街警と軍
光の収束と共に第三庁舎の上部が爆ぜたその瞬間、戒理は駆け出していた。
「姫歌! メルティ!」
その豪脚を発揮して二人の元へ一足飛びに辿り着いた彼は、二人に覆い被さるようにして庇いながら離脱を図る。
「きゃあああああっ!?」
「っ!? …くそっ!」
珍しく吐き出した悪態は、自身に向けた物。
悲鳴の主は姫歌でも、メルティでも無い。名前も知らない別チーム所属の女性隊員だ。
降り注いだ瓦礫の向こうで彼女がどうなっているか……それはまだ分からない。
チームメイトの二人を庇おうといち早く駆け出した戒理の判断は、誰にも責められる物では無い。そもそも、それぞれのチームで持ち場は離れているのだ。たとえ真っ先に助けに向かっていたとしても、間に合ったかどうか…。
故に、彼だけは、彼を責める。
「戒理っ! 瓦礫はもう大して降って来ない! つまんない後悔してる暇があるなら要救助者を回収しに行くわよ!」
「………ダメだ。現界したアルミリスが拘束か…排除、されるまで、姫歌を第三庁舎に近づける訳にはいかない」
「あんた!? この期に及んでまだそんな事をっ、どう見たって緊急事態でしょうが!?」
「頼むからっっっ!!!」
「っ……」
普段、声を荒げる事など皆無と言って良い幼馴染みの叫びに、姫歌は思わず絶句する。
「……ごめん。でも、お願いだから、せめて離れた所で避難誘導に徹して欲しい。あれだけ派手に現界された以上、絶対に軍が黙っていない。下手をすれば、すぐに大規模戦闘が始まる。最低でも第三庁舎から半径百メートル圏内の民間人は逃さないと、犠牲者が増えるばかりだ。彼等は覚悟の上でここに居る僕らとは違う。だから……」
「でも……アンタは、行くんでしょう?」
「えっ!? そんな、か、戒理君も一緒に来るんだよね?」
確信を持って戒理の顔を見上げる姫歌とは対照的に、メルティは分かり易く狼狽える。
二人の視線を受けた青年は、年相応にも、達観した老人の様にも見える顔で、微笑んだ。
「この身体は、特別に独立政府から与えられた物だ。せめて軍が到着するまで、足止めくらいはしないと、ワガママを聞いてもらえなくなる。だから、行くよ……」
ごめん。
最後に、囁くような声で謝罪を口にした戒理は、踵を返して再び第三庁舎へと駆け出す。
「そ、そんな……」
メルティは思わず手を伸ばすも、当然、もう彼に届きはしない。
「……アンタじゃなくて、私のワガママでしょうが。馬鹿たれ」
遠ざかる背中へ、姫歌は絞り出したようなか細い声で悪態を吐くが、その掌は血が滲むほど強く握り締められ、肩は震えていた。
「………私たちも行くわよ。メルティ。無事な隊員と連携して、一人でも多く民間人を避難させなきゃ」
「で、でも! それじゃあ戒理くんがっ!?」
メルティの言葉を遮るように、姫歌は苛立ちを隠しもせず振り向く。
「援護したところで、私たちじゃ足手まといよっ! さっきだってそうだったでしょ!? 犯罪者一人相手にあのザマで、現界したアルミリス相手に何が出来るってのよ!?」
「っ………………」
決してメルティ一人を責める言葉では無かった。少なくとも、姫歌は一番役立たずなのが自分だと認識している。故の苛立ちだ。
……だが、その言葉はつい先程、仲間の頭を撃ち抜きかけたメルティには、あまりに重すぎた。
「っ……ごめん。でも、私達は私達にやれる事をすべきよ」
顔面蒼白となったメルティを見て、姫歌もまた己の言葉が不適切だった事に遅れて気付き、謝罪を口にする。
だが、メルティの顔色は変わらない。姫歌の言葉のショック以上に、自身の無力を思い知って絶望してしまったのだ。
「そう、だよね。うん。ごめんなさい」
それでも、必死で作り笑いを浮かべて、彼女は一歩を踏み出した。
「……こっちこそ。いつも、ごめんね」
その姿に、安堵と同時に無理をさせている罪悪感を覚えて、姫歌はメルティの顔を見ないままそう呟き、駆け出した。
+*+*+*+
