世界が交わる街
後半説明回なので、読むのだるい方はサラッと読み飛ばして下さい(^◇^;)
界交歴77年
4月4日
23時33分
C・E・C街選議員、島田洋一郎氏の死亡を確認。
現場の状況と遺体に残された傷口から、鋭利な刃物による背後からの刺殺と推定される。
C・E・C治安維持警察隊―通称「街警」―は、氏の立場、そして、これまでも同様の手口と見られる事件が散発的に続いている事から、何者かによる暗殺と見て捜査を開始した。
街選議員である島田氏は、『 C・E・Cの平和を望み、両人類の友好を深めるべきである』、と言う倫理的な思想を掲げて当選した、典型的な【共生派】議員だった。
当局は暗殺の裏に国選議員を中心とした【離生派】の中でも、過激な思想を持つ派閥が関与しているのではと疑いを強めている。
+*+*+*+
「……て、何よこの捜査資料。凶器が刃物って事以外、何の情報も無いじゃない」
ビル風に揺らされる艶やかな黒髪を抑えながら、西院姫歌は形の良い眉を顰める。
気品を感じる大和撫子とはかく在らんと言える楚々とした美貌の持ち主……で、ありながら、醸し出している雰囲気は刃物の如く尖っており、眉間に皺を寄せると顔が整っている分迫力が凄まじい。
背は低いが均整の取れたその体躯を包むのは、ミリタリーコートの様な腰回りが引き締まったデザインの制服。色は夜でも目立つスカイブルー。膝上丈のスカートも同色だ。
左胸には、蒼い光を護るようにクロスした翼のデザインが刺繍されている。
とうの昔に日は落ち、オフィスから漏れる灯りもまばらになり始めた街の中心部では、彼女と同じようなデザインの制服を纏った男女が、それぞれの持ち場を警備していた。
『仕方無いよ。現場は独立政府の第三庁舎だからね。街警の捜査権じゃ、ろくに現場検分もさせて貰えなかっただろうし』
姫歌の装着したイヤホンから、爽やかに苦笑する声が聞こえる。
チラリと振り返れば、数十メートル離れた持ち場で軽く手を上げる長身の少年が微笑んでいた。
彼の頭髪も、青みがかってはいるが濃い黒。夜闇の中ではその無駄に白い肌が露出した部分だけ異様に輝いて見える。
距離があってなお、その微笑みには異性だけで無く同性すらハッとさせる華があった。
……事実、別の持ち場で待機している女性達はその横顔を見つめながら、ぽーっと頬を赤らめている。仕事しろ。
もっとも、姫歌にとってはチームメイトである以前に、幼い頃から見知っている相手だ。
今更彼相手に、他の女性と同じようにときめいたりはしない。寧ろ、彼の事なかれ主義じみた発言に不機嫌さが増してすらいた。
「なに甘っちょろいこと言ってんのよ、戒理。政府の人間を殺した奴を捕まえてあげようってのに、その政府が邪魔するとか、ホント意味分かんない。…大体、いくら警備の人員が足りないからって、学生の私らまでこんな夜中に投入するとかビビり過ぎでしょ? そんなに怖いなら、こんなでっかいビルじゃなくて、もっと守りやすい小さい建物で大人しく縮こまってれば良いじゃない」
チーム内でのみの通話とはいえ、余りにも歯に絹着せない物言いの姫歌。
そんな彼女を嗜めたのは、戒理と呼ばれた青年とは別の声。
『姫歌ちゃん。お口が悪いよ。この通信だってログが残るんだから、後で偉い人に聞かれたら大変でしょ?』
柔らかな羽毛のようにふわふわとしたその声の持ち主は、数百メートル離れたビルの屋上から、スコープレンズ越しに姫歌達の様子を伺っていた。
光沢のある薄桃色の神をポニーテールにしており、華奢だが女性にしては長身の少女。
大型のライフルを構える為、その長くしなやかな脚が投げ出されている。
地面に伏せているせいで押し潰された、その豊かな双丘がはみ出す様は、なかなかに扇状的だ。
……けれど、彼女を前にして男が皆欲情するかと言えば、意見が分かれる所だろう。
