あなたを求めて三千里
ep.45『星降る兎のプロローグ』後半
〉塵芥の一部言動を下方修正しました
――≪ 塵芥 ≫という男がいる。
実際のプレイヤーネームなんてどうだっていい。Abyss Growをしていれば、塵芥と聞けば大抵の輩が「あー……」と微妙な反応をするか、「塵芥!?あいつの話した!?」と若干興奮気味に反応する。何故かは知らない。
がしゃり、と重たい白の鎧を動かし、靡く長髪を鬱陶しくかき上げる。
その一つの動作をする間にも、周囲のプレイヤーが次々と細切れになっていく。
……私は、あまり人を持ち上げるようなことは好まない。
そうやって神輿に乗った奴が調子に乗って消えていく様を数多のゲームで見たことがあるからだ。だが、今ばかりはその前提を崩そう。
塵芥は、稀有なプレイヤーである。
声量があり、咄嗟の判断力に優れ、どちらかと言うとツッコミに回っていることが多い。ボケが渋滞しがちなMMO廃人の中でも一際珍しい人材だ。
プレイの端々からはフルダイブ漬けプレイヤー特有の知識や技術が見え隠れし、それらを初心者に教授している場面も多々見られる。
「総員退避ッー!」
私の号令を受け、周囲のプレイヤーが一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。彼らは口々に「騎士、てめぇ前でろ!」やら「騎士ゴミちゃん人使い荒すぎんよ~」と宣いながら粒子となって死んでいく。
前方では斬撃の衝撃波を飛ばす血塗れが、一人の男を照準に捉え、笑みを浮かべているのが見えた。
――塵芥は、確かに有用なプレイヤーだ。
だが、その有用加減はプレイヤー能力やその指揮能力を指しているわけではない。……奴は、言ってしまえば爆弾を抱え込むのが性分だったのだ。
このゲームに訪れた六日目と七日目。
塵芥の居なかったその二日間で、一部のプレイヤーが塵芥と言うストッパーの存在の重要性に気付く羽目となった。
「んぎゃーッ!!!!!」
「待って……芥君」
魔性の女の斬撃を、プレイヤーの波を使って間一髪で躱していく一人の男の姿を、私たちは心待ちにしていたのだ――。
◇□◇
――捕まったら終わりの鬼ごっこ、そう表現するのが正しいだろう。
俺は、ゴミ共で血塗れの視線を無理矢理に切って走る。兎のやつがいればワンチャン捕まっても抜け出せる可能性があるが、今奴がどこで何をしているかなど分かったもんじゃねぇ。ここぞという時に役に立たないのが奴であり、プレイヤーの特徴だ。
「なぁ、お前守ってやってんだからちゃんと仕事しろよ」
「数日ぶりやん、元気してたか?それはそうと早く血塗れさんなんとかしろよ」
「うぇいよ、まだねみぃわ」
走る俺の姿を雑多林の如く紛らわすゴミ共が、次々とこちらに圧力をかけてくる。
いや、堪ったもんじゃねぇよ?お前らは、俺に何を期待してるわけ?騎士のゴミが俺のことを”特効薬”とか呼ぶけど別に俺、血塗れ特攻キャラじゃないよ?
「芥君……どこいるの」
俺の小声の文句に反応したのか、大人姿verのボス化血塗れがぬらりとこちらに視線を向ける。片手間にゴミ共を斬り付けながらなんだから、もうスペックがプレイヤーのそれじゃない。
「おい、どうする気だ」
「あ?どうするって……いや、マジでどうすんの?」
ふと、横を見ると走る俺にぽてぽてと≪ 幼女 ≫が追走するように現れ、不機嫌そうにこちらを見つめていた。
奴は俺の曖昧な返答に舌打ちを零し、もちもちとした顔を露骨に歪ませる。
「ふざけるなよ、ボスと化した血塗れの欲求はお前に向けられている。なんなら、お前が殺され続けて欲を満たせば終わるかも知れない」
幼女が金と青の髪を揺らしてそう言うやいなや、俺はガチガチッと一瞬だけ上下の歯をぶつけ合い、幼女の肩を掴んで揺らす。
「何……言ってんの?なぁ、何言ってんの?お前はあいつの真髄を知らねーんだよ……!何も知らないからそんな熱の通っていない案を出せんだよ……ッ!」
俺の突然の豹変に、幼女は身体を浮かせながら驚くように押し黙る。
あ、あいつはマジでやべーんだ……!狂人とかそういう次元を超えてる……!時代が時代ならヤンデレどころか猟奇殺人鬼になるタイプだ……!
