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戦場の商人、ここに極まる

 

 〔はい、皆さんおはようございまーす!”配信決戦!Abyss Grow”二日目です!こちら大人気売り切れ御免と叫びたいほどの反響を頂いております!トレンド一位に加え、ネットニュースにも掲載されました!運営一同、喜びを隠せずにおります!〕


 喜色隠さずとばかりに機械面をした運営が激しく身振り手振りをする。

 コメントが一気に流れ出し、どれほどの視聴者が待機していたのかなど分かったものではない。運営の口から企画の再説明、幾つかのシステムの修正等が告げられ、事務的な報告をこなした後に、


 〔はい、それでは次に昨日の放送にて募集した【Nickname(ニックネーム)】の発表に移ります~!授与対象はそれぞれ同時視聴者数トップ、魔物討伐数トップ、視聴者アンケートトップ!それでは早速参りましょう!後ろのパネルをご覧ください――〕


 運営の背後に青白いパネルが出現し、文字化けと共に彼らのニックネームが表示され――。


 ◇□◇


「――塵芥(ちりあくた)ねぇ……適当な名前つけやがって」


 俺はそう呟きながら、ステータスを開いた。



『ルノ』Rank.1

Perk(パーク)】1/1

 〈初心者〉

Skill(スキル)】3/7

 《ナイフ》Lv.2

 《影魔法》Lv.2

 《隠匿》Lv.1

Nickname(ニックネーム)】1/1 

 ≪ 塵芥(ちりあくた)



 ステータスは更新され、俺の【Nickname(ニックネーム)】欄には塵芥の文字列が並んでいた。つーか塵芥ってちりとかゴミって意味だよね?え?運営がこんな名前許していいの?普通に訴えてやろうかな。

 だが、俺が一日目に行った所業的にも仕方がない部分はあるのかもしれない。別に悪いとは思っちゃいねぇが平和主義(グリーン)プレイヤーだって巻き込まれているだろうし、誰が悪かと言われれば文句は言えない。


 ……まぁとりあえず街の外に出るか。

 金はたんまりあったから序盤にしてはそこそこ良い装備も整ってるし、この辺の魔物ならそこまで苦戦しねぇだろ。にしても、どうしてこのゲームはアイテムやらスキルやらのフレーバーテキストが読めないんだ?というか効果説明文も見れないせいで新しいアイテム一つ買うのも結構なギャンブルだぞ。


「やっぱりボス討伐が必須なのか……?」


 運営の説明によれば、この世界には幾つものボスがいる。

 マップの各地、はたまたイベントの最終段階にボスはおり、そいつらを倒すと報酬と基本機能(プレイヤーシステム)が解放されるらしい。


 恐らくではあるが、フレンドシステムにアイテム閲覧、それにスキル閲覧もだ。

 フレンドシステムはまだしもアイテムとかスキルの情報くらいは見せてほしかった。最初にスキルを選ばせてくれた時は全然見れたはずだ。世知辛い。


 街の外にはちらほらとプレイヤーが徘徊しており、魔物を狩っていたり、プレイヤー同士で交流していたりと様々だ。そんな中で一人、俺に気付いたプレイヤーがこちらに近づいてきた。


「どうも、Pker(プレイヤーキラー)のルノ……、あぁ、塵芥さんですよねぇ。悪名高いニックネームを貰えてよかったですね」


 妙に色っぽいプレイヤーがこちらを値踏みするようにじろじろと見てくる。

 明らかに面倒臭いタイプだ。こういう輩を相手にするのは色々と厄介ごとがついて回ると経験則が言っている。なので、


「いやぁ酷い名前だよなぁ!――()ねや」


 ナイフを抜き取り、影魔法を相手の背後に回す。

 そのまま影が足を拘束し、這い上がって視界を奪い取る。初見殺し性能特化の《影魔法》君強ぇ!相手が暴れ出す前に初期装備のナイフよりもよほど上等なナイフで首を掻っ切る。


 わぁ、天国に召されていくよぉ!

