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千の敗北一の勝利

 

 《窃盗》っつースキルは控えめに言って神だ。

 低確率とはいえ、試行回数さえ稼げれば他のプレイヤーのアイテムを奪えるなんてあっちゃいけねぇ。だが、このゲームにはそれがある。


 肩ドンし、謝罪と共に《窃盗》。

 この繰り返しで随分とアイテムも集まった。確かに一度だけアイテムウィンドウを開いている奴がいたせいで、窃盗がバレかけたが、それ以降はちゃーんとそういうところも気を付けている。なに、問題ないさ。


「あ、ルノさん!」

「はいはい、ルノさんです」


 俺が外套を脱ぎ、NPCがやっている屋台で適当に買い食いをしていると、ふと俺の横を通り抜けようとしたプレイヤーがこちらに気付き声を掛けてきた。

 最早俺の名前は多くのプレイヤーに広がり始めている。それは一日目に表彰された他の連中も同じだ。しかし、その中でもニクネを与えられたモモとかいうアイドルと血塗れ、それに俺の三名が特に顕著に名が広まったに過ぎない。


 だからこそ、適当に顔を出して歩いているだけでも知らないプレイヤーに話しかけられる。


「なんか街から東に進んだとこでボス出ました!モグラ型の」

「おいおい、マジかよ。小突いて報酬だけでも貰いいくわ」

「い、いや…、戦いましょうよ」


 どうやら俺にボス情報を教えてくれたこのプレイヤーはリスポーン直後らしく、「ちょっと体が動かし辛いです」と言いながらも、俺の前を先導しボスがいる場所まで連れてってくれた。良い子で泣きそうだよ。

 街から出てしばらく進むと、激しい戦闘音とそれに伴った轟音が地面を揺らした。


「結構強くて歯が立たないんでルノさんの魔法でどうにかできたりしませんか?」

「えぇ?無茶言えよ、俺のスキル搦め手特化だぜ?ボスの力じゃ引きちぎられちまうよ」


 幾度となく言っているが、《影魔法》は搦め手スキルだ。基本ステータスが蟻さんの種族人間にはそこそこの力を発揮できるが、高水準に能力が固まる魔物に至っては数秒も持たずに影を引きちぎられるに決まっている。


「うーん、そうですよね…」

「んなこと考えなくたって俺達は勝てるよ」

「え?」


 難しそうに頭を抱えるプレイヤーに俺は気を楽にしてそう言った。

 寧ろ俺は、どうしてこいつがここまで悩んでいるのかが分からない。下手な考えはいらないのだ。酷く単純で、明快な答えが俺達には提示されている。



「――だってよぉ、千回敗けても千一回目があるんだぜ」


 ――プレイヤーは復活する。

 その前提さえあれば、なんなら武器もスキルも無くていいのだ。MMOは時間が価値となるゲームだ。ニートがヒーローで、社会人が足手纏い。現実とは真逆の世界がここだ。


 さぁ武器を持てよ。何、なんなら拳で良い。一ダメージ与えれば仕事はしたって言えるさ。ここに廃人御用達のDPSチェッカーズはいねぇ。存分に低DPSを叩き出せよ。俺は怒らねぇさ。


 答えはいつだって単純明快(シンプル)なのが一番だからな。


「プレイヤーのみなさーん、ゾンビ特攻のお時間で~す」


 装備の耐久値が不安な人は、ちゃんと外して拳で殴ろうね!





「――し、ねぇ!!塵芥ァ!」


 わぁ!反乱だァ!

 突如としてこちらに突撃してきたプレイヤーを《影魔法》で転ばせて、そのまま抑え込み、ナイフを首筋に当てた。

 おいおい、どうしたってんだよ。今は皆が一丸となってボスを倒すって約束じゃねぇかよぉ。俺を襲っちまうくらいに敵と味方の違いが分からなくなっちまったか?


「何が…!一丸だ!?散々他の連中扇動して、てめぇはずっと高みの見物じゃねぇか!」

「そんなんじゃないって。ちゃんと俺攻撃してんじゃーん」

「それはボス戦参加の判定を得るためだろうが…!」


 こいつ、意外と目敏いな?

