C.E.C公立士官養成学校
すいません、投稿いつもより遅れました…。
C.E.C公立士官養成学校。
ー通称『官学』ーは、独立政府直属の特別教育機関だ。
まだ街警が組織される以前の名残で『士官学校』という名のままだが、卒業生の進路は大きく分けて三つある。
一つは、その名の通り軍の士官。
一つは、街警隊員。
一つは、前述した二つ以外の独立政府直属機関に属する職員、いわゆる非戦闘系の公務員だ。
他にも、ごく一部のエリートは議員の補佐に就くなど、細分化すれば多岐に渡るが、いずれも独立政府に関係する仕事に就く。
その為、年齢で言えば高校生と同等の教育を受けるべき生徒が所属しているが、世間一般の学校では有り得ないより実戦、実務に準じた教育が施されている。
故に、生徒達は皆年齢に見合わぬ気概と信念を持って勉学に勤しんでいる、のだが……。
「………ねっむ」
登校早々、姫歌は欠伸を噛み殺しながら机に突っ伏す。
その姿からは気概や信念は毛ほども感じられず、ただただ惰眠を貪りたいと言う欲求だけが見てとれるばかり。
街警の制服を纏っていた昨日とは異なり、濃紺のブレザーに白のブラウス。首元のリボンと揃いの赤色チェック柄のスカートを履いている。
きっちり着て姿勢良く座っていれば、整った容姿も相まって何処ぞのお嬢様といった気品を醸し出しそうなものだが、ブレザーの前どころかブラウスの第一ボタンすら留めていないだらしない着崩し方をしているせいで台無しだ。
だが、そんな彼女に責めるような視線を向ける者は、この教室には居ない。
官学の中でも軍の執行部隊、そして街警の保安課という、いわゆる前線部隊を進路に選ぶ者が最も多い、特別実習専科クラスー通称『特専』ーに所属する彼等は、学生隊員と言う名目で街警の予備隊として、昨日の様に警備任務などに参加する事がある。
その現場で、姫歌に救われた者は少なからず居るのだ。
内心はどうあれ、面と向かって彼女を非難する者は居ない。
「あぁ〜……しんど。何で一日休みじゃ無いのよ。私らまだ学生なんですけど? 報酬寄越さないならせめてゆっくり休ませなさいよね」
昨日は緊急任務に駆り出された事もあり、午前の登校は免除されていたのだが、それでも姫歌は疲れが抜け切らず、倒れ込む様に着席したというわけだ。
ただの疲れだけならともかく、姫歌の異能は、消耗が激しい。肉体的にも、精神的にも。
故に、力を使った後は凄まじい倦怠感に襲われる。
要するに、今の姫歌はグロッキー状態なのだ。それが理由かは分からないが、ついでに機嫌も死ぬほど悪い。
そんな話しかけんなオーラ全開の彼女に、躊躇いなく近づく影が一つ。
「姫歌、おはよう」
爽やかに微笑みながら挨拶したのは、姫歌と同様に濃紺のブレザーを着て登校して来た戒理だ。
男子の制服は白いワイシャツに無地の赤いネクタイ、グレーのスラックスというシンプルな装いだが、長身でスラリとした戒理が着ると何処ぞの男性アイドルの衣装にも見える。
「あ? …ああ、戒理か。アンタ、腕はもう……って、なんだ。新しいのが生えてるじゃない」
「生えてるって…トカゲの尻尾じゃ無いんだから、もうちょっと言い方あるだろ?」
姫歌の言う通り、昨日、テロリストに切り落とされた筈の戒理の片腕は、綺麗に元通りになっていた。
「別に何でも良いでしょ。無事で済んだことに変わりないんだから」
「……僕はそうだけど、他の人はそうじゃないよ」
自身の身体はとうに元通りだと言うのに、戒理は痛みを堪えるような表情で俯く。
そんな彼を見て、姫歌は「はぁ〜…」と、ただただ面倒臭そうな溜息を吐いた。
「結果的に無事なら、同じことでしょ」
「そのせいで、犠牲になる人が居たとしても?」
