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配信決戦!Abyss Grow

 

「――あ、当たった」


 ふとPCの電源をつけ、開いたメールボックス。そこに一つの新着が届いていた。何気なしにその件名を確認し開くとそこには、


『――様

 この度は”配信決戦!Abyss Grow”にご応募頂き、ありがとうございました。

 厳正に抽選させて頂いた結果、ご当選されましたのでお知らせいたします。下記に詳細を――』


 とあるゲームへの参加権を手に入れた事を示す文字列が並んでいるのだった。


 ◇□◇


 ――『Abyss Grow』と言う名のゲームを知っているだろうか。


 そのゲームは、近年爆発的な人気を博しているVR機器…それも精神丸ごと電脳世界に送り込むハイテク(フルダイブ)技術機器に使用できるデータの一つだ。


 今や界隈の中心と化したフルダイブVR――。

 もしもそこに、”オープンワールド”、”プレイヤー間の交流”、”AIによる自然なNPC”、”現実と見紛う程の感覚”etc……それらを内包したゲームが発表されればどうなるかなど、誰もが想像のつく事だろう。

 そして、実際にそれらを成し遂げ、”テストとしてそのゲームを体験するプレイヤーを募集する”となれば、そこに砂糖を見つけた蟻の如く人々が群がるのも無理はない。

 ――しかし、そこに何かの間違いがあったとするならば、適当に応募した俺がその『Abyss Grow』のテストプレイヤーに当選してしまったという事ぐらいなのだ。





「マジで届いたなぁ……」


 目の前のフルダイブ式VR機器へと『Abyss Grow』がインストールされていく様を、ただ見つめていた。

 実際、俺は何もしていない。スーツ姿のマッチョが「『Abyss Grow』のお届けに参りました」とか扉の前で言って、書類とかを色々見せてきて部屋の中に入ると、さっさか『Abyss Grow』のインストール作業を済ませて、注意事項やらを告げて帰ってしまった。


 確かに数週間前に精神テストや面談等をわざわざ受けに行ったが、本当に始まるんだな。

 ほんの少し埃の被ったVR機器を眺めながら、そう思うのだった。


 ◇□◇


 ――”配信決戦!Abyss Grow”とは何なのか。


 それは話題沸騰中のゲーム、『Abyss Grow』のテストプレイヤー全員に密着カメラを追走させ、変わりゆく盤面、プレイヤー同士の激突と交渉、圧倒的なグラフィックを全世界に向けて配信する企画の名称だ。

 事前にプレイヤーは一日何時間以上と言ったプレイ時間が設けられており、その分のプレイ時間はノルマとして達成しなければならない。まぁ、”配信決戦!”と銘打っているし、プレイヤーがゲームをしないと始まらないのだろう。勿論、体調不良の場合は例外だ。


『Abyss Grow』のインストールされた機器を装着し、メールに記載してあった通りに進める。


「配信始まる前にキャラメイクを終わらせとかねぇと……」


 ”配信決戦!Abyss Grow”の配信開始三十分前……、運営から早くキャラメイクしてくれとの急かしの電話を受けながら、俺は『Abyss Grow』の電脳世界に旅立つのだった。




『――Welcome(ようこそ) Abyssworld(深淵覗きの君)――』




 瞼を開けばそこは真っ白な空間だった。どうやら無事『Abyss Grow』には入れたらしい。

 適当に身体の動かし方を確認しているとポップな音と共に目の前にウィンドウが出現した。そこには顔や髪色の設定等を弄れるバーや数字が羅列されていた。


 出てきたそれに従う様に適当にバーを動かし、顔のパーツを弄る。

 髪色も変えて明度を右にぐいっと弄ると、髪色が真っ白になってしまった。しかし、時間もあまりない為、さっさと次に進む。


 右下の矢印をタップすると今度は『Skill(スキル)』の選択の項目が現れた。

 長々とスクロールし続けても、全然に下に辿り着かない。これ全部見るの時間的に無理じゃねーか。仕方ねぇ、適当に選ぶか。


 初期で選べるスキルは三つ、最大で七つのスキルを同時に使用(セット)できるらしい。


 俺はちょいちょいとスクロールを動かし、


 取り回しの良さそうな武器スキル《ナイフ》

 汎用性の高そうな気配隠蔽スキル《隠匿》

 名前だけで選んだ魔法スキル《影魔法》の三つを選択した。


 とりあえず最初は攻撃性能(スキル)に振っとけばどうにかなんだろ!

