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タイフーンランブル

 

「手伝ってください」


「あ?」


 教会で復活を果たし、いやに座り辛い椅子から立ち上がった途端、声を掛けられた。

 つい先程見事に討ち死にしたばっかの俺に声を掛けるとはいい度胸だぜ。ナイフを抜き取って、背後に立つそいつへと振りかぶる。しかし、咄嗟にぴたりと手を止めた。なにせ――、


「よう、無事に出てこれたんだな?七夕(たなばた)

「776です。七夕(たなばた)ではありません」


 俺の後ろに立つそいつは、脱獄の際共に戦った有能なゴミ……”七夕紛い”という二つ名持ちの目隠れプレイヤーだった。

 俺と比べると随分と出所が遅かったもんだ。運が悪いのはその通りではあるが、採掘場で暴れ回るゴミを抑えるので一番割を食っていたのはこの女だったからな。運がなかったのさ。


七夕紛(たなばたまが)い ≫なんていうニックネームをつけられた776は、ナイフを仕舞えとアイコンタクトを送ってくる。気付けば、教会中の視線が俺達に向いている。

 あぁ、こりゃ失敬失敬。てっきり魔物が街中に入り込んだと思ったんだよ。騒がせたナ?


 七夕と共に教会から出て、雨の降る街道を歩く。

 このゲームはどうやら雨でのバッドステータスは、敏捷性(agility)筋力(strength)の低下らしい。それほど大きいものでもないらしいし、さして問題には感じられない。

 外套姿の俺と七夕がとことこと街道の端を進んでいく。


「んで、何。俺、昼過ぎから()()()てんだ。時間もあるし、取れても一時間半くらいだぞ」

「昼過ぎって……あぁなるほど。()()()に呼ばれたってわけですね」


 一時間前ほどにメニューのメッセージボックスに、運営からの連絡が届いていた。

 内容としては、『緊急メンテナンスのお知らせ』だ。このゲームは基本朝から夜までプレイヤーがログインし、夜中から朝にかけてメンテナンスと調整が行われる。

 しかし、どうやら『転移門システム』で少々致命的な欠陥が見つかったらしく、急遽昼過ぎから一時間程度のメンテナンス時間が設けられることとなったのだ。

 勿論、リスナーを暇にさせないために運営はそのメンテナンス時間にも運営配信にて色々とするらしいが、詳しいことは知らない。

 問題は、俺がそこに呼ばれているという点だ。クソだね、元々昨日の時点で打診があったが、それは三日目終了時の総括後だったはずだ。随分と早まったものだ。


「まぁメンテまでの一時間半あればどうにかなると思いますし……。――私は提案しに来たんですよ、塵芥さん」

「提案~?」


 七夕の提案と言う言葉に顔を顰める。

 こいつはゴミの中では多少マシな部類ではあるが、所詮は仲間殺しをしている同じ穴の貉だ。一から十まで言葉を信用してやれるほど俺は優しくない。


「はい、時にボス戦経験は?」


「蛙にモグラ、二回だ」


「であれば話は早いですね。塵芥さん、――私と一緒に(デュオ)ボスアタックに行きませんか?」


「――へぇ」


 ワクワクする話だ。

 だが、まず聞くべきことが幾らかある。


「なぜ二人だ?なぜ雨降るこの瞬間(いま)なんだ?なぜ俺を誘う?」


 たった二人でボスに挑むのは自殺行為だ。

 蛙とモグラで学んでいるが、奴らの生命力は俺たち人間の比じゃない。勿論、各種ステータスもだろう。このゲームは即時リスポーンが存在しない。ボス戦だからと言って、特別扱いがないんだ。死ねば平等に街の教会に飛ばされる。端的にいって最悪だ。


 次に天候だ。

 雨はバッドステータスがつく。微々たるものだが、弱い俺らじゃボスには手数勝負になる。その場合、微々たる差が勝敗を分ける。本当に二人(デュオ)で倒したいのならば晴れの時にするべきだ。それに雨じゃ俺の《煙幕》が不発になる。


 最後に俺を誘う点だ。

 確かに俺は現在のこのゲームにおいて≪ 偶像 ≫の次に名が売れている。だが、それだけだ。血塗れの方が強いし、恐らく他にも出てきていないだけで俺より強い奴はいるだろう。

