亡霊会議
ボスであるモグラはどうやらHPの低下により、地上に出てこなくなったらしい。
一度、ボス戦判定が切れたせいで俺たちはボス討伐の機会を失ったんだ。
それもこれもあの情報屋が悪い。
あいつがいなければボスは討伐できたし、俺に従順なプレイヤー集団も出来上がった。
「……負けだ、負けだぜ、情報屋……!今回ばかりは俺の負けだとも」
復活した教会で突然そう呟く俺に、その場にいた殆どのプレイヤーが冷たい視線を浴びせてくるのだった……。
◇□◇
しかし、情報屋によって俺の悪事がバラされたからと言って、別段何かが変わるわけでもない。どうやら奴は、今この瞬間もあらゆる街で俺の悪事を証拠付きでばらまいているらしいが、それが一体何になるというんだろう?
「金にもアイテムにもならないことをよくやるとは思うね、私は」
ひょっこりと俺の隣で知らない人がそう呟いた。
しかし、この知らない奴の言う通りだ。
「塵芥の悪評はもうほぼ広まってるしなぁ」
またも知らない人がひょっこりと現れ、情報屋の行動をそう評した。
そう、配信二日目にして俺は悪い方向で名を広めてしまっている。それに物証がつく程度、屁でもないってわけだ。
突然現れたこいつらは、その二言だけを喋るや否や、ばっと三又の道の右と左へ散っていった。去り際に人差し指と中指を立ててカッコつけるポーズまでつけて、だ。あ、あいつら、まさか映りたがりか……?俺の配信は視聴者が多いからって映りに来たってのか……?
ダル絡みが過ぎる。
そう思いながら先の二人と同じポーズをとって残る道を進む。
しかし、二日目後半にして倒したボスは一体だ。途中でイベントが挟まったとは言え、流石にペースが遅い。モグラを倒せていれば討伐数は二体だったが仕方あるまい。
再び窃盗をしても良いが、それよりもボス捜索に精を出した方が良い気もする。
ううむ、と唸りながら街道を歩いていると、ふいにじっとこちらを見つめてきている幼女に気付く。
それはNPCの出している焼き鳥屋台の隣にぼったちしており、感情をどっかに落としてきたかのような無表情で目の前を通り過ぎようとした俺を見つめているのだ。
……プレイヤーか?
咄嗟にそう考えるが、にしても造形の出来が良すぎる。
このゲームのアバターはデフォルトから自分で弄るシステムだ。幼女を作ろうとなれば、普通のアバターを作るよりもよほど繊細な技術が必要となる。
そんなことを考えていると、その幼女がぴっと俺の方へと指をさして――、
「――お前~」
――ばつん。
その瞬間、視界が暗転した。声が出ず、身体の感覚もない。なんだ、こりゃ……。
『――深淵覗き。そなたらは何なのだろう』
暗闇の中で、何かが深い息を吐いている。
生暖かく、フローラルな香りのそれが全身を突き抜ける感覚がする。こりゃなんだ?また突発イベントか?にしては身体はないし、スキルも使えねぇぞ。
『突然現れ、深淵を滅ぼすと思いきや……まさか無辜の民よりもよほど脆弱と来た。であれば分からぬ』
いや、分からないのはこっちだけどね。
喋らせてくれよ。会話しようぜ、会話。人間の最大の発明は言葉だぜ。言葉を交わせばどうにかなるって。
『決めるのだ、深淵覗き。――そなたはどこに立つ?再び深淵を覗くのか、それとも覗かれる深淵になるのか』
そんな言葉と共に、暗闇の中の何かは消えていく。
そして、それと同時にばつん、と視点が切り替わり、元の街道へと戻ってきた。
〔定期イベント〔深淵覗きの君たちへ〕が発見されました〕
「……定期、イベントぉ?」
疑問の声をあげながら、先程まで幼女が立っていた場所を見る。すると既にそこに幼女はいない。もしかしたら、あの幼女がこのイベントの開始フラグだったのだろうか。
定期イベントのポップをタップすると、軽快な音共に詳細が表示される。
