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血塗れちゃん係

 

〔”配信決戦!Abyss Grow”をご覧の皆様、こーんにーちはーっ!〕


 すぐ左から溌溂としたそんな声が聞こえた。

 ちらとその声の先を見れば、そこにはいつも通りの格好をした司会の運営がきゃぴきゃぴとオーバーなアクションをしながら、画面の向こうの視聴者に話しかけているようだった。


〔いつもは午後十時からのゲストコーナーですが、この度緊急メンテナンスにて大幅前倒しっ!メンテナンスが終わるまではこの方々と語っていきまーす!あ、その代わり夜の部はないけど許してくださいね!〕


 茶目っ気溢れた台詞回しをしながら、運営がばっと機械の腕を動かしてこちらに向けた。

 その瞬間、目の前のカメラ型のよく分からん魔物がぎぎぎ、とこちらへと向き直り、俺はにへらと無理矢理に笑みを浮かべて挨拶をするのだった。


「こんにちは~、ルノですぅ」


「……血塗れ…….って呼ばれて、ます」


〔はーい!今話題の≪ 塵芥 ≫さんと≪ 血塗れ ≫さんです!今日はこの二人を掘り下げるぞっ!〕


 ――あぁ、空が青いなぁ。

 雨のあがった電脳空間を見上げる。

 足先を地面に擦り付け、そこはかとなくポンコツの気配を漂わせた隣の血塗れに、俺は嫌な予感を感じずにはいられなかった……。


 ◇□◇


 ――運営配信のゲストコーナー。

 実際はゲーム終了後の夜に開催される配信企画で、当事者である俺たちプレイヤーから生の声を聞こうというものらしい。一、ニ日目はアイドルグループの三人組、三日目は俺と血塗れの予定だったがそれが前倒しになり、現在に至る。


〔御二方は色々と有名ですよね!こちらにくる情報にもお二人の名前がよく入っていますね〕


「そりゃどうも」

「――」


 俺が当たり障りのないように返事を返すも、血塗れの奴は無言の仏頂面でこちらの服の裾を掴んでくる。ち、血塗れちゃん……!話して、離して……!二つの意味ではなして……!

 嫌だぜ、俺は……!お前の尻拭いなんて御免だ!

 しかし、奴はそう囁く俺をじっと見つめたまま、服の裾だけは決して離そうとしなかった。このカス……、俺か!?俺に一人で回せと!?


〔仲良しで何よりですね~!血塗れさんの方はまだ緊張しているようなので、折角ですし塵芥さんの方から色々と聞いていきましょうか!〕


 運営が機転を利かせて俺を話題の中心にする。

 血塗れが再起動するまでの間だ。しょうがねぇ……。いつも通りの俺の姿を見せれば多少回復するだろう。今のこいつに必要なのは緊張する必要がない日常風景だ。


 ――見ていろ、血塗れ……俺の背中を見て育て――!


〔ではいきなり直球で行かせてもらいます!塵芥さん、貴方は現在プレイヤーからも視聴者の皆様からも”悪役”として知られているようですが、そこに関して思うところはありますか?〕