目鼻立ちがハッキリしていながら愛らしさが同居するその顔は、万人が美少女と認める……が、それ故に、その額から頬にかけて刻まれた、稲妻の様な痣の異様さが、より一層浮き彫りになっていた。
それは、彼女の出自がこの世界に由来しない事の、何よりの証明だ。
そんな彼女が待機している方角へ視線だけ向けながら、姫歌は不貞腐れた声を漏らす。
「別に良いわよ。文句言われたら堂々と言い返してやるから。子供に頼らなきゃ自分の身も守れないなんて、恥ずかしく無いんですか? って」
『もう〜、姫歌ちゃん……』
「大体、アンタはアンタで上にへこへこし過ぎなのよ、メルティ。あっちはどうせ私らの事なんて都合の良い道具程度にしか思って無いんだから、こっちも喧嘩腰くらいが丁度良いでしょ」
『それは……け、けど、政府の人たちはともかく、西院課長は私たちに良くしてくれてるし、やっぱり迷惑かける様なことしちゃダメだよ』
「………ふん。あのクソ兄貴だって、連中と変わらないわ。自分の為に私らを利用してるだけよ」
『姫歌ちゃ…』
『二人とも、話はその辺で! すぐに端末を確認してくれ。警戒区域に未登録の飛行物体が侵入したみたいだ。変則的な軌道だけど、物凄い速度でこっちに向かって来る!』
少女達の会話を遮って、戒理の緊迫した声がイヤホンから響いた。
「はぁっ!? 飛行物体ってどういう事よ! 相手は暗殺者じゃ無かったの!? テロリストとやり合うのは、軍の仕事でしょ!」
『多分、地上の警戒が厳重と見て手口を変えて来たんだ。他の事件も気になって少し調べたら、これまでの被害者は政府関係者の中でも、どちらかと言えば裏方の人や、中小企業の経営者ばかり。……でも、前回の島田氏は街選議員で、しかも【共生派】の旗頭だ。だから政府も、僕たちみたいな学生まで投入して警戒体制を引き上げたんじゃないかな』
『誰にも気付かれないよう侵入するのはもう無理だから、正面から強硬手段に出た…ってこと? そ、そんなの無茶苦茶だよぅ』
弱気な声を出すメルティに、姫歌は喝を入れる勢いで声を張り上げた。
「なに縮こまってるの! メルティ! 今こそアンタが活躍する絶好の機会よ! その無駄にどデカいライフルと胸は何のために引っ下げてんの!? ちぃっ!!」
『む、胸は関係無いでしょう!? あと、怖いから舌打ちしないでよぅ…うぅ……」
可愛い顔でヤクザみたいな舌打ちをする姫歌に、メルティは暗殺者改めテロリスト以上に恐怖を覚えた。
因みに、姫歌の胸は小さ……慎ましやかで上品な大きさだ!!
『ふ、二人とも、もっと緊張感を持ってくれないかな?』
戒理は困り顔で二人を嗜めながらも、静かに臨戦態勢を取る。
腰だめに構えたその武装は、中世ヨーロッパの騎士剣を近代的にアレンジした様な大剣だ。
「つったって、あっちが空から来るなら、私ら近接専門の地上戦力に出来ることは、もう避難経路の確保くらいでしょ? それこそビルの中ではとっくに正隊員が動き出してる頃だろうし。多分秘密の地下シェルターか何かにお偉いさんを連れて行ってるんじゃ無いの?」
ぼやきながら姫歌もまた、鈍色に輝くナックルダスター型武装の安全装置を解除する。
『なら、外から出来ることをするまでさ。飛行物体の接近予想地点は……よし』
端末で敵の襲来する方角から大方の当たりを付けた戒理は、ビルの外壁に向かって猛然と駆け出した。
「あ、あの馬鹿、まさか……?」
姫歌が驚愕と呆れの入り混じった顔で見つめる中、戒理は壁に激突する直前、通信に乗らない思考のみの声で呟いた。
第壱錠 解錠
戒理の足元が、音を立てて爆ぜる。
……その直後、姫歌の瞳が捉えたのは、第三庁舎の三階辺り、地上十メートル以上の地点を更に上へと駆け上がる、彼の姿だった。
全身から淡い蒼白い光を放ち、天へと昇って行くその様は、本来地に落ちる筈の流星が宙に帰って行くかの如く。