俺には分かる……、これ以上奴に殺され続けるのは不味い。俺の本能が警報を鳴らし続けてるんだ……!
「……なら、どうしろと?」
幼女が俺に掴まれてプラプラと身体を宙に浮かす。
その中で、どこか申し訳なさそうにそれでも不遜な態度は崩さずに俺を見た。
……あぁ、俺だって何もなしにただ走り回っていたわけじゃねぇ。ここにいるMMO廃人共は優秀だからな。ちゃんとこっちに情報を落としてくれたさ。
なに、一応思考を巡らせてはいるのさ。
奴らの情報的にこのゲリラレイドバトルは何時間かかるか分かったもんじゃねぇ。最低でも八、九時間……それ以上のゾンビバトルを仕掛ければ流石の血塗れにも勝てるだろう。
だが、一日十二時間が最大限度のこの配信企画でそんな拘束時間はやってられねぇ。だからって、放置したら血塗れの眷属がブクブク増える。
――そうなりゃ、それこそ本当の終わりだ。
ゴミ共の多くが持つ〈邪悪〉系パークの効果は”眷属魔物の優先ターゲット権の保持”――、つまり〈邪悪〉系パーク持ちは血塗れの眷属に狙われやすい。奴の眷属は強い。それこそ、一度増えたら俺らのプレイに支障をきたすレベルには。俺は最悪、ハシモトの保護下に逃げちまえばいいが、他の連中はそうはいかないだろう。
――素直に戦うのは下策であり、放置するのはもっと下策ときた。
だからこそ、ゴミ共は塵芥というイレギュラーを求め、血塗れへの対抗策になると考えた。実際に、奴は今俺の名を呼び、多少攻撃が雑になっている節がある。
視界の端に小さな文字列が移る。
それは、極小表示にされたコメント欄だ。アイテムによって二時間の強制表示が為された。これもどこかで俺の知らない何かが起きている証拠だ。
〔コメント強制表示中!〕〔終了まで:32分45秒〕
────────────────
***:なんとかしろやカス野郎
***:今何日目?
***:k-ght-ujd←フレコです。誰かフルダイブ相撲BO3お願いします
***:こいつ生き返っとるやん
***:愛してる
***:ツマンナ
***:このコメントは削除されました。
***:【悲報】他視点情報の悪意ある共有は一週間のコメント規制が入るぞ!気をつけろ!
────────────────
見るのすら億劫になる文字を一瞥し、幼女と共に近場のゴミへと手招きし、血塗れに見つからない岩陰でこしょこしょと会議をする。
「情報を集めた結果、マジで俺がいても何も変わらないという事は分かった」
「ち、塵芥……!そりゃねぇぜ……!お前頼りで俺ら頑張ってんだぜ?」
「あと何時間このボスバトルしなきゃいけねーんだよ」
ゴミ共が、俺に向けて泣き言を吐く。
奴等は既に数時間続くこのバトルに嫌気が差している様だった。だが、逃げたって何も変わらないし、何より自分だけ逃げて、後からそれがバレて追及されるのを嫌った結果残っているだけのようだ。つくづく、性根が腐ってんね。
ゴミ共がえんえんこちらに愚痴を吐いているのを、幼女はジトッ……とした半端な目で見つめていた。そして、
「……おい、塵芥」
「んぁ?」
「こいつら、手札を隠してる」
愚痴を吐くゴミ共へと指を差し、そう静かに告げるのだった。
それを受けた途端、ゴミ共は片方はすっと目つきが鋭くなり、もう片方は「わ、ワァ……!」と動揺を露わにした。
手札を隠してるだと?
そりゃいけねぇなぁ?全部吐いてくれよ。リソース全て吐かずに俺に頼りきりってのは良くねぇな?
「……ちっ、決闘幼女さんよぅ、黙っててくれると思ったのによ」
ゴミはそう言いながら、動揺していた隣のゴミにこそこそと耳打ちをする。
指示を受けたゴミは、「指図すんなや、ド三流が」と動揺していた面の皮を剥いで吐き捨て、待っていろとジェスチャーをするとその場から離れていった。
「――塵芥、三日前……正確にはこの配信五日目。俺達はルーキー強化演習を実施したな?お前は途中で離脱しちまったが、――つまりはそれが実を結んだ」
「――あぁ、なるほどな?」
ゴミと俺はただそれだけで、ガシッと手を合わせて肩をぶつけた。
ルーキー強化演習は、VRMMO初心者の実力の底上げだ。結局、MMOである以上中間の実力層は必要で、それを育てるために俺達フルダイブ経験者が一肌脱いだイベント……それがルーキー強化演習の実態だ。
ハシモトもそれに同意したし、実際にほとんどのプレイヤーが参加した、この配信企画初となるプレイヤー主体の大規模イベントとなった。
――だが、ただその優しさだけで、MMOイナゴの俺達がルーキーを指導すると?
