結成!我ら必殺世直し人!
「なんかイベント起きっかな」
「どうだろうね」
俺はもぐもぐと肉まんを頬張りながら、屋台でせわしなく動くプレイヤーと雑談をしていた。
――彼の名前は『醤油』君。
《料理》スキルで屋台を出している生産型のプレイヤーだ。情けで恵んでもらった肉まんを咀嚼しながら、俺は彼の屋台の横に体育座りし、ぺちゃくちゃと舌を回した。
「からしないの?からし。醤油はあんのにからしはないわけ?NPC商会の連中はからしの存在を知らないわけ?」
「好きなの?」
「いんや嫌いさ。わさびも嫌いだね。辛いもんがあんまし得意じゃねーんだ」
「それじゃいらないじゃないか。醤油あるからそれかけなよ」
んだこいつはよぉ……。
『醤油』なんてプレイヤーネームからして醤油信者か?日本人の誇りみたいな奴だ。いいね、その信念、買ったぜ。
俺は奴の屋台に置かれていた醤油のボトルを手に取り、肉まんにちょろりと掛けてはぐっと口に運んだ。うーん、そこそこ。
「ゴミ君は生産スキル取らないの?」
ゴミ君?ゴミ君って言った?凄いよお前、名誉棄損で訴えたら俺勝つよ?
……いやまぁ、生産スキルね。欲しいとは思うさ。プレイの幅が広がるのは大歓迎だからな。だがな、スキル枠の問題がある。例外はあるが、今はスキル枠七つが限度だ。それを超えたらスキルはどうなるんだ?
「ちゃちゃりのすってプレイヤーが確か二日目のトップジャンルでスキル獲得数トップだったね、彼に聞けば分かりそうだけど」
「ぁあ?例の≪ 殴殺卿 ≫か。パスパス、んな人殴り殺してそうな奴に関わるのは御免だね」
ただでさえ、血塗れに偶像に七夕とニクネ持ちに遭遇しているんだ。この勢いで殴殺卿にまで会ったらニクネ持ちコンプリートだ。笑えねぇ。
「はい、もいっこいいよ。感想教えてね」
醤油はそう言って、トングで掴んだ肉まんを俺に渡した。
それを受け取り、再び口に運び、咀嚼する。お、酢豚入り。
この世界の料理は味はするが満腹感はない。脳を刺激して味を感じさせてでもいるのだろう。ゲーム内の満腹感で満足して現実で食わないってのもヤバいしな。
屋台の蒸篭を確認する醤油の前をプレイヤー達が通り過ぎていく。どうやら連中、なんかのクエスト中らしい。木箱を次々と運んでは戻ってまた運んでいる。
「懲役クエストだな」
「経験が?」
「あぁ、逃げ出したら罰金食らった」
俺はひょい、と木箱を運んでいたプレイヤーの足を刈って転ばせる。
どてっと言う音と共に、木箱が地面に落ち、プレイヤーが勢いよく身体を地面にぶつける。
「な、なにしや――」
「土埃掛かっちまったよ」
文句を言わせる前に奴の首をナイフでさっくりと刺し殺す。
ぴっとナイフに滴る粒子を振り落とし、恐怖で足が竦んだままのプレイヤーに背を向けて――、
「よぅ、醤油君。酢豚肉まんは美味いが、パイナップルは入れなくていいかな」
「そっか、でもパイナップルは必要だよ。折角だし、”死人が出る美味さ!”みたいな旗立てよっかな」
そんな会話をしながら、俺は再び屋台の隣に座りこんだ。
まぁ、こんな場所に座り込んでいる俺が悪いという線もあるが、そこを突かれなきゃいい話さ。突かれても殺せばいいしな。
醤油君に更に追加で肉まんを貰いながら、三つ目となるそれを頬張った。カレーまんだね。美味しいよ。でも辛いかな。ちょっとどころかかなり辛いかな。というよりこれダメージ判定だね。辛さ極め過ぎたのかな?