 俺は目を細めて、組み伏せられたプレイヤーを睨みつける。


「初心者は全員お前に洗脳された!その意味が分かるか!?お前はあの子らをゲームの奴隷にしたんだ…!間違った常識を植え付けて、お前自身を盲信させるように仕向けた…!その罪の重さを理解しているのか…!?」


 んなあくどい事してねぇって。

 ボス戦の時は装備の耐久減るの早いし、壊れるの怖かったら外しときなって諭しただけじゃんか。

 運営の情報によれば、この世界には鍛冶スキルが存在する。しかし、俺たちは未だに鍛冶スキルの習得方法を見つけられていない。

 装備は壊れる――。目に見えない耐久値が設定されている。NPCの鍛冶師に見せれば耐久値があと幾つかを教えてくれる為、恐らく《鍛冶》スキルがあれば耐久値が確認できるようになるのだろうと俺たちは踏んでいる。


 ――戦場に鍛冶師は必要だ。

 その場での武器修理、耐久チェック、それに鍛冶道具での特攻。鍛冶師こそゲームに蔓延るべき善玉菌たり得る。

 しかし、今はまだ《鍛冶》スキルが発見されてない。じゃあ耐久値の減り怖いし、外しときなーって教えただけだぜ。そこに何の間違いもないし、寧ろ有難い言葉だろうよ。


「いいや、何時間かけるつもりだ…!初心者(あのこたち)には経験が必要だ。武器が突然壊れるという経験は未来に繋がる!準備を怠ってはいけないという教訓になる!それにだ…!」


 まだ続けるんかよ。

 もういいよ、お前の話長いしつまんねーんだよ。次はもうちょい面白い話持ってきてくれや。

 俺は面倒くさそうに耳の穴をほじりながら奴の首を掻っ切ってやった。粒子が空を舞い、天に昇っていく。酷く美しく、幻想的な光景だ。


「生き汚くとも散り際は綺麗、か」


 …まぁ、奴の言っていたことはあながち間違っちゃいねぇ。

 立ち上がり、ボス戦判定が途切れないようにモグラに攻撃を当てに行く。その最中、多くのプレイヤーが拳一つでボスに突っ込んでいく。

 簡単な言葉誘導さ、ここにいる奴の大半が今まであまりゲームをしてこなかった類だ。知っていたとしてもコンシューマーゲームの有名どころだ。MMOなんていう時間こそ正義のゲームを碌に知っているはずがない。

 だからこそ、こいつらはなんでも知識に吸収してくれる。(てい)のいいスポンジ奴隷だ。


「塵芥さん!モグラ弱ってきてます!あと二、三時間も殴り続ければ倒せます!」

「そうかそうか、そりゃイイネ。あと三時間弱頑張ろうや」


 俺の事を何でも知っている凄い人、と盲信してくれるなら大いに結構。

 存分に信用して頼ってくれや。時には正しい情報も教えるし、間違った情報を教えてやる。俺はお前達の先生だからな。大丈夫、しっかりと奴隷根性の沁みついた立派なプレイヤーにしてやるさ。


 俺専用の奴隷としてせこせこ成長してくれよォ…!くくく…!





 Q1.スキルは何がおすすめですか?

 A.生産系のスキルで埋めましょう。


 Q2.塵芥さんは酷いプレイヤーと聞いたのですが、そんな事ないですよね?

 A.全くのデマです。皆さん、信じないように。


 Q3.貴方は何者なのでしょうか?

 A.ただの人ですよ。


 Q4.ルノさんはもっと評価されるべきです。まず宗教を興し――

 A.貴方たちにそう思われていればそれでいいですよ。


 Q5.血塗れさんとはどういう関係ですか?

 A.ちょ、ほんとやめて。あいつの話出さないで。



 モグラ討伐の最中、まぁ拳一つで倒そうとしている為、時間がかかる。

 その為、これから俺の奴隷になるプレイヤーの皆の為に質問コーナーを開いていた。こういう小さなところから奴隷育成は始まるんだよね。


 質問を一通り終え、満足したプレイヤー達は俺に満面の笑みで礼を述べてモグラ叩きへと戻っていった。こういう小さな優しさが優秀な奴隷を作る為の秘訣だぜ。


「全く雑魚の相手は疲れるってもんだ」


 ケッと悪態をつきながら、俺はモグラへと突撃していく連中を見た。既にこの場にいる殆どのプレイヤーは掌握した。一、二度の不可解な命令程度なら有無を言わさずに聞いてくれることだろう。流石に三度目となれば説明責任を果たせと言われるかもしれないが、そしたら全部ばらしてやればいい。重要なのは、命令を必ず一度は聞いてくれるであろう奴隷を手に入れたという事実だ。