 粒子となって空に溶けていく哀れなプレイヤーに心の中で黙祷を捧げる。

 そこそこのプレイヤー見ていたし、これで下手に絡んでくる奴が減るといいんだが……。俺はナイフを鞘に戻しながら、そそくさとその場から離れるのだった。




 このゲームの初日の進行度はそりゃ酷いものだ。

 ボスは一体も倒せてないし、俺のようなPker(プレイヤーキラー)が暴れ回って、それを討伐しようとする気概を持つ奴も現れなかった。

 初日で俺たちプレイヤーが得た有益な情報と言えば、クエストに関する幾つかの事と序盤の街付近から離れれば離れるほど魔物は頑強かつ凶悪になっていくという事くらいだ。


「まぁなんも貢献してないから文句は言えねぇが」


 貢献のこの字もしていない俺は外野から文句をぶー垂れる係だ。

 森林の枝木を避けながら奥へ奥へと進んでいく。話を戻すが、序盤の街から離れるほど魔物は強力になる。そして、それは採集アイテムにも適応される。

 MMOのみならずRPG系のゲームならば鉄則だ。後半になっても取れる採集アイテムがHPを10しか回復しない薬草の筈がないように、その場その適正レベルに沿ったアイテムが取れる筈だ。


 思えば俺が最初に出会ったあの雲みたいな魔物も序盤にしては強すぎたのだ。

 恐らく、この森は境目…強い魔物と弱い魔物が混在する場所だ。その証拠に見たことのないアイテムが多い。ウハウハだわこりゃ。


 《隠匿》スキルがありゃ、多少の魔物の意識の外はつける。

 逃げに徹すれば脱兎の如く逃げ隠れすることくらいはできるだろう。対人間には強いが、対魔物には基本弱い、それが俺だぜ。

 ナイフを使ってよく分からない草を刈り取り、木々になるよく分からん木の実を取る。名前すら確認できないから全部よく分からないのは仕方ないね。


「うぉ、びりっときた、なんか危ないタイプの木の実か?これ……」


 熱を持ち、膨張する木の実を拾い上げ、アイテム欄に収納する。


 早く基本機能(システム)解放されねぇかな。

 他力本願でしかない思考を巡らせていると、ふと森の奥から何か音が響いてくるのを感じ取る。


「んだ、この音……?」


 それはまるで地響きのような音だった。

 しかし、その音を聞いていると無性に嫌な予感がしてくる。俺は手に持った木の実をその場に落としながら、足を森の外の方角へと向ける。



 ――やばい、この地響き……まさか……!!

 響く、ただ地響きが大きくなり、それはすぐそばまで迫り――、



 バッとその奥から飛び出したのは一人のプレイヤーだった。

 黒く長い髪を携え、病的なまでに白い肌をしているその少女は俺の存在に気付くと、


「逃げた方が……いい」


 酷く小さな声でそう言った。


「えぇ!?なんてー!!?」


 しかし、地響きがうるさすぎて何も聞こえなかった俺は、両手を耳の後ろにつけて聞き返した。読唇術もってねぇもん、なんも聞こえんよそりゃ。

 しかし、そんな余裕はないとばかりに奴はひょいひょいと俺に手招きをすると、背を向けて走り出した。なんだとは思ったが、元々ここから離れるべきだとは考えてはいたし、目指すべき方向は一緒のようなので素直に従う。そしてその瞬間――、



「◎△$♪×¥●&%#ッッ!!!!」


 先程、プレイヤーが出てきた場所から木々を薙ぎ倒しながら、緑色の巨大な何かが現れた。


「ぴぇ……」


 咄嗟に脳裏に”ボス”という単語が過る。

 しかし、そんなことをしている余裕はないとばかりに一も二もなく走り出す。ぎょろりと緑の巨体を持ったそれの小さな瞳がこちらを貫く。


「@△●♪◇◆#&%!!!」


 聞き取れない咆哮がこちらの耳朶をつんざく。

 笑えねぇ、笑えねぇぞ……!あのクソ女、俺に()()()()()やがったな……!!

 踵を返し走り出した俺の後をその巨体がドスンドスンと追ってくる。

 ちらと背後を見て、その姿を再度認知する。小さな瞳、緑の巨体、ぬるぬるとテカるボディ……!


