6.
トックはリァンがその場にいるのを見て、かつヤンが当たり前のようにリァンの隣に座っているのを見てトランに泣きついた。
「ほら、ほら、トラン兄さん。俺言ったじゃん!」
「あーわかったわかった。これ以上余計なこと言うとつまみ出すぞ」
「ひでえ!!」
「つーか、これ以上言うとお前が工房で針のむしろに座ることになるから、黙っとけ」
トックは自分の勤める工房の役付きでもあり自分の上役でもある兄弟の父親を見て口を閉じた。
ぺこりと頭を下げて朝の挨拶をし、父親も静かにそれに返した。
それを合図に賑やかな朝食会が始まった。
朝食だから、軽くて簡単なものが中心とは言え、こんなにたくさんの人がいて賑やかな朝食はリァンが覚えている限り初めてだった。
目を瞬かせている間に、自分の目の前の皿にはファナやヤンが取り分けてくれた食事が盛られ、トランは豆のスープを器に入れて渡してくれた。
お皿に載せられたファナがおすすめだと言う羊の乳のチーズを一口食べてすごく美味しいと感じた。
涙が溢れそうで、それを誤魔化すかのように豆のスープを飲んだらそれもすごく美味しかった。
「美味しい?」
「とても」
「よかった。もう少し食べなよ」
隣に座ったヤンに問われてリァンは頷いた。ヤンは誰にも気づかせないようにするっと宥めるようにリァンの背を撫でた。
「ヤン、リァンさん、それで、昨日はどうだったの?」
ファナの質問に2人は動きを止めた。
「え?」
問い返したヤンと顔を赤くするリァンを見て、ファナはニヤニヤとした。トックは何かいいたげにトランの肩を揺すった。
ファナはニヤニヤとしながらもそんな2人の様子を今ここで聞くつもりはないようだ。
「だってあなたたち、星を見に行ったんでしょ?」
「あ…そうです!」
「そうそう、星!星を見に行った!!」
慌てて取り繕う2人にファナはさも意地悪そうに目を向けた。
「どうだったの?」
「あ…えっと…美味しかったです!」
「おいしかった?」
リァンの的を外れた答えにファナは目を丸くした。
「あ…えっと…夕飯を買って行って、砂漠で食べたんですけど…ヤンと2人で夕飯食べたの初めてで…おいしかったって…その普段は1人なので…」
しどろもどろなリァンの最後の言葉にヤンの家族は胸を突かれてしまった。
「あら、じゃあ今日の朝ごはんはもっと美味しいわね」
「はい、とても…」
ファナのニコッとした笑顔にリァンは頷いた。
ファナは隣に座った長男を見ると口いっぱいに頬張って満面の笑みを浮かべていた。夫の膝の上に座った次男もニコニコとしている。
「夕飯ぐらいうちでいつでも食べて構わないだろ、母さん」
「もちろんですよ。しょっちゅう帰ってくるとは言え、ファナがお嫁に行ってから男ばかりで華やかさがなくて寂しいですもの。ねえ、あなた」
父親が妻に問うと、夫の言いたいことを理解したのか少しからかう口調で妻は夫に返した。
「夜はヤンに送ってもらえばいい。ヤンが嫌なことや無理なことをするなら蹴飛ばしていいからな」
「はい…」
静かで優しい父親の言葉にリァンは頷いた。
「て言うか、なんで今までもリァンさんを夕飯に連れてこなかったのよ」
「あ…えっと…気を使うかと思って…」
姉の鋭い指摘にヤンは息を詰まらせた。
そんな娘と息子の様子を呆れたように母は見ていた。
「気を使って、リァンを寂しがらせたら元も子もないないだろう。今夜から夕飯はうちで食べなさい」
「はい、でも…」
「気を使っちゃうわよね。だから、一緒に買い物して、一緒にご飯作ってくれると助かるわ。時々何か…そうねぇ、生の果物が出回る時に差し入れてくれると嬉しいわ。ヤンと一緒に夕飯を作ってくれてもいいし、たまには2人でいたい時だってあるでしょ」
父に言われて、リァンはドキッとしてこのまま甘えていいものかと目を泳がせた。
母親がヤンに向かってニヤリとすると、その顔がよくファナに似ていた。
普段市場で売っているのは乾燥したものばかりだけど、年に数回季節の変わり目で生の果物が出回ることがある。
乾燥したものよりは若干値は張るけど、そんな高くはないし、そもそも年数回のこと。
いくら気を遣わなくていいとはいえ、気を使ってしまうのをよく理解した上で義母になる人は言ってくれたのだと思った。
「ありがとうございます。お世話になります」
リァンがそう言うと食卓にはホッとしたような緩んだ雰囲気が流れた。
その後もヤンの家族から、あれも食べろ、これも食べろと言われて朝からすっかり満腹になってしまった。