「アンタねぇ…。勝手に犠牲とか決めつけてんじゃ無いわよ。やりたいからやった。単純にそれだけの事よ。それにアンタの理屈だと、その腕直すのに使われた税金の方が、搾取される側の意志を無視してる分よっぽど犠牲だわ」
「ぐっ……いや、それとこれとはっ!」
「はーい皆、席に着いてくれたまえ。今日は皆にサプライズがあるんだ!」
…と、戒理が言い募ろうとしたタイミングで、能天気な声が教室に響く。
「「「課長!?」」」
「げっ…」
教壇に現れた意外な人物に、生徒達は驚きの声を上げる。
尚、遅れて嫌そうな声を出したのは姫歌だ。
妹である彼女の反応から察せる通り、教壇に立ったのは西院應ニ、その人だった。
街警保安課長。実質的に、 現場総指揮を任されている最年少の街警幹部。
彼はその立場上(と言う名目で私情も含め)、官学にちょくちょく顔を出しては居るが、流石に朝っぱらから教室に現れるとは誰も思わない。
「昨日は皆、ご苦労様だったね。不足の事態も起こったが、結果的に君らがよく動いてくれたお陰で一般人の被害は皆無だった。先ずは礼を言わせてくれ」
そう言って、應二はその麗しい見た目に違わぬ美しいお辞儀を披露する。
天上人とも言える街警幹部が頭を下げた事に、教室は騒ついた。
……一人だけ、「けっ」と、つまらなそうにそっぽを向いていたが、苦笑する戒理とメルティ以外は気付かないフリをした。
「さて、そんな君らに朗報だ。なんと今日からこの『特専』に、頼もしい仲間が加わる事となった」
「「「え???」」」
「「っ!?」」
メルティを含めた殆どのクラスメイトが困惑を浮かべる中、姫歌と戒理だけは、「まさか…」と言う根拠の無い予感に背筋がゾクりと粟立った。
あり得ない。何故なら彼は、今更学校に通う必要など無いのだ。
けれど、つい先日感じた絶対強者の気配が、どうしようもなく脳裏を駆け巡る。
「入りたまえ、新たな同志達よ!!」
果たして、 芝居がかった大袈裟な動きで、應二が招き入れたのは……
「独立政府統括連合軍“第七執行部隊”所属、 心那・バーミルトンです。弱過ぎる皆さんを鍛え直す為、独立政府の命で派遣されました。馴れ合うつもりはありませんので、話しかける時は必要最低限の会話を心掛けて頂くようお願いします」
その鮮やかな赤髪の少女ー心那は、「ドヤアァァァァァァ……」と幻聴がするほどのしたり顔をしながら、惚れ惚れするような敬礼を見せる。
「だ、第七って……”死神の鎌“!?」
「「「っっっ!?」」」
心那の挨拶(?)と言うより、告げられたその所属に教室は騒然となる。
「げっ、メンヘラトマト!? てか、死神の鎌って……何よ? その厨二臭い呼び名」
姫歌は騒めきの理由が分からず、しかめ面で首を傾げる。
「おまっ!? 知らないのかっ!? ここ数年で軍の年間討伐記録を一気に塗り替えた、執行部隊の中でも”最凶“って言われてる冷酷無悲の殺戮集団だぞ!?」
因みに、「死神の鎌」という大袈裟な名の由来は、第七の“七”とアラビア数字の“7”が、鎌の形状に似ている故だ。
「誰が殺戮集団ですか! 隊長を筆頭に、我々第七が他の隊より勤勉に働いているだけです!! あと西院姫歌! その胡乱な呼び名を改めないと今度こそぶっ殺しますよ!?」
姫歌と男子生徒の言葉に反射的にキャンキャンと子犬のように噛み付く心那に、クラスメイト達は思った。
「「「……でも、可愛いぃぃ」」」
「かわっ!? な、何ですか貴方達! その生温かい目を今すぐやめてください!?」
キメにキメ倒した挨拶も虚しく、どうやら、ここでも彼女はいじられキャラで確定してしまったようだ。
