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日本産のゴミ

 

 〔所持金:700K(カルト)を獲得〕

 〔Item:レッサーラビットの角を獲得〕

 〔Item:蜂蜜飴を獲得〕


「こんなもんか」


 ナイフを抜き取り、小さく呟く。

 次第に朝日が昇り、プレイヤー達が活発になる。太陽の光により視界が開け、強力な魔物が眠りにつく。なんでも夜はプレイヤーにとってめっぽう辛いらしく、魔物を倒すなら太陽が出ているうちと一度目の夜で誰もが理解したらしい。まぁ、俺はそれを噂話で聞いた程度なのだが……。


 PKしまくったことでかなり金も集まった。

 NPCに奪い取れたアイテムを売り捌いたことで、更に金の集まりもいい。俺は適当にめぼしいアイテムを買い漁り、そそくさと街を出た。

 この夜で暴れすぎたからね。あのままあそこに留まったら勘のいい誰かにバレたとしても不思議じゃない。


「魔物に会いませんよーに」


 魔物に勝てないとは言わない。

 最初に出会ったあのよく分からん魔物のような相性の悪い魔物でなければどうにかなることにはなる筈だ。

 現にあの魔物の噂は、頻繁に聞こえてきた。どうやら奴はあの森にのみ生息する魔物らしい。今のところそれ以上の情報はないが、逆に言えばあの森に行かなければあの魔物には会わない。


 そんなことを考えていると前方に角の生えた兎が見えた。


「会いたくないって考えると絶対会うよな」


 取り合えず《影魔法》で捕縛を試みる。ずず……と真下の影が盛り上がり、それが勢いよく地面を滑る。そして、兎の体躯をがっしりと掴み取る。途端、兎は体躯を大きく揺らして地面を勢い良く蹴り飛ばした。

 その瞬間、俺の影は形を失い、兎の捕縛は失敗に終わる。


「……人間って弱いんだなぁ」


 あんなにも簡単に拘束できた人間と近い、魔物たる兎さんはいとも容易く影を消し飛ばす。

 俺はそんな兎さんにすすすと《隠匿》で気配を押し殺しながら近づき、ナイフをぐさぐさと刺し、倒した。

 これが現状の俺の黄金コンボである。

 《影魔法》で気を逸らし(捕縛できれば尚良い)、《隠匿》で近づき、《ナイフ》で滅多刺し。

 このコンボさえ決まればどうにかはなる。というかこのコンボでしか多分どうにかならない。まだ魔物との戦闘回数が少なすぎるため、何とも言えないからな。


 俺はアイテムの獲得ポップアップを流しながら、別の街に向けて歩みを進めた。





「やっ、やばっ、やばいまずい……ど、どうすればぁ……」


 しばらく歩き、幾度か魔物と接敵しながらもどうにか捌いていた道中、そんな声が少し遠くの木の上から聞こえてきた。

 そちらを見ると薄茶色のショートカットの少女が木の上であわあわと身体を震わせていた。少女の木下には数匹の魔物が集まっており、どうやら逃げ続けた結果ああなったということが見て取れた。


「……」


 まぁ、無視でいいか。

 プレイヤーっぽいし、死んでも生き返るだろ。さっさとリスポーンしちまえばいいんだ。

 俺はふんと鼻息を立てて、集まっている魔物のヘイトが向かないように円を描くように木から離れて歩き出した。


「――……っ!ちょ……、ちょ、ちょっと待ってくださぁい!た、助けてくださいいいいい!!」


 あーあー、聞こえなーい。

 面倒臭いことに関わりたくなーい。

 耳に手を置き、何も聞きたくないとばかりにその場を通り過ぎようとする。


「わ、わー!鬼畜!畜生ー!お願いですーっ!死にたくなーい!()()()()()()()()()……!」

「――言ったな?言質取ったぞ」


 メニューからとあるアイテムを取り出し、それを勢いよく少女の真下の魔物たちに向けて投げつける。それは勢いよく木の幹にぶち当たり、中身の粉が爆散した。それが降りかかった瞬間、魔物たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃走していった。