「……俺が悪役?そりゃ悪い冗談だろ」


〔ほ、ほほう?〕


「いつだって見ている立場が違えば悪にも正にも見えんだろうよ。味方を百人殺した悪鬼を、敵を百人殺した英雄って言う奴もいる。つまりはそういう事さ」


 俺は確かに正道を行っている。

 そこに何の間違いもありゃしないのさ。いつだってそこにあるのは曇りなき眼で見据えた正しき道だとも。一辺倒な視点だけで勝手に文句を言われちゃたまらないってもんだ。


〔なるほど。つまり、自分は悪役ではないと?〕


「別に悪役かどうかなんてどうでもいいさ。実際、俺のコメント欄は無法地帯さ」


 俺と関わったプレイヤーのコメント欄は悉くゴミが湧くようになるし、俺が困れば大喜びするゴミしかいねぇ。だが、それは俺が悪いのではなく、視聴者が悪いだけだ。


「あとさぁ、他視点から見ると俺がまるで失敗していないように見えるかもしれないけどよ、なんか企んでも成功している数の方がよっぽど少ないぜ?」


 ――――――――――――――――

 ***:そうなん?

 ***:血塗れちゃん喋らんなぁ

 ***:まぁ実際確かに

 ***:てめぇは雰囲気だけ一丁前なんだよカス

 ――――――――――――――――


 カメラ型の魔物の裏にコメントがぞろぞろと流れている。

 そのコメントの治安の良さにぽろりと涙を流してしまいそうになる。こうしてみると、俺のコメント欄がどれほどゴミゴミしていたのかがよく分かる。


「一つずつ、俺がしてきたことを挙げてやる。まずは最初の運営説明時のブロック全員殺害、これは成功した」


〔あれこっち側大混乱だったんですからね!〕


 ――――――――――――――――

 ***:ありゃ酷かったらしいな

 ***:ぼっちブロック事件な

 ***:牛丼

 ***:スレでお前の事特定してた奴いて仕事早とは思った

 ――――――――――――――――


「次のデカいことは影に毒を混ぜ込んだ大量虐殺だ。これもまた成功」


〔あれ不具合ですからね!もうできませんから!〕


 ――――――――――――――――

 ***:グロかった

 ***:毒のダメージデカすぎんよ~

 ***:お前、街中PKなかったことにしやがったな

 ***:発想が怖いよルノ

 ***:運営!俺を消せ!今すぐ消してみろ!!

 ――――――――――――――――


「あとは義賊イベント、モグラ討伐、バトロワの味方殺し……ほら、ここら全部失敗だぜ?」


 全部普通に死んでいる。

 単純な実力負けが多いしな。


 ――――――――――――――――

 ***:ホウリちゃん口説きを忘れるなよサンドウィッチマン

 ***:お前が窃盗を広めやがったんだぞカス

 ***:偶像ちゃんの拗らせどうにかしろよてめーあの子やばい方に拗らせたぞ

 ***:ハシモトのとこでも失敗してただろうがよ馬鹿が

 ***:口にしてないだけの成功例まだ幾つか隠し持ってやがんな?

 ――――――――――――――――


 ちっ、思ったよりも詳しい奴が多いな。

 露骨に口が悪いところを見るに、俺のとこの視聴者(リスナー)臭いな。どこまでも俺の足を引っ張る愚図共が……!ニートならニートらしくROMってろ……!


〔おー、中々過激なファンが多いようで……人気者ですねっ!〕

「あ、そう見えちゃう?節穴なのかな?」


 確かに俺のプレイは成功しているものもあるが、その殆どは失敗してる。

 そんな俺にどんな価値があるってんだ?もう少し視聴者は警戒すべきプレイヤーを見定めてほしいものだ。

 成功していたのは最初だけ、後半になるにつれて失敗率が上がってんだ。警戒する必要なんてどこにもありはしねぇさ。


 ぺらぺらと俺が舌を回すと、その分コメントが加速する。

 最早コメントの速度が速すぎる+多すぎて読むどころの話じゃなくなってくる。


〔うわ、すご……!コメント数爆増……〕

「……そろそろ血塗れの方行った方が良いんじゃないすかこれ」

〔そ、そうですね……。コメの鎮静化の意味も込めてね……〕


 俺と運営がこそこそと後ろを向いて囁き合う。

 がしゃがしゃと機械音を響かせながら、運営がぱっと前を向く。そして、未だに俺の服の裾を掴んだままの血塗れへと話を振った。


〔そう言えば血塗れさん!貴方の功績も色々と聞いています!〕


 運営は腕を上から下へと振り下ろす。

 すると、俺達の後ろにウィンドウが出現し、そこには血塗れのプレイデータが表示されていた。


 魔物討伐がやはり突出しているが、それに追随する勢いでPK数も凄まじい数だ。

 そう言えばこいつ確か義賊イベントの時に暴走デメリット持ちの《狂戦士》っつースキルを持ってるとか言ってたな。このPK数はそこらへんも関係しているんだろう。


〔血塗れさんのニックネームである≪ 血塗れ ≫は、魔物の血を浴びながら戦い続ける、と言う意味で採用されました!やはりデータからも分かる通り、魔物討伐がお好きなのでしょうか?〕


「……ぅ、ぁ……」


 ――駄目だなこりゃ。

 血塗れは最初っからそんなに喋るタイプじゃなかった。俺と二人の時でも(三点リーダー)を外さないタイプの口下手キャラだ。それが今はとんでもない量の視聴者が見ているという重圧に完全にやられている。


 多分、コメントを表示すると駄目になるタイプだ。

 だが、生配信の関係とこういう形でのコーナーではあるし、コメントを非表示にしてくれとは言えない。


「血塗れは魔物より人を殺す方が好きだろ」

「……!?」

〔あら?そうなんですか?〕


 しょうがない奴だ。ここは聖人と名高い俺が一肌脱いでやるとするか。

 俺は出来る男とばかりに奴の心を代弁してやることにする。何、礼は金で良いぜ。最近、PKされがちで減ってきてるとこなんだ。


 隣の血塗れに向けて隠れてウィンクをし、口角をつり上げた。そんな俺にぱくぱくと血塗れが魚のように口を開け閉めした。


「こいつ、デメリットスキルだ何だって言いながら俺の事殺してきましたもん。ゲームやってりゃこいつがPKしまくってるって噂は一度くらいは耳にしたことあるし、間違いないすよ」


 HAHAHA!と笑いながらそう話す俺に、〔へぇ~!〕と運営が相槌を打つ。、パーフェクトコミュニケーション!よし、楽しく話せたな。

 完璧なフォローにこいつもさぞ感激しているだろう、と俺は隣をちらと見る。するとそこには俯いたまま固まっている奴がいた。なんか耳も妙に赤い。

 しかも、気付けば俺の服の裾からも手を離している。お、とうとう卒業か?