「数は力だ…この世界は俺が牛耳る…!くけけ…ッ!」


 下卑た笑みを浮かべながら、ふと背後に視線を感じた。

 リスポーンした連中が帰ってきたかと温かい笑みで迎え入れてやろうとそちらを向く。そこには、


「あ」


 茂みに姿を隠しながら青色に光る鉱石をこちらに向けるプレイヤーの姿があった。

 そいつは、俺に気付かれたと見るや否やすぐさまその場から逃走しだす。


「何か企んでやがるな…!?」


 明らか過ぎる不審者に俺の思考が回転する。

 奴は生かしちゃおけない。あれは何かを為そうとしているタイプだ。それにあの青色に光る鉱石、明らかに何らかの効果を発動していた。怪しい、怪しさ満点だ。


 俺は奴隷共にモグラ討伐を止めるな、と指示を出し、先程のプレイヤーの後を追う。

 まだそれほど遠くには逃げておらず、恐らく俺が追ってこなかったら再び戻って何かをしようとしていたのだろう。奴は追ってくる俺の姿を捉えた瞬間、びくりと身体を震わせて逃げ出した。


 細目に丸眼鏡、鼠色の髪の男だ。

 相変わらず手には青い鉱石を握りしめており、明らかに何らかの効果を発揮している。


「雑魚がちょこまか何企むってんだぁッ!!?」


 悪役と化した俺の咆哮と共に、ズズ…と浮きあがった影が勢いよく地面を這いずり、そのプレイヤーを追う。


「掻き鳴らせ!」


 しかし、影が奴に到達する直前、奴の口からそんな叫びが飛び出す。その瞬間、俺の耳朶に耐え難い爆音が流れ、咄嗟に立ち止まって耳を塞いでしまう。同時に影の操作権も失い、伸びた影は地面と同化し消えていく。


「ん、なぁ!?音!?あぁ…!クソ、《音魔法》かよ!」


 再び駆け出し、奴を追う。

 耳を塞ぎ、音を遮断する。こけおどしで馬鹿にしやがって…!

 再び影を出し、前方に見える奴へと勢いよく飛ばす。真っ黒い影が光を吸収しながら、地面を縫い走り、そのままプレイヤーの足を掴んだ。


「――ッ!?」


 耳を塞いでいる為殆ど何も聞こえないが、何か叫びながら奴は前方で派手に転倒した。影魔法で起き上がらせないように時間を稼ぎながら、立ち上がりかけたそいつにドロップキックを仕掛け、そのまま地面を転がって拘束する。


「手間かけさせやがって…」

「くそぅ…!こうなったらヤケだ!塵芥さん、僕はしがない情報屋です!あなたの越権行為を他のプレイヤーに広めます!」


 げほっと何故か血を吐きながら、情報屋と名乗るそのプレイヤーは俺へと叫んだ。


 越権行為だぁ?俺のどこに問題があるってんだよ。

 何一つとしてルール違反はしてねぇぜ。全て運営の作ったルールに基づいての行動だ。


「いいや、あなたの行動は度が過ぎている!現に先の集団信仰、あれはなんです!?まるであなたの手となり足となり動く彼らは明らかにおかしい…!」

「いんや?なんもおかしくないだろ。俺を慕ってくれてる連中を悪く言うなよ」


 なるほど、越権行為とはそういう意味か。

 モグラ討伐中の連中は、俺の言う事なら何でも聞く奴隷と化した。奴はそこに問題があるといいたいのだろう。だが、甘い。甘すぎるぜこの自称情報屋さんはよぉ!


