覚悟の証明④
「……ねえ、前から思ってたけど、アンタの私服って兄貴の趣味?」
「そうだね。身の回りの物は、基本的に鷹二さんから支給されてるから」
「どうりで微妙に鼻につく格好してると思ったわ。じゃ、今日は私が選んだげるから、ありがたく買って帰りなさい」
「ええ……大丈夫?」
「どういう意味よ!?」
何だかんだで、姫歌と戒理は擬似デートを楽しんでいるように見えた。
一応、心那が事前に二人へ送っておいたコース通りのルートを進んでいる。今はオシャレな店が並ぶファッション街で、その一角にあるセレクトショップに立ち寄っていた。
完全に油断し切っている、訳では無い。
何故なら、これは悪魔で『デート式護衛シミュレーション』。当然のことながら、予想するまでも無く彼と彼女にはこれから人為的な厄災が降りかかる。
その証拠に、実行犯達は、今も二人を監視できる位置で固唾を飲んでその時を待っていた。
「セイバー1、準備は良いですか? ファーストアタックポイントはすぐそこです」
『お、おう。……でもよ、マジでやんのか? ここ、普通に街中なんだけど……』
「問題ありません。絶対に一般人には被害が出ませんから。容赦無く襲撃して下さい」
『いや容赦はするからな!? あいつらクラスメイトだぞ!?』
イヤホンマイク越しにツッコミを入れたのは、セイバー1こと第一襲撃部隊の隊長、牧瀬秀一である。例に漏れず彼もまた、一般人に溶け込むため休日らしくポロシャツにジーパンというラフな私服姿だ。
そんな彼に指示を出しているのは、言うまでも無くこのシミュレーションの発案者である心那だ。
「そんな余裕あるんですか? あなた方の勝利条件は、西院姫歌の急所にペイント弾を当てるか、訓練用ナイフに塗った塗料を付着させる事です。そして敗北条件は、黒守さんに何らかの形で一撃貰う事です。少しでも気を抜けば、即座にリタイアなんですよ?」
『そりゃそうだけど、多勢に無勢だせ?』
「それでも守れると判断されているから、彼は彼女の守護者なんて呼ばれているのです。ご存知でしょう? 黒守さんは人型機鋼兵。本気を出せば、人体程度一撃で破壊できる生きた兵器です。触れられればその時点で“死ぬ“。それくらいの心持ちで臨んでください」
『うっ……りょ、了解』
以前の秀一なら、もっと無鉄砲に食い下がっていただろう。
だが、彼は今までの彼では無い。徹底的に調きょ……訓練された秀一なのだ。たとへ相手が自分より年下で遥かに小柄な少女と言えど、その言葉の重みは比喩抜きで骨身に刻まれている。
「それで良いのです。……おっと! 二人が店を出ましたよ! セイバーチーム! GO!!!」
『『『イ、イエッサー!!』』』
秀一率いるセイバーチームの面々は、犬の如く従順に心那の命令を遂行しにかかる。
セレクトショップを出た戒理と姫歌は、小さな路地を曲がろうとしている所だった。恐らく、大通りから外れた路地の間がファーストアタックポイントなのだろう。
「黒守、西院、すまん!!」
そこに、ビルの上から前衛組の秀一ともう一人の男子生徒が飛びかかる。勿論、二人は陽動も兼ねており、路地の前後には訓練用のハンドガンを構えた女生徒二人が控えている。前衛組の襲撃を退けても、その油断を後衛組が突く二段構えだ。
オーソドックスだが、それ故に有効な布陣でもある。
「ははっ……流石に、ちょっと舐め過ぎ、かな?」
……が、その呟きが虚空に溶けると同時に、前衛組の二人は無力化された。
「「っっっっっ!?」」
上空からの不意打ちという圧倒的に有利な状況だった筈が、気が付けば秀一は路地の後方、もう一人の男子生徒は前方に転がっていた。
カラクリは単純。襲撃の気配を察知した戒理が、武器を振り抜く直前の二人を空中で掴み、投げ飛ばしたのだ。
ただし、その速度は常人のそれとは大きく異なり、正に瞬く間。後衛の二人が引き金を引く暇すら与えぬ早技だ。
「少し我慢して」
「ちょっ!? おまっ!?」
しかも、味方を放り投げられた後衛組が体制を立て直す前に、戒理は姫歌を抱きかかえ(お姫様抱っこ)、全速力で前方に駆け出す。そして……
「ごめんね」
「きゃっ!?」
通り過ぎざま、後衛組の女生徒が握るハンドガンを蹴り飛ばし、しっかり後顧の憂いも絶ってファーストアッタクポイントを難なく通過した。
「っ、くそっ!? 真白とかバーミルトンが化物過ぎて霞んでたけど、黒守のスペックもやっぱイカれてんな!?」
起き上がった秀一は悔しげに彼らの後ろ姿を睨む。
そんな彼に歩み寄って来た心那は、呆れ声を投げかける。
「だから言ったじゃないですか。容赦無く襲撃して下さいと」
