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輝く偶像、堕るゴミ

 

 ──殺される。

 目の前の女を直視した瞬間、そう悟った。


 ──≪ 偶像(ぐうぞう) ≫モモ。

 ”配信決戦! Abyss Grow”という企画に呼ばれた有名人枠の一人。三人組のアイドルグループの頭だった気がする。

 テレビっ子じゃない俺はアイドルに関する知識をそれ程持っていない。というか無いに等しい。だが、その程度の浅慮な俺でも一つだけ分かる事がある。



 ──アイドルと下手に関わった男は死ぬ(物理的or社会的に)。

 それが互いにメディア露出の多い者同士ならばまだ互いに監視の目がつくからいいが、こと一般人の俺じゃあそうはいかない。しかも、完全に悪評が先行しているんだから余計にたちが悪い。


 ……どうする?いっそ死ぬか?いや、流石に報酬は欲しい。勝てば現実報酬まであるんだろ?そりゃ欲しいさ。喉から手が出るとも。

 やるしかないのか?この爆弾と一緒に?


 俯いて固まった俺の周りを彼女は不思議そうにぐるぐると回りながら、こちらの顔を覗いてくる。


「悪いことをしてるんだよねっ!?どんなことしてるの?」


「……色々ですね」


 死にたくない……!

 俺は死にたくないのだ。最悪の展開はこいつのファンが俺本体を特定し、物理的にころころされることだ。何?さすがにそこまではないだって?舐めんなよ、アイドル営業は闇だ。男の影なんて少しでも見えたらユニコーンである彼ら(ファン)は決して許さないだろう。


「くそが……!なんで俺がこんな目にッ……!」


 こういう役目は幸薄プレイヤーの役目って決まっているはずだ。

 俺は闇、こいつは光で分別が出来ていただろうがよぉ!どうしてごちゃ混ぜにするんですか?

 ここにはいない運営へと恨み節を吐く。奴らのリテラシーがもう少しちゃんとしていたらランダムという名の作為的操作で俺とこいつを離すことくらい容易だったはずだ……!奴らめ、仕事をさぼりやがって……!


「敬語!塵芥君、敬語使うの!?私、コメントの皆さんから『敬語を知らない極悪非道』さんって聞いてたんだけど、フェイクニュースかなこれ!」


「あぁ、コメント表示させてるんすね……」


 ずんずんと距離を詰めてくる彼女を前に、少しずつ後退りながら苦笑いを浮かべた。

 ”配信決戦!Abyss Grow”は視聴者がいるという企画性質上、ゲーム内に配信設定なるものが存在し、視界内に低遅延リアルタイムでのコメントを表示させることができる。他プレイヤーのネタバレコメは自動AIBAN&運営による手動BANのおまけつきだ。

 俺は別に連中のコメントなんて読みたくもないし、興味もなかった為表示させていない。試しに設定からコメント表示をONにしてみる。


 ────────────────

 ***:あ、映った

 ***:いぇーいみってるー?

 ***:しねしねしねしねしねしねしねしねしね

 ***:はよはじめろや段取りわりぃな

 ***:荒らしに反応すんな

 ***:デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!デスノートで検索!

 ***:モモちゃん行くわ

 ***:【速報】情報屋爆発四散!【速報】情報屋爆発四散!【速報】情報屋爆発四散!【速報】情報屋爆発四散!

 ***:ここが塵芥のコメント欄かぁ。テーマパークみたいでテンション上がるなぁ

 ***:おい!投げ銭の投げ方を教えてくれ!

 ***:地の獄かな?

 ***:おい運営!俺のコメントを消してみろ!力を示せ!

 ────────────────


 案の定だね。もう二度とてめぇらの面なんて拝むかよ肥溜めのクソ共が。

 この世の汚泥を煮詰めたような膨大な量のコメントが大量に流れ、即座にコメントをOFFにする。

 そんなことをしていると、俺達の前に二つの粒子の塊が現れる。


 ようやくチームの残り二人が来たらしい。

 その粒子は人型を取り、一際大きく輝いたと同時にそのまま渦巻いた粒子が霧散し、その場に二人のプレイヤーを出現させた。


「うわ、モモだ」

「え、うおすご本物」


「あ、えへへ。よろしくね~!」


 ……終わった。

 出現したプレイヤー達は明らかに緩い雰囲気を伴って、目の前に現れた。ライトゲーマー、もしくはこの企画にたまたま当たった一般人だろう。


 アイドル×1

 一般人×3(俺を含む)


 テッペン取りに行ける面子じゃあない。

 ほんわかした雰囲気で奴らがぺちゃくちゃと喋っている。どうすれば勝てる?何をすれば他のチームを出し抜ける?