 これまでのゲーム経験と、底知れた浅い考えでスキルを決定すると、最後とばかりに名前を決める項目が出現した。流石に本名は不推奨とメールに書いてあった為、いつも使っているプレイヤーネームである『ルノ』と打ち込んで決定する。


 すると、巨大なウィンドウが浮かび上がり、ここまで選んできたステータスがでかでかと目の前に表示された。



『ルノ』Rank.1

Perk(パーク)】1/1

 〈初心者〉

Skill(スキル)】3/7

 《ナイフ》Lv.1

 《影魔法》Lv.1

 《隠匿》Lv.1

Nickname(ニックネーム)】0/1



Perk(パーク)】、【Nickname(ニックネーム)】?

 なんだこれ、知らない項目あるな。いや、今考えても仕方ない。

 時間も無い為、間違いがないことを確認すると決定ボタンをタップする。すると、


 〔プレイヤー『ルノ』の登録を完了しました。

 スタートホームへ転送します。視界が明滅しますのでご注意ください〕


 機械的な声が耳朶に響くと同時に、周りがチカチカと光を放つ。次第にその光が強まっていき、遂に周囲とその光の差が無くなったと思った瞬間、



 〔――あ、このブロックの最後のプレイヤーがきたようですね。皆さん、それではご傾聴お願いします〕


 耳朶に響いたのは、そんな声だった。

 先程の白い空間とは打って変わり、そこは大きな円型の床に、見上げれば青い大空があった。円床上には俺以外のプレイヤーも立っている。しかし、それほど数は多くなく、精々五十人…もっと少ないかもしれない。

 先程『このブロック』と聞こえてきたし、恐らくは参加プレイヤーを幾つかに分けているのだろう。


 〔皆さん、この度は”配信決戦!Abyss Grow”にご参加いただきありがとうございます。現在、配信はまだ行われていません。その前に一度説明致しましたルールの方を――〕


 円床の中心から再びそんな声が聞こえてくる。

 視線を向ければ、そこには機械の身体を持った何かがいた。運営だろうか。


 細々としたルールを説明し出した機械仕掛けの運営を無視して、俺はいつの間にか配られていたナイフに気付く。武器等のスキル由来の物が既に配られているのならば、もうスキルも使えたりするのか?

 自分のスキルを再確認しようとするが、如何せんステータスやメニューの開き方が分からない。

 心の中で適当にそれらしく『ステータス』と唱えるが反応は無し。続いて声に出そうとすると、なんと声が出ない。円滑に進めるためにプレイヤーの声帯でも奪ったか?

 どれだけ声を荒げようとしても静寂のままで、俺はメニューを開くのを諦めた。


 ――……ならば勘だ。

 影よ動け、何か反応を示せと強く祈る。

 ――するとどうだろう。足元の影がずぶりと湧き上がり、反応を見せた。

 ……メニューやステータスこそ確認はできないが、やはりスキルは既に使えるようになっている。その証拠に俺の影は今も尚波打つように動いている。


 《ナイフ》は支給され、《影魔法》は発動を確認できた。《隠匿》はスキル説明のところに『受動型(パッシブ)』と記載があったし、今は気にしなくていいだろう。


 いつの間にか、上空に巨大な数字が浮かんでいる。

 それは、十から始まり、着実にゼロへと向かっている。何が何だか分からないが、何かが起こる前触れらしい。

 ぐずぐずと影を(うごめ)かせてみながら、そのカウントがゼロになる瞬間を待つ。



 3・2・1…―――Start!

