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脱走!プレイヤーズプリズン!


 ――”GuiltyPlayerPrison”、略してGPP。

 仲間殺しの特級犯罪者(プレイヤー)が集められた監獄には、幾つかのルールが敷かれていた。


 まず、プレイヤーの罪の重さで拘束時間が決まっており、刑務作業をすればその拘束時間が減っていく仕組みだ。つまり、真面目に働けばさっさとシャバに出れるわけだ。

 勿論、脱獄を目論んでも良いが、捕まった場合それ相応の拘束時間が加算される。その他一般的に悪とみなされる行為をした場合も拘束時間加算だ。


 運営という名の看守役に説明をされ、俺達は早速刑務作業に駆り出される。


「ねぇ、芥君……どこ行くの」

「採掘場だ。刑務作業の時間減少に加えて、掘り当てたアイテムによって更に拘束時間の減少が見込まれるっつってんだし、多分ここにいる全員採掘場しか選ばねぇだろ」


 話しかけてきた女……――血塗れへとそう返答して、ピッケル片手に歩き出す。

 血塗れは、そんな俺の後ろをちょこちょことついてきて、薄くはにかんだ。……こいつ、やはり優勝したからといっても仲間殺しが許されたわけではなかったか。

 例外などないとでもいうかのように優勝者の一人である血塗れが呼ばれているのは意外だった。


 ――しかし、この運営の対処には違和感がある。

 俺達のヘイトを解消しようとしたのは明白だが、やり方はもう少しあっただろう。

 ぞろぞろとゴミ達が採掘場へと向かう。近未来的なゲートが蒸気と共に開かれ、運営看守が「しっかりと務める様に」とだけ告げて、ゲートが閉まる。


 俺達はぞろぞろとピッケル片手に壁に穴を開けながら、独り言のように呟いた。


「違和感だらけだな」

「全くだ」

「――?」


 その呟きに、血塗れが首を傾げてきょろきょろと喋った奴等の方を向く。しかし、奴らは単なる独り言を言っただけなので、そちらに顔を向けようとすらしていない。血塗れは不思議そうに再び首を傾げながらピッケルを上に持ち上げた。


 ――カツンッ!

 甲高い音が採掘場に響き渡る。


「塵、お前はどう思う」

「――まぁ、ちょいとおかしい。ヘイト解消にしてもやり方が変だ。運営が視聴者に向けて『仲間殺しを許す?』なんてアンケートをしたら、そりゃ”許さない”に傾くに決まってる」


 そこで”許す”を選択する視聴者なんてそれこそ碌にいないだろう。

 ゲームを少しでもしていれば、いや寧ろゲームをあまりしていない奴等こそ、そこら辺のマナーに厳しいはずだ。


 視聴者は面白いものが見れるならばそちらを見たがる。

 そりゃそんなアンケート、”許さない”に入れるさ。俺だってそうする。その方が絶対に面白くなりそうだからだ。


「一つ、仮説がある」


 かつん、と甲高い音が再び採掘場を響く。

 ゴミ達が一様にそちらを向くと、そこには鉱物を掘り当てたゴミの姿があった。奴はその鉱物を手に取り、ついた土を落としながら、


「――運営に、俺達の粛清を()()()馬鹿がいる」


「――……願った?」


 ――なるほど。

 俺は地面にピッケルを刺し、それを杖のようにしながら息をついた。

 配信二日目、つまり昨日――その日はクエスト関連の情報が多く発見された日だった。そして、発見されたクエスト情報の一つにこんなものがあった。


 ――『運営への願い出クエスト』。

 いわく、そのクエストの報酬は”運営へのお願い権”だ。無理のない範囲で運営がその報酬を手にしたプレイヤーの願いを一つだけ聞き届ける。そういう代物のクエストである可能性が高いと聞いている。


「……この投獄には違和感がある」

「間違いなくプレイヤーの中に黒幕がいる」


 ”運営への願い出”により起こった出来事ならば、運営への違和感も全てが払拭される。運営はその願い出に乗っかり、俺達のヘイトを解消しようとしたのだ。


 剣呑な雰囲気が辺りをピリつかせる。



「芥君、見て……鉄鉱石」


 しかし、その場合どうやってその犯人を特定するかだ。


「ね、凄く綺麗……ね」


 俺達を陥れた犯人がいるとなれば……。


「水で洗いたい……ついてきて……?」


 ち、血塗れちゃん……。

 俺とゴミ達は血塗れの空気の読めなさに絶句する。


 今、雰囲気あったじゃん?なんか、プリズン・ブレイクみたいなさ?凄いこう、いい感じのハードボイルド感出てたじゃん?