戒理は第三庁舎の入り口近くまで戻ると、上方より聴こえ始めた激しい戦闘音に目を見開いた。
「……階段を使っている暇は無さそうだ」
周囲を見回し、第三庁舎と隣接するビルの方へ、蒼白い光の尾を引きながら駆け出した。
降り注いだ瓦礫によって、壁面が穴だらけになったビルは悲惨な有様だが、彼の足場とするには丁度良かったのだ。
「ふっ!!」
地面を踏み砕く勢いで跳躍した戒理は、隣接するビルの凹凸に足を掛けて、数メートルから十メートルほどの感覚でその最上階まで駆け上がる。
幸い、ビルの屋上は現界によって吹き飛んだ、第三庁舎の上層階近くまでの高さがあった。
「よし、此処からならっと!」
戒理は数歩下がると、助走をつけて駆け出し、第三庁舎へと飛び移った。
いくら間隔が小さいと行っても、ビルとビルの間だ。ゆうに二十メートル近くはある。
地上約百メートルの地点で行われたその大跳躍を目にしたら、常人であれば泡を吹いて倒れただろう。
「っ、とぉ! ふぅ……せっかく姫歌が受け止めてくれたのに、自分で落ちて死んだりしたら、地獄まで追いかけてきて文句言われそうだ」
ギリギリの所で向こう岸に足を掛け、体勢を整えた戒理は苦笑する。
「グルオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
そんな呑気な思考を吹き飛ばすような、砲声が響いた。
弾かれたように前を向くと、そこには東洋の神獣、白虎を思わせる巨大な虎型のアルミリスが顕現していたのだ。
額から伸び上がる一本角と、顎から覗く凶悪な牙が本能的な恐怖を駆り立て、全身から放出されている深い蒼のスパークが、圧倒的な力を否応なく知らしめて来る。
「っ! 角持ち ……君みたいな大物が、まだ残ってたんだね」
その威容を前に、戒理は怯えるどころか寧ろ剣呑に目を細め、大剣を正眼に構えた。
……やはり撃ち抜かれたもう片方の手は使い物にならないようだが、腕は動く。盾としては心元無いとはいえ、一撃受けるくらいなら使えるだろう。
「グルゥゥ……」
「…?」
だが、戒理はそこで首を傾げた。
先程の凄まじい咆哮を聞いた時は今にも襲い掛かって来るかと思ったが、虎型アルミリスは戒理を一瞥しただけで、その場から動こうとせず、唸りながら周囲を警戒する様に首を巡らせるだけなのだ。
「……っ!?」
と、そこで戒理はある事に気付き瞠目する。
よく見ると虎型アルミリスは、片方の後ろ脚が欠損していた。
「グルアアアアアッ!?」
「なんだ!?」
いきなり響いた苦しげな咆哮に、戒理はより混乱する。
だが、その答えはすぐに彼の視界へと飛び込んで来た。
のたうち回るアルミリスの背に、漆黒の刀を突き立てる”影“の姿が見えたのだ。
「どうして……いや、そうか」
影の…恐らく体格から見て男が、【離生派】の刺客であるなら、そもそもアルミリスと共闘する状況はあり得ない。
【離生派】とは、アルミリスと人類の共存を否定する者達だ。
彼等にとってアルミリスは、悪魔でアルマギアというエネルギー資源を確保する為のパイプ役に過ぎず、対等な関係を結ぶ存在とは認めていない。
建前は掃いて捨てるほど並べているが、その全てを要約すると、アルミリスを家畜の様に扱うべきと主張しているのだ。
だが、その事実は更なる疑問を生み出す。
何故、このタイミングで、この場所に虎型のアルミリスは現界したのか。
現代において、アルミリスの現界は何重もの手続きを踏んだ上で、限定的な場合のみ許可されている。
爆発による周囲の被害を考えれば、当然の措置だろう。
敵対している所を見るに、最も安直な推測としては【共生派】が暗殺に対する対抗策として用意していたと考えられる。
しかし、それは彼等にとって余りにも悪手だ。
【共生派】とはその名の通り、アルミリスとの共生、融和を重んじ、今以上に良好な関係を築こうと謳う者達だ。
自らアルミリスの危険性を喧伝する様な真似をするとは思えない。
