なぜ笑うんだい?彼らは腐った蜜柑だよ。
定期イベントの勝利報酬は随分と旨かったらしい。
七十五チームの内、五チームだけが勝利を手にし、その報酬を手にしてインタビューを受ける様子が運営配信で流されていた。
ゲーム内報酬の詳細な内容は手にした連中しか分からないが、少なくとも多額のゲーム内通貨と何らかのアイテム一つらしい。現実報酬は金とスポンサー企業のカタログチケット。羨ましいし、いつからこの配信にそんな企業様がついてたんだって話だ。最初に説明された時よりも増えてるじゃねぇか?あ?
「くせぇ、くせぇぜ。こりゃ金の匂いだ」
俺の隣のプレイヤーがそう口にする。
しかし、今はそれが随分と居心地よく感じる。
「ゲーム内も現実も、金の匂いで溢れてるってことだね!」
更に別のプレイヤーが傍で呟く。
女だがネカマ臭がする。長年の経験からくるセンサーが鋭く反応するぜ。
「標的は二十人だ。四人七十五チームをサーバ分割で五つ。つまり、五つの勝利チームが存在する」
更に別のやつがこちらに向かって歩きながら、弓の張りを確認した。
あぁ、分かってる。
俺達は馬鹿じゃねぇ。少なくとも一般ピーポープレイヤー共と比べてもらっちゃ困る。偶然当たったこのゲームに、存外愛着が湧きだしたところだ。まだ三日目に入ったばかりだがな。
「無駄話はそこまでだ。ほら、連中の顔写真を刷ってきてやったぜ」
そう言って入ってきた知らない人が古びたテーブルの上に二十人の人相が載った紙をばら撒く。
ふん、見覚えのある顔も幾らかいるが、やはりその殆どは知らねぇ奴ばかりだ。運勝ちしたゴミ共めが……!気に入らねぇな?ひどく気に入らねぇ。腸が煮えくり返る思いだぜ。
──チームが悪かった。
──対戦相手が悪かった。
言い訳をしようと思えば幾らでもできるが、最早そんなことどうでもいい。勝利報酬が自分以外の手に渡った──、その事実だけが今の俺達を研ぎ上げる。
「また会おうぜ。次に会う時は全員が、奴らから報酬を奪った時だ──ッ!」
誰かがそう告げて、俺達は二十人の顔写真が乗った紙を乱雑に手に取り、その空き家から飛び出した。
その数、約十五名──。
ゴミみたいなアベンジャーズが集結し、今バトロワ勝者たちの報酬を奪い取ろうと動き出した──!
◇□◇
実際のとこ、あれ俺が勝ってたと思うんだよな。
ぶつくさと文句をぶー垂れながら、紙の顔写真と一致するプレイヤーの捜索をする。
いやね?
血塗れがいるのは話違うじゃん。なにあれ?なんで最後の最後で仲間殺し同士の決戦が始まるの?訳分かんないじゃんね。
しかし、普通に探していても到底見つからなさそうだ。この巨大な世界でたった二十人を探すのは容易じゃない。どこにいるのかすら分からないんじゃ、まじで藪から棒に突っついていくしかないしな。
どうしたものか、と思案する。すると、
「──あ」
「げ」
そこにいたのは鼠色の髪をした丸眼鏡をかけたプレイヤーだった。その頭にはそれらしいハンチング帽のようなものを被っている。
思えば俺は奴の本当の名前すら知らない。だが、どうせあいつをプレイヤーネームで呼ぶ事も無いだろう。現在、このゲームにおいてニクネを貰ってないにも関わらず、唯一プレイヤー間で通ずる通り名を持つ男、その名も──、
「──よぉ、情報屋くぅん……!ちょーっとお話ししようぜ」
「面倒臭いのに捕まった……」
「僕にプレイヤーの居場所を特定してほしい、と」
「そそそ、出来る?金はしっかり払うぜ」
このゲームにおいて、あらゆる情報に通ずるのは間違いなくこの男だ。
俺の悪事暴露からこいつは有名になったが、その前から情報屋としての活動はしていたらしく、現在は情報屋兼記者と言ったような立ち位置らしい。