 そんな連中とも、ちゃんと準備して戦えば、勝負にはなる。なにせ、《影魔法》は対人間特化の性能をしている。

 だが、対魔物……もっと言えばボスは違う。筋力差が歴然過ぎる。


「――つい先程、今日、ボスを倒した際に討伐戦Rankが1位だった方の報酬を聞いてきました」

「……?」


 今日にボスを倒したというと、俺達が監獄に入っていた間の話だ。


「彼の報酬はSkill戦術書たった一つだったそうですよ」

「……そりゃ、随分としょっぱいな」


 俺が蛙を倒した時は討伐戦Rank12位でレアアイテム二つと貴重な型の回復アイテム三つだ。ボスごとに差があるのか?いや、それは流石に無いと思いたいが。


「――そのボスに参加した人数は七十四名。数の暴力でボスを撃破したそうです」

「……つまりなんだ。お前は、報酬の豪華さはボス戦の参加人数で決まるとでも言いたそうじゃねぇか」

「その通りですよ、塵芥さん」


 ボス戦に参加する人数が少なければ少ないほど、報酬の密度が上がる。

 つまり七夕は、たった二人でボスを攻略して、密度の高い報酬を得ようと言っている。今それを言ってくるのにも合点がいった。

 確かな情報を得たのもそうだが、この雨で外出するプレイヤーは多くないだろう。恐らく、偶然発見して乱入してくるプレイヤーの存在を極力減らしたいんだ。


「ボスの場所は分かってんだな?」

「はい、遺跡残骸地帯の奥に」


 いいね、雨じゃなくたって碌にプレイヤーが寄り付かない場所じゃねぇか。

 最高のシチュエーションだ。最近運命様に振り回されっぱなしでムカついてたんだ。


 俺は七夕とニッと歯を出して笑い合って、歩き出した。

 アイテム万全、武器問題なし(もーまんたい)、体調そこそこ!雨天決行一狩り行こうぜ!



「そういや結局、俺を誘った理由は?」


「気が合うと思ったからですよ」


 しとしとしとしと雨が降る。

 雨粒一つを鼻に乗せながら、七夕は薄らと笑みを浮かべるのだった。


 ◇□◇


 ――遺跡残骸地帯。

 俺と七夕はその奥の崩れ掛けの廃屋の中からちょろりと頭を出す。


「おいおい、マジ?あれ?」

「あれです」


 がらりと土塊が廃屋から零れる中、見えたそれは苔の生えたロボットのように見えた。いや、ロボットにしてはずんぐりむっくりだし、色々と雑なパーツだ。記憶の中にある最も適切な表現と言えば、


「――ゴーレム」


 ごつくて凡そ血の通っていなそうな物質が二足二手一頭で動いているのだから、そう評する他ない。


「勿論、私たち二人で攻略する以上、手は惜しみません」


 七夕はそう言って、メニューを弄るような仕草を見せると奴の手の平に一つの玉が落っこちてくる。俺はそのアイテムの詳細を勝手に盗み見る。


 ――――――――――――――――

【Item】「周囲強化オーブ(指定式)」★★★☆☆☆

 周囲3mのプレイヤーの能力を上昇させる。

 上昇させる能力は以下から一つ選べる。

『筋力』『防御』『敏捷』『魔力』『抵抗』『運』

 ――――――――――――――――


「とあるクエストの報酬です。これを使って私たちを強化します」


 ……見覚えがある。

 俺は七夕にバレないようにメニューのアイテムから蛙討伐戦の報酬アイテムの詳細を見る。


 ――――――――――――――――

【Item】「強化オーブ(視聴者選択式)」★★☆☆☆☆

 プレイヤーの能力を上昇させる。

 上昇させる能力は三つまで使用者が絞り、その後視聴者アンケートにより一つ決定される。

『筋力』『防御』『敏捷』『魔力』『抵抗』『運』

 ――――――――――――――――


 ……うん、完全に俺の持っているアイテムの上位互換だね。

 視聴者じゃなくて自分で上昇能力値を選べる時点であっちの方がよっぽど優秀じゃねーか。んだよ、このゴミ。

 俺はアイテムウィンドウを消しながら、感情を表に出さないように笑顔を浮かべる。


「上げる能力は『筋力』で良いですか?私達、どちらも物理主体ですし」

「そだね」


 七夕が『筋力』上昇を選択し、周囲三メートルに光の線が円状に引かれ、光輝く。すると、次の瞬間俺の視界の右上の筋力低下(デバフ)ステータスが消え、+補正(バフ)アイコンが表示された。