「ならばあなたは彼らに友情を感じているのですか!?貴方を慕い、言う事を聞く彼らの事をあなたはちゃんと友人として思っているのですか!?」

「思ってるに決まってるだろ?俺の中身が心臓まで冷たい冷血漢とでも言いたいのかよ」


 ここはこう言う他無い。

 でなければ自分の行いを正当化できなくなる。そうでなければ連中の在り方を否定することになる。俺とあいつらは互いに信用している。

 だから俺は奴らの質問になんでも答えるし、奴らは俺の言うことを聞く。そういう関係だと言い張らなければならない。


「話が難しいぜ情報屋君よぅ。もっと単純な話を聞きたいもんだね」

「…えぇ、いいですよ。()()()()が引き出せた時点で僕の勝ちだ」


 そう言って、奴は懐から青い鉱石を取り出した。そして、それを指で二回叩く。その途端、



『――全く雑魚の相手は疲れるってもんだ』

『――数は力だ…この世界は俺が牛耳る…!くけけ…ッ!』


 青い鉱石の中からそんな声が響いてくる。


「エコーストーンだ…!貴方の発言、しっかりと切り取らせて貰いますとも…!」


 エコーストーンだぁ!?んだそのアイテムはぁ!

 アンテのエコーフラワーのパクリじゃねーか!俺はすぐさま情報屋の手に握られた鉱石を分捕り、砕く。こ、これで…、


「残念!幾つも複製してありますとも!先程の発言も別のエコーストーンで吸音した後すぐにアイテムウィンドウに収納した!あなたは終わりだ、正真正銘!」


 ぐ、ぎぎ…!

 こいつ…、俺の不祥事をずっと狙ってやがったのか…!?

 い、いや…、だが、だがだ!俺には《窃盗》がある!こいつを生かし続け、全てのアイテムを奪い取る…!それで証拠は全て俺に手に渡る!この拘束を解けなければ俺の勝ち…、いける…!


 俺は更にぎゅうと情報屋の拘束を強め、《窃盗》を発動する。失敗…!だが、試行回数はいくらでもある…!


「焦っていますね、塵芥さん。僕は貴方に微塵の可能性も残さない」


 情報屋がそういった瞬間、奴は再び血を吐いた。

 こいつ…最初もそうだが何故突然血を吐く…?ハッ…!?まさか…!

 俺は情報屋の胸倉を掴み、その口に手を突っ込んだ。「おぇ」という気色の悪い反応が返ってくる。だが、やはり予想通り――、


「て、めぇ…!毒仕込んでやがったな…!」


 奴の口内の奥から、嚙み潰された毒草が出てくる。まずいまずい…!解毒アイテム持ってねぇぞ!回復アイテムで奴を回復し続け、毒の持続(スリップ)ダメージを上回り続けるしかねぇ。

 アイテムウィンドウから回復アイテムを取り出し、それを奴にかけようとするがその前に、


「気付くのが遅すぎたね、塵芥さん。―――このゲームの毒が凶悪だってあなたが最初に示したんじゃないか。僕たちを虐殺して」


 俺が、影に毒を混ぜて大量PKをしたあの時の光景が一瞬にして脳裏に過る。


「お前、まさかあの時あの場所に…!?」

「お先に、塵芥さん。あなたの悪事は暴かれる」


 そう言って回復アイテムの回復量は間に合うことなく、そのまま情報屋は粒子と化した。

 PK判定はつかない。恐らく、システムから自死判定をもぎ取ったんだ。ま、まずい…!まずいまずいまずい…!


 俺は必死に頭を回転させる。

 俺はこの世界の神になれた筈じゃあないのか!?あんな小物に出し抜かれて俺は終わるのか…?嫌だ、終わってたまるか…!俺はここで終わる奴じゃない…!まだ舞えるはずだ、ピンチの時こそ竜舞しなくちゃポケモンマスターとは言えないように、ここで諦めるのは俺らしくねぇ。


 何か、何かある筈だ…!

 逆転の一手が…!何か、途方もない方法で現状を打破できるはずなんだ!





 何も出来ずにバレて、元信者からタコ殴りにされました。はい。

 誰が悪いのかと言われれば多分俺に騙されてたお前らじゃないんですかね。そう言うと、未だ生きていたモグラの下に投げ捨てられ、俺はモグラ君に掴まれて、共に地中へと潜っていった。



 ――ねぇ、モグラ君…。

 ここではないどこかへ行こう。種族人間はもうダメみたい。俺、君みたいになりたいんだ。君のように何にも縛られず自由に生きたい。


 何も見えない土の中で俺はそう呟いた。

 そんな思いを汲み取ってくれたのか、モグラ君は俺を頭からばりばりと食べるのだった…。

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