クエスト?何それ美味しいの
――PKは効率がいい。
倒した相手が金を持っていれば持っているほど多量の金を落とすし、アイテムも同じだ。魔物を倒すのが馬鹿らしくなるくらいだ。
このゲームバランスは明らかにプレイヤー間の争いを助長する意図が見られるし、現に各地でPKが勃発している噂を聞く。
そんな中で俺は―――、
「ひ、ひぃ……へぇ……」
必死に荷運びを繰り返していた。
く、くそぅ……、なんで俺がこんなことを……!
そんなことを考えながら、ちらと少し先で客と思わしきNPCと会話をする豪華絢爛な服装の少女を盗み見る。
「これNPC突発クエストだね。しかも逃げられない拘束タイプ」
「こんな肉体労働すっためにここいるわけじゃないのに……」
俺と同じ境遇の二名のプレイヤーが嘆く。
そう、俺もこいつらもここに辿り着いた道程は同じ。街中で突然、お嬢様言葉の少女に話しかけられたのだ。「貴方、力はおあり?」って具合だ。そのあとは返答しようがしまいが「採用ですわ!」とか叫ばれて荷運び係に抜擢だ。
「どうにか逃げられねぇのかこれ」
「無理だ。放棄して逃げようとしたら罰金ありのポップアップが出てきた」
「これどのくらい続くんだろね……」
俺の疑問に、二人が答える。
くそぅ、金はあるのに……、金はあるのにぃ!
ひぃひぃと肩を上下にしながら膝に手をつく。クエストがこういう形でも発生するというのは知れて良かったが、こんな肉体労働クエストとか誰がやりたいんだよ……!
「こらー!雇ってあげてるのですから喋ってないで動く!」
「すんませーん」
「はーい」
「へい」
三者三様、適当な返事を返して荷運びへと戻っていく。
これは果たしてゲームなのか、それとも職業体験なのか……それは誰にも分からない。
「――ここから逃げないか?」
プレイヤーの一人……髭をもさもさ生やした野郎が俺たちにそう言った。
「いや、逃げるったって」
「逃げたら罰金あるんでしょ?無理ですよ」
俺ともう一人のプレイヤーが髭野郎の提案を否定する。
逃げられるならば逃げたいさ。だが、罰金があるならば話は別だ。もうこのクエストにかなりの時間を割いている。にも拘らず、罰金払って逃げ出せと?そう簡単に損切りできるほど俺は人間出来ちゃいねぇ。
「いや……確かに罰金はある。だが、それは逃げ出した後にお嬢に捕まった場合らしい」
お嬢とは俺たちを突然雇いやがったお嬢様型NPCのことである。
豪華絢爛なドレスにお嬢様言葉の奴を俺たちは目の敵のように思っているが、如何せん面がいい。憎くてもその可愛さから若干許しつつある。やっぱ人間って欠陥だなぁ。
「おい、なんでお前それ最初に言わなかったんだよ」
この髭野郎は、最初にクエストを放棄することを提案したとき「罰金がある」とは言ったが、その詳細は言っていなかった。つまり意図的に言わなかったということだ。
「このクエこんな長いと思わなかったんだよ。ここまで拘束されるって知ってたら言ってた。悪いと思ってる」
「……それで、本気なんですか?」
「あぁ、ポップアップに書いてある内容は”罰金(雇い主に捕まった場合)”って書いてある。ってことは追いかけてくるはきっとお嬢だ。なら……」
―――逃げられるんじゃないか?