「うわ、何あれ…あいつ、完全に人間辞めてるわね。引くわぁ〜」
姫歌はドン引き顔で戒理の背を見つめる。
(……まあ、あの事故で、身体の半分以上人間じゃ無くなったんだし、あれくらいの恩恵が無くちゃ、割に合わないわよね……)と、姫歌は僅かな胸の痛みと共にひとりごちた。
だが、彼女がそんな呑気な事を考えていられたのは、そこまでだった。
地上まで届くほど激しい、ターボの轟音を唸らせ、敵が襲来したのだ。
「う、嘘でしょっ!? あんな規格の機鋼兵装なんて、軍でもまだ開発されて無いわよ!?」
目を剥く姫歌の視界に飛び込んできたそれは、背中に装着した黒い機械の翼から、蒼白い光をジェットエンジンの様に噴出していた。
武装は腰に差した、漆黒の刀のみ。
身を守る鎧は無く、闇に溶ける様な黒の装束に、同じく黒のコートを纏っている。
そして、頭をすっぽりと覆う、無機質な仮面もまた黒。
その姿は正に、"影"その物だ。
『迎え撃つ! メルティ!僕の事は気にせず撃ってくれ! 被弾しそうになっても避けて見せる!最悪、当たっても大抵は修して貰えるから大丈夫だ!』
常人が口にすれば気でも触れたかと言われそうなセリフだが、現在進行形で人外の身体能力を発揮してビルの壁面を駆け上がっている彼の言葉には、問答無用の説得力があった。
『わ、分かった! けど、凄い速度で狙いが定まらないよ!?』
『一秒、いや、その半分が限界かもしれないけど、敵の動きは僕が止める!』
『りょ、了解!!』
冷や汗を流しながらも、ビルに接近する敵をスコープで捉え、しっかりとライフルを構えるメルティ。
黒い翼の"影"は、少しもスピードを緩める事無く、ビルの一点を目指して突っ込んで来た。
戒理もまた、意地でも間に合わせて見せると言わんばかりに、スピードを上げて駆け上がる。
そして訪れる、激突の瞬間。
「ぜぁぁぁああああああっっっ!!!!」
"影"がビルに突っ込む直前、見事にドンピシャで割り込んだ戒理は、敵を叩き落とす様に上段から大剣を振り下ろす。
「……」
気合一閃を放つ戒理とは対照的に、"影"は無言で漆黒の刀を抜いた。
一切無駄の無い洗練された抜刀術によって閃いた刃は、その細い刀身でしかと、人外の膂力で振るわれた大剣を受け止め切る。
ガキィィィン!!… と、金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。
その直後、激突の衝撃で、戒理が踏み締めるビルの壁面がたわみ、大量のガラスが砕け散っていく。
「っっっ…!?」
渾身のタイミングで放った斬撃が安易と受け止められた事に戒理は歯噛みするも、自分の狙い通りの状況で冷静さを欠いたりはしない。
すぐさま刀を握る敵の手を掴み、その動きを制限しにかかる。
「今だっっ!!」
『りょ、了解っ!!』
メルティは照準が定まった瞬間、スッ…と、これまでの動揺が嘘の様に冷め切った表情へと変貌し、躊躇い無く引鉄を引いていた。
大型ライフルから、ズパアアアアンッッッ!!!という、鋭くも激しい銃声が鳴り響く。
勝った。
戒理も、メルティも、姫歌もそう確信した、その時。
彼等の敗北が決した。
「っっっっっっっっ!!!!?????」
銃声が鳴り響いた瞬間、敵は掴まれた腕を反転させて逆に戒理を引き寄せ、自分と位置を入れ替えていたのだ。
それも、メルティが放った弾丸の射線に戒理の頭を晒す、絶妙なタイミングと角度で。
「がっっっ!?」
『戒理っ!?』
『戒理くんっっ!?』
着弾の衝撃で外れたイヤホンから、少女達の悲痛な叫び声が虚しく響く。
「……」
地に落ちていく青年を一瞥だけして、"影"は、ガラスが砕け散った窓からビルの中へと侵入を果たしたした。
「くっ……そったれ!?」
姫歌は悔しげにその様を見上げ、一瞬だけ逡巡するも、すぐに落下する戒理の元へと駆けた。