 〔Aグループ、【バトルロワイヤル】を開始します〕

 〔カウントダウン後、ランダムな地点からのスタートとなります〕

 〔60…59…58…57…56…〕


「塵芥君!始まるみたい!」

「あぁ……そうですね……」

「え˝、塵芥って……マジか」

「塵芥さん?よろ~」


 カウントダウンが響き、俺達はそんな声かけと共に身体が粒子に包まれていく。

 そして、そのカウントダウンがゼロになった瞬間、視点が一瞬真っ黒に染まり、気付いた時には──、


「──北寄りの街か」


 転移先の舞台は北の街。

 バトルロワイヤルのマップは発見されている街の中からランダムだと記載があった為、出来る事ならよく知る街が引ければ良かったのだが、北の街はあまり知らない。


「転移ってすごい!」

「目がしぱしぱする」

「えっと武器出しとかないと」


 勝てるビジョンが湧かない。

 だが、それでもやれることはある筈だ。俺は街中で立ち竦み続けるわけにもいかないと、チームメンバーを引き連れて裏路地へと入る。


「とりあえずスキル公開だ、何持ってる?」


「え?えっと、《風魔法》と《魔法の心得》と《ペナルティドロー!》、あとは《釣り》です」

「僕は《気配察知》《自然治癒》《盾》ですね」

「私は《強化魔法》に《格闘》!あと《無尽の体躯》と《料理》っ!」


「俺は《ナイフ》《影魔法》《隠匿》……あとは《煙幕》だ」


 なるほどなるほど……、方針は決まったな。

 裏路地で固まってひそひそ話をする俺達、未だ街中から戦闘音は聞こえてこない。恐らく、どのチームも未だに接敵していないのだろう。


「よし、とりあえず隠密で一チーム潰す」

「えいさ!」

「はい」

「おけ」


 街中は狭い。

 路地裏からパイプを伝って屋根上に登ればチームの一つくらいならすぐに見つかる。同じ考えのチームがいれば互いに位置を認識し合うが、どうやら俺たち以外に屋根上から索敵を試みようとするチームはいないらしい。


「空が近いね!」


「そうですね~」


 モモさんを適当にあしらいながら、俺はぎょろぎょろと目ん玉をこねくり回して別チームを探す。

 すると、少し離れた噴水付近に一チーム発見。俺は「しー」と口の前に人差し指を立てて、隠密行動を心掛けさせながらするすると何か話し合いをしている連中の下に近づいていく。


「俺が《煙幕》を張る。そしたら一気に距離を詰めて、声を出している奴をぶっ殺す。奇襲速攻だ」


 そのチームの傍まで近づいた俺はチームメンバーに作戦概要を説明しながら、右手に力を籠める。

 ──《煙幕》は自分の真下から一気に噴射するのと自分の身体一部から噴射させる方法の二択を選べる。自分の真下であれば、絶体絶命(ピンチ)から反撃の機会(ワンチャンス)を作り出し、身体一部からならば、指向性の白煙が飛び出し、その着弾点を一瞬にして煙に巻き混乱を巻き起こす。


 今回は指向性の煙幕だ。

 力の籠った右腕から勢いよく白煙が連中を襲い、瞬く間に奴らの周囲がモクモクと白い煙で覆われる。


「行くぞっ!」


 俺の言葉に三人が飛び出す。

 その三人の後ろからそそくさと飛び出し、盾持ちの味方の背中にナイフを勢いよく突き刺した。


「あ、ぐッ!?」


 そいつは突然のダメージと衝撃に前転び、べしゃりと地面に身体を打ち付ける。

 そんな奴の前を、二人の味方が走り去っていく。一瞬だけ駆けていく足元が見え、濃い白煙によりそれはすぐに見えなくなった。


 前方から騒がしい声が聞こえる。

 敵チームの誰かが焦って何かを叫んでいるらしい。しかし、今はそんなことどうでもいい。

 俺は地面に転がった味方の四肢を《影魔法》で拘束し、再びぎゅうと握りしめたナイフで背中を突き刺した。


「なっ、塵芥さん……ッ!?な、んでッ?」


「──バトルロワイヤルってさ、どれだけ的確に素早く指示が通るかが鍵だと思わねぇか?」


「…ぇ?」


「四人より三人、三人より二人、……本当ならここで止めてぇが、俺のチームの場合は二人よりも一人……その方がずっと勝てそうなんだワ」


 雑魚は邪魔だ。

 これがボス戦ならば喜んで歓迎しよう。雑魚でも一ダメージ与えれば御の字だ。だが、今は違う。雑魚が足を引っ張る。雑魚が指示を遅らせちまう。しかも、その雑魚が敵に殺されればキルポイントまで与えちまう。なんてこった、こりゃ百害あって一利なしだ。