「まぁ、ある程度は出来ますよ。プレイヤー全員、ファイリングできましたし」
「えぇ?何がお前をそこまで突き動かすんだよ……」
「趣味なんであんま気にせんでください」
そう言って、情報屋は空中で指を動かして電子ファイルと思われる青白い板を取り出すと、俺の渡した顔写真の載る紙を見て、すいすいとスワイプするような動作を見せた。
「うわ、やっぱりこの件ですか。この紙の顔写真提供したの僕ですよ……」
「へぇ、正義の味方って呼ばれてるくらいのお前ならてっきり止めるかと思ったけど、そうじゃねぇんだな?」
「あの時、塵芥さんを晒したのは単純に殺された恨みですよ。僕、街中毒殺の時と最初の運営説明の二回貴方に殺されてんですから」
あぁ、なるほどね。
確かに毒殺の件は聞いていた気がするが、お前最初の虐殺の時もいたのかよ。運がない奴だな。
「だから、別に僕は正義の味方でも何でもない。金を払えば悪人でも味方になりますとも。勿論、それが自分を殺した相手でもね」
そう言って、奴は渡した顔写真の写った紙にさらさらと情報を書き足していく。
「まぁ、それほど確証のある情報でもないし一人千K、合計で二万Kってとこですかね」
「いいね、ほらよ」
メニューから二万Kを送金し、情報屋がハンチング帽をあげて「まいど〜」と言って、そそくさとこれ以上絡まれるのは嫌だとばかりに去っていく。
くくく、情報屋……!今はまだいいさ。だが、てめぇに出し抜かれたあの恨み、未だに俺の中に燻っていることをゆめゆめ忘れるなよ……!
不敵な笑みを浮かべながら下卑た声を漏らし、奴の背中を見送るのだった。
なお、翌日俺のこの笑みのスクショがSNSに貼られ、その邪悪さから瞬く間にネットミームとして広がり、俺はデジタルタトゥーを背負った。世界は腐っている。
◇□◇
情報屋が書き残した情報はそれぞれ情報の正確性が、低・中・高の三つに分かれていた。
情報の内容は大体がそのプレイヤーがよく行く場所について。しかし、プレイヤーと言うのは中身が人間の為、ずっとその場所に滞在するなんてこと基本ない。
その中でも、日課のようにその特定の場所に欠かさず通うプレイヤー……つまり情報正確度が高い奴の場所を中心に回る。
するとどうだろう。回り出して数十分経った頃、とうとう顔写真まんまのプレイヤーを発見したではないか。しかし、
「頼むぜ、素直に優勝賞品と金を渡してくれよ。そうじゃないといつまでも拘束することになるからよ」
「だ、誰が渡すと……!」
そこにはおまけのように、俺と同様に優勝報酬を狙ったゴミがいるのだった。
しかも、見たところ標的の四肢を地面から生えた木の根のようなもので拘束して、その隣に座って交渉している。
なるほどな、奴はアイテム奪取スキルを持っていないタイプか。
《窃盗》と同じ系統スキルを持っていれば、拘束した後時間をかけて相手のアイテムを搾り取れる。勿論、全てのアイテムを取れるわけではない。《窃盗》は一日十個までしか一人のプレイヤーからは盗み取れないという制約が二日目終了時点で修正された。
だが、それでもPKだけをするよりかは遥かにアイテム奪取の効率が高い。
このまま、あのゴミがPKするのも気に食わない。情報の欲しさにゴミ共のアベンジャーズごっこに乗ってやったが、別に俺は奴らと仲間でも何でもない。恐らく、他の連中もそうだろう。ならば、
「──死に腐れーいッ!!!」
「あっぶなっ!!?」
《影魔法》を飛ばし、奴を拘束しようと試みる。だが、感情に身を任せて叫んだことにより普通に場所バレし、寸前のところで回避される。
くそがっ!本能が勝手に舌を回しやがった!
