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日も落ちて、夜のとばりが下りて、ヤンのするべき作業も終わった。

片づけている間に、出来上がった品数を書いた紙をリァンに渡し、リァンが在庫数を帳簿上で計算してくれていた。

「明後日の納品なんだが、数は足りそうか?」

「そうですね。少し余分がありそうなので、毎回の不良率を考えても納品の際の不良品の補充にも使えると思います」

「そうか、なら良かった。じゃあ、今日は上がってくれ。ヤン!外套もってきてやったから、さっさと行け」

リァンとヤンは兄に追い出されるようにして、工房を後にした。

リァンがランタンを持ち、それぞれ外套を腕にかけ、上下をひもで縛った絨毯をヤンは肩にかけた。

そして、示し合わせたようにお互いの指を絡ませた。

自分たちの後ろで兄が見ているとも考えてもいないのだろう。

そのくらいお互いしか見えていないか、トックの言葉が気になって周りを気にする余裕がないのか。

「トラン兄さん・・・俺は悲しい・・・」

「悲しいって、お前ずっと好きな相手いただろ?」

「この前嫁にいっちゃったよ・・・子もすぐ生まれるって」

「あ・・・ああ・・・次を探せ、次。ヤンは祝ってやってくれ」

「うん」

トランは涙ぐんだトックの頭をわしわしと撫でてやった。


リァンとヤンは夜市に寄った。

少し良い夕飯をと思って夜市を見て回る。

スパイスたっぷりの羊の串焼き、焼き鳥、米に味付けして蒸したもの、ゆで卵、味付け卵、落花生と肉の入った焼き飯に小麦を練って薄く焼いた皮に肉と野菜の酢漬けを挟んでもらった。

2人の格好を見て、明らかに砂漠に出て星を見るとわかったせいか、屋台の主人たちが生温かい目で見てきてどうにも居心地が悪かった。

お茶を陶器のポットに入れてもらっている間にリァンが果物と木の実を買ってくると言って一瞬だけ離れた。

「兄ちゃん、いいものあるけど持っていくかい?」

そう言って店の主人が出してきたものを見てヤンは目を瞬いた。

一粒店の主人がつまんでヤンの口に放り込むとヤンの口の中で甘さが広がった。

「うわ・・・甘・・・何これ」

「東の方から流れてきた砂糖菓子だな。星の形らしいから、星祭にぴったりだろ。ひと箱どうだい?」

ニヤニヤとそう言われれば買わざるを得なかった。

自分たちのような男女に売って荒稼ぎしているのだろうと思った。

リァンが果物を買って戻ってきて、屋台の主人が茶の入れたポットを渡してくれた。

「まいど。兄ちゃん、今夜は気張れよ」

後ろから追いかけてきた声に二人は頬を染める。

この町にはいろんな噂がすぐ流れる。

それがいいことの場合もあれば、全く根も葉もないものまでさまざまだ。

こんな風に夜二人で出かけたことは兄から両親、姉に伝わって、職人街では知らない人がいないくらい噂になって、本当か嘘かよくわからないことがまことしやかにささやかれるのだ、明日か明後日には。

屋台の主人が気張れよといいたくなるくらい自分ははた目から見てもそわそわしているんだろうと思った。

砂漠に続く町の門が解放されていて、祭りにかこつけて砂漠の中に迷いこむ人間がいないように何か所かに火が焚かれていた。

ランタンに火をもらうと、警備隊からは「あまり遠くに行くなよ」と注意を受けた。


人ごみから少し抜け、それでも警備隊の焚いた火が目に入るところで絨毯を広げた。

座る分には二人で使えるが、2人で寝転がるにはぴったり寄り添ってないといけない大きさだ。

きっとわざとこの大きさの絨毯を渡したのだろうと思った。

「先に夕飯食べる?」

「うん」

絨毯の上に持ってきた油紙を敷き、蝋引きの紙や葉、陶器の器に盛ってもらった夕飯を並べた。

ヤンは陶器のポットに入れてもらったお茶を茶碗に注いでリァンに渡した。

リァンは一口飲んでホッと息を吐きだした。

「何から食べる?」

「え・・・と・・・」

リァンは目移りするように並べられた料理を見渡した。

「こんなにたくさん・・・いつもは1品2品くらいだから・・・」

リァンがつぶやくとヤンの胸はつぶれるかと思うくらい痛んだ。

天涯孤独の彼女は一人で食事をすることも多いのだろうと思った。

一人で食べるのであれば、品数も多くは食べられないだろう。

母が食事をつくってくれて言葉は少ないけど父がいて兄がいて、最近は何日かおきに夫と子どもを連れて現れる身重の姉とヤンは随分にぎやかで豪華な食卓を過ごしているな、と思った。