「──わりぃな。きっと勝って見せるからよ?大義の為に死んでくれ」


 味方殺しのペナルティポイントを設定しなかった運営に文句は頼むぜ。

 にぃと笑みを浮かべ、俺はナイフを逆手持ちにし、奴の背中へと更に深く突き刺した。

 大丈夫、お前の死は無駄じゃないよ。お前の死をもって、俺達の勝ちが近づくんだ。リスポーンバナーがないバトロワってのは死んだら暇だな?元の世界に一足先に帰っててくれよ、あとで一緒に食事でもしよう。


 こと切れた奴の瞼を閉じさせて、《隠匿》を発動して走り出す。

 声の感じからして敵はまだ二人ほど残っているらしい。《煙幕》が切れないうちに、奴らの背後まで近づき、するりと残り二人の首を流れるように斬り付けた。


 〔チーム壊滅を確認。残り14チームです〕


 倒れ込む敵プレイヤー。

 どうやらこのバトロワ中はPK判定はつかないらしい。ドロップアイテムがねぇ。


「わーい、みんなナイス~……って……お、お亡くなりに!?」


 煙幕が晴れ、俺が敵を二人倒したのを見たのかモモさんがこちらに近づいてくる。その最中、俺達の仲間であった盾持ちのプレイヤーが地面に転がってこと切れているのを発見し、彼女は跳ね上がって驚愕を露わにした。


 オーバーリアクションな彼女に合わせて、俺もよよよと涙を流す。惜しい人を亡くした、彼は勇敢に戦って戦死したんだ……!


「……浅い刃痕」


 モモさんと彼の死を追悼していると、残るメンバーの一人がそう呟いた。そして、奴はあろうことか俺の事をじろりと()め付けてきやがった。……マジかよ、こいつ勘が良いタイプだ。


 恐らく、まだ奴の中では疑惑程度だ。

 だが明らかに俺を疑っている。俺が仲間を殺したのではないかとそう思案している顔をしてやがる。雑魚が知恵を振り絞りやがって……!

