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第37話 最後の切札


(ガッキーン!!)


 派手な金属音がした。僕は目をかたく閉じていたので、誰かの悲鳴だけが聞こえてきた。


 

 僕は槍が自分の体を貫く痛みを覚悟していたが、いつまで経ってもなにも感じないので恐る恐る目を開いた。

 僕の目の前に、全身黒い服の人物の背中が見えた。その人は着地姿勢になっていて、右手には長い剣を持っていた。


 僕は自分が見たものが信じられなかった。全ての槍が打ち返されて、投げた兵士自身に生えるように突き刺さっていた。ゆっくりと槍兵たちはその場にどさりと倒れた。


 あたりは静まりかえり、あまりにも突然だったので僕たちも包囲する兵士たちも動けなかった。いとも簡単にこんなことができる人物を、僕はたったひとりしか知らなかった。

 黒服の人物は音もなく立ち上がると、こちらに振り返ってかわいくウインクをした。



「みんな、遅くなってごめんネ。ちょっと焦った?」



「ボス!」



 思ったとおり、アイゼだった。重傷のはずだったのに彼女は元気そうで、相変わらずの美しさは立っているだけでその場を圧倒していた。黒い服やコートも新調されていて、長い黒髪が風になびいていた。


「ボス、上から来たんだ?」


「そうだよ。カイトくーん! ありがとね!」


 僕が上を見ると、巨大化したカイトがピヨピヨ鳴きながら優雅に旋回していた。胴体には包帯が巻かれていた。


「ケガはもう大丈夫なの?」


「全快じゃないけど、そうも言ってられないや。ベラベッカ! だらしないぞ、愛しいレイちゃんにいいとこ見せなよ。ほら!」


 アイゼが何か飲み物が入った竹筒を放り投げ、ベラベッカはそれを両手で受け取った。


「院長…。ありがとうございます。おはずかしいところをお見せして申し訳ございませんでした。レイさまの手をにぎりましたので、充電完了です。」


 ベラベッカは竹筒に口をつけて飲み干すと、巨大なクロスボウを構えて兵士たちに狙いをつけた。


「そうこなくちゃ! 大佐ちゃんたちは下がっていてね。すぐに終わるからさ。」


「いや、アイゼ殿。本官も戦うぞ…。」


 立ちあがろうとした大佐を、軍曹と伍長がひきとめた。


「お嬢さんがた、まさかたったおふたりであの大軍と戦うんですかい!?」


「ひええ、いくらベラベッカお姉さまでも無理ですう。」


 アイゼはクスクス笑うと、伍長の頭を撫でてから僕にささやいてきた。


「レイちゃん、よくやったね。」


「ただ無我夢中だっただけだよ。」 


「あとで話があるから、待ってて。」


「話って?」


「ナイショ。」


 

 アイゼとベラベッカは敵兵の群れに向かって進み出た。



「さ、かかってきなよ。何人でもいいよ。」


「わたくしはこちらから参ります。」



 あっけにとられた様子のドリンケンだったが、完全になめられたと思ったのか激しく怒り出した。


「ひるむな! 奴らが黒猫だ、討ちとれ!」


 号令を受けて密集して前進しようとした敵兵に、ベラベッカがものすごい勢いで矢を乱射し始めた。いきなり兵士たちは次々と倒れて大混乱に陥った。


「何をしておる! 相手はたったふたりだ、囲いこめ!」


 ドリンケンが大声で命じたが、倒れる兵士が増えるばかりだった。とり囲もうにも、兵は近づくだけで次々とベラベッカの矢で射抜かれてしまった。兵士たちは通路に密集していたから更に被害は拡大していった。

 アイゼはもっとすごかった。彼女の動きが速すぎて、包囲しようにも逆に間近まで瞬時に接近され、兵士たちはひと振りで何人も同時に長剣でなで斬りにされた。


「ばかものども! 槍だ、槍を使って距離をとって戦え!」


 焦ったのか、ドリンケンが違う命令をし始めた。攻撃を槍に切り替えた敵兵だったが、アイゼは突き出された槍先に飛び乗り、そのままその上を走っていって相手を切り伏せた。彼女はクスクス笑いながら槍から槍へ、槍から兵士の頭や肩に飛び移り、その度に断末魔の悲鳴があがった。