数人程度なら暇つぶし感覚でやる事もあるが、大規模になればなるほど面倒臭いことは増える。資格取得を面倒臭がり、就職活動を面倒臭がり、あげくには風呂に入る事すら面倒臭がる層の居るMMOプレイヤーが無償でそんなことをすると?
――ルーキー強化演習には裏の目的があったのだ。
それは、超新星の大改造計画……!
ルーキーの中の突然変異たる超新星共を改造して、怪物を生み出してしまおうという非人道的な実験だ。大規模なイベントの裏でそんなことを行われているとはハシモトはついぞ知らないだろう。
つまり、ゴミ共の口振りからしてその改造計画は成就したのだ。
隠していた理由は、恐らくもっと重要な局面で切りたいとでも考えていたのだろう。まぁ、ラストエリクサー症候群的なアレだ。
「塵芥、決闘幼女、あれを見てみろ!」
某お祭り男の出演する番組の吹き替え外国人のような叫び声をゴミがあげる。
それに従って、俺と幼女はバッとそちらを見る。すると、そこには――!
「えぇ~!!?」
「……血塗れに気付かれるだろうが」
空気を読んで叫んだ俺と、冷ややかなツッコミをする幼女の視線の先に一人のプレイヤーが映る。
――そいつは、白目を剥き、よたよたとやけに不安定な足取りをしていた。そして、その腰には黒一色にほんの一握りの金があしらわれた古臭い刀を携えていて……。
……あれが改造計画の成功例!
俺達のノウハウを全て詰め込んでなお、己の足で立ち、指示を受け取る程度の知能を残して生き残った黄金の精神のプレイヤーか――!
ぶるりと打ち震え、その改造プレイヤーを見る。一体、どれだけの超新星がゴミ共の改造の生贄になったかなど分からない。ただ、俺達は腐ってもゲーマーだ。ちゃんと改造失敗例のアフターケア体制は整えていた。
「いけぇ!侍マン!血塗れをぶっ殺せぇ~!」
「突撃吶喊大往生!」
ゴミ共がわぁわぁと改造計画の犠牲者にそう叫ぶ。
それを聞いたのか、その侍は足元にぱちぱちと微弱な電気を出現させ、片手を刀の柄に置いて呟く。
「〈風乗り〉流……《迅雷》……」
その瞬間、奴がロケットスタートを切ったようにその場から射出された。その速度はスピード型のゴミと同等かそれ以上だった。
そして、血塗れへと斬りかかり、それに呼応するように周囲のゴミも畳みかける。
「ここで改造ルーキー切るのは勿体無いが、しゃーなしだ。行こうぜ、殺せるかもしれない機会に、血塗れ特効キャラが行かないのは後でくっ殺騎士に怒られるぜ」
ゴミがそう言って、周囲のプレイヤーに紛れる様に駆け出した。
暫く防戦一方だったボスバトルが、改造ルーキーの投入により、激化する。
それを受けて幼女がすくりと立ち上がり、自分の背丈を優に超える巨槌を取り出した。
「行く。塵芥、お前は」
「行くけどよぉ……幼女、お前そういや時雨は?」
「あいつは後方で血塗れの眷属を相手にしている。この戦場はあれには荷が重い。……お前が私に勝ったの、忘れていないからな」
幼女は背を向けながらそう吐き捨てると、小さな足をぽてぽてと回転させて血塗れとゴミ共がぶつかり合う戦場へと駆けていった。
そんな奴の小さな背中を見送って、小さく息をつく。そして、
「なぁ、騎士ゴミ。ちょいと、お願いがあるんだがよぉ」
「……聞こう。それが勝ちに繋がるのならば、”特効薬”」
敵前逃亡をしない様に、といつの間にか俺の背後に佇んでいた騎士ゴミへとそう告げるのだった……――。
◇□◇
殺して、殺して、殺して、殺す。
戦線離脱者を、致命傷を負ったものの死にきれなかった奴を、腕を欠損し自決できない奴を、影魔法で次々と介錯する。
「やだわぁ……リスポーン幇助じゃんか」
「仕方ねぇだろうが。影魔法は人数の多い場所だと邪魔もの扱いなんだよ」
