狼煙
星が心那達の元に駆けつけた頃、同時に東西南北、そして本部基地から出動した執行部隊の面々が、各地で突如として現界したアルミリス達に対峙していた。
「こっちがモタモタしとる間に先手を打ってきよったか!! 上等上等!! 久方ぶりに暴れるぞ!!」
南方基地司令、豪塚正継大佐は自らが率いる"第三執行部隊"の先頭に立ち、皺と傷が刻まれた勇ましい顔で獰猛に笑う。
「「「……(帰りたい)」」」
「む…?」
が、てっきり覇気のある返事が返ってくると思っていた後ろの部下達は無言。それどころか、どんよりとした雰囲気が立ち込めており、欠片も戦意を感じない。
「どうした貴様ら!? すぐそこにアルミリスが迫っていると言うに」
「「「……(ジト)」」」
「な、なんだその物言いたげな目は……」
「……貴方のせいですよ。隊長」
と、部下達を代表して発言したのは、副隊長の左門泰治。
歳はまだ30になったばかりだが、頬のこけた顔と痩せぎすで猫背気味な体型のせいか、随分と老けて見える。如何にも苦労人と言った風体だ。……頭頂部がやや寂しげなのは遺伝か、或いはストレス故か、
それは本人にしか分からない。
「ワシの…? はて、心当たりが……」
「無いとは言わせませんよ? ただでさえ誰かさんが事務仕事を放棄していたり各所で問題を起こすせいで、その尻拭いに奔走している我々に、街警との合同小隊に関する編成も丸投げ。当然それに伴う各種調整ものしかかり、連日残業休日出勤基地泊まり。しかも最後に自分の部屋に帰ったのがいつかも思い出せない我々のその仕事を、全部纏めて水の泡にするかの如きタイミングでのこの襲撃。……で、何か申し開きはありますか?」
「おのれテロリストめ!! ワシの部下達の苦労を何だと思っているのだ!! 許さん、許さんぞ!! うおおおおおおっ!!」
「「「よし。アルミリスの前にあの筋肉ダルマをを討伐しよう。そうしよう」」」
「はぁ……。皆さん、気持ちは分かりますが、先ずは市民の安全を確保してからにしましょう」
一人で叫びながら現場へ駆け抜けて行った(逃げたとも言う)豪塚を、ゾンビの様な有様の隊員達が追い掛ける。
……どちらかと言えば、軍人が危ない形相でぞろぞろ人を追いかけているこの絵面の方がテロの現場っぽいな、と、左門副隊長は思った。
+*+*+*+
「我ら"第二執行部隊"は推定A級アルミリスの討伐に向かう。他の隊はB級以下アルミリスを一体残らず駆逐せよ」
「「「了解!!!!」」」
東方基地司令、智和・S・ランドック大佐の命令に、執行部隊の隊員達は力強く頷く。
南方基地とは大違い……と言うか、南方基地が特殊なだけで、軍人とは本来かくあるべきなのだが、それを差し引いても、隊員達の眼差しにはラングドックに対する敬意や信頼が強く出ていた。
「……さて、敵に踊らされるのも、子供を頼るのも癪だが、恐らく今自由に動ける最大戦力は彼か。せいぜい我々は、邪魔が入らぬよう露払いに徹してやるとしよう」
ラングドックはその碧眼を隠す様に瞼を落とし、部下達には聞こえない小さな声で、自身に対する皮肉を口にした。
「隊長、どうかなさいましたか?」
そんな彼の些細な違和感に気付き、副隊長のリナ・サートゥは思わず上官に問いかける。短めのボブヘアから覗く眉尻は、心配げに八の字を描いていた。
ラングドックは眼鏡の位置を直す仕草で顔を覆い、表情を普段の毅然としたものに戻す。
「気にするな。つまらん独り言だ。装備が整い次第、出るぞ」
「はっ!!」
忠犬の如く自身の言葉に姿勢を正す部下に、ラングドックは頷きを返して歩き出した。
+*+*+*+
「ほんに、気に入りまへんなぁ……」
西方基地司令、能登亜美子大佐は、各地に上がる白煙を睨みながら、不機嫌な呟きを漏らしていた。整った和風美人な顔立ちだけに、鋭い目付きには迫力が伴っていた。
彼女が率いる"第五執行部隊"の面々は、既に装備を整えいつでも出動出来る体制で、黙して命令を待っている。既に街に被害は出ているが、能登に意見しようという者は誰一人居ない。
彼らはただ、女王の命に従うだけの従者に過ぎないのだ。
「本格的に合同作戦が動き出そうとしたこのタイミングでの急襲。あちらさんの間者が政府に紛れ込んどるのは当然やろうけど、こうも分かり易ぅうちらの動きを止めに来たゆう事は、目的を急どるか、逆に準備が整ったかのどっちかや。……市松。あんさんはどう思う?」
能登に水を向けられた、副隊長の市松鑪は、落ち着いた物腰で一歩前に出て跪く。
体格が良く、厳しい顔付きの彼がそうすると、さながら忠義に厚い武士の様だった。