「よし、それじゃ……」


 七夕がそう言って、俺と自分の武器へと「《付与(エンチャント)電撃(エレクトロ)」と呟いた。途端にばちりと俺のナイフが弾けたような音を奏でる。


「一狩り行きましょう」

「スタミナしっかり増やせよ!」


 背中を叩かれ、奴の《疾風の加護》が俺に乗る。

 その途端、体躯が軽量化し、羽が生えたように俺はゴーレムの下へと駆け出した。


 外套をしまい込み、ばちばちと電気が迸るナイフをぎゅうと握る。

 雨粒が頬に当たり、アイテムで強化された筋力を信じて思い切り地を蹴った。


「デカブツ君!宝玉くれよッ!」


 叫びと同時に、ゴーレムの背中に張り付いてカサカサと上まで上り詰めて、頭を足で挟んで勢いよくナイフで滅多刺しにする。


「――ッ、ッ!」


 ゴーレムには声帯機能がついていないらしく、声にならない声を上げながら巨大な手をぶんぶんと振り回して好き放題する俺を振り解こうとする。

 だが、そう簡単に逃げちゃ話にならねぇ。必要なのはハイリスク・ハイリターンさ。腕の付け根をナイフで突き刺し、頭の目と思わしき部分もついでにぶっ刺す。そこでようやくゴーレムの腕が的確にこちらを狙いだした。


 影魔法を展開し、奴の頭に纏わりつくように影を残してその頭を蹴り飛ばした。《疾風の加護》で敏捷バフが掛かっているため、難なく離脱し、地面にべしゃりと尻餅をつく。……うーん?頭の中じゃ颯爽と着地して髪をバサッとするまで見えたんだけど。


「初撃にしては随分ですね。お陰で近づけませんでしたよ」

「そりゃ悪かった。付与掛け直せるか?」

「はい、《付与(エンチャント)電撃(エレクトロ)


 片目も片腕も潰した。

 もう片目残っていても影が消えない限りは視界が真っ暗の筈……なんだが。


「別にピンピンしてるな?」

「どうやらあの目は飾りらしいですね」


 付け根を切り落としたはずの腕は普通にくっついて動いているし、目を潰したはずなのに全然こっちを補足して近づいてきている。


 やっぱ《影魔法》って使い辛いわ~。

 ボス戦特化のスキル欲しいとこだね。


「右で」

「それじゃあ左を」


 再び背中を叩かれ、《疾風の加護》が発動する。果たしてこのスキルは魔力を消費するタイプなのか?それともクールダウン式のスキルなのか。どちらにしても効果が破格すぎる。倍率は二倍こそいかないだろうが、目に見えて加速する。


 そう言えば七夕がトップに選ばれた時のジャンルは”クエスト達成数”だ。……であればクエスト産のスキルの可能性が高い。それならこの強力さも納得できるもんだ。


「来い」


 呟いて、ナイフを持たない左手を地面に擦りながら駆け上がる。

 どぷん、という音と共に俺の拳が地面を這っていた影に潜り込み、そのまま腕を上げればぽよぽよと震える影が俺の手に纏わりついた。


 ()()は影を握りこんで、離さないイメージだ。

 《疾風の加護》により七夕よりも数秒早くゴーレムの下へと辿り着いた俺は、奴の岩と岩の割れ目に影が纏わりついた拳を突っ込んだ。雨に濡れてぬるぬるする苔の感触が伝わる。


「さんかーいっ!」


 ぐりんと拳を回し、勢いよく引き抜く。

 次の瞬間、ゴーレムの中心から黒い液体のようなものが溢れ出し、そのちぐはぐな繋ぎ目がぐちゃぐちゃになって吹き飛んだ。


「嘘……」


 雨音に紛れて、驚愕の色を携えた七夕の声が聞こえた。


 論理は簡単だとも。

 奴の身体の中で影を解放させただけだ。影は途端に形状を失って零れ、奴の体躯を縦横無尽に駆け回って俺の影へと帰ろうとした。その結果、奴の至る場所から影が溢れて見事爆散!って寸法よ。いや~、あったま良い~!