 このカスを早めに殺す必要が出てきた。モモさんと二人になるという最悪を見越して、こいつは残したかったが仕方ない。危険な芽は早急に摘み取る。


「一人死んじまったし、少し慎重にいこう」

「おーっ!」

「……おけ」




 〔チーム壊滅を確認。残り9チームです〕

 〔チーム壊滅を確認。残り8チームです〕


 着々と数が減っている。

 街の中心にチームが集結するように時間経過と共に街の外側から円状に毒霧のようなものが出現し、それらがじりじりと進行してプレイヤー達の生存区域を狭めていく。


 ここまでマップが狭められたら、最早戦闘を起こすリスクの方がデカい。

 一人目を殺したようなどさくさキルは狙えない。そうなれば──、


「モモさん、少し先の通路を見てきてください」

「了解!」


 俺は彼女に敬語で紳士的にそうお願いし、それを承諾した彼女はたたたっと軽やかな身のこなしで裏路地をくねくねと曲がっていった。


 時間はない。

 さくっと殺して、死体が完全に粒子化して殺人痕跡がなくなるまでの時間が必要だ。死体を隠すのは無理だ。血の粒子が滴り、引き摺った跡がバレる。


「──()ね」


 俺は背後の味方へぐるりと首を回しながらナイフを振るう。

 同時に次善策として《影魔法》を足元から走らせ、仕損じても殺しきれるように根回しを施す。


 勢いよく回転させた俺の顔が、奴の顔を捉える。

 ばちり、と目が合い、その瞬間あちらも俺がなにをしようとしているのかを理解したらしい。奴の手元に翠緑色の質量が生まれる。それは輝きを纏い、魔力を迸らせた。


「ぅ、ぁあああッ!!!」


 未完成の魔法を手の平に抑え込み、奴はこちらに向けてそれをぶつけてこようとする。完全に螺旋丸じゃんね、それ。

 だが、所詮不完全な螺旋丸だ。

 アクティブ型の魔法は待機時間が長い。それこそ、今のような一瞬が勝敗を分けるような戦いに展開速度が遅いタイプの魔法は向かないのだ。


 奴の不完全な螺旋丸はこちらに辿り着く前に手の平で消失する。

 俺はそんな奴の腹を左から右へと一閃した。赤色の粒子が地面に零れ、再び展開しようとしていたであろう翠緑色の魔力が霧散する。


「俺が必ず、お前たちを一位にして見せるからな──」


 倒れ込んだ奴の前で、そう呟いた。

 雑魚は雑魚だ。魔法が使えても、その魔法を十全に扱えない時点で価値はない。射速、威力、展開速度……アクティブ型の魔法スキルはそれが自由に調節できるはずだ。にも拘らず、こいつはそれをしなかった。

 咄嗟に出来なかったんだろう。仕方ないことだ、俺も多分すぐには出来ない。他人に厳しく、自分に甘い男が俺だぜ。


 仲間の二人が、卑劣な敵の手によって殺された。

 だが、今モモさんにこの殺害現場を見られるわけにはいかない。これじゃまるで俺が犯人だ。時間稼ぎが必要だ。死体と痕跡が消えるまでのほんの一、二分……その時間稼ぎが。

 俺は即座に走り出し、先程彼女が走っていった方向へと向かう。そして、一度二度角を曲がり、息を整えて歩く。そこには、


「あ!塵芥君、この辺は敵いないみたい!」


「あざす」


 溌溂とした笑みを浮かべる偶像(アイドル)がそこにはいた。

 さて、時間稼ぎの時間だ。とりあえず、適当に今関係ありそうな話でもふるか。


「モモさんは普段ゲームしますか?」


「うんっ、けっこうするよ。でもこういうMMO?っていうの?そういうのはした事なかったから新鮮だね!」


「それはいいですね」


「でもこのゲームってギルドとかクランとかないんだよね?そういうの少しだけ憧れてたから残念!」


「意外と知ってますね」


 こいつ……、予想よりも詳しいな。

 確かにこのゲームにはそういった集団システムは存在しないらしい。勿論、ギルドを組まずに集団を作るのはありだろうが……。まぁ、人間は徒党を組めば変なことをし始めたりするしな。


 にしても時間が稼げる話題を提供してくれて助かるぜ。

 俺は自然な流れで時間稼ぎの会話ができることに安堵しながら、次の話題を出す。


「ギルドと言っても色々ですからね。日本のMMOギルドは歴史がありますからね」


「へぇ~。例えばとかって聞いても良い?」


「ゲームはそれぞれ違いますが、有名どころは”疾風迅雷”や”ブラド・ワークス”……あとは”砂漠飛び”に”終着駅”などですね。調べると面白いですよ」


 よし、ここから更に別の話題に派生すればぎりぎり時間を稼ぎ切れるか……!?

 目の前の少女をどれほど拘束できたかを計算し、奥にある死体の消える秒数も同時に逆算する。


 ……大丈夫だ。ここから一つ二つ話題を繋げればバレない。あとは乱戦に無理やり突撃し、俺だけが生き残れば、()()彼女を殺したという悪評がつくことは無い。

 ゲーム内とはいえ、そんな悪評は何があっても受け取るわけにはいかない。ゲーム内でアイドルを倒したら、現実で俺がころころされるなんて御免被る。


 そうしたら、あとはハイドして、漁夫《煙幕》キルをするだけ。まだ大半のプレイヤーは《煙幕》によるフリーキルに対応できていないしな。……なんてすばらしい作戦立案!自分自身の脳味噌に惚れ惚れするぜ。

 そうして、次の話題を口に出そうとした瞬間、


「あれ?そう言えば毛布ちゃんいないね?」


 ぎくり、と肩が少し上がる。

『毛布』ちゃん……俺が先程腹を裂いて殺したプレイヤーの名前だ。何か話題を逸らすか?いや、仲間の事を聞かれて話題を逸らすのは、明らかにおかしい。ならば正面から噓をつく?なんと?