「間に合えええええええっっっっ!!!!」
戒理のようにビルを駆け上がるなんて芸当は出来ないが、脚力を増強する特殊な機構が施されたコンバットブーツから蒼白い輝きを放ち、姫歌はゆうに十メートル近い跳躍を見せて空中に躍り出る。
狙い違わず、最高到達点で自分より遥かに大柄な戒理の身体を抱き止め、そのまま跳躍の勢いを利用して下へと掛かる重力を横に逃がし、衝撃を最小限に留めながら着地する。
……とは言え、70キロ近い重さがある少年が、地上数十メートルから落下して来たのだ。
内部ダメージ軽減機能を持つブーツを装備していても、接地した際に足を襲う衝撃は凄まじい。
「痛ったああああああああ!?」
強烈な摩擦に足元から火花を散らし、どうにか着地に成功した姫歌は涙目で叫ぶ。
そして、潤んだ瞳で八つ当たり気味に腕の中に居る戒理を睨んだ。
「くっ……せっかく死ぬ思いで助けたのに、フレンドリーファイヤでくたばったりしたら、もう一回ぶっ殺すわよ!?」
悪態を吐きながらも、途端に不安げな顔になった彼女は、恐る恐る弾丸に撃ち抜かれたであろう少年の側頭部を確認する。
「っ……っっ、ひ…姫歌?」
……と、問題の箇所を見る前に、本人がケロリとした顔で目を覚ました。
「っ! 戒理!? あんた、頭に弾が……ん?」
冷静になってよくよく見れば、頭に弾丸を受けたにも関わらず飛び散った脳漿どころか、血の一滴も見当たらない。
「……ああ、そうか…あの黒いのに引っ張られて、射線に入っちゃったんだ。衝撃で一瞬意識が飛んでたよ。ははっ」
「は、ははっ、じゃ無いわよ!! いくら人間辞めてるアンタでも、頭にライフルの弾食らってヘラヘラしてるのはおかしいでしょ!?」
「お、落ち着いてよ姫ちゃん! と言うか、酷い言われようだな…。ほら、これ見て?」
苦笑しながら戒理が前に翳したのは、皮膚が焼け捲れ上がった手の平。
本来ならグロテスクな有様になっているであろうそれを見て、姫歌は顔を顰めるでも、蒼白になるでも無く、純粋な驚きだけを浮かべる。
その皮膚の内側にあったのは、弾丸が突き刺さり電気の火花を散らす、機械の骨。
「自分でもあんまり覚えて無いけど、反射的だったのかこの身体の安全機構が働いたのか、弾が直撃する前に、何とか手で防いだみたいだ」
「ま、マジで人間じゃねぇ……あと、次また姫ちゃんなんて呼んだら、今度こそその頭にド弾ぶち込むわよ」
驚きから呆れ、そして安堵から苛立ちと、コロコロ表情を変える姫歌。
心配される側である筈の戒理が、何故か微笑ましげに彼女を見つめている。
「その言い草はあんまりだけど……たとえ、本当に人間を辞めることになったとしても、僕は君を守るよ、姫歌。だから、こんな事で死んだりしないさ」
歯の浮くようなセリフ、と言うには余りにも真摯な声音。
それは誓いのようでも、懇願のようでもあった。
「いや、そう言うのいいから。無事ならさっさと立ちなさいよ」
……が、その殆どプロポーズの様な台詞に姫歌はピクリとも表情を動かさず、寧ろ更にイラッとした感じで雑にあしらう。
「酷い……まあ、いつもの事だけど」
やれやれと芝居がかった仕草で肩を落とし、さほど気にした風でも無く戒理は立ち上がる。
「姫歌ちゃ〜ん!? 戒理くん大丈夫〜!?」
と、そんな幼馴染み二人のもとへ大型ライフルを抱えたメルティがヨタヨタと覚束ない足取りで駆けて来た。
「ちょっ!? スナイパーが何で地上に降りて来んのよ!? あの黒いのが上から逃げたら、地上からじゃろくに狙えないでしょ!?」
呆れと怒りを滲ませる姫歌のイライラした声音に、メルティはビクゥッ!と身体を震わせ、チラチラと潤んだ上目遣いで二人の様子を伺う。……状況にそぐわない凄まじくあざとさい仕草だ!!
姫歌の舌打ちも切れ味を増す!! ちぃぃぃぃっっっ!!!!