――――――――――――――――
【定期イベント】〔深淵覗きの君たちへ〕詳細
こちらは二、三日毎に発生するイベントとなります。
二チーム、またはそれ以上のチームに分かれ、様々な方法で勝敗を決していただきます。
勝者側にはゲーム内報酬と現実報酬があります。視聴者予想による正解者にも抽選で数名に報酬が配られます。
深淵覗きの皆様、是非参加しましょう。
――――――――――――――――
……まとめれば”チーム戦”だ。
分けられたプレイヤーチーム同士が戦う。勝った方に報酬が支払われる。それが定期的に起こるって話だ。
「あ、今の何だったんでしょう?すごく暗い場所で……しかもなんか定期イベントって……」
街道の真ん中で立ち止まる俺に、後ろから近付いてきたプレイヤーが話しかける。
ふむ、どうやらあの映像はプレイヤー全員に流されたらしいな。それに定期イベントもか。
「あぁ、どうやら運営の連中、随分と俺たちに不和を生みたいらしい」
「まぁ対戦形式みたいですしね……。今日もうやるんですかね?」
「いんやどうだろ。もう二日目も終わりの時間が近いし、多分明日以降じゃねーかな」
さり気なく会話の中でボディタッチをしながら《窃盗》を発動させ、世間話を続ける。
「にしても今日は色々ありましたねぇ。ボスも討伐されたし基本機能も一個開いたし…知ってます?お金を払えば一つだけ基本機能を解放してくれるNPCが見つかったそうですよ」
「マジ?そいつに頼みまくればボス討伐しなくていいじゃんか」
「残念ながら基本機能解放してくれるのはたったの一度だけで、それも結構な額のお金がいるそうです」
へぇ、そんなにお金が、ね……。
そういやクエストに関しても結構進んだらしいな。今日出会ったプレイヤーにもいたが生産スキルをクエストで貰ったというプレイヤーもいた。ボス討伐終わりに、そいつからそのクエスト発生場所も聞いたし、今日の締めはそのクエストでも受けっかな。
「お前も締めに生産スキル取れるクエ行こうぜ。どうせスキル欄埋まってねぇだろ?」
「わ、ほんとですか!是非是非!」
そいつと一緒に教えてもらったクエスト発生場所へと向かう。
「うぉ、気をつけろ。窃盗犯と被害者の鬼ごっこみたいだぞ」
「わ、すっごい形相ですねぇ……」
その最中でもさり気ないボディタッチを忘れない。
そいつの肩を抱いて、走り去る二人のプレイヤーから遠ざけてやる。なんて出来た奴なんだ俺は。まぁ、《窃盗》スキルはちゃんと発動させてもらってますがね。
俺達は他愛ない話をしながら街道をうねうねと進んでいく。このゲーム、街が広いのは良いんだがまだマップシステムが解放されていないから何分迷いがちだ。上を見れば、高い壁が見えるから街の外に出るくらいはできるのだが、こと街の中で目的地を目指すとなるとそうもいかねぇ。
「あれぇ……ここを右……左……?」
生産スキル獲得のクエスト発生場所を記した紙と睨めっこしながらどうにか進む。しかし、俺はマップがあるゲームばかりをやってきたゆとりゲーマーだ。マッピングシステムすらないし、しかも不親切なこのゲームで目的地にたどり着くのは容易じゃない。
……どうしよう。
辿り着けない。こんな裏路地の奥深くまで来ちまった。ここで引き返すのはあまりにも格好悪い。
俺はちらと後ろを見ると、そこには何の疑問も持たずについてきている純真無垢なプレイヤーの姿があった。
貴重な純粋プレイヤーに下手な姿は見せられない。俺は意地を張って、ずんずんと奥に進む。
「あー、あとちょっと……カナ!?」
「わぁ、楽しみです!」
輝く瞳が俺を貫く。
どうすれば……とりあえずそれっぽいことを言って撒いちまうか……。あとで「はぐれちゃったね!」とか言えば面子は保てるはずだ……!