「したっつの!! 正真正銘、全力だった。……いや、正確には全力出す前に終わっちまったけどよ」
「まあ、落ち込まなくて良いですよ。ぶっちゃけ、ただの訓練ならともかく、自分だって彼を相手に襲撃を成功させるのは一苦労しますから」
「え? そうなのか?」
あまりにも意外な言葉に目を丸くする秀一に、心那は特に不機嫌になるでも無く淡々と説明する。
「ええ。彼は与えられた守護者というその役割を体現するかの如く、圧倒的に防衛向きなスペックですから。あと、ついでに性格も」
「そ、そうか? でもアイツ、本気出したらパワーとかやべぇんだろ? 攻撃側でもかなり優秀な気がするけど」
「現状彼が使えるレベルのパワーを出せる異能者やアルミリスは、他にも居ます。彼の強みは、ざっくり言えば耐久性と反応速度、この二つ。何も機械の身体故のスペックではある物の、それを自我を持って操れるというのは、襲撃する側からすれば脅威ですよ。言ってしまえば、意思と機動力のある鉄壁…いえ、攻撃手段もある事を加味すれば、要塞と言えますから。自分が訓練で彼を圧倒出来るのは、基本的に攻め手があちらで、経験不足な動きにカウンターで対応しているからです。耐久性はともかく、パワーとスピードは動きが読めれば大した脅威ではありませんから」
「……言われてみれば、確かにそうだな。性格の方は……まあ、あのナイト様っぷりを見てれば言うまでもねぇか」
そう言って苦笑する秀一から心那は視線を外し、独り言のように呟きを漏らす。
「本当に、彼女だけのナイト様でいてくれるなら、文句は無いんですけどね」
「……?」
どこか苛立たしげな彼女の横顔に、秀一は不思議そうに首を傾げる。
「フッ……とは言え、こんな所であっさり終わられても困ります。本番はこれからですから」
「えー………」
だが、一瞬で小悪党のような笑みへ表情を変えた心那にドン引きして、疑問はどこかへ飛んで行ってしまった。
*+*+*+*
その後も、心那の傀儡となった『特専』の生徒たちは、様々なポイントやチーム編成で襲撃を試みた。
時には公園の噴水の前で、接近戦特化のチームが隙間なく包囲し、槍や長剣を突き出して四方から一斉攻撃を仕掛け……
「おっと! そうはさせないよ!」
その全てを、片っ端から戒理の手刀や蹴りによって柄を叩き折られたり、刃を砕かれて無力化され……
「なっ!? そんなのあり!?」
「お疲れ様」
「へ? うわああああああ!?」
『ラ、ランサーチーム、全滅です……』
ついでに噴水が舞う池に放り込まれたり…
『こちらアーチャー1! 弾が、弾が全然当たりません!? 何なのあいつ!?』
時にはハンドガンからライフルまで、中、遠距離特化のチームが、公園を散歩する二人を狙って……
「だ、だから降ろせつってんだろ!? 私は自分で走れる!!」
「いや〜、こっちの方が楽なんだよね」
『姫ちゃん良いなぁ…。お姫様抱っこで逃避行なんて、乙女の憧れだよぅ』
『ちょっとメルティ、じゃなくてアーチャー3! 呆けてないでちゃんと狙撃しなさいよ!?』
『む、無理だよぅ! 戒理くん完全にこっちの弾道読んで死角とか撃ち辛いとこ経由するし、すごい速さで逃げるんだもん! 当たりっこ無いってばぁ!!』
『……はぁ。確かにそうね。あ、もうアタックポイント抜けちゃった…。えーっと、こちらアーチャーチーム。目標を見失いました〜』
背中どころか全身に目が付いている様な戒理の反応速度と機敏な動きに付いていけず、引き金を引く気力すら手放したり……
「お待たせ、姫歌。これで機嫌直してよ。ほら、ね?」
「あ? ソフトクリーム如きでさっきの所業が許されると思ってんの? ……まあ、もったい無いからこれは貰っといてやるわ」
『……こちらアサシン2。目標はクソイチャ付いてやがります。なあ、これもうヤっちゃって良いよな? なあ!?』
時にはワゴン販売のソフトクリーム屋の陰から、隠密特化のチームが隙を伺い……
「悪いけど、ソフトクリームが溶けちゃうから」
「っ!? あ……」
あっさりと戒理に発見され、何も出来ずに脱落したり……と、姫歌に接近する事すら出来ず、悉く撃沈して行った。
「揃いも揃って、予想以上に使えませんね、あなた達」
「「「……(ズーン)」」」
結局、誰一人として襲撃は叶わず、心那から呆れた眼差しと冷め切った言葉を頂戴した。
「ま、それも想定の範囲内です。お陰様で、黒守さんは順調に己の勘違いを加速させている事でしょう。それに……」
と、彼女はそこで一度言葉を切ると、愛らしい顔を邪悪に歪め、仄暗い笑みを浮かべた。