「蛙かよぉ…!」


 それは紛れもなく現実世界の蛙の巨大化版だった。

 どうするどうすると考えていると、ざっと真横から音がし、咄嗟にそちらを向くとそこには俺と並走する先程のプレイヤーの姿があった。


「あ!てめぇ!よくもこんなキメェボスなすりつけやがったな!?……いや、帰ってきたから擦り付けとは言わない……?」

「……見覚えある。噂の≪ 塵芥(ちりあくた) ≫……?」


 轟音と地響きが背後から響く。

 緊迫した状況に寧ろ精神は落ち着きつつある。その精神の鎮静化は、紛れもなく隣を走るこの女への怒りからだ。

 バッと横を向き、とりあえず文句をもう一言二言言ってやろうとする。近場で奴の顔をしかと見て、俺はぴしりとその場に固まりそうになる。なにせ――、


「お、まえ……ッ、昨日討伐トップだった≪ 血塗(ちまみ)れ ≫ッ……!?」

「……ぶい」


 隣を走る女……、血塗れは無表情のままこちらへと両手でピースを作った。

 こいつは、確か昨日のTOPジャンルプレイヤーの1人だ。しかも、俺と同じくニックネーム授与者……!

 公式放送で簡単な動画が出ていたため、お互いに顔くらいは認知している。そして、その動画を見て俺は絶対にこの女とは会いたくない、と感じたのだ。


「…とりあえず、どうしよう」


 血塗れはちらりと背後の蛙を見る。

 傷の具合から見るにどうやらこいつはこの蛙と戦っていたらしい。しかし、現状逃げの一手を辿っているという事は、例え初日魔物討伐数トップのプレイヤーでも単独でのボス撃破は難しいという事を示している。


 とりあえず手を出したけど勝てなくて逃げ出した、ってか。

 よく見れば血塗れも身体の節々に回復し切っていない傷がある。この感じだと回復アイテムも底をついているのだろう。


「……えっち?」

「違ぇ」


 俺の視線に気付いたのか、血塗れが首を傾げながら俺にそう呟く。

 誰がゲーム世界の身体に興奮するかよ。確かにこの世界が本当は現実です、と言われてもあぁ……やっぱり?と受け入れてしまうくらいにはクオリティが高いと言えどそれはそれ、これはこれだ。


「こうなっちまったもんは仕方ねぇ、森の外に連れ出して数の暴力で叩くぞ」

「……数の暴力……残念……」


 なーにが残念だ、この女。

 露骨に肩を落とした奴に、拳を落としたくなるがそれで下手をうって死なれても困る。ちらと背後を見る。巨大蛙は未だに激昂しながらこちらへと迫ってきている。しかし、怒りからか行動が酷く単純なのと普通に足が遅いことが救いだ。


 前方に光が差し込む。

 やっとこさ鬱蒼とした森から抜けられるらしい。


「おら、血塗れ!森抜けるぞ!とりあえず声張り上げてボスがいる事他の連中に伝えろ!そうすりゃ討伐報酬欲しさに集まってくるに決まってる!」

「……やって」

「――あ?」

「大きな声、苦手だから……やって」


 ―――。

 ……っは!危ない危ない、怒りで気絶しちまうところだったぜ。

 出会ってからずっと(三点リーダー)を常につけたみてぇな話し方をしやがると思っていたが、この戦闘狂、完全に戦闘感性(バトルセンス)に特化してやがる。


 こういう輩は、声を張り上げろと言ってもまず張り上げねぇし、張り上げられねぇ。くそ……ここで臍を曲げられてボス戦に参加しなくなるのも困る。流石にメイン火力がいなくなるのはまずい。

 森を抜け、眩しいくらいに照らす太陽に光に目を細める。

 背後から木々が折れる音と、ドスンドスンと轟音にも似た押し音が響く。その音にすら負けないくらいに息を吸い込み――、




「――ボスが出たぞぉぉぉおおおおッッッ!!!」




 単純(シンプル)で良い。

 長ったらしい言葉はいらない。大抵の奴はこれで気付ける筈だ。


「――ッッ!!!!!!」


 (ボス)が声にならない咆哮を上げる。

 それを聞きつけ、更にプレイヤーが集まることだろう。血塗れが爛々と瞳を輝かせ、これから起こる大規模戦闘に思いを馳せているのが手に取るように分かった。んだよこいつ、結局戦闘なら何でも好きなんじゃねーか。