「私、もう見ていられないですぅ…。」


 伍長は戦いの光景に耐えられなくなったのか、青くなって倒れてしまい逆に大佐に介抱された。

 そのあとも戦闘は一方的だった。敵の弓兵が矢を射ろうとすれば先に弦を切られ、殴り倒された。起き上がろうとした弓兵はベラベッカの矢の雨で地面にはりつけにされた。

 アイゼとベラベッカは時に背中を合わせ、時に離れて戦い、連携は完璧だった。



「ねえ、ベラベッカ。聞いていい?」


「院長。戦闘中です。」


「あんたさあ、レイちゃんとまだなの?」


「院長のそういう下品なところ、本当に嫌いです。」



 大軍を相手に余裕さえみせるふたりの戦いぶりに、僕は感心しつつ身震いがした。


「ケガをしているのにあんなに強いんだ。僕はあんな人と戦ったんだ…。」



 次第に兵士たちは戦意を失ったのか逃げ腰になり始めた。ついには大半の敵兵が後ずさりをし始めた。


「ばかもの! 戦え! 相手はふたりだぞ!」


 ドリンケンの怒声に応じる兵士はもうほとんどいなかった。武器を放り出してなだれをうって逃げる兵士たちの波に逆らって、異様な集団が居残ってドリンケンのまわりをかためていた。


「直属の護衛部隊? やはり、僕の世界から来た軍人か!」


 僕は、迷彩服にベレー帽の集団を見て確信した。彼らは銃器を持っているはずだった。僕はアイゼとベラベッカに警告しなければと慌てて手を振った。



「あーあ。弱すぎてつまんない。あ! レイちゃんが応援してくれている!」


「院長。妙ないでたちの方々がおられるようですが、いかがなさいますか?」



 ふたりとドリンケン直属の護衛部隊は対峙した。僕は大佐と伍長を軍曹に委ねると、両者の間に入った。


「レイちゃん、なにしてんの!? 下がって!」


 僕はアイゼの警告を聞かずに、護衛部隊に語りかけることにした。


「君たちは僕と同じ世界から派遣されて来たんだね? もう無駄な争いはやめないか?」


「残念だが仕事なのでな。」


 護衛隊のリーダーらしき者が合図をすると、護衛たちは一斉に拳銃やライフルを構えた。アイゼはニヤニヤしながら長剣を構えなおした。


「それ、悪いけど私には通用しないよ。」


 護衛のひとりがいきなりアイゼに発砲した。


(ガキン!)


 アイゼが剣をふるい、その護衛はその場にひっくり返った。その肩には、アイゼの剣ではじき返された弾丸がめりこんでいた。リーダーは銃を捨てた。


「撃ち方やめ! 全員、ナイフを使え!」


「いい加減にするんだ! ドリンケンなんかになぜ加担するんだ!」


 僕は護衛部隊のリーダーらしき人に訴えかけたが、相手の目は濃いサングラスで見えなかった。


「確かにいい気はしない。だが巨額の金がうごいている。それに、君も知っているだろう。我々の世界は監視社会で急速に人々は生きる気力をなくし、出生率は急減つつある。」


 僕は、リーダーが静かに語りだしたことを聞き続けずにはいられなかった。


「これは人口減対策でもあるのだ。異世界の子猫の力をかりてのな。逆にこちらが聞きたい。君は我々の側の人間だろう。なぜ猫に肩入れするのだ?」


「それは…たとえそうだとしても、僕はやっぱりおかしいと思う。僕たちの世界の問題は僕たち自身が解決することだし、猫たちもそうだと思う。」


「だが、ふたつの世界はつながってしまったのだ。今さら…。」


 

 リーダーの持っていた通信機が鳴り、彼は誰かと話し始めた。


「…了解。」


 焦れてきたのか、アイゼが足を踏み鳴らしながら剣を相手に突きつけた。


「もう! 闘るの、闘らないの? どっち!?」


「我々には撤収命令がでた。」

 

 急に去っていく護衛部隊にドリンケンが叫んだ。


「ま、待たんか! おまえら、勝手に持ち場を離れるな! はやく奴らと戦え!」


「自分はあんたの部下じゃない。」


 彼は部下と共に行こうとしたが、途中で振り返った。


「またな。三毛神君。君は来島から聞いていた通りの奴だったな。」


 今度こそ、彼らは振り返る事なく足早に去っていった。




 アイゼが長剣をドリンケンに向けた。


「おとなしく降伏する? ヒゲオヤジさん?」


「ぬぬぬ、仕方がない。あれを出せ!」


 ドリンケンが合図をすると地響きがして、遠くにの城の中庭に濃緑色の塊が出てくるのが見えた。


「あれはなんですかい!?」


「あれは戦車だ…。」


 あんな兵器まで提供されていたことに僕は驚き、ドリンケンは威勢を取り戻していた。


「ククク、いくら貴様らでもセンシャにはかなうまい。こなみじんにしてくれるわ!」



 戦車の砲塔がゆっくりと旋回して、僕たちの方角を向いてとまった。僕はあることを待っていたが、まだそれは起きなかった。



「間に合わないのか…。」


 僕は焦り、つぶやいた。

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