髭野郎は回復アイテムがたんまり入った箱を持ち上げ、それを運び出す。
俺も自分でクエスト放棄のポップアップを開き、その情報が嘘じゃないことを確認する。……確かに雇い主に捕まった場合という記載がある。
お嬢の周りに護衛と思わしき人物はいないし、逃げ出したとしても捕まえに来るのはお嬢だと推測できる。
だが、怖いのはお嬢がNPCだということだ。
どれくらいの力を持っているかわからない。今日始めたばかりのプレイヤーと違い、能力が未知数だ。その旨を伝えると、髭野郎はにっと笑みを浮かべて、
「お嬢は他のMMOで言えば完全に生産職だ。戦闘力なんてないに決まってる……!」
「うーん……」
どうすべきかなぁ。
俺ともう一人は顔を見あって首を傾げあう。
一理はある。だが、賭けの要素が大きすぎる。しかし、このクエストの拘束時間があとどれくらいかが分からない。下手したらプレイヤーの時間を奪う地雷クエストの可能性だって拭い切れないのだ。
「よし、乗った」
「うーん、分かりましたよ。僕も乗りです」
俺たちは髭野郎の提案に乗ることにした。
不明瞭なクエストなんてやってられねぇ。俺たちは天下のゲーマーだ。この二人がそうかは知らんが、髭野郎の方は露骨なゲーマー臭を感じさせるし。
「んならさっさと行動に移すぞ。決行はお嬢が客と話し始めて少し経った後だ。ここは一方通行だから、最初こそ同じ方向に逃げることになるだろうが途中の路地裏とかに入り込んで一気にかく乱して逃げ切るぞ」
「おけ」
「分かりました」
リーダーシップを発揮した髭野郎が俺たちにそう耳打つ。
そしてその時は直ぐに来た。お嬢がとてとてと客の方へと向かい、話し出した。髭野郎にもう一人のプレイヤーがちらちらと視線を送っている。しかし、髭野郎はまだだというばかりに首を振った。
そこから十秒、三十秒、一分と経った頃――、
「……っ」
髭野郎が顔をお嬢の方に向けたまま右手でパーを作り、ゆっくりと指を一本ずつ折り始めた。五秒間の秒読みだ。
……はぁ、なんでこんなクソクエストから逃げるのにここまで全力にならにゃいかんのだ。今も俺の画面をリスナー共が見てるんだろ?どんな気持ちで見てんだよこれ。
指が折られ、それがついにゼロカウントに到達した瞬間――、
「GO!」
髭野郎のそんな掛け声と共に俺たちは一斉に駆け出した。
視界の右上に〔クエストの放棄〕というポップアップがてろんと出てくる。しかし、そんなこと気にしていられない。なにせ、
「あらぁ、逃げ出しますのね。私への恩を忘れて……!」
お嬢の声が背後から聞こえる。
ばきばきと何かが割れるような音が聞こえた。一体何の音だ、と俺は背後をちらと振り返る。すると、そこには地面に罅割れを起こし、こちらへと走り出すフォームを構えたお嬢の姿があった。
やっべぇ……!このゲーム、やっぱNPC強い派かよ!!?
俺は咄嗟に《影魔法》を発動し、一番後ろを走っていた髭野郎の足に影を纏わりつかせる。
「おッ!!?」
どてんと荒々しい音と共に髭野郎が地面に倒れこむ。
それと同時にお嬢が轟音と共にスタートダッシュを切り、髭野郎が即座に捕まる。よし、今のうちに街から出ちまおう!そうすりゃきっとお嬢も追ってこれねぇ!
「……て、めぇ!白髪ゥ!!!」
俺の足元から伸びた黒い影で、自分が転倒させられたのだと理解した髭野郎がこちらに向かって声を荒げる。しかし、そんな髭野郎の背中に馬乗りのような形でお嬢がどすんと座り、今正に罰金という名の懲罰が行われようとしていた。
「雇い主を裏切るなんていけないですわねぇ……」
「ま、まてっ、待ってください!ちが……、違うんですよぉ!」
そんな声が背後から響く。髭野郎の叫び声を耳朶に響かせながら、俺ともう一人はそれぞれ路地裏や家の屋根へとよじ登っていった――。
「逃走中じゃねぇんだぞ、これはよぉ!」
フルダイブVRMMOが一瞬にして捕まったら金をとられるデメリットしかない逃亡劇へと変貌を遂げやがった。笑えねぇ冗談だ。
それに恐らく罰金は割合で取られる。そうじゃねぇと序盤に罰金を食らったらどうしようもなくなっちまうからだ。そうなるとかなりの量の金を持っている俺は相当な量の金を取られることになる。
剣と魔法のファンタジー世界で、なんで金としがらみの鬼ごっこをしなくちゃいけねぇんだよ……!
