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第13話 占領軍の家宅捜索


「もう、朝からこんな時に!」


 黒猫だと思われる少女は、彼女に似つかわしくない舌打ちをしながら呟いた。


「あんたはここにいて!」


 真剣な表情でそう言い残すと、彼女は部屋から勢いよく飛び出していった。



(家宅捜索?)



 その意味を聞きそびれてしまったが、彼女の名前さえまだ聞いていなかった事に僕は気がついた。


(このまま部屋でおとなしく待つしかないのか?)


 僕は風を感じ、窓のほうを見るとわずかに開いていた。よほど慌てていたのか、彼女が閉め忘れたようで、僕は窓から逃げる事にした。そっと外の様子をうかがうと、近くには誰もいないようだった。

 僕がいる部屋は一階だったので窓から楽に地面に降りることができた。用心のために一旦、僕は辺りの草木の茂みに潜んだ。動くたびに傷が傷むが我慢した。


 よく観察すると、ここはかなり広大な屋敷らしく、窓から出た場所はロの字形の建物に囲まれた中庭になっていた。あたりには雑草が生い茂り、あまり手入れは行き届いていないように見えた。中庭の一部には草が無い場所があって、木製のブランコやシーソーなんかや砂場があり、小さなスコップなどのおもちゃが散乱していた。


 この構造からすると、一旦屋敷に入らなければ外には出られなかった。僕は適当な扉に素早く近づき、様子を探ってからゆっくりと開けた。



(この扉には妙なしかけはないか。)


 僕は廊下を警戒しながら進んでいったが、

あちこち扉だらけだった。どこも古くてかなり傷んでいるが、調度品は重厚で歴史がありそうに見えた。



(それにしても走るたびにスースーするし、足が冷たいし、恥ずかしい…。どこかに服はないかな?)


 

 上下への階段を無視して僕が直進しようとした時、遠くから言い争う声や、子供の泣き声が聞こえたような気がした。僕は声のする方へ廊下を進み、広いホールに出た。

 ホールは吹き抜けになっていて、天井や壁には猫をモチーフにしたステンドグラスがあり、朝の光を浴びてキラキラと輝いていた。


(綺麗だけどのんびり見ている暇はないか。)


 ホールの向こう側には立派な両開きの扉があり、僕はそこから外に出られるに違いないと考えた。扉に近づくと、いきなり毛むくじゃらの手が伸びてきて僕はものすごい勢いで引っ張られた。


「兄ちゃんやないか! 奇遇やな。なんでこんなとこにおんねん? しかも、なんちゅうカッコしとんねん!?」


 ステンドグラスの窓枠の下に身をかがめているそいつは、酒場にいた酔っぱらいの長毛サビ柄大猫だった。


「君はあの時の…!?」 


(確か、名前はレオパルト? なぜここに?)


「しーッ! 兄ちゃん、静かに。そこから外を見てみ。こっそりとやで。」



 大猫レオパルトのでかい肉球がさす先には、少しだけステンドグラスが割れている所があった。僕がのぞいてみると、向こうの方に大きな門があり、屋敷と門の間の前庭は中庭と同様に雑草だらけだった。

 前庭には十数名の武装した赤シャツ兵がいて、指揮官らしい者と黒髪の少女が言い争っている様子が見えた。

 黒髪の少女のそばには、僕が昨日に街で会ったあの金髪の少女もいた。



(あの子もなぜここに?)


 だがそれをゆっくりと考えている場合ではなさそうだった。兵士に捕まっている子猫たちがいたからだった。その中には見覚えのある灰色の子猫もいた。


(たしかあの子猫の名は…ユート?)


 ユートよりも小さい子猫たちはニャオニャオと泣き叫んでいた。



「だから、さっきから言ってるでしょ! ここに黒猫や抵抗組織なんかいるはずないの! 早く子供たちを解放して出て行って!」


「院長の言う通りです! 早々に撤退を要求いたします! もし従わないのでしたら占領軍本部に苦情を投書いたします!」


 強く抗議する二人の少女に、指揮官は冷徹だった。


「だめだ! こちらも先ほどから言っている通り、今まで対象外だった施設も全て捜索対象となったのだ。早く屋敷の中を見せろ! ガキ猫どもがどうなっても良いのか!」



 それにしてもこの屋敷にはなぜ子猫がこんなに沢山いるのだろう、と僕は疑問が浮かんだが、大猫に先に聞きたいことがあった。


「君は助けに行かないのか?」


「兄ちゃん、いや、レイはん。色々と事情があってな。ホンマはあれくらいの人数、ワイにかかれば余裕なんやけどな。」


(こいつまで僕の名前を知ってる!?)


 このいかにも強そうな大猫が言う事情とは何なのだろう。


「まずいのう、ボス…いや、院長がそろキレそうやで。」


 爪を噛みながら大猫は思案していた。



 ここでもしも彼女が兵士を相手に大立ち回りを演じたら、その正体が黒猫であることがバレてしまうということか…と僕は考えた。大猫は少女の正体を知っているようだった。

 大猫の肩には小さな青い鳥が止まっていた。僕と目が合うと、小鳥はなぜか慌てて目をそらし、口笛を吹き始めた。


「君は、キャリアンさんが飛ばしていた伝令の鳥…?」


 青い小鳥は大猫の長毛の中にささっと隠れてしまった。


「レイはん、声が大きいで。キャリアンのおっさんは元気やったか? おっと、今はそんなことより、どないするかを考えんとやな。」


「おとなしく家の中を捜索させれば?」


「それはあかんわ、レイはん。あいつら、必ず何かしら難癖をつけて、結局は子猫を連れ去る気やねん。ワイも見つかってまうしな。それに、屋敷の中には見られたくないもんもあるしな。」


 家宅捜索をさせずに何とか兵士たちを追い返す方法を考える必要があった。僕は逃げるつもりだったはずなのに、なぜか必死に考え始めた。その僕を見て大猫は心配そうな顔をした。


「レイはん、よう見たら怪我だらけやないか? あっ!? まさか昨日の夜に院長と戦った奴ってレイはんかいな!?」


 僕は無言でうなずいた。


「院長も人が悪いわ、ワイらに黙って看病しとったんか。」


 また僕は無言でうなずいた。


「よう生きとったな。ワイやったら絶対に院長とだけは戦わんで。命がいくつあっても足らんからな、今までに院長と戦って生き残った奴は一人もおらんねんで。」


 大猫は僕を尊敬と不気味さの混じったような目で見てきた。それを聞いて、僕はひとつ閃いたがこの格好で出て行くのは恥ずかしかった。

 でも、泣き叫ぶ子猫たちを見て僕は決心した。



「レイはん、何をすんねん!」


 レオパルトの制止を聞かずに、僕は外に出る大扉に突進した。

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