「愚考しますに、その両方では無いかと」
「ほう? 理由は?」
「今回の騒動、規模は違えど、一昨年の年の瀬に起こった“アルマ災害"に酷似しております」
「ああ…星はんが殆ど一人で"農場"潰したいう例のアレやね。あん時はよりにもよって政府のお偉いさんのお付きで出張中やったから、後から映像しか見てへんけど……確かに言われてみれば、似たような状況やな。フフッ」
「「「……(ピキッ!)」」」
星の名前を出した途端、不機嫌な顔から一転どこか愉快げに笑い出した能登。
そんな彼女の表情の変化を見て、忠実なる下僕たる第五執行部隊の隊員達は、青筋が立つほど強く奥歯を噛み締めた。
当然、その筆頭たる市松も例外では無い。
「……我が君は、随分とあの小僧を買っておいでのようですが」
「いや小僧て。確かあんさんと十も歳変わらんで? と言うか、階級的にはあんさんの方が下なんやけど……」
「前回のアルマ災害は、奴が農場、ひいてはその背後に居た【n.Less】を刺激したのがそもそもの原因。今回の件も、その報復である可能性は否定出来ません」
能登のツッコミはどうやら耳を素通りしたらしい。
市松はその顔に似合わずまだ二十四歳の若者だ。嫉妬心を隠し切れないのも無理はない。因みに、階級は大尉だ。年齢を考えれば充分過ぎるほど出世している。
……もっとも、中佐である星と比べれば二階級下であり、既に星付きの制服を纏う幹部とはやはり格差がある。しかも彼の軍歴は六年で、星はまだ三年目。能登への想いを抜きにしても、嫉妬せずにはいられない。
だからだろう。どうしても、批判的になってしまう。
「だとしたら今更やろ。遅かれ早かれ、星はんがやらんでもうちらの誰かが潰しに行っとったし。現状あちらさんにこれだけの戦力があった事に変わりは無い。何がきっかけでも同じ事や。……問題は、これがただのテロやなく、その奥にある目的の為の手段としか思えんこと。単なる報復の為やとしたら明らかに過剰や」
そもそも、星に対する報復なら本部基地の管轄外にまで戦力を広げる意味は無い。それくらい分かっているだろう? と、能登の冷め切った視線が市松を射抜く。
だが、彼は引かなかった。
「恐れながら、それは首謀者が、【n.Less】の者のみだった場合かと。先日の第三庁舎襲撃、西院保安課長の妹を狙った誘拐事件など、明らかに拝金主義の奴らとは、別勢力の意図が見える事件が続いております。利害の一致により、何者かと共謀している可能性は高いでしょう」
「なるほど。ほんで、【n.Less】側の目的に星はんへの復讐が含まれていると言いたいんやな。……まあ、物のついでに嫌がらせ、くらいの事はありそうやねぇ」
「ついでだとしても、火種の一つになった事に変わりはありません」
頑なに星の責任を追求する市松と、その後ろで同調する様に頷く隊員達に、能登は呆れと苦笑がない交ぜになった様な表情を向けた。
「ほんに、アンタらは星はんの事が気に入らんのやなぁ。うちがちょ〜っと気にかけとるから言うて、そない目の敵にせんでもよろしいやろ?」
「「「……」」」
「……確かに、我が君をお慕いするが故の嫉妬がある事は否定しません。若輩の身で我らを瞬く間に追い抜いて行った才覚に、醜い自尊心から劣等感を覚えている事も」
隊員達を代表して正直な気持ちを吐露した市松に、能登は「おっ…?」とでも言いたげに片眉を上げて意外感を示す。
だが、続く市松の言葉で、彼女の表情が消える。
「ですが、そういった感情を抜きにしても、真白星を前にすると本能が警鐘を鳴らす様な忌避を覚えます。……アレは、本当に我々の味方でしょうか?」
「……ふふっ、さあ、どうやろなぁ?」
「「「っっ!?」」」
僅かな沈黙の後に能登が見せた、恐怖を覚えるほどの妖艶な微笑みに、市松達はゾクりと背筋が泡立ち、呼吸が浅くなる。
そんな彼等にお構いなしに、能登は煮詰めた果実酒の如き濃密過ぎる甘い声音を漏らす。
「けどなぁ、女は危ない男に惹かれる生き物どすえ?」
「「「……」」」
垂れ流しにされるその色気に頬を紅潮させつつも、隊員達はやはり内心で『真白死すべしっっっっ!!!』と、叫ばずにはいられないだった。
+*+*+*+
「嗚呼、なんと憐れな同胞達よ……屠る事しか救済の手段を持たないこの手を許さずとも、どうかその魂は安らかに眠りたまえ」
北方基地司令、バード・オーシャン大佐は門前に自らが従える"第六執行部隊"を招集し、共に祈りを捧げていた。
異様なまでに整った容姿と、陽の光を反射して煌めく蒼みがかった長髪が相まって、その姿はさながら宗教画のようだった。