いくら政府が隠匿しても、この規模で、それも高層ビルの上であれだけ派手な爆発が起きれば、この街の住人は考えるまでも無く状況を察する。
いや、外界に住まう者達でも、C・E・Cで爆発事故が起きたと聞きつければ、独立政府の制御下に無いアルミリスが暴走したとすぐ連想する筈だ。
邂逅から77年という月日が経った今でも、彼等が人類にとって脅威だと言う認識は薄れていない。
いくら暗殺者の排除が目的でも、【共生派】の不利になるような手を打つには、少なくとも一段階早い。
独立政府には、理不尽な暴力に対して行使することが出来る、凶悪な対抗手段があるのだから。
「……迷ってる暇は無いな。軍が来る前に、あの黒いのを拘束する!!」
思考を後回しにして、戒理は選択する。人を救う道を。
それが、彼が支払うべき代償だから。
「ぜぁぁぁああああああっっ!!」
僅かな助走から地面を蹴って跳躍した戒理は、虎型アルミリスの背中に突き立てられた漆黒の刀を狙って、大剣を振り抜いた。
無力化してから拘束する為だ。
「……」
だが、戒理の接近に影の男は気付いていた様で、余裕を持ってその場から離脱する。
「っ!?」
「グルアッッッ!?」
その結果、制止の間に合わない勢いで振り抜いた大剣は虎型アルミリスの背中を襲った。
刃が触れた瞬間、凄まじい衝撃波と蒼いスパークが迸る。
「グルオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
「くっ!? 投降しろ!! 軍が来ればこいつ諸共処分されるぞ!!」
背中を深く切り裂かれ、激昂して暴れ回る虎型のアルミリスを相手取りながら、戒理は影の男に呼び掛ける。
「……」
だが、影の男は無言のまま刀を構え直し、あろう事か戒理に向かって斬りかかった。
「なっ!? 」
運悪く、虎型アルミリスがその凶悪な爪を振り下ろしたタイミングと同時に.黒い刃が戒理の首筋に迫る。……いや、寧ろ影の男はこの好機を狙っていたのかも知れない。
敵の敵が、常に味方とは限らないのだ。
「くぅぅぅぅぅっ!!!!!」
避けきれないと瞬時に悟った戒理は、虎型アルミリスの爪を大剣で、影の男の刀を片腕で受け止めた。
「……」
しかし、漆黒の刃が停滞したのはほんの一瞬のみで、安易と戒理の腕を切断した。
「っ! ぜあああっっ!!!!」
その一瞬が、戒理の命を繋ぎ止める。
虎型アルミリスの爪を大剣でいなす事によって、影の男へと差し向けたのだ。
……これで死んでしまえば、人を救うという彼の使命に反してしまうが、戒理は確実に影の男が回避して見せると予測していた。
「……」
「グルアアアアアアッッッ!?」
蒼いスパークが弾けると、霧の様な粒子となって束の間辺りを漂った。
やがて視界が明瞭になると、そこには無傷で立つ影の男と、片方の前脚を失った虎型アルミリスの姿があった。
「っ……!?」
余りに一瞬の出来事に戒理の思考は混乱するが、すぐに何が起きたのか悟り、戦慄する。
予測違わず、いや、予測を遥かに超える動きを見せ、影の男は無傷で切り抜けて見せた。
虎型アルミリスの爪が迫ったその瞬間、既に袈裟斬りに刃を振り抜いていたにも関わらずそこから身体ごと独楽の様に回転する事で、爪を躱したのだ。
それだけなら、凄まじい反射神経を発揮して強引に体制を変えただけだと納得できる。問題はその後。
回転の流れに逆らい、あまりに滑らか過ぎる動きで、虎型アルミリスの前脚をカウンターで斬り落としたのだ。
常人どころか、達人であっても成し得るか分からないあまりにも完璧過ぎる身体制御能力。
人の身体は、そう簡単に動きを制御出来る様には出来ていない。ましてやそれが不足の事態とあれば尚更だ。
その身体の半分以上が機械と人工筋肉で補われている戒理ですら、一度手足に命じた動きを、あれほど完璧に切り換える事など出来ない。
「君は…誰だ?」