 プレイヤーが集まり出し、蛙も包囲され始めているのに気付いたのか遂に足を止めた。俺と血塗れも足を止め、蛙を睨みつける。




「――さぁ、チュートリアルバトルだ」


 今ここに、このゲームが始まって以来初となる大規模戦闘(ボス戦)の火蓋が切って落とされた――。


 ◇□◇


「あー、やってらんね」

「いや、ほんそれ」

「帰らん?これボス無理ゲーだ。運営に抗議しようぜ」

「塵芥、てめぇんとこの視聴者十万くらいなんだろ?全員引き連れて運営突撃して来いよ」


 俺の言葉に同調するように周囲のプレイヤーが返答し、俺たちは蛙から離れると適当な場所に座って雑談を始めた。

 遠くで次々と死んでいくプレイヤー達。最初に集まっていたプレイヤーに加え、更に十数名のプレイヤーが追加されたがそれでも蛙は未だに猛威を振るって暴れ回る。


「ってか俺もニックネーム欲しいわ」

「んじゃもっと派手な事すりゃいいんだよ。塵芥先生を見ろ、こいつ極悪人のくせにケロッとしてるぞ」

「お前のもってる影のスキルどう?強いんか?」


「……なぁお前ら、なんで俺なん?もっと他にいるだろ。ほら、あっちに≪ 血塗れ ≫いるぞ。あいつにも聞いて来いよ」


 べたべたと接してくるゴミ染みたプレイヤーに、俺は血塗れを指さして勧める。

 しかし、連中は微妙そうな顔をして、口を開いた。


「いや……お前よく考えろよ。今ニクネ持ってんのって、アイドル、戦闘狂、そんでお前だぜ?」

「塵芥以外女の子だしさぁ、『モモ』ちゃんに至っては一般人が近づいたら絶対炎上するぜ?怖すぎ」

「お前丁度いいんだよ。悪人だから気使わなくていいし、ゲーマー臭するしよ」


 さ、最悪の消去法だ。

 こいつら、ただ女子に話しかける勇気のないヘタレじゃねーか……!色々と理由をつけちゃいるが、その理由づけには何の意味もない。奴らは、ただ勇気のない生粋のゲーマーだ……!

 例えフルダイブのVRMMOになり、多くの視聴者に見られているとしてもゲーマーは変われない。その事実に直面し、俺は奴らに見えないように一筋の涙を流した。


「おい、てめぇら!サボってねぇでさっさと戦線戻れ!」


 サバサバ系女子にそう叫ばれ、男どもは「はーい」と返事をし、満更でもなさそうな顔をして武器を担いで帰っていった。そこが駄目……!そこで満更でもないって感じる時点で駄目……!


 しかし、俺も怒られたくない為、そそくさとその場から離れた。

 俺も別に戦闘に戻ってもいい。だが、俺の《影魔法》は射程が広く、縦横無尽に動き回る為どうやら集団戦では邪魔臭いらしく、「邪魔ぁッ!?」と多くのプレイヤーから不評だった。じゃあナイフと言いたかったが、リーチが短すぎて下手に近づいたら味方の魔法に巻き込まれるのだ。


「やべぇ……俺弱すぎ……?」


 俺にできることは無かった。

 悲しみに暮れるも、そこでぽっきりと折れてしまう俺ではない。できることはある。俺は先ほどのプレイヤー達のように諦めて日向ぼっこをしている連中に声をかける。


「なぁ、誰か簡単な机とか作れる生産スキル持ってる奴いねぇ?」

「俺、持ってるぞ。ついさっきクエストでゲットしたばっかのやつ」

「ちょい、そこの折れてる木で低くて長い机作ってくれよ。金払うから」


 俺が金を払うと、そのプレイヤーはさくさくと素早い動作で木を切り、削り、瞬く間に木の机を組み上げてしまった。

 生産スキル結構すげぇな……?こんな一瞬できんのかよ。


「またなんか作って欲しかったら言えよ」とそのプレイヤーはほくほく顔で俺にそう言うと再び日向ぼっこを始めた。

 俺はそんな奴に適当に礼を述べながら、蛙の攻撃が当たらない場所に机を置き、その上に幾つもの回復アイテムを並べた。そして――、


「はーい、らっしゃーい!出張回復アイテム屋さんだよぉ。ポーション、薬草、オーブにお薬飲めたね型、なんでも揃ってるよぉ」


 ――回復アイテムが枯渇した?