「どうよ、俺の隠し技。ゴミ共には真似できねぇ繊細な技だぜ」


 ちなみに俺の身体が近くにないと、そのまま近くにある関係のない影と同化して消えちまうから、”俺の影に帰還させる”っつー行動を引き起こすために近付いたんだ。頭いいって褒めてくれていいぜ?


 気分よく舌を回していた俺だが、その最中七夕が水を差すように――、


「待って、下さい。討伐表示が出てな……《はんしゃ――」

「――あ?」


 次の瞬間、俺と七夕は同時に横っ腹に視覚外からの一撃を食らって吹っ飛んだ。

 背後に《影魔法》を展開してクッションにし、すぐ傍の七夕を回収する。そして先程まで俺達がいた場所を見る。そこには――、


「……やっべ、あれ俺のせい?」

「……第二段階説もありますよ」


 繋ぎ目のなくなったゴーレムが散らばった己の身体を浮かして、佇んでいた。

 なーにあれ。俺が身体バラしちゃったのが悪い?

 緑色の魔力の流れが見える。奴の胸を中心にぐるぐると足や手や頭だった部位が中空に浮き、こちらを狙っている。


「ゴーレムっつーか台風の擬人化だね、ありゃ」

「もうそんなメンテナンスまでの時間もありませんね」


 立ち上がり、背中を叩かれ、武器が電撃を纏う。

 甲斐甲斐しく俺にバフを掛けていく奴に俺は回復アイテムをびしゃびしゃと掛け、俺自身にも回しかける。

 そうして互いが互いに目を合わせて、地を蹴って走り出す。


 それと同時にこちらに向けて風切り音と共にゴーレムの身体だったものが飛来する。一つ二つ避けては、ブーメランのように戻ってきたそれを七夕がモーニングスターのリーチを生かして弾き返す。

 そうして無理矢理に近づくと同時に、


「まだ()()残ってるよなァ!?さっきの不発だったんだろ!?それで詰めようぜ!」

「……!はい、使えます!」

「よっしゃ、未知の化学と洒落こもうぜ~ッ!」


 前方から攻撃が来ないことを確認し、七夕が一歩二歩と下がる。

 それと同時に、俺は七夕に向けて勢いよく飛び蹴りを入れて、


「《反射――魔法》ッ!」


 七夕の前に魔法陣が展開される。

 その魔法陣に俺の蹴りが触れた瞬間、威力のベクトルが変換され、真逆の方向へと――!


「――人力ロケット~ッ!!!」


 俺の身体が凡そ人体が立ててはいけない音共に射出された。

 ダメージすっごいや!もう二度と使わねぇ!

 ナイフを握り、一目散に浮き上がるゴーレムの胸へとべたりと張り付く。そして、そのまま電撃を纏ったナイフで幾度となく滅多刺しにする。


 しかし、全く効果がないとでもいうように俺は横っ腹を戻ってきた奴の身体の一部にぶん殴られて吹っ飛んだ。


「あ~れ~」


「こ、のぉ……ッ!」


 追随しようとしていたゴーレムに七夕がモーニングスターでヘイトを買っているのが見える。

 これ以上ダメージ受けられねぇぞ。着地に関しては影があるからどうにかなるだろうが、ゴーレムの体力が減っているようには見えなねぇ。


 ギミックボスにしても、よく分からん。

 とりあえずと、着地しようと影を展開しようとするも――、


「え?……んぁ!?ち、塵芥!?何!?なんで空から降ってくんの!?何!?手伝った方が良い感じ!?親方、空から塵芥!?」


 着地しようとしていた地点にゴミを発見。

 ここまできてボス戦に参加してくるのも気分が悪い。俺はナイフを構え、影で着地のダメージを軽減する準備をする。

 そして、その勢いのままそのゴミに向かって方向を定める。――いけッ!魂のメテオインパクトッ!