「……ぉ、おー、ここ。この家を通るとショートカットらしい!」
「へぇ、こんなルートもあるんですね!」
俺は裏路地の適当なボロい扉を指差す。
他の扉とは一風違った扉だから目についたそれに指を立てると、そのプレイヤーは何の疑いもなくその扉に手をかけて、ぎぃと開いた。すると、
「え、ぅ、ぎゃっ……!?」
扉を開いた瞬間、その中からしわくちゃな手が二本出てきて、そのプレイヤーの身体を掴んでそのまま扉の奥へと引きずり込んでしまった。
俺は一瞬のその出来事を、ただ傍観することしか出来なかった。
「わぁ」
そして、誰もいなくなったその裏路地で静かにそう呟く。
ぴゅうとどこからともなく風が吹く。何か、イベントフラグを踏み抜いた。それしかない。俺はギギギと身体を反転させて、扉とは反対に身体を向けた。
「俺は何も見てない、何も見ていない……そうだろ、視聴者共……」
今は見えない連中にそう問いかける。
さっきのは全部夢だ。そうに決まってるさ。あんなホラゲーばりの事が起きるはずがない。
そう考えながら、その場を離れようと思った次の瞬間――、
「なにを立ち去ろうとしておる?」
そんな声と共に、俺の肩はしわくちゃな手に捕まって扉の奥へと引っ張り込まれた。
誰もいなくなった裏路地で、ギィ……と高い音を立てながら扉が閉じられるのだった……。
「ふぉっふぉっふぉ!よくきたな、十五、十六人目の小童共!儂の力を見たいか!?そうじゃろうそうじゃろう!そうだとおもっとったんじゃよ!――この《錬金魔法》を、な!」
その爺は床に倒れ込んだ俺達へとそう言った。
俺の身体の下に先に引っ張り込まれたプレイヤーもいた。何気なしに「大丈夫か」と口にして、そいつの上からどいて、手を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
そいつは礼を述べながら、俺の手を取って立ち上がる。そして、二人揃って目の前の爺を見る。奴はこちらじろじろと見ながら、「うむうむ」と頷いて腰から二つの物体を抜き取るとそれをこちらへと放り投げた。
俺達は投げられたそれをキャッチし、目を向ける。それは、所謂”丸フラスコ”というやつだった。
円状のガラスが真っ直ぐ続き、下が丸い形状のものだ。こりゃ一体……?
「なんと必要な道具はそれ一つ!そこに魔力を注いで振るだけで己らは強くなる!」
……なるほど、読めてきた。
適当に入った扉が別のスキル獲得場所だったのは運が良い。なにせ生産スキルの獲得場所ではなかったにしろ、俺の面子が多少は保てるからな。
魔力ってのは魔法関連スキルで消費されているポイントだ。俺の影魔法も少なからず使っているが、アクティブ型の魔法は一度使うごとにごっそりと消費しているらしい。なんとなく感覚で魔力は籠められる。
俺は試しにフラスコに魔力を入れて、そのままくるくると振ってみる。すると中がぱちぱちと光を迸らせ、その迸る幾つもの光が、次々と線で繋がれていく。次の瞬間、突如として俺のフラスコから煙が噴き出し、辺り一面が白く染まる。
「あぁ!?」
「わ、わ……!」
〔Skill:《煙幕》を獲得〕
え、《煙幕》ぅ!?
どういうことだ?まさか、これも《窃盗》をゲットしたSkill戦術書と同じようなスキルガチャか!?ま、不味い……!
俺は咄嗟に横を見る。そこには既にフラスコを振り始めているプレイヤーがいた。今奪えば俺のものになるか……!?下手に強化される前に奪い取れるならば……!
自分の持つ煙を吐くフラスコを手放して、隣のプレイヤーのフラスコへと手を伸ばす。奴のフラスコがぱちりと光り、星座の如く線が繋がれていく。そして、光同士が完全に繋がれた瞬間――、
―――ッ!
若草色の光がフラスコから吹き出し、途端に辺り一帯を襲う。次の瞬間、体力が回復していくのを感じる。お、おぉ……!?こ、この感じ!こいつ、治癒系のスキルを当てやがったな!?