 そんな台詞聞きたくない。そう、大量の回復アイテムを持っている俺に掛かれば出張式のアイテム屋まで開けてしまうのだ。

 まさか昨日返品できなかった分の回復アイテムがこんなところで活用できるとはなぁ。人生巡り巡るもんだぜ。


「……なんでこんなとこでやってるかは知らないけど丁度良い。とりあえずお薬飲めたね型一つ頼む」

「はいよ、一つで800K(カルト)ね」

「……おいおい、いくらここが戦場とはいえ適正価格から二倍はぼりすぎだろう」

「いーや、適正だね。ボス戦の報酬は貢献度が高ければ高いほど旨いと運営が言っていたはずだぜ。回復アイテムをケチって死んだら一体どれだけの時間無駄になるんだろうなぁ?この値段はその価値だ。お前自身の価値だ。値下げは一切しない」


 ボス戦の貢献度はダメージ量のみならず、死亡回数の少なさやヘイト状態の総秒数等様々な要因を加味し、決定されるらしい。

 ならばこそ、死んで教会からここまで帰ってくる時間はあまりにも貴重……正に値千金、時は金なりだ。


「……はぁ、負けたよ。やはり五つ貰おう。その分、少しくらいはまけてくれよ?」

「買い物上手め、3500K(カルト)でいいぜ」


 一人の買い物客を切っ掛けとし、そこから雪崩の如くプレイヤーが押し寄せる。誰も彼も長期戦で回復アイテムが切れ、それでも上位の報酬欲しさに金を落とす。俺は《影魔法》も使い、的確に商品を捌いていく。

 くけけけ……!笑いが止まらねぇ、二束三文の回復アイテムが売れる売れる……!気分が良いとは正にこのことだ!


 大量の回復アイテムを得て、勢いづいたプレイヤー達が一気に蛙に攻勢をかける。蛙は長い舌を出し、プレイヤー達を薙ぎ払うが、それでも最早限界が近いのかふらふらと身体を揺らしている。


「おらぁ!さっさと倒せー!基本機能(システム)をよこせー!」


 調子に乗った俺が大声を上げる。

 すると次の瞬間、蛙の小さな目がぎょろりと動き回り、確かに俺と目が合った。数秒間、見つめあう。な、なんだ……何か、不味い気がする……!


 俺は即座に机を盾にし、その場から離れようと試みる。しかし、


「お、ごぇッ!?」


 目にも止まらぬ速さで伸びてきた蛙の舌が俺の腹に巻き付いた。ぎゅうと胃が収縮するのが分かる変なところの感覚まで再現しやがって……!

 そして、しっかりと腹に巻き付かれたと思った途端、ぎゅるんと俺の身体が持ち上がり、蛙の口に向かって一直線に吸い込まれていく。


「ち、塵芥ー!!」


 誰かが俺の事を呼ぶ。

 しかし、その姿すら捉えられないくらいの超速で俺の身体は引っ張られていく。


「……ぁー」


 風切り音の隙間に、血塗れの声が聞こえた気がした。

 思えば、あいつの本当のプレイヤーネームすら知らねぇ。別に興味もないが、ふとそんなことを考えた。そして、


 ――ばくんっ!と俺の身体は蛙の口に収まり、そのまま奥へ奥へと滑り込んでいった。


 不味い不味い不味い!

 し、死にたくねぇ……!《影魔法》で殴打し、ナイフで全方向を無理やりに切りつけるが効果は無し。やべぇ、吸収ENDだ……!こいつの糧にされる……!

 俺は必死にメニューを開き、何かないかと打開策を探す。しかし、何も見当たらない。アイテム欄を漁り、何でもかんでも取り出してみるがどれもこの場を打破できるものは見つからない。そんな中で、


「――こ、れは……」


 それは、森の中で拾った熱を持ち膨張していた木の実だった。

 幾つも拾った為、手から溢れ返るほど所持している。


「膨張……熱を帯びている……」


 俺はすぐさまこの木の実のアイテム名をアイテムメニューから確認する。説明文こそ見れなくても、アイテム名で効果の考察くらいできらぁ!