 俺の軽快な会話に血塗れもどうやら落ち着きを取り戻したらしい。

 どれ、ここは一つ俺が話題でも振ってやろうかね。全く、世話の焼ける奴め。


「な、実際どうだ血塗れ?お前の言葉で聞かせてくれよ」


「――ふ」


「……?ちまみ――」


「ふ、ふふふふへふへへへっ、ふへへへへへへ……」


 俺の台詞を遮るように血塗れは不気味な笑い声を上げ出した。

 俺と運営は互いに顔を見合わせ、一体どうしたんだと俯いたままの血塗れを見守る。そんな異質な雰囲気の中、視界に映るコメントが再び加速していく。


 ――――――――――――――――

 ***:こわ

 ***:こりゃ終わったな

 ***:塵芥君、君は何も分かってない

 ***:黙祷

 ***:♰鎮魂♰

 ――――――――――――――――


 も、黙祷?鎮魂?

 ま、待て、コメントの連中は一体何を言って……?


 そんな疑問の感情抱いた瞬間、――ばちりと首筋に強烈な殺意が突き刺さり、俺は咄嗟に腰からナイフを抜き取ろうとするが――!


「おっ、……ごッ!?」

「し、しししししししし……」


〔わ、わーっ!?ち、痴情のもつれだーっ!〕


 すぐ隣にいた血塗れが俺を押し倒し、刃渡りの短い武器スキルがなくても使用できる果物ナイフでこちらの命を断とうと迫ってくる。

 ぐぐぐ……と力比べに負け、その刃が俺の首筋につぅと小さな血の粒子を作る。


「ち、ちちち、血塗れちゃん!?血塗れチャン!?な、なにかな!?ドウシタノカナ!?」


〔か、カメラーッ!もっと寄りで撮影だァッ!!取れ高だっ!〕


 そんなカメラ回す暇があったら助けろ、と言いたかったが目の前の血塗れを抑えるのに必死でそんな余裕もない。

 万力の如き筋力で、奴のナイフが少しずつ俺の首を掻っ切ろうと動く。


「何で!?血塗れちゃんナンデ!?」


「あ、芥君を殺して……ッ!私も……死ぬ……!」


「ど、どうしてなのッ!俺が何をしたの!?」


 ――……女心は分からない。

 それが狂人ならばなおのことだ。俺の行動がこいつの何かに触れた。恐らく、そう言い触らしていい内容じゃなかったんだ……!く、くそッ!狂人の弱点がどこなのかなんて知るわけねーだろ!


 ど、どどど、どうすればいい……!

 ここから巻き返すにはどうすればいいんだ!?い、嫌だぞ……!俺がこいつに殺されて終わる?そんなの今までと一緒じゃねーか!俺はもうただでは死なない男になるんだ……!ぐ、ぅおおおおお!


 血塗れが俺に馬乗りになり、ナイフを突きつける。

 そんな奴の足を思い切り刈り取り、その勢いのまま位置関係を逆転させる。お前が下、俺が上だァ!

 もう知らねぇ!てめぇを殺して俺は生きるぜ……!視聴者共に何と言われようが俺は生を掴み取るッ!


〔ち、塵芥さーん!〕


 左手で奴のナイフを必死に止め、右手で奴に止めを刺そうとしている最中、ふいにそんな声が耳朶を響いた。

 そちらを向くと、青い顔をした運営がカンペを持ちながらこちらを呼んでいた。そのカンペに書かれた内容は……!



『絵面的に運営配信で貴方が血塗れさん殺すの不味いんで、素直に死んでください』



 ……ぁ、あぁ……コンプラ。コンプラね……。


 魔法の言葉が脳裏に染みる。

 絶望に顔を染めて手の力を抜く。そう言われちゃ俺も弱いよ。運営はゴミだゴミだと思っていたが、どうやらとことんゴミらしい。クソ運営よ永遠に。


「ふーっ……ふーっ……!あ、あくた……くん……!」


 力を抜いた俺は瞬く間に形勢逆転され、鼻息荒く肩を上下させる血塗れに腹を裂かれた。

 赤い粒子が飛び、血塗れの頬に当たって落ちる。

 そして、すぐに血塗れが自分の首にナイフを当て、それを横に引いた。


「あく、た、くん……」


 そんな言葉と共に血塗れは俺の胸に倒れ込んだ。

 死体が二つ、真っ赤な粒子が辺りに散らばっている。

 片方の死体は無力だと言わんばかりに顔を顰めさせ、もう片方の死体は薄らと笑みを浮かべて満足そうな表情を浮かべていた……――。


 ――――――――――――――――

 ***:えぇ…

 ***:もうこいつら永久追放しようよ

 ***:爆誕!血塗れちゃん係!

 ***:分からないっピ…

 ***:あーあひっでぇや

 ***:もうわけが訳が分かんないよ!

 ――――――――――――――――


〔これが、彼らなりの愛の形なのでしょう…〕


 運営がそう言って配信は閉じられた。

 この配信は数十分後に年齢制限が掛けられ、数日後に削除されて都市伝説のように語り継がれる。

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