そう思った瞬間、俺達は度が過ぎた過剰回復により肉体が爆散した。過度な健康促進は身体を壊す……ってか……。
回復によってシバかれた俺は、教会で目覚めるや否や周りをふるふると見回して、先程まで一緒にいた筈のプレイヤーを探す。奴も俺と一緒に死んだはずだ。この街の教会に一度でも足を踏み入れていればここにリスポーンする筈だが……。
「いねぇ……」
リスポーンしてくる気配もなければ、既に教会を出たわけでもなさそうだ。
つまり、あいつは別の街の教会にリスポーンしたというわけだ。くそが……!あの野郎、俺よりもよほど良スキルを手に入れやがって……!というかスキルガチャ多くねーか?いや、ボスのSkill戦術書がイレギュラーなだけか。
教会から出てステータスを見れば、そこには確かに《煙幕》の表示が増えていた。にしても、デスペナで多少金が減っちまったな。……もうすぐ二日目も終わるし、少し補填でもして終わるとするか。
「少しは役に立つんだろうな……」
俺は教会からプレイヤーが多く出てくるタイミングと街道を歩くプレイヤーの数が増えた瞬間を狙い、《煙幕》を発動する。
すると次の瞬間、俺の手の平から勢いよく白煙が噴出され、それらは瞬く間に周囲一帯を包み込み、何一つ見えない真っ白な空間を作り出した。
「なんだぁ!?」
「なにこれ……?」
「だれかスキル暴発させやがったな!?」
ぎゃいぎゃいとプレイヤー達が叫ぶ。
俺はその声の下へとそそくさと近づき、《影魔法》で口を塞ぎながらナイフで首を掻っ切った。叫び声すら上げられずそのプレイヤーは倒れ伏す。
〔所持金:1000Kを獲得〕
〔Item:「獣肉」を獲得〕
……あれ、意外と強いかこれ。
《煙幕》と近距離武器である《ナイフ》が存外相性が悪くない。友情よりもよほど近づきやすい。俺は煙幕が晴れる前にさくさくとPKを繰り返し、バレないようにそそくさと退散し、街道傍の茂みへと身を隠した。そして、煙幕が晴れると、
「きゃ、きゃーっ!!!」
そこにあったのは、幾つもの首を掻っ切られた死体の山……!
煙の中で堂々と行われた犯行……!誰もが首を一撃で仕留められている。被害者達がぞくぞくと教会から出てくる……。
「きゃ、きゃーっ!!!亡霊よーっ!」
誰が彼らを殺したのか、今亡霊たちによる人狼会議が行われようとしていた――!(行われません)
◇□◇
〔はーい、プレイヤー、視聴者皆さんも本日はお疲れさまでした!”配信決戦!Abyss Grow”二日目の終了となります~。一日目総集編、ご覧になりましたでしょうか?二日目も明日正午に更新されますのでお楽しみに!それでは、面倒臭い報告事は全て後回しにして、ささっと本日の各トッププレイヤー公開へと行きましょう!〕
機械姿の運営が登場し、早口に捲し立てる。
幾つものコメントが運営の周りを流れていき、その量は昨日にも増して多く見えた。
〔それでは、こちらになります!〕
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クエスト達成数TOP:776
スキル獲得数TOP:ちゃちゃりのす
同時視聴者数TOP:≪偶像≫モモ
金獲得量TOP:≪塵芥≫ルノ
アイテム使用回数TOP:かいと
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〔なるほどなるほど!なんと今回選出されたジャンルでも昨日選ばれた二名が入っていますね!これは凄い!〕
驚き、と言ったように運営は機械の身体をがしゃりと動かす。
そんなポーズをとった運営の前に幾つかのウィンドウが出現し、それを運営は「ふむふむ」と言いながら上から下へと視線を動かす。
そして、
〔今回のPickUPはニックネーム持ちの≪偶像≫モモさん!二日目途中で発生した〔義賊たちが現れた!〕イベントにて統率をとって、見事サーバー唯一となる協力攻略を達成し、クリア報酬を皆で山分けしたそうです!モモさんも、その場にいたプレイヤーの皆さんも素晴らしいですね~!”配信決戦!Abyss Grow”は基本的にプレイヤー同士で激突する場面も多いですから、こういう協力は非常に良いものですね!〕
その後、選ばれたプレイヤー達のニックネームが募集され、幾つかの報告や定期イベント解放の説明がなされて、そのまま放送は終了した――。