「リァン、あーん・・・」

油紙を挟んで反対側に座ったヤンがスパイスたっぷりの羊の串焼きをリァンの口元に差し出した。

リァンは戸惑った。

「1本しか買わなかったから、2人で分けて食べよ。暗くて誰も見てないから大丈夫」

そう言ってヤンはニコッと笑った。

リァンは恐る恐るヤンの差し出してくれた羊の串焼きにかみついた。

髪の毛がかからないように抑え、肉をひとかけ串から歯で噛んだまま引き抜いた。

少し冷めたとはいえ、肉汁とスパイスが口の中一杯に広がった。

肉の味とスパイスをかみしめるようにリァンはもぐもぐと口を動かした。

心なしか、一人で食べるときよりも味が感じられるような気がした。

「どう?」

「おいしい」

リァンがニコリと笑ったのが見えて、ヤンは嬉しくなった。ただ、リァンは食べさせてもらうのが少し居心地が悪かったのか、ヤンが串焼きにかみついたのを見計らって、芭蕉の葉にくるんで蒸された味の付いたモチ米をてにとった。

そして縛ってある葉をほどいて、その香りをかいだ。

「これって結構独特の香りがするのね」

「どれどれ・・・」

ヤンはリァンの手を取って顔に近づけた。そして、ぱくりとリァンの手に握られたままのもち米に食らいついた。

「ヤン!」

串焼きと言い、もち米と言い、人の手で食べさせられたり人の手から取って食べたりリァンには経験がなくて、信じられないことだった。

「確かに、匂いは独特だけど、うまいよ・・・リァン?」

「さっきから行儀が悪いわ」

リァンの声が戸惑いとちょっとした怒りを含んでいた。

「ごめん、2人きりでご飯食べるの初めてだから、調子に乗った。嫌ならもうやらない」

ヤンがしょぼんと落ち込んだ声を出したので、リァンは息を詰まらせた。

「べつに嫌ってわけじゃ・・・慣れないだけで・・・」

「俺も別に慣れてるわけじゃない。リァンにしかやらないよ、食べさせたり、手から食べたりなんて」

ヤンはちょっとだけ拗ねた様子を見せた。ちらっとリァンを少し上目づかいで見た。

リァンがヤンの様子に少しだけ戸惑った顔を見せたので、ヤンはすかさず、焼き鳥をリァンの口の前に差し出した。

「リァン、あーん」

リァンはふるふると体を震わせたが、再度ヤンが畳みかけるとあきらめたように口を開いて、肉を歯で押さえて串から外した。

ヤンはそんなリァンの様子を見てニコニコと笑った。

ランタンの火に照らされたその表情が少し幼く見えた。

きっと、子どもの頃からいたずらをして母親や姉に怒られて、拗ねて見せて愛想をうって許してもらって、へへへと笑ってと言うのが染み付いているのだろう。

焼き飯もヤンが匙ですくって口の前に差し出してきたときはさすがにあきらめてしまった。

ピーナツが香ばしくて、少しだけ焦げた米と絶妙にあっておいしかった。

お返しとばかりにヤンの手から匙を取って、焼き飯をすくってヤンの口の前に差し出した。

ヤンはニヤッと笑って、待ってましたと言わんばかりに口を開け、匙にぱくりと食いついた。

きれいに匙をなめとってしまってから、もぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込んだ。

「次は肉がいいな」

そう言われて、リァンはしぶしぶ肉の部分をすくい、ヤンの口元まで持っていった。

ヤンはリァンの手をつかんだ。

「毎日は無理かもだけど、たまにはこんな風に二人でご飯食べよう」

「ヤン・・・今日のご飯はお行儀は悪いけど、いつもよりおいしいの・・・」

「それならよかった。リァンが嬉しいなら俺も嬉しい」

ヤンの真剣な声にすっかりほだされてしまった。

誰が見てるわけではないけど行儀が悪くて居心地が悪い、それでも食べるものはいつもよりちゃんと味がして、はるかに美味しかった。

「うちに来てよ。父さんも母さんもよくリァンのことを聞くんだ。姉さんもだけど」

リァンはヤンが姉の話になると少し緊張した声を出すことに気づいた。

本人は気づいてないみたいだけど。

「うちにもご飯を食べに来て。ヤンのお母さんやファナさんみたいに上手じゃないかもだけど」

「それだったら、一緒に作ろう」

「うん」

2人は照れたように笑いあった。そして、誰も見ていないことをいいことに匙を交代で使いながら互いの口に焼き飯を運んだ。

「あと、卵と野菜と肉を挟んだのあるけど・・・」

「もうさすがにお腹いっぱいだわ。美味しかった」

リァンはそう言って両手で持った茶碗でお茶を飲んだ。

「じゃあ、これは夜食か明日の朝ごはんだな・・・」

食べた後のごみを片付けて、残った分は油紙に包んでおいて、とその時、2人して思い出した。

夜砂漠まで出てきた目的は流れる星を見ることだと。


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