「だ、だから舌打ち辞めてよぅ…。も、もしかして、私が戒理くん殺しちゃったんじゃないかと思って、気が気じゃ無かったんだもん」
「だもん、じゃないわよ! 戦場で仲間が死んで一々動揺してたらキリ無いでしょうが! 後衛のアンタは最後の砦なんだから、もっとどっしり構えてなさい!!」
「ひぃっ!? ごめんなさいっ!!」
青筋を浮かべて女の子がしてはいけない表情で詰め寄る姫歌に、メルティは反射的に頭の上に手を乗せながら膝を折って縮こまる。
姫歌は反社的に舌打ちを連発した。ちぃっ!!ちぃっ!!ちぃぃぃっ!!!
膝に圧迫されたメルティの巨大な双丘がより強調されて何とも目の毒な事になった結果である。
「いや、僕、死んでないんだけど。それに姫歌だって、いの一番に助けに来てくれたじゃないか」
「わ、私は他に出来る事が無かったからそうしただけだし!」
戒理の指摘に姫歌はそっぽを向きながら理不尽な答えを返す。
かと思えば、すぐに表情を神妙に改め、束の間、思考を巡らす様に顎に手を添える。…….そして、何かしらの結論が出たのか、コンバートブーツの機構を再起動した。
「ひ、姫歌ちゃん?」
「奴を追うわ。ターゲットが政府の要人なら、正隊員は迎撃より逃す方を優先させるはず。相当な使い手っぽかったけど、ビルの中に居る内なら私らでも数にものを言わせて制圧出来る。この場合、近接向きが一人でも多く参戦すべきよ」
気合い十分と言わんばかりに拳を掌に打ち付けて、第三庁舎の正面玄関を睨み据えた姫歌は、今にも飛び出さんと前傾姿勢を取る。
「ダメだよ。姫歌」
そんな彼女の肩に手を置き、戒理は彼らしく無い低く厳しい声音で引き留めた。
「……戒理。その手を退けなさい」
「退くのは姫歌、君の方だ。中の状況が分からない以上、姫歌を突入させる訳にはいかない。僕が先に行って様子を見て来るから、ここで待機しててくれ」
「今さっきまで意識飛ばしてた奴のセリフとは思えないわね。そっちこそ暫く大人しくしてたら?」
「そういう問題じゃ無いことくらい、言わなくても分かってるはずだ。本当の意味で最後の砦である姫歌と僕じゃ、生存の優先度が違う。それに……一度剣を交えただけでも分かった。あの黒いのは危険だ。多分、正隊員でも無事じゃ済まない」
「っ、だからこそ少しでも助けられる確率を上げる為に、私が直接乗り込んだ方が良いって言ってんのよ!!」
戒理の言葉が余程癪に触ったのか、姫歌は声を荒げて彼の手を振り払う。
……だが、そこから踏み出そうとはしなかった。
「負傷者が居れば僕が連れて来る。だから、メルティと一緒にここで待機しててくれ」
その脇を通り抜けて、返事を待たずに戒理は第三庁舎の方へと走り去った。
「………くそったれ」
「姫歌ちゃん…」
俯いたまま拳を震わせる姫歌。その痛ましい姿に同情し、メルティは悲しげに眉尻を下げる
「「っっっ!?」」
だが、状況は彼らに一時の休息すら与えなかった。
第三庁舎まであと一歩というところで立ち止まった戒理と、姫歌に寄り添おうとしたメルティが、ハッとした様に同時に顔を上げたのだ 。
「……? えっ!?」
二人の様子を不審に感じた姫歌も、遅れて第三庁舎を見上げる。
……そして、彼らは目にした。
地上約百メートル近い第三庁舎ビルの最上。
そこには、極限まで収束する直前の蒼白い光が突如として出現していた。
「なっ!? 敵は【離生派】の連中じゃ無かったの!?」
訳の分からない状況に思わず叫ぶ姫歌。
「で、でも、あれって!?」
追憶の彼方で、自身を蝕む光景と同じ物を見て、震えながら崩れ落ちるメルティ。
「どうしてこのタイミングで……っ! 皆っ! すぐにビルから離れるんだ!! あの規模の現界が起きたら、最悪倒壊するぞ!?」
呆然としたのも束の間。チームメイトの少女二人だけで無く、第三庁舎の周囲を警備していた者達全員に警告するため、声を張り上げる戒理。
そんな彼らを嘲笑うかの様に、この世ならざる者の顕現によって、凄絶な破壊がもたらされた。
+*+*+*+
C・E・C。
かつてはこの小さな島国の中でも、特に小さな都市でしかなかったこの街は、今や世界の中心と化している。
その理由は、今から77年前、突如としてこの街の空に現れた異界へと繋がる“門”からもたらされた。