 そんな表示と共に、青空に電子の花火が打ち上がる。

 その瞬間、その花火すら見えなくなるくらいの大量の”文字”が右から左へと濁流の如く流れ始めた。


 〔ようこそ、待ちに待たれた ”配信決戦!Abyss Grow”へ!初回配信から第五回まではなんと視聴無料(タダ)!まずは――〕



 ――…どうやら、配信(みせもの)が始まったらしい。

 となると、空を埋め尽くす勢いの文字は恐らく視聴者(リスナー)のコメント…リアルタイムプレビューって訳だ。空に浮かび上がった運営と思われる機械が大袈裟に身振り手振りしながら、視聴者に向けて何かを言っている。

 俺はそれをちらと見ながらも、再び強く影を蠢かせ、はたと()()()()を思いつく。


 ――スキルが使える。

 ――声が出せない。

 ――皆の視線が(うえ)へと向いている。

 ……わーお、なんて甘美な条件下、まるで神様が()()って言ってんね。

 ――幾重にも及ぶゲーム経験と、他者を出し抜く事に特化した俺のゲーム脳が、()()()()()を推奨する。そう、つまりは――、




 ――……ここにいるプレイヤー全員蹴落としてやろう!




 誰にも、自分にすら聞こえていないその宣言と共に、にぃと深い笑みを浮かべて、ちらりと隣のプレイヤーを盗み見る。

 スキルの発動は無し、空を見上げ、ただ立ち竦んでいる。……いいね、『はじめてのせんとう』にもってこいのチュートリアルサンドバックだ。

 だが、サンドバックだからと言ってもやる事は酷く単純かつ素早く()()必要がある。出てこい、強く祈ると俺の影が三度脈打つ。影の形なんてどうでもいい。とにかく、動きやすく、作りやすいものだ。


 影が盛り上がり、不定形に波打つ。

 その影は、ずくりとその場で隆起すると、勢い良く隣に立つプレイヤーの足を引っ掴んだ。そして、そのまま引きずる様にすぐ後ろの円床の淵…つまりは青空へとその身体を放り投げた。


「……っ!?」


 息を吸い込むような、驚愕に彩られた表情をこちらに向けるプレイヤー。

 しかし、奴の身体は既に大地から離れ、ただただ真っすぐに――。



 〔所持金:300K(カルト)を獲得〕


 空の果てに、放り捨てられたプレイヤーの姿が見えなくなった頃、脳裏にそんな機械音にも似た声が響いた。俺は咄嗟にその場でばっと振り返り、周囲を見渡す。しかし、誰もこちらに気付いておらず、ただ上を見上げている。


 なるほど、今のシステムコール的な奴は俺にしか聞こえてないらしいな。

 PK(プレイヤーキル)判定に所持金ドロップ…、やはりプレイヤー同士の争いにシステム的にも意味を持たせる仕組みがあったか。

 予想はしていたさ。色々と好都合だ。それにより一層やる気が出るというものだ。下手に止められる前にここにいる全員地獄に叩き落とす。

 ナイフを鞘から抜き、足元で影の腕がぎゅうと掌を握り締める。



 ――このブロック全員蹴落として、最悪のスタートを切らせてやろ!



 ◇□◇


 運営と思わしき人の形をした機械が身振り手振りで声を張る。

 その直ぐ傍には立体映像等が所狭しと並び、恐らくは視聴者に私たちにも説明した事柄を分かり易く説明している最中なのだろう。


 電子の紙吹雪が舞い、空が文字に覆われる。

 偶然当たっただけで、このゲームに参加してよかったのだろうかと私はふと考えた。

 しかし、参加権利を他人に譲渡することは規約違反になるし、参加しないのならば素直に権利を返上する他無い。折角低い確率で手に入れたものを、返してしまうのもなんだか勿体ない。

 そんな勿体ない精神で私は、この場所に立っていた。


 あとどのくらい掛かるんだろう……。

 そんな事を考えて、ふと上に向けていた視界を下に戻す。しかし、



 ……あれ、こんなに人少なかったっけ…?

