5.
「ヤン、リァンさん。おはよう。朝市で会うなんて奇遇ね」
手は繋いでいるものの真っ赤な顔をして一言も発せず町に戻ってきて、朝市を通りかかった時、偶然か待ち構えていたのか身重のヤンの姉一家に見つかった。
義兄は長男の手を引き、次男を腕に抱えていた。
「げ!!姉さん!」
「何よ、そんな声出して、何かやましいことでもあるわけ?」
じっとりと冷たい目で見つめられ、ヤンはウッと押し黙った。
それにしても…と姉が2人を舐め回すように見つめ、居心地悪そうにするもののがっちり絡んで離れない指を見て色々と合点が入ったようにふふふと笑った。
「一緒に朝ごはん食べましょ。父さんも母さんもトランも待ってるわ」
姉夫婦と一緒に朝市を見て回ることになった。
産月もまもないと言うのに大きなお腹を抱えても朝市の中をサクサクと動く姉にリァンを取られ、仕方なしに姉の長男の手を引くことにした。
義兄はヤンに対して何か言いたそうではあるが、穏やかな笑みを向けられただけだった。
この人の笑顔は子どもの頃から自分の全てを見透かされているようで、それにもかかわらず自分にはこの人の考えを読めなくてヤンは苦手だった。
一方、リァンもヤンから離されて、朝市を連れ回す義姉に驚いている反面、心配だった。
産月は間近ではち切れんばかりにお腹は膨れていて、足元もろくに見えないだろうにサクサク動き回るのだから。
それにあれもこれもとあっという間に買い物をして、リァンの両腕いっぱいに抱えさせた。
「ファナさん、こんなに?」
「そうよ、父さん母さん、トランにあなた達と私たち、大人だけで7人いるんだもの。余ったらお昼に食べて貰えばいいのよ。あとは果物…」
「昨日買ったのがあるけど、足りる?木の実もあるの」
「あら、生のアンズね。くるみとかぼちゃのタネも。好きだから嬉しい。ありがたくいただくわね。うちに行きましょう」
そう言ってファナはニコリと笑った。
リァンはこの義姉になる人の遠慮なさそうに振る舞うくせに、リァンに心地いい距離と態度で気を遣ってくれるところがすごく好きだった。
いつかこの人にも「大好き」と伝えられたらいいのに、と思う。
「母さん!ヤンとリァンさんも途中で会ったから連れてきたわよ」
「あらあら、ファナに捕まったのね…何だか2人揃って砂まみれね。湯も浴室も使っていいから身支度してきなさい。着替えも…ヤンのほとんど着ないうちに小さくなった作務衣があったわ。ちょっと待っててね」
リァンが一言も発しないうちに母親はリァンの着替えを探しに行ってしまった。
ファナは沸かしてある湯を桶2つに入れて、身支度用の布をそれぞれ準備してヤンとリァンに渡した。
少しだけ冷たい視線をヤンに向けた。
「わかってると思うけど…一緒に浴室に行こうと考えるんじゃないわよ」
図星だったのかヤンの喉が鳴った。
「全く朝っぱらから。しょうがないわねで済まさないわよ」
ギロリと姉に睨まれては、ノリで物事を進めるわけにはいかなかった。
リァンは戻ってきた母親に着替えを渡されて浴室に押し込まれ、ようやく息をついた。
砂の上をゴロゴロと転がったせいで砂まみれなのは気分が良くなくて身支度させてもらえるのはありがたかった。
とはいえ、こんな調子でぐいぐいと物事を今後も押し切られてしまうのだろうかと、ちょっとだけ心配だった。
濡らした布で顔を拭くとずいぶん砂で汚れていて、髪の毛も櫛を通すたびに砂が溢れた。衣服は家に帰ってから砂を払おうと思ったが、母親が回収してくれて、外で砂が払われてしまった。
体も髪も洗って綺麗にして、ヤンがほとんど着ないうちに小さくなったと言う作務衣の袖を通した。
いつの頃のものかはわからないけど、それでも今の自分には腰回りや太もも周りは少しキツイけど袖も裾も少しだけ長かった。
身支度して台所に隣接している食事室に顔を出すと、食卓には所狭しと食べ物が並べられていて、朝ごはんの準備が整っていた。
「リァンさん、こっちに座って。ヤン、トランを起こしてきて。昨日トックと一緒に遅くまで飲んでいたみたいなの」
「え!?トックもいるの?」
「どうせあんたは帰ってこないだろうからって泊まったのよ。好きだった子に振られたとか何とか」
「トランもトックに付き合うなんて人がいいのね。昨日広場に行けば、あの子ならいくらでも出会いがあったでしょうに…」
ファナは呆れてため息をついた。
「出会いがあっても本人が意識しないと何も始まらんがな」
「言えてるわ」
父親の最もな言葉にファナも納得した。ヤンがトランとトックを起こして食事室に連れてきた。