「死に晒せよやぁ~ッ!」


 口から出た叫びが力となり、俺は奴の下へと轟音と共に着地した。

 ダメージ軽微、ナイフはゴミの胸にさっくり……よし、ミッションコンプリートッ!


 〔所持金:1400K(カルト)を獲得〕

 〔Item:「人参」を獲得〕


 アイテムがドロップしたか。アイテム、アイテム……、――あ。

 俺はゴミの死体を蹴り飛ばして、七夕とゴーレムの下へと走る。その最中でアイテムを取り出して使用する。



 ――――――――――――――――

【Item】「強化オーブ(視聴者選択式)」★★☆☆☆☆

 プレイヤーの能力を上昇させる。

 上昇させる能力は三つまで使用者が絞り、その後視聴者アンケートにより一つ決定される。

『筋力』『防御』『敏捷』『魔力』『抵抗』『運』

 ――――――――――――――――


「頼むぜ視聴者(リスナー)……!」


 最早、ステータスを更にブーストして無理矢理に倒すしかない。


 筋力、次点で敏捷が妥協点だ。そのどちらかが選ばれればいい。

 俺は『筋力』『敏捷』を選び、残りの一枠に『運』を入れて確定する。すると次の瞬間、俺の視界にコメント欄が表示され、同時にアンケートが開始される。


「十秒だ!十秒だけでいい!アンケートは十秒で締めろ!」


 ────────────────

 ***:さっさと死ね

 ***:どうしよっかなぁ!?

 ***:とりま土下座しろ。話はそっからだ

 ***:何が欲しい?

 ***:メンテナンスまであと五分ですがwww

 ***:二日目総集編出てるぞ!こんなとこ見ないでそっち見ろ!二日目総集編出てるぞ!こんなとこ見ないでそっち見ろ!二日目総集編出てるぞ!こんなとこ見ないでそっち見ろ!二日目総集編出てるぞ!こんなとこ見ないでそっち見ろ!

 ***:今日昼何食った?

 ***:みじけぇよ

 ***:なんで昼間なのにこんなに視聴者がいるんですか?ニートですか?

 ***:地上波デビューおめでとう!

 ***:ガパオライス

 ***:お前のアンチスレ面白いくらいの勢いで伸びるわwww

 ────────────────


 アンケートが十秒経ち、一瞬にして締まる。

 視聴者はどこまで行っても基本ゴミしかいねぇ。それならどんだけ待っても意味なんてありゃしない。

 コメント欄が段々と透明になり、俺の視界から消えていく。

 よっしゃー!ゴミが消える!幸せだぜぇ~!もうくんなよー!


 ────────────────

 ***:じゃあな!

 ***:いかないで;;

 ***:お前のその反応、正直興奮するわ

 ***:常時表示onにしろカス

 ***:俺、お前の苦しむ顔が見たいよ

 ***:いつでもお前の隣にいるよ^^

 ────────────────


 そうして完全に消えたコメント欄の代わりに、俺の脳内に機械音声(システムコール)が響いた。


 〔視聴者選択(アンケート)の結果、『運』が選ばれました〕

 〔アンケート内訳『筋力』32%『敏捷』13%『運』55%〕


「……さいこ~。やっぱ視聴者ってゴミだわ」


 視界の右上にLuckバフアイコンが表示され、ぴきぴきと青筋を立てる。

 くそが、やっぱ視聴者に選択を委ねるアイテムはゴミだ。回復アイテムを飲み干しながら、ゴーレムがいる方へと戻る。


 雨音がいやにうるさい。

 ナイフを握りこみ、戦闘音のする方を向く。そこには傷だらけになりながら攻撃を捌き続けている七夕の姿が見えた。


 宙に浮いたゴーレムの残骸。

 その残骸の一つ、恐らくゴーレムの胸部残骸を中心に空中を浮いて回る残骸の数々。他の残骸を俺達に雑に飛ばすように扱う割に、胸部残骸だけは決して飛ばそうとせず、寧ろ守るように動いている。


 明らかに何かある。

 だが、ハンマーでもない限りあれを砕くことは不可能だ。ならばこそ、


「また滅多刺しだとも」


 愚直にひたすらにひたむきにただただ繰り返す他ないのだ。

 かぁ~……、他ゲームのダメージ倍率を検証していた時を思い出すぜ。ネットっつー文明利器がないとこうも手探りとは泣きそうだぜ。


「七夕ァ!加護をよこせ!」

「――っ!《疾風の加護》!《付与(エンチャント)電撃(エレクトロ)ッ!」


 俺の叫びに七夕が加護を返す。

 んだよ、加護って背中叩かれなくても発動できるのかよ。今までのありゃただの景気づけか?