「て、めぇ……ッ、塵芥ァ!!どういうつもりだ!これは俺の獲物だッ!消え失せろッ!!」
「あーあー聞こえねぇなぁ?俺よりIQ低い奴の言葉は聞き取り辛くて仕方ねぇなぁ」
「くそ虫が!曲がりなりにも同じ目的だろうが!身内で争うことに意味なんてねぇ!」
はっ、心にもないことをよくもそうぺらぺらと喋れるもんだぜ。
どうせ、立場が逆だったらこっちを襲ってきたろうによ。まぁ、タラレバを言っても仕方がねぇ。
青筋を立ててこちらに怒鳴り立てる奴を前に、俺は耳をほじりながらその怒号を聞き流す。
「俺は人間だから雑魚のことがよく分からなくて、雑魚を知る為に殺し回ってんだ。その途中でお前みたいな雑魚を見つけたんだ」
「フリーレン構文やめろッ!」
奴はその叫びと同時に自分の周りに木の根をぼこりと生やした。随分と数が少ない。恐らく、標的の拘束に木の根を割いている分、こちらに回せるリソースが少ないんだ。
「んだよ、そのスキル。《樹魔法》か?見た感じ俺の《影魔法》と似た性質みたいだな?」
奴に合わせるように手の平を上に持ち上げ、周囲の影を隆起させて蠢かせる。
うぞうぞと動く黒い影を前にして、奴は「ちっ」と舌打ちを零した。
「なぁ、助けてほしいか?」
俺はそんな奴の横にいる四肢を木の根で拘束されているプレイヤーへと話しかける。そのプレイヤーは俺の言葉を聞き、幾度もうんうんと首を縦に振る。
そりゃそうだよな、助けてほしいに決まってる。
楽しい楽しいゲーム体験がこんなゴミに拘束されて浪費されるなんて許されるわけがないもんな。
分かるぜ、分かるとも。お前の苦しみを俺が解放してやるさ。
大義名分を得た俺は、ナイフを手に勢いよく地を蹴る。
幾つもの影が先行し、奴の木の根を相殺し、それでもなお数の差で残った影を向かわせる。
「分かり合えねぇなぁ塵芥ァ!!」
「それが分かってんなら十分だろ!」
ナルトとサスケよろしく俺達は互いに武器を振るって走り寄る。
奴の持った棍棒が影を叩き潰し、その流れのままかち合う。がきん、と言う鈍い音が響き、俺のナイフが力負けをして押される。
ち、力が強ぇ……!なよっちい俺じゃ力比べは分が悪い……!
刃を斜めにし、棍棒を滑らして弾くと同時に《煙幕》を足元から噴出させる。
「出たなインチキ……!」
「カタログスペックよりも強くて嬉しいねぇ!」
外れスキルだと思っていた《煙幕》は現在、一部プレイヤー間において『インチキ』と呼称されている。
その理由は、現状発見された”白い煙”を吐き出すスキルは《煙幕》のみと言う点にある。《暗視》や《猫の目》などの視界不良下でプレイヤーを透視するスキルは、その対象プレイヤーの姿を白い輪郭で表示させる。
つまり、白い煙を出す《煙幕》内ではその煙と白色輪郭表示が重なり、とんでもなく見え辛いのだ。その背景もあり、《煙幕》スキルはおかしな呼ばれ方をしている。
だが、それもすぐに修正されるだろう。
このゲームの運営はたった一日で不具合を修正する勤勉性を持っている。下手したら数時間後にはカタログスペック通りのスキルになっている可能性もある。だが、
「今ばかりは悪用させてもらうぜぇ!」
使えるものは使う。
ズル?いいえ、運営がそう作ったのだからそれは仕様です。言いがかりはやめてもらえますか?訴えるよ?
吐き出された白煙が周囲を包み込む。
だが、俺が音で煙幕を索敵しているという事が既に割れているらしく、相手も音を殺している。互いが互いに索敵スキルを持たず、ただ己の聴覚のみで敵を探す。
しかし、互いに音を立てないせいで無駄な時間だけが過ぎ、《煙幕》のレベルの低さにより効果時間が切れて、煙が晴れる。
クソが、人生で一番意味のない時間を過ごした……ッ!
そう考えたのは奴も同じらしく、すごく嫌そうな顔で俺を見てる。
しかし、奴がどこにいたのかと思えば、木の根で拘束していたプレイヤーの口を塞いで音を出させないようにしていたらしい。確かにそいつが下手に音を出したら誤殺していたかもしれない。
対処策を知っている奴に《煙幕》は駄目だな、こりゃ。
一つ経験を得て、一気に奴へと駆け寄る。棍棒を振りかぶる奴の腹に、ナイフよりもリーチの長い足を伸ばし、腹に蹴りを入れる。
「ご、っはッ!?」
奴が吹っ飛び、ざりざりと地面に土埃を立てながら後退る。
そんな奴を横目に見ながら、木の根で四肢を拘束されたプレイヤーに向けてナイフを振りかぶる。俺の動作に気付いた奴がすぐさまそのプレイヤーを拘束していた木の根を操り、俺へと向かわせる。だが遅いッ!
