オレンジジュースかリンゴジュースかくらいは選べたと思う。



 小学生でも3年か4年になれば、さすがにもうお子様ランチなんて恥ずかしくて食べなくなる。


 その頃くらいから、家族の外食先候補の中からファミレスの選択肢はなくなっていった。




 小学生のころ、よく買い物に行くスーパーのある建物の中に、いつの間にか小さなパスタ屋ができていた。


 そこの店のオレンジジュースが、すごくおいしかった。


 今のところ自分の人生で一番おいしいと思うオレンジジュースが、そこの店のオレンジジュースだ。

 ずーっと不動の1位である。



 そこの店では、オレンジを専用のプレス機で絞って出してくれるのだ。

 グラス1杯分、何も薄めず、完全に100%の絞りたてオレンジ果汁。


 もちろんパックの100%オレンジジュースとは、味がまったく違う。


 本当に本当の、正真正銘、生搾りオレンジジュース。


 オレンジの果肉が底に沈んでいて、ジュースを飲み終わった後も、ずっとストローで最後の果肉までほじくり出していたような気がする。


 飲み終わってしまうのが嫌になるくらい、それくらいにとてもとてもおいしいジュースだった。


 でも残念ながらランチセットのドリンクでオレンジジュースを頼んでも、出てくるのは既製品のオレンジジュース。


 その特別なオレンジジュースは、単品で注文しないと出てこないジュースだった。



 ジュースだけじゃなく、料理もすごくおいしかった。


 野菜嫌いの自分が、サラダを残さず食べれるようになったのもその店のおかげだった。

 そこの店のサラダならおかわりだってできちゃうくらい好きだった。


 小さくて狭い店だったけど、味が良かったから人気だった。


 僕が社会人になっても、まだ店は続いていた気がする。


 ランチセットを頼むことが多いので、セットドリンクはコーヒーを頼んでいたけれど、やっぱりどうしてもあのおいしいオレンジジュースが飲みたくて、敢えて単品メニューで追加オーダーすることもあった。


 大好きな店だった。


 家族と行くこともあったし、一人で利用することも多かった。


 デートでも使ったことが……あったような……なかったような……。



 でもなくなってしまった。



 スーパーが買収されて、建物ごと改装工事をするときに、その店は追い出されてしまった。



 みんながとても残念がっていた。


 常連さんたちは、最後の方は厨房にいるマスターに声をかけて帰っていくようになってた。


 僕も挨拶したかったけど、そこまで行きつけにしてたわけじゃなかったし、ガキがいっちょまえ気取ってるのもダサいかな、なんて思ったりして……結局、何も言えなかった。



 厨房はホールより一段下がった構造になっていて、カウンター越しにはいつも、厨房で忙しく料理をしているマスターの頭頂部が『僕はここだよ!』と存在アピールしていた。


 カウンターの上のペンダントライトが、いつでもマスターの頭頂部を明るく照らしていた。


 マスターの顔は思い出せないけど、厨房とホールを繫ぐカウンターと、その奥の厨房の様子、そしてカウンターの上をスライドするように動く頭頂部の輝きはすごく記憶に残っている。


 素敵なお店だったなあ。



 今はもう、その店の味は食べられない。


 挽き肉がたっぷりで、丁寧に煮詰めて黒っぽくなっている、デミグラス風味なミートソース。


 仕上げに生クリームがかかっているのがおしゃれで、家でもミートソースにコーヒーミルクをかけて真似して食べてたっけ。


 パスタは細みのスパゲッティーニで、弾力があって、これぞアルデンテって感じの上手な茹で加減だった。


 細めパスタの店を見つけると嬉しくなるのは、この店のことを思い出すからもしれない。



 未だに家族で話すときに出てくる、おいしいパスタの店の第1位はその店だ。



 思い出したら、あそこのミートソースパスタ、また食べたくなっちゃったな。



 だけどもう、二度と食べられない。


 その店はもう、どこにもない。


 僕の思い出の中にしか――。


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