本来なら、「何者なんだ?」と問い掛ける場面だろう。だが、戒理の口を自然と突いて出たのは、「誰だ?」という問いだった。
「……」
「?…っ!?」
問いには答えず、影の男はふと、空を見上げる。
その動きにどういう意図があるのか、一瞬理解が追い付かなかった戒理だが、いつの間にか聞こえ初めていたプロペラの回転音で、すぐに事態を察した。
「くっ……君が強いことは分かった! だがもう諦めて投降してくれ!! 彼等は、街警のように容赦はしてくれない!!」
既に手遅れと悟りつつも、戒理は必死に呼び掛けた。空から迫る轟音に負けじと、喉が張り裂けんばかりに。
たとえ、相手が人殺しであっても、戒理にとっては救うべき『人』なのだ。
だが、無情にも彼が恐れていた事態は避けられなかった。
『独立政府統括連合軍だ。そこに居る虎型アルミリス、並びに第三庁舎襲撃犯を駆除する。大型兵器、爆弾の使用は十五分待つ。現場に残った街警隊員は速やかに離脱せよ』
虎型アルミリスの真上を陣取る様に旋回するヘリから、無機質な警告の声が響く。
「待ってくれ!? 殺すのは最終手段の筈だ! 十分な戦力があるなら、制圧してから彼等の事情を聴取するべきだ!」
戒理は自分でも意味の無い悪あがきだと思いながらも、声を張り上げた。
虎型アルミリスは分からないが、影の男はその異常に高性能な装備から考えても確実にバックが付いている。
後顧の憂いを断つ為にも可能な限り取り調べすべき、と言うのは、一応の筋は通っていた。
が、その段階はとうに過ぎている事も、彼は理解している。
何故なら、軍が出動を命じられた時点で独立政府の答えは出ているからだ。
『我々に犯人確保の義務は無い。街警の勧告に応じなかった時点で、虎型アルミリス、及び襲撃犯に酌量の余地は無い。須く駆除する。また、警告を無視して貴様が現場に残った場合も命の保証はしない。我々の邪魔をするのであれば、貴様も駆除対象だ』
「っ……」
一切温度を持たない無機質な声は、淡々と戒理に絶望を告げる。
もう、彼に出来ることは何も無い。そう言っているのだ。
『これより戦闘行動に入る。降下、開始』
歯噛みする戒理の返事を待つこと無く、武装ヘリのハッチが開かれた。
同時に、白い軍服に身を包んだ数人の男女が命綱も無しで飛び降りて来る。
「なっ!? 攻撃は15分待つんじゃっ!?」
その疑問に答える声は無い。何故なら、必要が無いからだ。
警告の際約束されたのは、悪魔で大型兵器、爆弾の使用は十五分待つという事のみ。
言い換えれば、白兵戦はすぐにでも開始すると言う事だ。
当然と言えば当然だろう。15分も待っている間に対象が逃げて被害が拡大すれば本末転倒だ。
「……」
と、その時。影の男が動きを見せた。
地の理に置いても数の理に於いても不利な状況だ。逃げ出すという選択は必然。
「待てっ!!」
戒理は思わず声を上げた。けれど、それは逃げようとした影の男を止めるためでは無い。逆だ。
降下してくる隊員の一人、小柄な白髪の少年に向かって、襲い掛かろうとしていたからだ。
少年の手には拳銃と言うには大き過ぎる二丁のリボルバーが握られており、その銃身は既に蒼白の光を纏っている。
少年は地面に着地する直前、銃口を跳ね上げてすぐさま影の男の頭と心臓を狙う。
影の男もまた、自身の間合いに降り立った獲物を狩らんと抜刀術の様に腰だめから黒刀を振り抜く。
「死ね」
「……」
轟音と共に二条の蒼い雷が駆け抜け、漆黒の刃はその軌跡を切り裂く様に閃いた。
「グルオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
交差した弾丸と刃の行方を戒理が目にする前に、再び虎型アルミリスが暴れ出し視界を遮る。
前脚と後脚がどちらも片方ずつ斬り落とされているせいで満足に動けないようだが、それでも巨体を持ち上げて、周囲に展開した軍の隊員達にのしかかるように攻撃を仕掛けている。