「くっ!? ふざけていられるのも今の内ですよ! 私は悪魔でサポート要員。本命は、あなた方がどう足掻いても辿り着けない、”最強“の称号を得た、この方なのですから!! 刮目なさい!!」
まるで下っ端の悪役の様なセリフを吐きながら、心那は自分も入ってきた出入り口の方を大仰な仕草で指し示す。
「心那。教室で騒ぐな。他のクラスに迷惑だ」
「はうっ!?」
「「「……?」」」
無駄にヒートアップした心那に、冷や水を浴びせるかの如く淡々とした声が響く。
その声の主たる白髪の少年―真白星の姿を見て、クラスメイト達はキョトンと首を傾げた。
「「なっ!?」」
仲良くハモッて驚愕をあらわに立ち上がった、姫歌と戒理を除いて。
「こ、コホン! この方こそ、我等が第七執行部隊を率いるっ」
「必要無い。自己紹介は自分でする」
「ううっ…で、でもぉ…」
おやつをお預けされた仔犬の様にウルウルとした目で心那は星を見つめるが、その視線ごと丸っとスルーされる。
「独立政府統括連合軍“第七執行部隊”、隊長。真白星中佐だ。このクラスに所属している間、緊急の任務時以外は一時的に階級は凍結されている。従って、貴君らとは対等な立場である。以上だ」
一切無駄の無い動きで敬礼した星は、まるで電化製品の取扱説明書のように簡素な言葉だけで挨拶を終えた。
「「「………え? 隊長? 中佐?」」」
『ですよね〜』……と、姫歌と戒理は心中でクララメイト達のリアクションに合いの手を入れた。
口には出さない。星が怖いから…では無く、心那が面倒くさいからである。二人は学習したのだ。
「ち、ちょっと待ってくれよ!? 冗談だよな? あの“白い悪夢”が、お前みたいなチビとか、んな訳無いよな??? 掴みのギャグにしても笑えないっつーか、流石にそれは無いだろ???」
「あ、ちょ、馬鹿!?」
まだ学習の足りない男子生徒の一人が、不用意にも思った事を大声で口にしてしまう。
慌てて止めに入る姫歌だったが、時、既に遅し。
「へ? …うおっ!? あっ…!?」
ブォンッッッと、空気を切り裂くような音が響いた次の瞬間には、男子生徒の側頭部に心那の回し蹴りが直撃しかけていた。
「やめろ、心那」
いつの間にか、男子生徒の隣に立っていた星が、心那の足首を掴んでいた。
余りに一瞬の出来事に、生徒達は状況の理解が追い付かない。
「……止めないで下さい、先輩。使えない学生の分際で先輩を愚弄するなんて、万死に値します。寧ろ、首の骨をへし折って即死させてあげるだけ、慈悲を与えたつもりですが?」
「「「っっっ!!??」」」
先程までの生意気な仔犬を思わせるそれとは打って変わり、揺らめく蒼炎の如き静かで苛烈な殺気を放つ心那。
そして、そんな彼女が目にも止まらぬ速度で繰り出した蹴りを、平然と片手で掴んで止めた星に、生徒達は混乱を通り越して絶句する。
「心那」
「っ……分かり、ました」
真っ直ぐ視線を合わせて自身の名を呼ぶ星から、心那は目を逸らしつつ足を引く。……その頬にほんのりと朱みが指している辺り、まだ可愛げを残す心の余裕はあったらしい。
「うちの隊員が失礼した。西院保安課長」
頭こそ下げない物の、星は教壇でことの成り行きを静観していた應二に謝罪した。
「いいや。君の年齢や容姿について驚かれるのは、昨日の姫ちゃんの反応を見れば予想出来た事だ。サプライズの方が良いかと思って事前の説明はしなかったんだが、配慮が足りなかったよ。申し訳ない」
肩をすくめた應二は、軽く頭を下げると、クラス全体を見渡す。