「えっ、え、ええ」
先程「助けてほしいか?」と聞いた俺が、今度は自分に刃を向けて殺そうとしているのだから、このプレイヤーの混乱は分かるとも。
だが、許してほしいね。
俺とあのゴミは互角だ。長々と戦闘をして他のゴミが集まってくるのは避けたいんだわ。改めて殺して、また探し出してやるからよ、待っててくれよな。
「来世で会おうぜ!メタスラ君!」
そうして、振りかぶったナイフが勢いよく下され、そのまま胸を貫こうとした瞬間──!
〔──天誅~っ!〕
「……ぶっ?!」
「だっっと!?」
突如、視界が切り替わり、顔が地面に打ち付けられる。
一体なんだ、と顔を摩りながら立ち上がると、そこは先程までいた森林フィールドではなく、薄暗く小汚い……まるで牢屋のような部屋だった。その部屋はそこそこの広さがあり、十人前後は余裕で入りそうなほどだ。そんな部屋に俺と先程まで戦っていたプレイヤーが放り込まれている。
そして、さしも本物の牢屋のように部屋の一面には鉄格子があり、その先には──、
「……運営?」
〔そうです。こんにちは、No.114にNo.32〕
機械の身体をした、いつもMCをしている運営がいた。
そいつが牢屋の外に立っている。しかし、唯一違う点と言えば、いつもの格好と違い、警察官のような恰好をしている点だろうか。
俺とゴミが先程までの関係を忘れて互いに顔を見合わせて首を傾げる。
〔ここはやりすぎたプレイヤーを収容する場所──その名も”GuiltyPlayerPrison”……GPP!君達の罪状は”仲間殺し”〕
「おいおい、”仲間殺し”って今更バトロワ内の追及をするってか?法の不遡及的な何かはねぇのかよ」
「ほ、ほうのふそ……?……塵芥の言う通りだなッ」
〔一般良識を持っていれば味方は殺さないよ~。勿論、ただ味方を殺しただけじゃここには来ないよ。これは視聴者アンケートの結果だからね〕
「あぁ!?民意を集めたってか!?」
〔その通り〕
運営はそう言ってウィンクをする。
──……なるほど。これは恐らく、罪の清算だ。仲間殺しと言う罪を犯した俺達に集まる反感を運営共は解消しようとしている。
大規模企画の配信となれば、集まるヘイトは尋常じゃねぇ。それこそ俺みたいにバトロワ内でアイドルを殺した奴となれば、それは最早狂気に等しいヘイトが集まるだろう。
俺とゴミは互いに目を合わせ、ぎゃんぎゃんと吠えながらも運営の行動を阻害しないように動いてやる。ふん、俺たちゃ確かにヘイトタンクだがそれをどうにかしてくれようってんなら、多少気になるところはあれど文句はないさ。
〔これからまだ何人か来るから全員集まったら刑務作業を始めるよ~!それまでは少しだけ待っててね~!〕
そう言って運営は魔法のようにその場から姿を消した。
「フン……」
ゴミが壁に背を預け、カッコよさげに座る。
俺はそれを見て、奴とは別の壁に背を預けて片足立ちをして腕を組む。今更気付いたが、俺も奴もいつの間にか囚人が着ていそうな黒と白の縞々模様の囚人服になっている。ダサさの極み。
そして、そんな二人きりの牢屋の中にどてっと俺達と同じ境遇のゴミが落ちてくる。そいつらがぶつくさと何かを言いながら囚人服の俺達を見る。そんな呆けた表情の奴らに、
「──ようこそ、人生の終着点へ」
「──まぁ、ゆっくりしてけよ。時間だけはあるからな」
壁を背にした囚人二人が先輩風を吹かせる……。
今、選りすぐりのゴミによる新たなゲーム体験が幕を開けようとしていた──!