もっとも、その動きはやはり単調で読み易く、隊員達は難なく回避しながら槍や銃、ハンマーなど、いずれもメカニカルな形状のそれらで隙を見ては攻撃を繰り返している。
一撃の威力はどれも致命にはなり得ないが、既に手負いの虎型アルミリスにとって無視できないダメージを蓄積しているようだ。
「グゥゥッ・・・・・」
その証拠に、早くも疲弊が見られた。
「せんぱ…じゃなくて隊長! かなり弱っているようですが、このまま処分してよろしいですか!?」
と、そこで隊員の一人、夜空の下でも目立つ赤髪の少女が、声を張り上げた。彼等も通信用のイヤホンは付けているが、状況的に肉声で叫んだ方が伝わり易いと考えたのだろう。
彼女の体格は姫歌と同程度だろうか。華奢だが、自分の身の丈よりも長い青龍刀の様な武装を自在に振り回して、確実に虎型アルミリスにダメージを与え続けている。間違い無く主力級の戦闘力だ。
「いや、様子を見ながら逃がさないよう追い詰めろ。害虫どもの生命力を侮るな。そいつは大物だ。確実に高火力で消し飛ばす」
「っ……」
ヘリのスピーカーから聞こえた物と同じ、温度の無い声音が淡々と無慈悲な指令を下す。
戒理は、そのあまりに非常で差別的な言い様に思わず歯噛みし、声のした方を思わず睨みつけた。
そこに居たのは、影の男と交戦していた、白髪の少年だ。
「こちらの処分は完了した。回収班、第三庁舎西方の地上まで先に向かえ」
彼はビルのヘリに片脚を乗せ、下を見下ろしながらイヤホン越しに指示を飛ばしている。
「まさか…」
戒理は彼の横まで駆け寄り、身を乗り出して地面を見下ろした。
距離があるのでハッキリとは見えない。が、街灯の灯りで照らされたそこには、確かに無惨に飛び散る赤黒い液体と、つい先程まで自分と戦っていた影の男が被っていた仮面が転がっていた。
身体の方は……この高さだ、恐らく落下の衝撃で潰れて、悲惨な事になっているのだろう。
そこへ、無骨な軍用車が現れ、中から出てきた数名の隊員が処理を開始した。
「どうして殺したんだ!? これだけ戦力差があって、実力も君の方が上手だったんだろう!? 戦闘不能に追い込んで拘束する事は簡単だった筈だ!」
先程と似たような問い掛けでありながら、今の戒理の言葉には非難の色が強く現れていた。
それもその筈だ。白髪の少年は、傷一つ無く影の男を殺し切っていた。
余力を残し、味方の戦力にも余裕がある中で、迷わず相手を殺害すると言う選択肢を選んだ事に、憤りを感じているのだ。
「逆に問うが、何故お前はあの男を生かそうとしていた? 他の街警は要人の護送と避難誘導で出払っていて、応援は見込めない。そこの害虫だって大人しくはしていなかっただろう。この状況で、テロリスト紛いの犯罪者の命に拘る理由は無い筈だ」
「っ!? それは……」
これまでの態度から無視されるかとも考えていたが、白髪の少年は意外にも律儀に問い返して来た。
だが、その問いに戒理は即答出来ない。自身の背負った使命を抜きにしても、状況的には彼の言葉の方が正論であり、自身の感情に任せた物言いは、エゴでしか無いと分かっていたからだ。
そうして言葉を探している彼の代わりに、白髪の少年が結論を口にした。
「俺たち軍が害虫を駆除している間に、人だけ逃せば良い。そう考えたのかもしれなないが、偽善ですら無い自己満足に俺達が付き合う義理は無い」
「ち、違う!? そんな風に考えていたわけじゃ無い!!」
慌てて否定した物の、その声は弱々しい。
何故ならあの時、彼は軍がアルミリスの討伐を優先すると、心の片隅で考えてしまったから。
「軍の任務は、人類に害を為す者の排除だ。それが害虫だろうが犯罪者だろうが、命令が下れば速やかに処分する」
抑揚の無い声音でそう言い切ると、白髪の少年は戒理の返事を待たず、虎型アルミリスへと駆け出した。
「違う、違うんだ。僕はっ……」
その背中を見る事も無く、戒理は虚な瞳で茫洋と地面を見つめる。
何もかもから、目を背ける。