血塗れと改造侍がぶつかり合い、ゴミ共も次々と戦いに打って出る中、俺はただひたすらに死に切れなかった奴を、早々に戦線復帰させる為に影魔法を駆使して殺して回っていた。
”特効薬”だの何だの言われようと、残念ながら俺の出来ることは少ない。
血塗れに俺の姿を捕捉されれば面倒くさいことになり、リーチの短いナイフじゃ味方の魔法に巻き込まれる可能性を捨てきれない。
それでも、と出来る事を探すのならば今やっているように早期リスポーンの為にゴミを殺してやることだ。
改造侍が次々に血塗れと刀をぶつけ合い、その度に気圧されているのが見える。
ボス化した血塗れと多少打ち合えているだけ上等だが、それでも既に限界は近い。
血塗れの傍からぽこぽこと眷属である猫が形を成して生成され、その度にゴミ共がそれをリンチにしている。
「あの侍も、この戦いが終われば俺達の洗脳が解けちまう。一度切りの切り札をこんなとこで吐くとはな」
影魔法でゴミを介錯する俺を護衛するプレイヤーがそう呟いた。
――そう、ああいった洗脳染みた改造は基本が一度きりの産物だ。改造時になんらかのキーワードを刷り込み、そのキーワードをこちらが口にした瞬間に、改造を施した人格が顔を出す。幾つかのフルダイブゲームを渡り歩いた廃人が行き着いた究極の肩叩きチケット。
そして、たった一度だけ改造人格が顔を出し、その後は一切キーワードに反応しなくなる。
どのフルダイブゲームもそうだった。
恐らく、何らかの防御システムが組み込まれている。まぁ、ずっと奴隷にできる方がおかしい。それこそ、本人の意思で奴隷になってくれればそういった仕様も回避できる。
盾職のHPが瞬時に溶け、付与師の付与が間に合う様子もなく、近接職が文句を叫びながら細切れになる。
そして、その帳尻を支払わされるかのように改造侍が鍔迫り合いに負け、弾かれた瞬間に後方の魔法職が血塗れに捕捉される。
「――……あ、崩れる」
経験が、己の為してきた大規模レイドの知識が、そう口を開かせる。
本当に、ほんの些細な一瞬で、前衛が壊滅し、火力ソースの魔法職が狩られ始める。
大技のそれすらなく、淡々としかし一瞬にして状況は劣勢となる。ちょっと強すぎんね~!
俺はこそこそと《隠匿》を発動させながら、近場のゴミを囮にして逃げだす。仕切り直し……リグループだ。少ない人数でどうにかできるほど血塗れは安くない。幸い、改造侍はまだ生きている。奴がいれば多少の時間稼ぎはできる。
そうして、その場から血塗れに捕捉されないように幾つもの影で撹乱しながらその場から脱兎の如く退避しようとし――、
「ち、塵芥ァ!俺を救え~っっ!!!!」
そんな、空気の読めないゴミの命乞いがこちらに向いて発せられ、その場の空気が数度下がったかとそう錯覚すると同時に――!
「――……ね、行こ……?」
ふわり、と背後からそんな甘ったるいくらいの囁きが耳朶を震わせる。
咄嗟に振り返り、俺は大声で叫びをあげようとしてそれを大きな手で塞がれる。そして――、
「……い、いいところ知ってるから……。ひ、人気のないところ。ね……ね、行こ……?さ、先っぽだけだから……ね?」
背後から俺の腹に刀をちょびちょびと刺しながら、血塗れは恭しく俺を抱きしめる。
そして頬擦りをしつつ、とんでもない速度でその場から逃げ出した。
「アーッ!塵芥を万引きされたァ!」
「ひぃん、ルノぉ〜……!ばいなら〜……」
そんな、生き残ったゴミ共の虚しい叫び声が遠のいていく……。
――まぁ、こうなるよね。
結局、奴は俺に執着しやがるし、逃げ続けるのにも限度がある。
分かってた。あぁ、分かっていたとも。
……あ、血塗れちゃん、ちょっと深い!深いとこまでいってる!モツが……俺の可愛いモツが傷付く!
酷く息の荒い血塗れの懐の中で、俺は腹をくちゅくちゅ弄られ、内臓を垂れ流しそうになりながら誘拐されていくのだった――。