「二人の関係性は自分が思っていた以上に親密なようです。……クックックッ、あれだけ所構わずイチャついていれば、きっとあの方の目にも…フッ、フフフッ……」
「バ、バーミルトンさん? 薄々気付いてたけど、やっぱりこのデートって……」
引き攣った顔で何故かコソコソと問いかけるメルティ。
心那はそんな彼女の様子を気に留める事もなく、饒舌に真意を語る。
「別に、黒守さんの覚悟を鍛え直す為というのは嘘じゃないですよ? ……ただ、都心のこの辺りは本部の管轄。つまり、任務や定期巡回で先輩があの二人のイチャイチャっぷりを目にする可能性が高いということ!! もちろん? 自分の思い過ごしだとは思いますが? 先輩は妙に西院姫歌には甘いと言うか? 若干? 本当に少〜しだけ? 特別扱いしている様な気がしないでも無いので? と言うか、彼女は偉大な先輩に対して余りに無礼な上、会ったばかりのくせに下の名前で呼び捨てにしたり、距離が近すぎるんです! なので、この機会に悪い虫は払ってしまおうとか、ほんのちょ〜っとだけ考えただけですし?」
「楽しそうだな。心那」
「いえいえ、楽しいだなんてそんなぁ〜。自分は悪魔で先輩に余計な負担をかけないよう、勘違い守護者さんのお世話ついでにあの距離感バグり虫を排除すため仕方な〜く貴重な休日を使って差し上げているだけです。全く、手のかかる人たちですよ!」
「すまないな。任せ切りになってしまって」
「とんでもない! 敬愛する先輩の為なら、自分はどんな事でも………ん? 先輩、の、声???」
と、それまで気分良く話していた筈の心那が、まるで石像にでもなったかの如く硬直する。
ギ、ギ、ギ、と、油を挿し忘れた歯車を思わせる動きで後ろを振り向いた彼女は、風に揺らめく見慣れた白髪を視界に捉えて「ドヒャーッッ!!??」と古典的なリアクションを取りながら目を白黒させた。
「ど、どどどどうして先輩がここに!?」
「バーミルトンさん、それは今さっき自分で説明してたよ……」
心那の正面に居た為、先に星が近づいていることに気付いていたメルティは、苦笑いで優しくツッコんだ。
「例の合同小隊の試験運用で、近くを通りかかったんだ。その様子なら、順調みたいだな」
「ふぇっ!? え、ええと、そうですね! 先輩にお任せ頂いたお仕事ですから! 責任持って最後まで全うする所存であります!」
滅茶苦茶に目が泳いでいたが、心那は何とかビシりと敬礼してみせる。……Tシャツにショートパンツというラフなファッションのせいもあって、全く様にはなっていないのが悲しいところだ。
もっとも、星の方には特に彼女の動揺を気にした様子は無い。
「……そうか。とは言え、今日は休日だ。余り肩肘を張らず、自分のためにも時間を使ってくれ。どうせ集めたのなら、クラスメイトの彼らと交流を深めるのも良いだろう」
「え……? あ、は、はい。ありがとう、ございます……」
いつも通り淡々と、けれど、いつもの彼からは些か乖離している様な、どこか違和感のある言葉。
その言葉に困惑しつつも、心那は礼を口にして丁寧に頭を下げる。
星はそんな彼女に一つ頷くと、それ以上何かを言うことも無く、背中を向けて小隊に戻った。
「真白くんて、いっつも無表情だけど、バーミルトンさんには何だがちょっと柔らかいって言うか、優しい感じするよね」
二人のやり取りを側で見ていたメルティーは、頬を淡く桃色に染めてほんわかとした笑顔でそう呟いた。
「自分相手に限らず、先輩は優しいですよ。ただ、自分は出会った時から先輩に甘えて、寄りかかってしまっているので、他の人より分かりやすく気を遣って頂いているだけで。でも………」
遠のく小さな……いや、彼女にとってはずっと大きな背中を見つめながら、心那は何かを憂うような、寂しそうな、複雑な表情を見せる。
「……? でも、どうかしたの?」
「………いえ。何でもありません。行きましょう。次のアタックポイントが、今日の本命。先輩にも彼らの様子は見せれた事ですし、後は、守護者なんて肩書きに甘えている彼の勘違いを、徹底的に打ち砕いて差し上げます」
つい今しがた垣間見せた弱気な表情を払拭する様に、心那はニヤリと不敵な笑顔を見せた。
……その後ろで、さり気なく佇んでいた大人達が深いため息を吐いた事など、気にもとめずに。
お読み頂き感謝の極み。
暫く毎日更新出来るとかほざいた直後から更新遅れまくってマジすいませんでした…。言い訳はしません。全ては私の実力と性格の問題であります!(開き直り)
と言うわけで、次回更新はいつとは申せませんが、なる早かつマイペースに更新していく所存なので、生温かい目で見守って頂けると幸いでございます。
ご意見、ご感想お待ちしております。