 なのにそんな普通に面と向かって話されちゃ、さっきまで独り言の体で会話してた俺らが馬鹿みたいじゃん?刑務作業中の会話ってさ、こんな感じでバレずに独り言を呟く風なのか良いじゃんね。


 雰囲気ブレイカーの血塗れが、首を傾げながら俺の服の裾を引っ張る。

 ……はぁ、仕方のない奴だ。俺は「分かった分かった」と聞き分けのない奴へと手を上げながら、囚人服を引っ張られてその場を離れるのだった。


「にしてもよ、連中(うんえい)……どうやら”仲間殺し”の判定をきちんととってたらしい。ここにいる奴は全員、味方を故意で殺したゴミだ。意図しないフレンドリーファイアで殺しちまったプレイヤーはここにいねぇ」

「へぇ、そういうの分かるもんなのか」

「脳波だろ、脳波。そんくらい別れよ低能」

「俺が低能ならてめぇは何だ?地中脳か?」

「あ˝?」「あ˝?」


 俺と血塗れの後ろをぞろぞろとゴミが何故か付いてくる。かまってちゃんかな?

 後ろで勃発する口喧嘩を他所に、水場を発見した血塗れが「あ」と零して走っていく。

 ……と言うか何?ここにいる全員、意図的にチームメンバー殺したって決まってるわけ?んじゃ、血塗れな奴、わざとじゃん!俺の出した煙幕の中で仲間殺したの普通にわざとじゃねーか……!


 あまりにも流暢に血塗れが嘘をついていたことが発覚し、恐怖に駆られる。怖いわぁ、ああいうタイプがいっちゃん怖いんだから。


「実際、お前らどうする?脱獄すっか?運営側が脱獄ルートを用意してるって絶対罠だぜ」

「刑務作業やれば、運良ければ一時間くらいで出られる計算だぜ?割に合わねぇ」

「それにあの野郎、俺達のスキルを封印しやがらなかった。よほどのことがない限り脱獄はねぇと踏んでやがるんだ」


 血塗れが水場でちゃぷちゃぷと鉱物を綺麗に磨いている間、俺達は足りない知恵を絞りながら会議をする。

 ”仲間殺し”の俺達に与えられた拘束時間は三時間だ。存外に短い。しかも、採掘場での刑務作業、掘り当てたアイテムの種類にもよるが、時間短縮を成功させれば一時間強で出られてもおかしくない。


「悪いが、素直に刑務作業をする。脱獄なんて割に合わない。それにチームメンバーを殺したのだって考えがあった故だ。君らとは違う」


 ゴミがそう言うと、それに呼応するように別のゴミ達が反論をする。


「あ˝?それなら俺だって考えあって殺したんだわボケ」

「きーきーきーきー……猿は黙ってなよ」

「黙れよド三流共。ピッケルで頭砕いてやろうか」


 どいつもこいつも暴力に働き掛ける事しか出来ないクズばかりだ。

 なんで頭脳派の俺がここにいるのかが、全く持って理解できないぜ。しかし、それでもこんな地の獄に落ちてしまったのだから仕方ない。自分の運の無さを呪うしかねぇな。


 ――しかし、普通に考えれば、ここは刑務作業一択だ。

 刑務作業をすれば最長でも二時間弱でここを正規の方法で出ることができる。……分かっている。分かっているさ。だが、俺達はゲーマーだ。いつだって最短距離を走りたい生き物だ。


 ――空のボトルはあるか。

 ――風呂に入る暇はいらない。

 ――ギルド辞めるか仕事辞めろ。

 いつだってMMOプレイヤー達は時間に追われてきた。DPSチェックだってそうだ。ずっと奴らは時間に追われて生きている。早ければ早いほどいい。休む時間が無ければ無いほど良い。そうして削られて、削り取られて出来上がったのがMMO廃人だ。


「睨めっこは終わりにしようぜ。俺達は時間が惜しい。――やることは最初から決まってたんだ」


 俺の言葉に、ゴミ達が呼応する。

 採掘場の換気音がうるさい。血塗れの鉱物を洗う水音がうるさい。なにより、自分たちの心臓の音がうるさい。


 ゴミ達は歩き始める。

 二時間後の安定よりも、十数分後の脱獄だ。


「大丈夫だ、だって俺達は仲間殺しの犯罪者(レッド・プレイヤー)だぜ」


 格好つけたゴミがそう言って、全員が一斉に武器を取り出すのだった――。




 採掘場と監獄を繋ぐゲートが破壊される。

 その中から、叫びをあげてゴミ達が一斉に散らばる。


〔暴動発生!暴動発生!職員は直ちに鎮圧に動いてください!警戒Lv.1(レベル・ワン)!〕


 《影魔法》を展開し、ナイフを持つ。

 行くぞッ!ゴミッ!