 加速する視界の中で、ぎゅっと身体を縮こませ、足元から勢いよく影を噴出させる。


「カタ、パルトォ!!」


 影の反動を足裏に受け、勢いよくゴーレムの残骸にべたりと張り付く。

 顔面にビリビリとダメージ判定が残る。


 だが、そんなことを気にする暇もなく俺はナイフを大きく振るい上げた。


 まずは一刺し――。

 そんな言葉と共に、俺のナイフが岩石を打ち破る嫌な音と共に奥深くに突き刺さる。その途端、カリッと刃先が得も言えぬ感触に押し返された。


 身に覚えのない感触だ。

 そんな、些末な言葉を心の中で呟いた瞬間――ごとん、と中空を舞っていたゴーレムの残骸が次々と落ち、俺がしがみついていたそれも勢いよく落下した。そして、地面に着くや否や砂と化してその場から消え去った。


「……あ?」

「……ぇ?」


 〔Boss:タイフーンゴーレムの討伐!〕

 討伐戦Rank 1/2

 【報酬】(Bossアイテムは別枠報酬)

 Skill戦術書

 SkillLv.UP秘伝書

 Skill極意書

 回復ポーション(中級)

 雨宿りの外套

 ドッグスブーツ


 〔Bossが討伐されました!解放する基本機能(システム)を選んでください〕

 ・解放する基本機能(システム)は討伐に最後まで参加したプレイヤーにより多数決で決められます。

【リスト】投票人数:0/2

 ・フレンドシステム

 ・マップシステム

 ・アイテムの取り出し簡易化

 ・【Perk(パーク)】の活性化

 ・【Skill(スキル)】の進化

 ・世界の拡張


 〔【Skill(スキル)】《ナイフ》LvUP! Lv.3⇒Lv.4 〕

 〔【Skill(スキル)】《影魔法》LvUP! Lv.3⇒Lv.4 〕



 ――()()()()ナイフで刺した場所が、ゴーレムの(じゃくてん)となる場所だった。

 恐らくではあるが、つまりはそういう事だろう。

 認めるのは嫌だが、視聴者共のふざけた『運』の選択はどうやら巡り巡って俺を助けたらしい。ゴミもリサイクルすりゃ役に立つもんだな。


「……はぁ、思ってたよりもずっと疲れました」


「戦利品を確認したいとこだがメンテナンスの時間だ。お前はログアウト。俺は死んでさっさと呼ばれてる場所に向かわねぇと」


 解放する基本機能も後回しだ。

 これを選ばなければ世界全体に機械音声(システムコール)での報告も行われないし、実質的にボスを討伐したことを隠すことができるはずだ。


「メンテ終わったら合流して話し合いだ。じゃあな、俺は死ぬ」


「分かりました。さよならです」


 ナイフを持って自分の首を掻っ切ろうとする。

 しかし、それをするよりも早く俺の頭が背後からの衝撃により潰された。倒れ込んだ視界にじゃらじゃらと鎖を鳴らしながら七夕が近づいてくる。そして、ログアウトの際に出る粒子を漂わせながら、


「ふふ、その表情……ちょっと可愛いですね」


 あぁ、そだね……。加虐趣味なのかな……?

 奴にPK判定を取られながら、俺はそのまま天に召された。声が震える。魂が生まれたての小鹿のように震えている。


 怖いよ、あいつ。

 目が髪で隠れてっから全然感情読み取れねぇよ。恐ろしい、血塗れと同じ狂人の匂いがする……。完全にSだ。恐怖に怯えた俺の顔見て喜んでたよ……。


 助けて、助けてよ視聴者……ッ!

 教会に魂が運ばれる最中、今だけはゴミみたいな視聴者のコメントを抱きしめたいと強く思った。

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