「改めて、彼はまだ君らと同い年で15歳という若さだが、三年前に軍の特務機関から見出され、二年で第七執行部隊の隊長、そして中佐の地位にまで上り詰めた生粋の叩き上げ軍人だ。『特専』の君らは他のクラスに比べ、より実践的な訓練を受けているとは言え、本物の実戦で得るべき経験値はどうしても不足する。故に、実戦経験豊富であり同時に年齢の近い彼から、多くを学んで欲しいと言うわけだ」
「ま、マジかよ……」
「本当にこの子が、”白い悪夢“……?」
「でも、さっきの動き、全然見えなかったぞ? 信じるしか無いだろ」
騒めきが収まらない中、後方の席から徐に戒理が進み出る。
「改めて、昨日はありがとう。真白中佐…じゃなくて、真白。まさかこんな事になるとは思わなかったけど、これからよろしく」
苦笑しながら、彼は握手を求めて手を差し出した。
「礼を言われる筋合いも、馴れ合うつもりも無い。俺は任務としてここに来ている。友達ごっこなら他を当たれ」
だが、星はその手を一瞥しただけで、空いている席へとスタスタ向かってしまう。
「………」
ひゅ〜………と、窓も開いて無いのに虚しい風が吹き抜けた…ような気がした。
「ち、因みに! 心那ちゃんは皆より一つ年下だけど、実力も知識も充分過ぎるほど持ち合わせているから、女子は特に実技の面で参考にすると良いよ!! うんうん!!」
凍り付いた空気をどうにか誤魔化そうと、應二は自分の言葉に大袈裟に頷いて見せる。
「見ただけで真似できるなら是非そうして下さい。手間が省けます」
……が、心那もまた、冷たい声で突き放すようにそう言い放ち、空いている席に着席してしまう。
星の言う事は素直に聞いたものの、どうやら怒りはまだ収まって無いらしい。
「あ〜……えっと、じ、時間を取らせて悪かったね。一限目の先生はもうすぐ来るから、それまで自由に親睦を深めてくれたまえ! それじゃあ僕はこれで!!」
「あっ!? おいコラちょっと待てクソ兄貴!?」
ピューッッッ!! と、間抜けな音を想像してしまうほど見事に丸投げして逃亡した應二を姫歌は追いかけるも、彼女が教室を出る頃には、あっという間に廊下の角を曲がって消えていた。
「ちぃっっ!! ……どうすんのよ。この空気」
舌打ちしながら教室へと戻った姫歌は、しかめ面で生徒達を見回す。
世事に疎い彼女は知らなかったが、どうやら”死神の鎌“と呼ばれる第七執行部隊、そして星の通り名らしい“白い悪夢”は、街警や軍を目指す若者の間で注目の的らしく、皆そわそわしている。
とは言え、先程の星と心那の態度を見れば友好的で無い事など一目瞭然。……と言うか、心那に至っては地雷を踏んだ瞬間殺される可能性すら見せつけられたのだ。
親睦を深めろと言われても、命懸けで話し掛ける者など居ない。
「てか、アンタ達の方も、もうちょっとフランクになれないわけ? 任務で来てるって言うなら、現場の人間との協調だって仕事の内でしょ?」
もっとも、その当たり前が通用しないのが姫歌クオリティー。
「協調が成立するのは互いにメリットがある場合だけです。一方的に享受するだけのあなた方に、どうして我々から歩み寄らなければいけないのですか?……と言うか、常に喧嘩腰でまともな言葉遣いすら出来ない貴方に、協調とか言われたく無いのですが?」
『『『仰る通り』』』
「は? 別に私は普通でしょ?」
クラスは一丸となった。姫歌以外。
「と、取り敢えず! もうすぐ先生も来るみたいだし、皆、席に着こう!」
無理やり苦笑しながら着席を促した戒理に、これ幸いと身動きが取れなくなっていた生徒達は同調する。
姫歌も釈然としない表情のままだったが、授業の邪魔をしてまで絡むつもりは無いらしく、大人しく席に着いた。
生徒の誰もが波乱を予感する中、一限目の予鈴が虚しく響き渡った……。
お読み頂き感謝の極み。
次話は明日投稿します。
ご意見、ご意見お待ちしております。