 俺は後ろをついてくる一人のゴミへと声を掛けて走り出す。


「分かってます、――《疾風の加護》」


 いやに覇気がないタイプの目を隠した女がそう呟いて俺の背中を叩く。

 その瞬間、俺は青白いオーラに包まれて、急速に体躯が軽くなるのを感じる。バフスキルか!

 有能なゴミがついてきてくれているらしいなぁ!気分が良いぜ!ばらばらに散らばったゴミ達は各自で脱獄を目指す。まとまると一気に捕らえられる可能性が高まるからだ。


「塵芥さん……右、空けてください」


 目深にかかった前髪から瞳をギラつかせたゴミがそう言い、俺はすぐさま自分の走っている右側にスペースを作る。すると次の瞬間、通り過ぎようとした右の廊下から爆炎の波がこちらへと押し寄せてくるのが見えた。咄嗟に《影魔法》で自分とゴミの身体をそこから逸らそうとするもその前に、


「――《反射魔法》」


 迸る魔力、展開される紫色の魔法陣。

 それらが右にいたゴミを中心に展開され、爆炎の波がそれに触れた瞬間、物理法則を無視して廊下の奥へと弾き返された。


「わーお!いいね!最高だ!」

「もう期待しないでくださいね」


 俺についてきたゴミは予想以上に有能で、明らかな危機(ピンチ)を容易く乗り越えた。

 よっしゃ、このまま出口を探すぞ!まだ俺の《煙幕》も残ってるってのがデカい!それもこれもこのゴミが有能故だ。


「ぎゃわーっ!」

「びゃッ!?」


 遠くから悲鳴が聞こえる。

 恐らく、看守に見つかったんだ。聞こえたのは右前方……!っつーわけで、


「左曲がるぞ!」

「はいはい」


 とにかく看守に見つかっては勝ち目がない。

 しかし、脱獄のやり方は?出口は開け放たれている?鍵が必要?何が必要だ?

 ないない尽くしだ。俺達は何も知らない囚人で、あちらは施設を知り尽くした運営入りの看守。分が悪いにもほどがある。


 くねくねと角を曲がり、出口を探す。なんなら窓でもいい!鉄格子のついていない窓が一つくらいないか!?

 きょろきょろと出口や窓を探すも見つかりっこない。


 疾走する俺と有能なゴミ、しかし次の角を曲がろうとした瞬間――!


「あっぶねぇッ!?」

「げッ……!?」


 何者かと正面衝突しそうになり、咄嗟に回避行動をとって衝突を避ける。


 一体なんだ、とぶつかりそうになったそれを見ると、そいつはつい先程別れたむかつくタイプのゴミだった。


「ち、塵芥ッ、とお前確か≪ 七夕紛(たなばたまが)い ≫!俺を守れッ!俺と一緒に逃げたカスは蒸発した!多分すぐに……」


〔お待ちください〕


「き、きやがった…!」


 廊下の先に何かがふよふよと浮いている。

 ガシャシャシャと、機械の音がその廊下に響いている。看守か……!


「塵芥さん!走って!」

「塵芥!足を動かせ!」


 ゴミ達がそう叫び、俺は足を回し出す。

 しかし、既にすぐ背後まで看守は迫ってきており、ガシャシャシャという不快な音が耳朶を鳴らす。ちらと後ろを見れば、その看守は機械の(はね)を背中に四枚つけ、低空飛行で俺たちへと迫ってきていた。


「チート運営が……!」


 歯ぎしりをしながら、踵を返して叫ぶ。


「無理だお前ら!性能が違う!背中を向けてりゃいい的だ!」

「あぁ、あぁ!クソが……!仲間殺しの何がいけねぇ……!俺は世界を循環させてやってるだけだろうにッ」

「異形の姿、なんて悪辣な……」


〔No.24、No.58、No.114を確認。うち【Nickname】保持者二名、≪ 七夕紛(たなばたまが)い ≫、≪ 塵芥(ちりあくた) ≫を補足。優先的に排除します〕


「おいおいおいおい!AI産かよこの看守ぅっ!?」


 看守が地面に降り立ち、機械音声(システムコール)と同時に機械の翅を刃に変形させ、こちらに迫る。


 俺はその一撃をナイフで受け止めるが、一瞬だけ鍔競り合って弾かれる。

 魔物みたいな力してやがる……!これじゃ《影魔法》で拘束もできやしねぇぞ!


「《付与(エンチャント)》――電撃(エレクトロ)ッ!」

「あぁあぁ!これでもないあれでもない……!」


 有能なゴミが付与魔法を俺と自分の武器にかけ、無能な方のゴミがメニューからアイテムを取り出して次々と放り投げていく。映画版ドラ〇もんみてぇな事しやがって……!