「NPC印の序盤専用雑魚魔物退散アイテムだとよ、ちゃんと効果あったな」

「そ、それあるなら最初から助けてくださいよぉ……!」


 少女が泣きながらずるずると降りてくる。

 発色の悪い肌、オリジナリティのない髪色に髪型、特徴のない顔、総合的に見てもなんとも幸薄そうなタイプだ。


「んじゃ幸薄ちゃん、とりあえず何でも言うこと聞いてくれや」

「こ、この人最低です!」


 やったね、奴隷をゲットしたよ!


 ◇□◇


 降って湧いたような幸薄ちゃんの存在はデカい。

 たかだか数百K(カルト)のアイテムで魔物を追っ払っただけでマンパワーが手に入ったのだ。これを棚ぼたと言わず何と言おう。


 元々裏切らせないためにそこそこの金を払ってプレイヤーかNPCを雇おうと考えていたのだ。その分の経費が浮いたのはかなりの朗報だ。


「幸薄ちゃん、あと街までどのくらい?」

「だから幸薄ちゃんじゃなくって、『アイ』ですってば。えっとあと五分も歩けばつくと思いますけど……」


 幸薄ちゃんのプレイヤーネームは『アイ』というらしい。まぁ、幸薄ちゃん呼びから変えるつもりもないから、覚える意味もないだろう。

 幸薄ちゃんは夕方頃から外で魔物と戦い始め、あまりの強さに逃げ帰ろうとしたところ魔物が集まりだして、結果として軽いモンスタートレインと化し、数名のプレイヤーを轢き殺しながら木へとよじ登り、夜を越したらしい。


 俺はそれを聞いた瞬間、さっと幸薄ちゃんから身を引いた。


「……いや、モンスタートレインの犯罪者じゃん…」

「や、やめてくださいよぉっ!?好きで巻き込んだわけじゃないですし……」


 好きで巻き込んだわけじゃなくとも結果的にそうなってんだから犯罪者と何ら変わりない。こわ~、こういう無自覚な奴がいっちゃんやばいんだよなぁ。


「あ、あ!み、見えてきましたよ!?」


 露骨に話題を変えるように幸薄ちゃんが先に見え始めた街を指さす。


「さーて、とりあえず他の連中(プレイヤー)には不幸になってもらわねぇとな」


 ぺろりと舌なめずりをし、この先起こるであろう阿鼻叫喚を妄想しながら俺は歩を進めた。





 ――『AbyssGrow』と呼ばれるこのゲームには、欠陥が目立つ。

 平面のMMOたちが、幾度の積み重ねにより築いてきた絶対の規則(ルール)を悉く無視している箇所が多すぎるのだ。他とは違うものを目指したいという気持ちはわかるが、根底を覆しちゃいけない。