路地裏からさらに奥へ、表街道へ抜け、再び路地裏へと幾度となくルート変更を繰り返しながら、街の出口の方を目指す。その時――、
「ぎゃぁぁあああ!!!」
「……マジかよ」
聞き覚えのある叫び声が近場で響いた。
あの声は一緒にクエストを受けていた被害者の声だ。つまり、髭野郎含め俺以外のプレイヤーは捕まった。残る標的は俺のみってことだ。
外套を深く被り、再び駆け出す。
……このゲームのNPCは強い。それが分かった分収穫だ。プレイヤーと同程度の強さなどではなく、現時点のプレイヤーと一線を画す強さを持つ存在、それがNPCだ。もしかしたらお嬢のようなクエスト持ちのNPCだけが強い可能性もあるが、今は分からない。
ばっと表街道に出て、出口を見据える。
どこかからドドド……と轟音が聞こえだす。
俺は即座に出口の方へと走り出し、その途中でビタリと止まる。そして、
「――回復アイテム、買えるだけ全部ください!」
「はい、まいどぉ」
どるるるると右上に出現した所持金がドラムロール式に動き出す。そして、それと同時に――、
「つ、かまえましたわぁ!!」
「うごぅっ!?」
俺の腹に向かって飛びついてきたお嬢に吹っ飛ばされ、俺の身体は地面に擦られながら吹っ飛ぶ。
ごりごりと命がすり減る感覚がする。このゲームの一日目もそろそろ終わりを迎えようとしている。そうなれば運営により幾らかのバランス調整が入るだろう。流石にこのクエストはクソだと気付いてくれると嬉しい。
「さぁ、集金のお時間ですわよ!……ってあらら?」
俺の懐を弄り、不思議そうな顔をするお嬢に俺はにっと笑ってやる。
「悪いな、俺は貧乏人なんだよ」
俺の所持金が割合により引かれる。
結果としては、元々持っていた5Kは罰金により2Kになってしまった。いや~!痛ぇ~!!!
「全然持っていないのですわね?可哀そうな御方ですわ」
お嬢は俺から離れてぱんぱんとドレスをはたいた。
そして、ふんふんと鼻歌を歌いながらどこかへと去っていった。
――見事に天才的な作戦が決まったな。
罰金ならばアイテムまでは取られない。ならば持っている金全てをアイテムに変換しちまえばいいんだ。
「すいませーん、今買ったアイテムぅ、やっぱ全部返品お願いしますぅ」
「半分しか受け付けないけどいいかい?」
「げぇ!?」
どるるると再びドラムロール式で所持金が回転する。それはしばらく回転を見せ、先程までの所持金の半分まで戻って停止した。
くそが……運営め、半端な対策を施してやがる!一度に買った物は半分の数までしか返品できないだぁ……?負けたよ、クソ運営に乾杯。
だが金は半分戻ってきたし、買ったアイテムは腐ることのない回復系統だ。別に返品ではなく普通に売り捌いても良いがそこまで金が返ってくるわけでもないし、まだアイテム空間の肥やしにでもなっといてもらうとするか。
そうしてアイテムの整理を軽くしていると、その日の配信を終了する告知が運営から為され、プレイヤーは次々とログアウトするのだった。デスゲームじゃなくてよかったね。
◇□◇
〔プレイヤーの皆さんも、視聴者の皆さんも本日はありがとうございました~!無事、”配信決戦!Abyss Grow”一日目を終える事が叶いました!一日目総編集版は明日の正午丁度に更新されるため、ご確認くださーい!〕
機械の姿をした運営が、カメラに向かって意気揚々とそう告げる。
その周りには配信にてされたコメントと思わしき文字列が次から次へと流れていき、その文字の多さから多くの人々の熱狂が伝わってくる。
〔それでは、本日の各トッププレイヤーを一挙に公開していきましょう!〕
