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第20話 午後のお客さん


 中庭では子猫たちが走りまわったり、砂場遊びをしたりして遊んでいた。僕が青空の下で洗濯物を干していると、子猫たちが訴えてきた。


「レイにいちゃん! ブランコもシーソーもこわれていて使えないニャ~。」


「うん。わかった。」


 洗濯を終えた僕は菜園で水やりをしているベラベッカの背に近づき、努めて明るい笑顔を見せた。


「ベラベッカさん、僕が遊具の修理をしようか?」


「レイさま。院長にわたくしの機嫌を直すように言われましたか。」


「えっ、いや、そういう訳では…。」


 彼女はじょうろを持つ手をとめて、僕のほうに向き直った。


「レイさまにご忠告いたします。あの偽善者の軍人を決して信用してはなりません。」


「サバーバン大佐のこと? 悪い人とは思えないけど。」


「他意があって申し上げているわけではありません。サバーバン家は、代々軍人の野蛮な家柄です。我が父を逮捕したのも、サバーバン家の者です。」


「えっ!?」


 お互いが沈黙していると、ユートが何かをほおばりながら走って来た。


「レイにいちゃん、お客さんニャ! めちゃ良い人間ニャ。飴をくれたニャ。」


「ユート君、飴を食べながら走ってはなりません。」


「僕にお客?」



 僕は首をひねりながら屋敷に入り、ベラベッカはお茶を用意すると言ってキッチンに入った。僕が応接室の扉を開けると、ボロいソファに足を組んで座っている人がいた。


「サ、サバーバン大佐!?」


 あい変わらず美しい大佐は落ちつかない様子で手で帽子をくるくると回していたが、僕の姿を見ると笑顔で立ち上がり、敬礼をした。


「レイ殿。いきなり押しかけて申し訳ない。今日は改めてお詫びと、これをお持ちしました。」


 大佐は懐から一枚の紙を取り出した。何と書いてあるのか僕にはサッパリ分からなかった。僕が反対側のソファに座ると、大佐は興奮しているような様子だった。


「それは占領軍本部への召喚状です。明日、貴殿を事情聴取をしますので。しかし驚きました! 貴殿があの黒猫を倒されたのですね! よくあんな化物を!」


 要するに僕を占領軍本部へ呼びつけて尋問するという事らしかった。僕は緊張したが、大佐は尊敬の眼差しで僕を熱心に見つめてきた。彼女がいるだけで部屋がいつもより明るく感じるから不思議だった。帽子をかぶっていない彼女の美しい栗色の髪は輝いていたが、顔半分はやはり髪で隠れていた。


 僕の視線に気づいたのか、大佐は頭に手をやり髪を指に巻きながら言った。


「幼少の頃からくせっ毛でして…お恥ずかしいです。」


「いえ、すごく綺麗だと思います。」


「そ、そうですか。ありがとうございます。」


 大佐の頰がほんのりと赤くなったような気がした。


「貴殿は、お生まれは東方大陸ですか?」



 そういえば僕はこの異世界に来てから、僕のような黒髪の人をアイゼ以外に見かけたことが全くなかった。



「え、ええ、まあ。」


「我が軍の軍医殿と同じですね。ところで、貴殿は相当の猛者とお見受けしますが失礼ですがご職業は?」


 僕は用意していた答えを思い出そうとした。


「はい。ええと、僕は傭兵で都市国家間を渡り歩いていました。今はここでお手伝いをしながら傷を癒しています。」


「そうでしたか。孤児院で働くとはお優しいですね。詳しくは明日お聞きしますが、貴殿も重傷を負われたのですね?」


「は、はい、そうです。」


「よくあんな大化け猫を倒されましたね。実は本官も奴と戦い、右目を奪われました。もう悔しくて悔しくて…。」


 髪の上から右目を押さえながら、大佐の左目はすこしだけ潤みを帯びていた。


(それで髪で目を隠しているのか。でも、大化け猫って?)


「あの、大佐? 今、『大化け猫』と仰いました?」


「はい。ここだけの話ですが、黒猫が黒髪の少女だなどと言うのは抵抗組織が流したデマです。奴は巨大な化け猫です。本官が見たのですから間違いありません。」


(どうも話がおかしいけど、合わせておこう。)


「そうそう! 奴は巨大な猫でした! あ、でも、そういえば黒猫に会って生きている者はいないと聞いたのですが?」


「それもデマです。本官が唯一の生存者です。」


「そうだったのですか!?」


 僕には大化け猫といえば心当たりは一匹しかいなかった。


(どうりでアイゼが捕まらない訳だ。占領軍は勘違いをしていたのか。)



 僕が考えごとしていると、大佐がまた髪を指にくるくると巻きながら身を乗りだしてき。


「あの、ところでレイ殿。もし宜しければですが、明日の聴取の後、本官と…。」

 


 大佐が何か言いかけた時、ドアをノックする音がして、ベラベッカがお茶を持って入ってきた。



「失礼いたします。」


 彼女は一礼して、淡々とお茶を置いて出ていこうとした。


「昨日のレイ殿のお連れの方ですね。外に食料を載せた荷馬車を待機させています。昨日のお詫びにぜひお納めください。あと、こちらも。」


 大佐は、ほのかに甘いケーキのような香りがする紙袋をケンピッカに渡そうとした。



「むしずが走りますわ。」


「え…?」



 ベラベッカの発した言葉を聞いて僕は焦った。


「ベラベッカ、それは失礼だよ。」


「聞こえなかったのなら再度申し上げます。侵略者のくせに、私たちから奪った物資を善人ぶって寄付するなどと、その偽善者ぶりにむしずが走ると申し上げたのです。」


「ベラベッカ!」


 僕はつい大きな声を出してしまったが、大佐が手で制した。


「いえ…確かに仰る通りです。本官は恥の上塗りをしてしまいました。本当に申し訳ない。本日はこれで失礼します。」


 大佐は帽子を被り、席を立つと一礼して部屋から出て行ってしまった。


「ベラベッカ、お客さんにひどいじゃないか。」


「あのような方は客人ではありません。」


「でも、彼女は良い人だよ。」



 僕が言ったことに彼女は怒りを爆発させた。


「レイさま! あなたはどうして誰にでもそんなに優しくされるのですか! 誰かの想いを受け入れる勇気もなく、ただご自分が嫌われたくないだけなら、中途半端に優しくなどしないで下さい!」


 彼女は目に涙をためて走り去ってしまった。僕はため息をつくと、ソファに座り込んでしまった。窓の外を見ると、外門までの小道を肩を落として帰っていく大佐の姿が見えた。



 その夜。


 作戦会議の後、大浴場の広い湯舟に浸かりながら僕は考えにふけっていた。



(ベラベッカはどうしてあんなに怒ったのだろう。なにがいけなかったのだろう。)



 もし、アイゼの作戦どおりにうまくいって僕たちが占領軍に勝った場合、僕は元の世界に帰ることになるが、当然ミルやベラベッカにはそのことは黙っておくしかなかった。

   


(僕はこれ以上はみんなと仲良くならないほうがいいのかな…?)



 湯につかりながら考えれば何か思いつくかと思ったが、どうすればいいか僕には何も思い浮かばなかった。


 湯からあがろうとしたら、着替え場の扉が開く音が聞こえてきて僕の心臓は止まりそうになった。焦った僕はパニックに陥り、湯に潜ってしまった。



 大浴場の内扉が開く音がして、誰かがヒタヒタとタイルの上を歩いて中に入って来た。


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