手繰り寄せる影
姫歌が現場を後にしてから暫く経ち、軍の対アルミリス専門研究機関―通称ラボから送られた、人員と拘束具を乗せたヘリが到着した。
軍のヘリが無骨なグレーの外装なのに対して、ラボのヘリは白を基調とした近代的なデザインで、夜空の下でもよく映える。
『おまた〜! 今日もいい子にしてたかい? 私の可愛い星きゅん?』
着陸と同時にスピーカーから聞こえたのは、先程軍のヘリからも響いて来た悪戯好きの少女の様な声。……もっとも、星は声の主がどちらのヘリにも乗っていない事を知っていた。
「わざわざスピーカーを通さなくても、イヤホンで聴こえていが?」
星の表情は変わらぬ能面のまま、声音も相変わらず温度が無いのに、何処かその問いかけには、作戦中には見せなかった親しみの様なものが感じられる。
『いや〜、それでも良かったんだけど、何となく主張したくなっちゃって』
「主張?」
『うん。君は、ボクのモノだって、ね』
「わざわざ主張しなくても、俺が理解していれば良いだろう」
『も〜!! 星きゅんたらまたそんな女を惑わす台詞をっ!! どこで覚えて来たのかお姉さんに教えなさい!!』
「そんなつもりは無い。第一、お前にしか言わない言葉だ」
『キャーッ!!』
かなりアレなやり取りだが、ヘリから続々と降りて来るラボの人間達は全く意に介さず、黙々と虎型アルミリスの拘束に取り掛かる。
二人の会話に興味が無いのか、或いは……慣れているのか。だとしたら、嫌な慣れもあった物である。
「そんな事より、西院應二とは予め打ち合わせしていたのか?」
『あれれ〜!? 星きゅん嫉妬!? 嫉妬かな!? 遂に独占欲に目覚めちやったのかな!?』
「………独占欲ならあるさ。昔から。俺は、誰よりも醜い」
『……あー。ごめん。今のはボクが悪かったよ』
と、それまで異常なまでにハイテンションだった少女の声が、急にヤサグレた場末のスナックのママを思わせるそれにトーンダウンする。
元の声がハスキーなだけに、謎の迫力があった。
「お前何も悪くない。寧ろ、いつも正しい。俺は、お前のモノだ。謝る必要なんて無い」
『……もう。そんな事言われたら不機嫌にもなれないよ。安心して。あの腹黒王子様が軍に圧力を掛けて来たのはただの偶然。今日は予定が空いてたから、星きゅんの戦闘データをリアルタイムで観測してたんだけど、そしたらあの虎ちゃん、ちょった面白そうな個体だったからさ。でも、星きゅんなら僕が欲しがりそうだって気付いたんじゃない?』
「その可能性も考えて、首を落とすのは最後にした」
『さっすがぁ!! それでこそボクの星きゅん! いつでもボクらは以心伝心、ビンビン通じ合ってるぅ!!』
よほど星の言葉が嬉しかったのか、スピーカーから響く声音がまたハイテンションなそれに戻った。
「使い道は任せる。……が、扱いには気を付けてくれ」
『えへへ、心配されちゃったぁ〜。まぁ大丈夫でしょ? こっちで観測する限り、もう動けないくらいアルマギアは消費してる。最期の悪足掻きで生命維持に残りかすを全部注ぎ込んでるみたいだね。いやぁ、それにしても凄い凄い! 星きゅんの眼なら分かると思うけど、その虎ちゃん、恐ろしく具現化の変換効率が良いんだ!』
「……なるほど。だから大きさの割にあの程度の爆発で済んだのか」
『だね〜。今までのデータからすれば、このサイズのアルミリスが現界したら、ビル丸ごと吹き飛んでないとおかしいもん。もちろん、周囲の被害も比じゃ無い。でも、今回は第三庁舎の上の方がせいぜい十階分吹き飛んだだけ。つまりそれは、収束したアルマギアが少なかったのか、或いは現界の時に放出される余剰エネルギーが少なかったのか…まぁどっちかだね』
「いずれにしろ、変換効率が異常に高くなければ説明がつかない、ということか。……なるほど。連中は、かなり焦っているみたいだな」
『だねぇ。規格外のアルミリスまで投入して来たんだ。いよいよ向こうから仕掛けて来るかもね』
「それならそれで構わない。どの道……」
言葉を切った星は、徐に視線を動かした。―その色素の薄い眼の先には、今はもう、誰もいない。
「害蟲供は、皆殺しだ」
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次話は明日投稿します。
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