 なんだかプレイヤーの数が減っている気がする。運営の人は幾つものブロックにプレイヤーは分けられているって最初に言っていたけど、それでもここまで少なくなかった気がする。


 疑問を胸に背後を振り返る。するとそこには、



 ――真っ白な髪に、爛々と輝く瞳を携えた誰かが、鈍く輝くナイフをこちらに向けていた。


 ◇□◇


 〔それでは、Abyss Growを始める前に各ブロックのプレイヤーを空から映していきましょう!皆様のお気に入りが決まる事を祈っております〕


 運営MCのそんな言葉と共に、空に浮かび上がったウィンドウに円床に乗ったプレイヤー達が映し出される。

 順々にブロックごとに別れているであろうプレイヤー達が映っていく。その誰もがこれからの体験に胸を膨らませる様な表情をしていたり、何もない空中で指を動かしていたりと様々だった。


 しかしその中で――、


 〔……あれ?〕


 溌溂としていた運営の口から呆けた様な声が漏れた。

 なにせ、映し出されたそのブロックにはたった一人のプレイヤーしか存在していなかったのだ。今まで四十から五十人単位のブロックの様子が映し出されていたにも関わらず、そのブロックのみがたった一人だけ。

 他のブロック映像よりも余程短い時間で消えたそのたった一人のブロックの様子に、コメントはざわつき、ただでさえ早い文字の列が更に加速し出した。


 〔……はい!それでは、早速ではありますが始めましょう!それでは皆様、行ってらっしゃーい!〕


 不穏な空気を断ち切る様に運営はそう叫び、加速し続けるコメントをよそにプレイヤー達の姿は次々と粒子化し、消えていくのだった……――。


 ◇□◇


667:名無し ID:6/6AHS522

今のなんや

 

670:名無し ID:MLuCIh9V3

プレイヤーちっさ

 

671:名無し ID:d0MpMwWdp

なんかぼっちいたぞw

 

674:名無し ID:FPjZB3g8t

平日夜にここにいるお前ら終わってんよ

 

675:名無し ID:zBC7PfaUW

今のなに?

 

677:名無し ID:fiDZVeYmo

変なブロックあったぞ

 

680:名無し ID:KseMTyIEN

お前ら何処見に行く?

 

683:名無し ID:+uJQ3sNQk

なんか一人で立ち尽くしてるブロックありましたねぇ!?

 

684:名無し ID:5cQ6WRZ/4

>>680

女性の方一択やろがい

 

685:名無し ID:2sLsX29cs

やべぇブロックあるやん。あいつだれ

 

688:名無し ID:l2lFiOjNt

>>680

300近いライブあんだから早々決まんねぇよ

 

691:名無し ID:f2f5vpwWo

あのぼっちブロックのプレイヤー探そうぜww

 

694:名無し ID:7hwb4sxft

>>680

明日の見どころまとめ動画で誰見るか決めりゃええねん、今日は寝る。明日普通に仕事なんや

 

697:名無し ID:hiZr8m0XT

俺もあびすぐろうやりたかったわ

 

700:名無し ID:IuGH5dqGO

>>691

いいね

 

701:名無し ID:q+jXNw7Jw

>>691

 

702:名無し ID:whl7UO3th

【悲報】俺氏、千円が自動販売機に飲み込まれる…

 

705:名無し ID:qa1kGv+4c

>>691

白髪ぐらいしか情報ねーよ

 

706:名無し ID:+cC1ELgMv

>>691

画質荒いんじゃぼけ

 

707:名無し ID:y6Zx0h0bh

はぇ~、馬鹿ばっか

 

709:名無し ID:+SWD4Qkkd

>>706

omakan

 

711:名無し ID:I+piey28w

ぼっち、白髪でggr

 

713:名無し ID:Hl8SjZwNV

>>711

バカもいます

 

714:名無し ID:xqMyLXgCJ

アビグロ当たんなかった情弱おる~???www

 

717:名無し ID:1a/K3m4ic

>>714

ここにいる時点でてめぇも当たってねぇだろうが

 

718:名無し ID:iPcwYFfl0

>>714

負け組乙

 

721:名無し ID:YBTdHujny

>>714

氏ね

 

724:名無し ID:T95gMnwOS

あーあ、日本ってなーんでこんなゴミばっかなんだろな

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