どれほどそうしていただろうか……いつの間にか、戦闘音は鳴り止んでいた。
恐らく、虎型アルミリスの抵抗が弱くなったのだろう。
白い軍服に身を包んだ隊員達が、各々の武器を虎型アルミリスに向けたまま待機している。
彼等の装備は、街警のそれとは一線を隠す性能だ。……いや、街警の装備が軍の劣化版と言った方が正しいかもしれない。
足に装備しているコンバットブーツも、姫歌が使用しているそれより遥かに高性能だ。恐らく、15分が経過する直前に、上空を旋回しているヘリへと飛び乗る算段だろう。
戒理もいい加減この場を離れなければ、虎型アルミリスと共に葬られてしまう。
「………僕、は…」
「きゃっ!?」
「っ!? はっ! 不味い!?」
だが、少女の悲鳴が彼を逃避の彼方から引き摺り戻した。
「グルオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
弱り切っていたかと思われた虎型アルミリスだが、最期の力を振り絞るかの様に凄まじい咆哮を上げながら再び暴れ出したのだ。
巨体が持ち上がっては力任せに打ちつけられる衝撃で、第三庁舎は激しくぐらつき、立ち続ける事もままならない。
そんな状況で、悲鳴を上げた少女―先程白髪の少年に指示を仰いでいた赤髪の少女ーは、今まさに牙を剥いた虎型アルミリスの正面で、膝を突いていた。
「っ!、くぅっ!?」
すぐに退避しなければ、踏み潰されるか凶悪な爪牙の餌食になるかの二択だ。
だが、それは叶わない。彼女の右足に装備されたコンバットブーツが白煙を上げているのだ。
よく見れば、脛の辺りの装甲がボロボロに潰れている。
脚首にまで至っているかは不明だが、恐らく急に暴れ出した虎型アルミリスの攻撃を避け切れ無かったのだろう。
その苦悶の声音と表情を見れば、すぐに動けない事は明白だ。
「間に合えっ!!!!」
戒理は一も二もなく駆け出した。先程まで忘我のままに立ち尽くしていたのが嘘のようだ。
ぐらつく足元を物ともせず、瓦礫を蹴り飛ばして少女の元へと必死の形相で向かう。
(これ以上、誰も死なせないっ!! 死なせたく無いから、僕はっ!!)
誰かを救うと誓いながら、その顔を彩るのはヒーローの凛々しさでは無く、絶望を背負った悲壮さだげだ。
ともすれば、絶体絶命の危機にある赤髪の少女よりも、彼の方が恐怖しているようにすら見える程に。
その感情に呼応し、戒理の全身から蒼白の光が立ち昇る。
踏み抜いた足元が爆ぜ、最後の一歩が彼我の距離を一気に埋めた。
「グルアアアアアッ!!!!」
「そんなっ!?」
だが、届かない。
たった一メートル。時間にして0.1秒も掛からない距離を前に、戒理は蒼いスパークを迸らせる虎型アルミリスの前脚で少女が踏み潰される光景を目にした。
「…… 害虫どもの生命力を侮るな、と言った筈だ。心那」
「あっ…」
……否。戒理が見たのは、自身の焦りが生み出した死の幻影。
実際は、赤髪の少女―心那が踏み潰される寸前で、虎型アルミリスの前脚は止まっていた。
白髪の少年は、心那と虎型アルミリスの間に割り込んで、クロスさせた二丁のリボルバーで巨大な前脚を受け止めていたのだ。
「グルオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
衝撃で足元はクレーター状にひび割れ、虎型アルミリスは今も踏み潰さんと雄叫びを上げているが、少年が膝を折る事は無い。
「対象の脅威度ランクをB級からA級に変更。各員、即刻退避しろ」
「グルアッッッ!?」
白髪の少年は静かにそう告げると、虎型アルミリスの前脚を受け止めているリボルバーを撃発させ、その反動を利用して巨体を弾き返した。
「この害虫は、俺が単独で駆除する」
余りにも淡々と口にされたその言葉に、瞠目したのは戒理だけだった。
お読み頂き感謝の極み。
次話は明日投稿します。
ご意見、ご感想お待ちしております。