運営がそういうと同時に、がしゃりと音を立ててマイクを持っていない方の手を大きく上げ、後ろを向く。その瞬間、そこに青白いパネルが出現し、文字化けしながら情報が書き込まれていく。
〔まずは同時視聴者数トップ!三人組のアイドルグループ”ハートブルーム”の『モモ』さんでーす!おめでとうございまーす!次に魔物討伐数トップ!――〕
そうして次々とパネルに情報が書き込まれ、コメントはより一層盛り上がりを見せる。
有名なアイドルグループの一人だったり、電子の海に漂うVtuverだったり、はたまたただのゲーマーだったりと一人ずつ幾つかのジャンルで選出されていく。
〔はい、それでは最後は視聴者アンケートトップ!こちらのフォームからプレイヤーNoを書いて投稿してくださーい!重複投稿はどちらも無効となりますのでお気を付けくださーい!三分ほど待機!その間、今までのトッププレイヤーの簡単な動画をご覧ください!〕
運営がそう言い、パネルの右に今まで紹介してきた各トッププレイヤー達の名前と簡単に編集された動画が公開される。それぞれ同時視聴者数、魔物討伐数、クエスト達成数、ボス討伐貢献度(今回はなし)、Skill総経験値が今回選出されたジャンルであるが、日によってこの中の幾つかは別の項目に置き換わる。
そして三分が経過し、機械姿の運営ががちゃりがちゃりと機械製の喉を調整した後に、
〔さぁ!遂に出揃いました!各ジャンルのトッププレイヤーの最後を飾る視聴者アンケートトッププレイヤー、……その名は――プレイヤーNo.114『ルノ』さんでーす!おめでとうございまーす!〕
その発表と同時に大量のコメントがその場を埋め尽くす。
その大半が言葉になっていない雄叫びのような文字列だったり、とりあえず打っとけとでも言うかの様なこの場とは関係のないものばかりだった。しかし、そのコメントの多さからも熱狂具合は凄まじいものであり、
〔ここからはカンペを失礼します~。えーと、何々?No.114ルノさんは最初の運営説明時に同ブロックのプレイヤーを全てキルし、その後街でも幾度となくPKを繰り返す……。わぁ、すっごいなこの人。そしてその後更に別の街にてスキルとアイテムを利用した大量キルを重ねて逃亡……更に別の街ではプレイヤーを蹴落とし、クエストを踏み倒し、一躍悪の星となった……ふーむ、とりあえずトンデモプレイヤーですね!〕
運営の言葉にコメントはざわつき、ルノというプレイヤーに肯定的な意見と否定的な意見がぶつかり合う泥沼バトルが勃発していた。そして、それらのコメントが次々と消されていく中で運営は再び言葉を続けた。
〔次に【Nickname】授与に移りたいと思います!この【Nickname】というシステムはプレイヤーのあだ名的要素です!プレイヤー皆様の行動によって名付けられるものであり、ゲームプレイに影響はありませんのであまりお気になさらず!今回は厳正なランダム抽選の結果…同時視聴者、魔物討伐数、視聴者アンケートの三名に【Nickname】が授与されまーす!【Nickname】については明日の配信始まってすぐの発表になります!こちらのフォームにあなたの思うニックネームを記入いただければもしかしたら採用されるかも!?どしどしご応募くださーい!それでは次にバランス――〕
コメントの流れはようやく落ち着き、運営も飄々とした様子で続ける。
その後は幾つかのバグ修正やこれからのゲームの進行についてなどが語られ、近いうちにプレイヤーをゲストとして招くかも等の発言でコメントは再び喧騒としたものの、終始平和的に進んでいき、その放送は終わりを迎えるのだった。