 相手はアイドルだ。

 ゴミをあしらうのとは訳が違う。リア凸されたくない。特定されたくない。本当にアイドルファンにそんな行動力上がるのかは甚だ疑問だが、備えあればなんとやらだ。


「──あぁ、あいつも別方向の索敵ですよ」


 ここが瀬戸際だ。

 今どれだけ踏ん張れるかが鍵になる。そうしてようやく──、


「──えっ!心配!私見てくる!塵芥君、ちょっとここ見てて!」


 あ、え、ちょ、ま。

 そう言うと彼女は勢いよく駆け出して一瞬にして角を曲がっていった。こ、行動力の化身……!止める事すら叶わないだと……!?この俺が!?

 彼女の行動の速さに目を剥く。しかし、それ以上に「やらかした」という感情がむくむくと頭の中で肥大化し始める。


 まだ間に合うか、と彼女の後を追うように走る。しかし、一度角を曲がってもその後ろ姿は見えない。つまり、既にその角の先の死体に辿り着いている可能性が高い。


 止めなければいけなかった。

 無理にでも留まらせなければならなかった。

 俺は歯ぎしりをしながら走り、次の角を曲がったところで壁に手をついて立ち止まった。



「──ねぇ、塵芥君が、やっちゃったのかな?」


 そこにいたのは、こと切れた『毛布』をしゃがみ込んで抱く偶像そのものだった。


「──」


「無言は、肯定……かな」


 ――作戦が破綻した。

 こいつの行動力を舐めていた。今度から少しくらいテレビを見よう。そうすればこいつの行動くらい予測できていたかもしれない。


 練った作戦が瓦解する音がする。

 元々、こいつさえいなければもっと簡単だったんだ。普通に作戦のクソもなくスタートと同時に三人ぶっ殺して一人行動をしただけだ。


 神様も運営も俺の事が嫌いなのかな?

 そう思わざるを得ないな。しかし、こうなってしまったからには仕方ない。猫被るのも、リアル凸の懸念もフル無視だ。ファンにそんな行動力ありはしないと仮定するしかない。


「一つ、話の続きをしてやるよ、偶像サマ」


 ぽつりと俺は呟くように口を開いた。

 そんな俺を、モモが粒子化していく死体を抱きしめながら見つめる。


「さっき言ってたMMOギルドには、どれもこれもにとある共通点があるのさ」


「……きょうつう、てん?」


「あぁ、そのギルド全てが”メンバー二十人以下(しょうきぼギルド)なのさ。──この意味が分かるか?」


 全てのMMOギルドに言えるわけじゃない。

 だが、ゲーマーたちを魅了して止まないギルドは何がどうして少数精鋭になっていく。強者だけが残り、弱者が消えるのさ。


「集団はいつだって、少数精鋭が絶対だ」


 ナイフを抜き取り、影を出す。

 分かたれたネットの光と闇が対峙する。


 立ち上がったモモがこちらに真っ直ぐ向き直る。


「偶像様よぅ!お前が本当に遍くを照らす偶像(アイドル)ならよぉ、俺みたいな仲間殺しはどうするってんだァ!?」


 蛮族よろしく飛び上がり、握られたナイフが鈍く輝く。奴の視線が上空を向いた瞬間、地面の影が激しく蠢き、モモの足に纏わりついて拘束する。


 モモはその場から動こうとしない。

 そんな奴に向けてナイフを振りかぶり、その勢いのまま胸を突き刺した。

 確実に急所を突いた。アイテムを使わなければ、すぐに死ぬだろう。

 だが、俺はそれでも無性にざわつく心を押さえつけることができなかった。おかしい、明らかに変だ……!この女、なぜ何の抵抗もせずに受け入れた……!?


 仲間を殺され、義憤に震えて刃を向け合うと思ったが、こいつは何の抵抗もなく胸を刺された。


 無性に嫌な予感がする──!

 俺はナイフに力を入れて一旦抜き取って距離を取ろうとする、が駄目……!


「──っ」


 抵抗のないモモの腕が突如として伸び、奴の胸を突き刺している俺の腕をぎゅうと掴み取る。


 く、くそッ……!は、離せ!やめろ!

 しかし、《格闘》と《強化魔法》持ちの奴に筋力で叶うはずもなく、俺は芋虫のように奴の傍で足掻く。まずい、マズイマズイマズイマズイ……!こいつ、明らかに様子がおかしい――!


 ごぷっと口端から赤い粒子を零すモモを見て、異質さから目を背けたくなる。

 ど、どうすれば!?ナイフを離しても既に腕は掴まれている。逃げられない。武器はこれ一本しかない。《影魔法》……!ぐぉお……、精神の乱れで上手く動かせなぁい!!嘘だろ、ここにきてパッシブ型魔法の弱点が露呈しやがった!