「商会一押しのスパイス、天国ハバネロだよ。なんでも天にも昇る辛さらしくて」
そっかぁ、商会一押しかぁとカレーまんを頬張りながらぴりぴりと言うダメージ判定と単純な辛さで口の中を痛ませながら、遠くを見ていた。そこに――、
「――あ」
「――え」
俺達の目の前を通り過ぎようとした桃色の髪のプレイヤーがふと足を止めた。
その声はあまりにも聞き覚えがあって、立ち止まったそいつの顔をついつい見てしまった。そこにいたのは――、
「あ、用事思い出したわ。じゃね」
「ま、ままま、待って!?」
即座に立ち上がり、カレーまんを口に詰め込んだ俺が手を上げてそそくさとその場を後にしようとする。
しかし、それを目の前の彼女が阻止するように、立ち去ろうとする俺の腕を掴み、勢いよくすっ転ばした。そして、地面に転がった俺の襟首を掴むとそのままずるずると引っ張って移動を始めた。
「あ!?おい、待てッ、武力行使が過ぎる!ぐ、偶像さん!?」
「こっちはずっと探してたんだよ!どこにいたの!?」
「てめぇの事情じゃねぇか、俺は死にたくねぇぞ!偶像、てめぇ自分の立場を理解してんのか!?」
そうして彼女、モモの筋力差に敗北し、俺は抵抗しながらずるずると引き摺られていった。その様子を、醤油だけが楽しそうに見つめてふるふると手を振っていた。
「ゴミ君、パイナップルは神の果実だよ――」
しょ、醤油君……!
君の友達が今、悪女に誘拐されてんだよ。天然発揮しないでよぉ!
◇□◇
まさか一日も経たない内に再会するとは思わなかったぜ……。
引き摺られながら、ううむと考え込む。三日目もあと数時間で終わりと言うところに差し掛かっている。
やったこといえば監獄収容とボス討伐……あれ?中身薄いな?と思っただろう。俺もだよ。
ちらりと俺を引き摺るモモを見る。
実際のところ、こいつを殺すのが一番手っ取り早い。だが、それをした場合更に火に油を注ぐ結果にしかならない。三日目最初のバトロワの時点でこいつのファンから多大なヘイトを買ってんだ。出来る事ならばこれ以上ヘイト稼ぎはしたくない。だからこそ、関わらない事こそが正解だったんだが……。
「なぁ、離してくれや。お前だって本意じゃないだろ?」
捕まった以上、こいつからは逃げられない。
単純な筋力差だ。スキル構成に差がある。確かこいつは《格闘》や《強化魔法》を積んでいたはずだ。搦め手特化の俺では、筋力マシマシのこいつには勝てない。
「いい?塵芥君――」
モモは襟首を掴んだまま、くるりと俺を回転させてドスンと地面に座らせた。その前に彼女もちょこんと座る。
逃げられるか?いや、無理だ。初速が違う。《煙幕》を使っても意味がない。やっぱ相性が悪いな。
「私ね、視聴者の皆と話しました」
「……話した?」
「うん、私は君の歪みを許すよ」
そういった彼女の瞳は、強く光り輝いていた。
俺はそれが酷く恐ろしいものに見えた。やべぇ、こいつマジでやべぇ奴だ……!自分がアイドルっつー自覚がない。お、俺が性転換すれば許されるか?いや、だが俺はTSを食わず嫌いしている男、そんなのプライドが許さない。
「――でもね、きっと……そう、きっと、矯正できると思うの」
「……きょう、せい?」
「うん」
待て、この女……まさか――!
「だからさ、塵芥君っ!私と世直しプレイしよう!君みたいな悪い人を一緒に懲らしめよう!――それを続けていけば、きっと君の歪みは治るから!」
――こ、この……ッ、ゲームを知らない初心者がぁ!
俺は顔に出さないように心の中で反吐を吐いた。
こいつが言っているのは、つまり”正義の味方ムーブ”だ。勧善懲悪、正義を為して悪を討つ。俺のようなPKプレイヤーの撲滅、またはそれに準ずるプレイヤーの討伐。奴はそれを共に為そうとしている。それをしていけば、俺のPK癖がとれると本気で考えていやがる。
MMO初心者が!
こいつの視聴者共もだ……!こいつはさっき『視聴者の皆と話した』と言っていた。つまり、この案には少なからず奴の視聴者共の思惑も入っているのだ。恐らく、奴らにとっては妥協点……。俺と関わらせないという選択肢に誘導できなかったから、終わりのあるこういう形にするしかなかった。アイドル視聴者はどいつもこいつもゲーム理解度が足らねぇ奴ばっかだ……!
俺の歪みがとれる?
世直しプレイ?
馬鹿……!圧倒的馬鹿……っ!