「司令、我々は…」
と、そこへ副司令である海燈中佐が遠慮がちに話し掛ける。
彼もまた、自身が隊長を務める"第八執行部隊"を引き連れ、出動準備は万全だ。
「分かっていますよ。真白くんと海燈くんは色々な意味で、良いライバルですからね。管轄内のアルミリスは私の第六と他の部隊で対処します。海燈くんの第八は、騒動の裏で起きているであろうイレギュラーの対応をお願いします」
全て分かっていると言わんばかりの鷹揚な頷きを見せるオーシャン。
だが、何が気に入らないのか、海燈は顔を顰めた。
「……自分と真白は、別にライバルという訳では。ただ、奴の無茶な独断専行を放置できないだけです」
「ふふっ、そうでしたね。ですが、気を付けなければいけないのは、案外、海燈君の方かもしれませんよ?」
「……?」
愉しげに笑うオーシャンの言葉がすぐに呑み込めず、海燈は首を傾げる。
「真白くんは隊長に就任してから、未だ誰一人として自分の部下を死なせていません。それはとても素晴らしい功績ですが……同時に、どれだけ足を引っ張られても、力づくで結果を出してきたということ。決して第七の隊員達を侮るつもりはありませんが、少なくとも全員が、本気の彼に着いて行けるとは思えませんから」
「……申し訳ありません。仰りたい意味がよく…?」
「海燈くん。恐らくですが、彼はまだ、ただの一度も本気で戦っていないのですよ。それこそ、部下の命に斟酌する余裕がある程度にしか、力を発揮していないのでしょう」
「っっ!!」
オーシャンの言いたい事をようやく理解した海燈は、息を飲むと同時にこめかみから一雫の冷や汗を垂らす。
「今回の騒動、黒幕はこれだけの戦力を投入しておきながら、未だ真の目的は見せていません。……その目的如何では、彼が本気を出す事もあるでしょう。その時、あまり近くに居過ぎると……」
「巻き込まれる、と?」
言葉の続きを引き取った海燈に、オーシャンは頷いてみせる。
「彼と肩を並べるつもりなら、引き際は十分に心得ておいて下さい」
「……自分はそれほど、驕りはしません」
「分かっています。ただのお節介ですよ」
微笑みを崩さないオーシャンに、海燈は敬礼だけ返し、自分の隊を連れて先に出動した。
「……難儀な物ですね。人の心とは」
その背中を、オーシャンは同じ微笑みのまま、ただ見送った。
+*+*+*+
「招待状も寄越さず勝手にパーティーを始めるとは、あの男も随分と品の無い真似をするようになった。真白に農場を潰されてから、よほど余裕が無くなったと見える」
各所で戦火の上がる街を本部基地のヘリポートから見下ろしながら、アイラ・ベルベット将軍は鮮やかなその炎髪を掻き上げる。
獰猛に犬歯を剥き出して笑っていながら、目だけは笑わず奈落の底まで見通す様な鋭い眼光を放っていた。
「将軍。真白くんには当初の予定通り、遊撃を?」
その後ろから、遠慮がちなれど確信を込めた問いが聞こえる。
「……ん? ああ、居たのか那珂多」
「い、一緒にヘリポートまで来たんですが…」
まるで今その存在に気付いたと言わんばかりのベルベットの反応に、那珂多は悲しげに眉尻を下げ苦笑した。……一応彼も、豪塚らと同じ大佐である。
「そうだな。本来の予定より大幅に前倒しとなったが、敵がコチラの分散、足止めを狙ってくれるなら寧ろ都合が良い。そろそろ名無しの連中を炙り出す頃合いだと思っていた所だ。あちらが物量作戦なら、こちらは最少最強のカードで首元に切り込むまで。本部基地の管轄で現界したアルミリスは私の第一を主軸に制圧してやろう。なに、最近は役所仕事ばかりでなまっていた所だ、肩慣らしには丁度いい」
那珂多のツッコミを完全にスルーしたベルベットは、何事も無かったかの様に戦場へと意識を戻して会話を続けた。
「………かしこまりました。では、私はいつものようにサポートに回らせて頂きます」
もはや何も言うまいと、那珂多もまた本題に戻る。……その瞼の端にキラリと光る物が見えている気がしないでもないが、彼は軍人だ。きっと汗か何かだろう。
「ああ。任せる」
「はっ」
あまりに短い命令だが、それこそが絶対の信頼を示す証であり、また、アイラ・ベルベット将軍率いる最強の部隊、”第一執行部隊"擁する本部基地に於いて、那珂多大佐というもう一人の司令官が存在する理由でもある。
「さあ、狩の時間だ」
猛り狂う闘志を漲らせ、ベルベットは静かに開戦を告げた。
お読み頂き感謝の極み。
相変わらずのバラバラ投稿すいません……。
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