 その最もな例が”プレイヤータウン内での殺害が可能”という点だ。

 こりゃひでぇ。プレイヤータウンが何の為にあると思っていやがる。流石に店の中等は禁止されているが、そうだとしてもだ。


「――そりゃ付け込まれるさ」


 ずずずと影が盛り上がる。

 《影魔法》に攻撃性はない。いや、あるにはあるがそれがメインのスキルじゃない。射程と拡張性、紛れもなくそれがこの魔法の強みだ。


「頼むぜ、幸薄ちゃん。視聴者(リスナー)に約束を破る薄情者って思われたくねぇだろ?」


「ぐぅぅ……な、なんて最低!ルノさん、あなたきっと地獄に落ちます……っ」


「おいおい、何もこの街全員が対象じゃねーんだ。この程度日常茶飯事(よくあること)だろ」


 〔【Skill(スキル)】《影魔法》LvUP! Lv.1⇒Lv.2 〕


 《影魔法》は恐らく弱体化(ナーフ)が来る。

 意図せぬ使い方をすればその到来は必然だ。だからこそ、ここで使い切ってしまうのだ。

 ――街で買った毒を大量に垂らし、伸ばし、広げていく。地面に広がった影が毒を包み、更に遠くへ遠くへと運んでいく。

 街の一角の地面が真っ黒な影に染まり、その場にいたプレイヤーはなんだなんだと不思議がる。


 ――もう一度言うが、《影魔法》の強みは射程と拡張性である。

 影魔法に攻撃性はない。だからこそ、それ以外に優れる。

 例えば、薄く広く伸ばせば街の一角の地面を黒く染め上げる。

 例えば、影に毒を混ぜ込めば持続(スリップ)ダメージを孕む影となる。影に触れている俺は常に毒の持続(スリップ)ダメージを食らい続ける。幸薄ちゃんはそんな俺に回復アイテムを使い続ける存在だ。マジで棚ぼた存在。


 影を広く伸ばす作業は流石に集中が必要だ。

 両手が塞がるし、それ以外のことはできない。だからこそ、絶対に裏切らない毒投入係兼俺の回復係が必要なのだ。


 ようやく毒の持続(スリップ)ダメージに気付いたプレイヤー達がわーわーと騒ぎながらその場から離れようとする。

 しかし、影の地面は絶妙に足を絡めとり、プレイヤー達の動きは緩慢になる。影を伸ばした一角はプレイヤーが最も密集する露店エリアだ。人の数が壁となり、進みたくても進めない。次第にこてりとその場で倒れ伏す者が現れ始める。


 それに呼応するように俺のもとに次々とドロップアイテムの通知がやってくる。


「ひょー!幸薄ちゃん、まるで人がゴミのようだぜ!」


 きゃっきゃと下卑た笑みを浮かべながら、止まることのないドロップ通知を聞く。

 スロットのように上から下へと流れていくそれ等を見ていると多幸感が襲ってくる。幸薄ちゃんは青い顔をしながら、


「ひぃ、や、やっちゃいました……。私はなんてことを……」

「犯罪者仲間なんだしあんま気にすんなよ」

「る、ルノさん!良心はないんですか、多くの視聴者がきっとこれを見てますよ……!」


 良心があったらMMOで有利になるのか?

 いいやならない、むしろ不利(マイナス)だ。俺はそれを他のゲームでごまんと学んできた。日本産のプレイヤーは如何せん一周回ったゴミが多い。ゴミは駆除しなくちゃいけねぇ。


 ――これは正道だ。

 俺は将来的にゴミになる可能性が高いプレイヤーを殺してやった。なんていいやつ!


「せ、正当化の悪魔……!」


 チェンソーマンかな?

 まぁ御託は良いさ。そこそこの数のプレイヤーの金もアイテムも奪えた。恐らく、このゲームでの物資保有数は間違いなく俺がトップだ。ここまで派手に動けば、そろそろ俺以外のプレイヤーキラーも頭角を現しだすだろう。


 このゲームの本番はここからだ。

 プレイヤー達の見境がなくなっていき、誰もが誰かを蹴落とすことしか考えなくなる。そうならないのは精々有名人枠の連中くらいだろう。ついて行けずに脱落する者も現れるに決まっている。


 さて、まだバレたくねぇし、俺はさっさととんずらこくとするかね。


「幸薄ちゃん、俺はいくよ。約束はこれで履行完了だ。おつかれ~」

「ぐ、ぅう!悪魔めぇ……、日本が生んだ悪魔の子めぇ……っ」


 ゲームの仕様を利用しただけなのにすっごい言い草。

 本当ならフレンド交換でもしたいところだけど、どうやらこのゲームはマップ各地にいるボスを倒さないと基本機能であるフレンドシステムすら解放されないみたいだし、仕方がねぇ。


 金も物資もあるし、まずは上等な装備でも整えるかね。

 外套を被り、何があったと再びざわざわと騒ぎ始めたその場所に俺は背を向けて笑みを浮かべながら去るのだった。

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