俺達ゲーマーの悪癖がその程度で取れるわけないだろうが!効率が良い――、ただそれだけで俺達はプレイヤーを殺すんだ……!たった二人の世直しプレイなんて何の意味もねぇ。
それこそPKKギルドが存在しても、PKギルドが無くならなかった歴史がある。
それ程の軍団が躍起になっても、PKをやめなかった連中がいるのだ。たかが二人のPKKに意味はない。だが、それでも……――!
「ねっ、一緒にやろ?塵芥君!この世の悪を懲らしめれば、塵芥君も誰かを殺したくなくなるよっ!」
「――た、確かにネ……ッ!?ウン、ウンウン!そうかもネッ!」
俺はこびへつらう様にぺこぺこと頭を下げながら、手もみをした。
――俺はこいつの願いを断らない。
なにせ、この願いはモモの視聴者共の思惑まで乗っかっている。奴らの『ここで妥協してやる』というそれだ。
恐らく、モモリスナーの中にも派閥はあるだろう。”モモの選択を尊重する”奴らと、”何が何でも俺と関わらせない”奴らだ。
しかし、結果として前者が勝った。
本人が望んだことを覆す力を、全肯定ユニコーン共は持てなかった。何の解決にもなっていない。だが、奴らの最善がこれなのだ。
断ったら、俺は本当の意味で終わる。
モモの気持ちを汲んでやる。結局リスナーは、配信主の思惑通りに事が進まないことにストレスを感じる生き物なのだ。業腹だが仕方のないことだ。なに、偶に付き合ってこいつを満足させればいいんだろ?余裕だぜ。
「よし、それじゃ早速一緒に――」
〔イベント〔オーブ争奪戦〕が発生!〕
――――――――――――――――
プレイヤーの皆様にオーブが一つ配られます。皆様には、それらを奪い合っていただきます。プレイヤーを倒せばアイテムドロップします。オーブを複数持った状態でプレイヤーに倒された場合はオーブ所持数の半分を失います。オーブはイベント終了後、換金することが可能です。
――――――――――――――――
〔開始まで:14分57秒 制限時間:1時間〕
ちっ、運営のランダムイベントかよ。
即座にアイテムからボス戦報酬の”Skill戦術書”を取り出して、それを使用した。効果はランダムなスキルガチャだ。勝つためだ。惜しむ気はないぜ。
〔Skill:《直感》を獲得〕
「外れ臭ぇ……」
「なにそれなにそれ!?何のアイテム?」
モモが突然アイテムを取り出して使用した俺に、興味津々とばかりにすり寄ってくる。
俺はそんな奴から距離を取り、冷静に対処する。
「イベント始まるらしいし、俺はこれで失礼するぜ。達者でな偶像サマ」
俺が手をピッと上げてその場から去ろうとした時――、
「……?なんで?」
――そんな声が響いた。
咄嗟の事に、つい振り返ってしまう。
そこにいた彼女は瞳を輝かせ、ふんっと鼻息を荒くしながら腕に力こぶを蓄えさせて、
「私たちの初陣にピッタリ!一緒に行こうよっ!塵芥君!」
そこに悪意は一欠片もないのだろう。だからこそ質が悪い。
輝くような笑顔をこちらに振り撒く彼女を見て、ぐぐぐと顔を顰めた。おいおい、マジかよ。イベント共闘するってか……?
「いっくぞーっ!」と叫んで、再び俺の襟首を掴んで歩き出したモモを尻目に深く溜息をついた。
……はぁ、分かった。もう分かった。一緒に行くしかねぇんだろ?
だから離して?見て、モモちゃん、俺の顔見て?紫じゃない?酸素欲しがってない?君の嫌いなPKだよこれ。
死んじゃうって、ねぇ。本当に死んじゃうよ。元気溌剌は良いけどさ、味方殺しはいけないよ?ねぇ、マジで!マジで死ぬってッ!お、おい、モモ!気付いて!?……おいクソ女ァ!自分の声がうるさ過ぎて鼓膜敗れてんじゃねぇのか!?頼むって!HPが、スリップダメージものすっごい!まじで―――。
――何故、俺はこんなにも容易く死ぬのか。もしかしたら死を誘引するフェロモンが出ているのかもしれない。
それを知る為に、我々はアマゾンの奥地へと向かった……――。