 影が碌な形を保たない。

 形を作り始めては崩れ、また作っては崩れを繰り返している。


 どうすればどうすればどうすれば……!

 脳みそを急速に回転させる。今この場でこの状況を出し抜く為には……!?

 そんなことを考える俺に――、



「──歪んだ塵芥君を」



 待て、駄目だ。その先を言わせたら。

 殺す、殺さないと。今すぐにこいつの息の根を止めないと取り返しのつかないことに――、



「――それでも肯定する(ゆるす)よ」



 ひっ……!

 ごぼりと勢いよく赤い粒子を吐いたモモは、それでも笑みを浮かべていた。その瞳の中は、眩しいくらいに強い光を伴って。そして、その言葉を最後にずるりと崩れ落ちて、彼女は死んだ。


 し、白髭みたいなこと言って死にやがった……!

 なんて奴だ……!人間として出来過ぎている、アイドルってのは皆こうなのか!奴は性善説の権化なのか!?フィクションの中から飛び出してきた存在か!?



 ──や、やばい……!まずいまずいまずい!

 現状を冷静に分析した俺の脳内が嫌な推測を立てる。こいつ、事もあろうに仲間殺しである俺を許しやがった……!


 あの肯定の仕方は、明らかに不和を生む!

 奴のファンが俺のアンチに鞍替えするにはあまりに十分すぎるほどの効力がある……!


 勝って、その報酬を土産にファンを宥める?

 負けて、あのモモの肯定が正しいものではなかったと証明する?

 どちらにしても変わらない。結局、奴のファンが俺のアンチになることは変わりない。クソがっ!詰みじゃねーか!ならもうどうでもいいわ!


「一人勝ちして報酬は俺のもんじゃ~!」


 〔チーム壊滅を確認。残り3チームです〕


 裏路地の外で他チームが戦っている音がする。

 俺を含めてあと三チームならば、今戦っている二チームを倒せば俺の勝ちである。皆殺しだ!緻密な作戦を壊された腹いせじゃ~!!

 一際高い展望台のような場所で戦いを繰り広げている連中の方へと走り寄る。


 《煙幕》のクールタイムはあがっている。

 《影魔法》も持ち直してしっかり動かせる。


 プレイヤーがやられたと思われる叫び声が聞こえる。

 俺はそんな連中の下へと《煙幕》を飛ばし、同時に《影魔法》を這わせる。誰がどのチームか分からない。とりあえず声を出している分かりやすい奴から次々と足元に影を這わせ、拘束する。


「なんだ!?足が、離れね──ぐ、がッ!」


 地面に癒着したように離れない足に気を取られている間に、一人やられたらしい。

 影魔法は対人間にめっぽう効果的だ。それは幾度ものPKで立証されている。続々とプレイヤー達が倒れる音が聞こえる。


 ──腕のいい奴がいる。

 煙幕でそれが誰かは分からないが、明らかにキルペースが速い。俺のサポートがあるとはいえ、ここまでの速度でキルを量産できるとなると相当な手練れだ。


「何者だ?」


 音で場所を把握するという基本が高い水準で出来ている。そうして、白煙の中から音がしなくなり、同時に深い煙が晴れていく。そこに立っていたのは──、


「……なるほど、お前と同じマッチだったとはな──血塗れ」


(あくた)君、……義賊イベントの時は……ごめん、ね」


 どうやらこいつ、煙幕の中で自分の仲間までぶっ殺したらしい。煙幕の中の敵全員が、ほとんど同じ傷跡で死んでやがる。なんて(むご)たらしい奴……!だが、


「俺も仲間ぶっ殺してここまで来たんだ。気が合うナ?」


「わざとじゃ……ないよ」


 関係ないさ。

 ずずず……と影を動かし、血塗れへと向かわせて走り出す。てめぇを殺して、俺は新世界の神になるッ!死んでクダサーイ!!




 〔Aグループ、勝利チームが確定しました。おめでとうございます〕


 機械音声(システムコール)が辺り一帯に響く。

 その中心で、黒い髪を携えた少女が俺の死体を剣で弄んでいた。



 ……いや、普通に負けたね。うん。

 まぁ、頑張ったで賞くらいくれてもいいんでない?あ、駄目?そう……。

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