 無能な方は役に立たないと判断し、俺と有能なゴミがAI産の看守の下へと一気に駆け出す。バチバチとナイフが雷を纏い、走り抜けた軌道に青い残光を残す。


「変な二つ名……つけくさってぇッ!」


 有能なゴミがそう叫びながら、看守にモーニングスターをぶち当てる。あ、さっき看守が言ってた≪ 七夕紛(たなばたまが)い ≫か?それがあいつのニクネか。

 ナイフを振るい、電撃を迸らせる。


「機械の身体ならショートしてくれよッ!?」


 そんな叫びと共に、俺のナイフが看守の翅をぶった切る。


 よっしゃ!一枚目!

 そう叫ぼうとして、ふと自分の声が出ていないことに気付いた。そして、それと同時に自分の視界がと勝手にずれ動き、気付けばごとりと視界が床に落ちた。あ……?こりゃ一体……?


 そんなことを考えていると、俺の眼前にごとりと見覚えのない何かが落ちてくる。それは、紫色の髪を持っていて、目は長めの前髪で隠れた女だった。小さな口がぱくぱくと動いている。それは、その頭は紛れもなく――俺と一緒に看守へと襲い掛かった有能なゴミの頭そのものだった。


「ひ、ひぃぃ!なんてグロい死に方してんだよお前らぁッ!トラウマなるわッ」


 無能なゴミがそう叫びながら、アイテムを探すのを諦めて魔法を唱えている。

 展開速度重視のその魔法が、無能なゴミの叫びを伴って看守の下へと飛んでいく。しかし、看守はそれを身体で受け、なおも問題ないと言う様にその無能なゴミの下へと翅を伸ばした。


「く、クソッ!初めから無理ゲーじゃねぇか!クソ運営が!脱獄なんてさせる気がなかったってことかよ!クソクソクソ……!クソが――」


 ごとり、と無能なゴミの首が落とされる。

 きっと、あと七人くらい有能なゴミがいれば、この看守は倒せていたのかもしれない。四枚ある内の翅は俺と有能なゴミによって二枚折れているし、無能なゴミの魔法だって全くダメージが入っていないかと言われれば、そうではないように見える。


 ”攻略可能なボス”。

 こいつは恐らくそういう類のものだ。だが、


 〔三名の脅威の排除に成功〕

 〔こちらも三名の脅威の排除に成功〕

 〔こちらも二名の脅威の排除に成功〕


 そんな奴が、こんなにいたんじゃどうしようもないだろうがよォーッ!!

 声にならない魂の声が、お空の上で響くのだった。トホホ……。


 ◇□◇


 初めの牢屋の中でリスポーンした俺達は、互いが互いに見合う。

 じろり、と誰もが誰もを睨んでいる。そして、その内の一人が「はぁ」と溜息をつき、


「こんな雑魚共と組むんじゃなかった……」


 そんなことを言った。

 その瞬間、俺の頭がぶちりと音を立て――、


「俺は、雑魚じゃあねぇ~ッ!!!」


 そう叫んで、手頃なゴミへとナイフを持って飛び上がった。

 それが皮切りとなり、牢屋内は怒号が飛び交う戦場と化す。


「死に晒せよやァーッ!!」

「死ぬのはてめぇじゃ~ッ!」


 ばたばたとゴミが死に、すぐさま牢屋内でリスポーンし再び殺し合いに加担する。

 今この場に、負の感情渦巻くゴミ達の永久機関が完成した――!




「……私、この人たちと同類ですか」

〔心中お察ししますよ、776さん〕


 牢屋の隅で鉄格子に背をもたれながら、前髪を目で隠した少女が呟いた。

 すると、その言葉を聞いた運営がそんな彼女へと憐れみとねぎらいの意味を込めてそう語りかけた。


「それならニックネーム変えてください」

〔それとこれとは話が別ですね〕


 ニックネームは変わらない。

 視聴者がつけたゴミみたいな二つ名は残り続ける。

 悪いのは変な名前を付けた彼女なのか、それとも変なニックネームを応募した視聴者なのか、はたまたそれを採用した運営なのか。それは誰にも分からない……。


「馬鹿!ばか!バカがッ!」

「馬鹿って言った方が馬鹿だろーが!」


 牢屋内の戦闘がデッドヒートする。

 一体どれだけ刑期が伸びるのかは、神のみぞ知る。




「芥君みて……!鉄鉱石、ピカピカ……!……あれ、芥君?」

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[良い点] 幼女みたいに鉄鉱石見て見てする血塗れちゃんすごくかわいい
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