 そこに記載されたアイテムの名は”ハレツの実”――。


「……くっそぅ!一か八か死にませんように!」


 影魔法で身体を包み、大量にあるハレツの実のうちの一つに勢いよくナイフを突き刺し、



 ――次の瞬間、熱と衝撃が身体を貫いた。

 ドパッと言う厚い皮が勢いよく破れるような音が耳朶に響く。


 ――。

 ―――。

 ――――。


 風が身体を吹き抜ける。

 じんじんと揺れる頭にしっかりしろと声をかけていると突然、その頭の中に機械音声(システムコール)が鳴り響く。


 〔Boss:ヘビーフロッグの討伐!〕

 討伐戦Rank 12/37 

 【報酬】(Bossアイテムは別枠報酬)

 Skill戦術書

 強化オーブ(視聴者選択式)

 回復ジェル(低級)×3


 や、べぇ……あれで生き残ったの奇跡過ぎるだろ。

 身体がボロボロすぎる……、下手に動いたら死にそう……。


「……わぁ」


 倒れたままの俺の上から阿保みたいな声が聞こえた。

 ちらとそちらを見やると血塗れが俺を覗き込むような形で立っていた。……あぁ、丁度良い。後で返すから適当に回復アイテムかけてくれ。


「……いいね」

「……あ?」


 俺の言葉など無視するかのように、血塗れは今まで貫いてきた無表情を崩して笑みを浮かべた。その笑みはあまりにも妖艶で、それでいてどこか無機質であり、


「……傷だらけの方が、やっぱりいい。……血が出ないのが、残念……」


 ……やべぇ、トガちゃんみたいなこと言ってら。

 俺は下手したら死ぬ緊張感と、目の前のキチガイへの恐怖で感情がごちゃごちゃになりかける。


「……格好いいよ……(あくた)くん」


 頬を染め、笑みを浮かべる血塗れがしゃがみ込み、傷だらけの俺の顔を凝視する。

 やべぇ……、想像の数倍やべぇぞこいつ……!殺される……!


「おーい、塵芥~!生きてっかぁ。生きてたら殺すぞ~」


 他のプレイヤーが俺へと近づいてくる。

 例え殺されるとしても、せめて人間らしく死にたい。こんなやべぇ奴に凝視されながら死ぬよりも俺は手頃な男に殺されることを選ぶぜ……!

 俺は息を吸い込み、瀕死ながら生きていることを伝えようとした時、


「が、がぼぼ」


 突如、液体が降って注ぎ、身体中の傷がゆっくりだが着実に癒えていく。

 その液体は紛れもなく回復アイテムの一つであり、それを俺へと掛けたのは先程まで死にかけの俺に興奮していた血塗れだった。な、なんだ……?宗教替えか?突然健常者になったか?


「んだよ、もう治療してもらってたんかよ。んじゃいいわ。次はちゃんと死ねよ塵野郎~」


 そのプレイヤーは癒えていく俺の身体を見て溜息をつくと、踵を返してその場から去ってしまった。そして、再び俺と血塗れだけの時間が訪れる。



「――他の人には、……見られたくないもんね……」


 ???

 なんなのこいつ、もう怖いんだけど。なんで死にかけの俺を他の人に見られたくないの?なんなの?俺がおかしいの?もうやだ、怖い。俺怖いよ、この人……。



 〔Bossが討伐されました!解放する基本機能(システム)を選んでください〕

 ・解放する基本機能(システム)は討伐に最後まで参加したプレイヤーにより多数決で決められます。

【リスト】投票人数:0/37

 ・フレンドシステム

 ・マップシステム

 ・アイテム・スキル等詳細情報

 ・転移門の活性化

 ・アイテムの取り出し簡易化

 ・【Perk(パーク)】の活性化

 ・【Skill(スキル)】の進化

 ・世界の拡張



 機械音声(システムコール)が静かに鳴り響く。

 そんな中、俺は謎の感情を押し出す血塗れの顔を正面から見れないでいた。


 えーん、人間が怖いよぉ……。

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