揺らめく湖の水面を思わせるその向こうは、この世界とは異なる次元に存在する、もう一つの世界。
名を【アルマ】。
門によって繋がった二つの世界。
偶発的な超常現象なのか、或いは、何者かの意図によって引き起こされた事態なのか。それは77年経った今でも判明していない。
確かな事は、この世界と【アルマ】では理が違うと言うことだけだ。
この世界は”物理法則“に縛られる次元に存在している。
対して【アルマ】は、“概念独一”の次元に存在している。
”概念独一"。
77年前までは誰一人として耳馴染みの無かった言葉だ。その意味する所を一言で説明する事は難しい。
が、例を挙げる事によって、多少は理解が容易になるだろう。
人や獣であれば、魂はあれど、肉も骨も持たない。
物であれば、名と役割はあれど、形を持たない。
つまり、”物理法則"に縛られた次元にある我々の体や、目に見える物、触れられる物が全て元素で構成されているのに対して、"概念独一"の次元にある【アルマ】にある全ては、この世界で言う所の人や物と言った、概念のみで存在が構成されているのである。
ある意味で、我々の住まうこの世界もまた、個人の認識のみで世界が定義されている以上、本質的には同じかもしれない。
けれど、物理と概念。その二つが相入れる事は、現実という隔絶が許さない。
その結果、何が起こったか。
それは当事者にとっては凄惨な悲劇であり、高みの見物をしていた者にとっては喜劇であり、そして……今を生きる者達にとっては、大きな負債であり財産となった。
“門”が開いた時、恐怖に足踏みして慎重な調査から開始したこの世界の住人たちに対して、【アルマ】の住人たち―現在は『アルミリス』と呼称―は、躊躇なく軍勢を率いてこの地に攻め込んだ。
だが、”概念独一“の次元で生まれた実体を持たない彼等が、どうやって"物理次元"にあるこの世界に干渉し、侵攻したのか。
そこには、元素とは異なる何かー『アルマギア』と呼ばれる未知のエネルギーによって引き起こされる、『現界』という現象が関係していた。
世界が繋がって77年。未だ謎に包まれている部分が大半だが、高名な科学者達が躍起になって研究した結果、いくつかの事実は確認されている。
以下はC・E・C独立政府により公表されている、【アルマ】に関する情報の一部である。
曰く、『現界』とは、『アルマギア』が一定値以上収束した際に起こる、概念の物質化である。
曰く、物質化された概念は元素に限り無く等しい素粒子によって構成され、そこには現存する物質とほぼ同等に物理法則が適用される。
曰く、『現界』の際に生じるエネルギーは、収束した『アルマギア』の値に比例し、物理次元に指向性を持たない無差別な衝撃波―つまり、火を伴わない爆発という形で漏出する。
以上の事柄が、何を意味するか。
C・E・Cの前身であった街は、侵攻して来た無数のアルミリスが現界した事で、一昼夜にして荒廃世界を思わせる凄惨な末路を辿った。
至る所で巻き起こされた現界による爆発で、殆どの建物は倒壊し、廃墟と化す。
その内外に居た人々は死に絶え、無事な場所を探す方が困難な有り様。
当然、現界によって実体を得たアルミリス達は侵攻の目的を果たす為、手当たり次第に生き残った人々を狩り尽くさんと暴れ回った。
彼等の姿は外見も大きさも個体によって様々で、限り無く人に近い輪郭の者も居れば、フィクションの世界にしか存在しないはずの獣を模した化物の様な者まで様々だ。
外見に現れる唯一の共通点は、アルマギアが漏出した際に生じる、蒼白いスパークを纏っている事。
そして、 一様にその肉体はこの世界の生物を遥かに凌駕する強靭さを誇り、当事の街の治安維持を務めていた警官隊の装備では、とても太刀打ち出来なかった。
その結果、街の人口は危うく一割を切る寸前まで追い込まれる。
だが、この世界の人類にとって幸運だったのは、一方的な蹂躙が長くは続かなかった事だ。
その最大の理由もまた、現界の性質に由来している。
第一に、言わずもがな物理的にこの世界に干渉出来るようなった彼等には、当然物理側からの干渉、つまり兵器による攻撃が有効だった事だ。
各国は異世界からの侵略者達に自国まで支配の手が伸びるのを恐れ、軍事的協力を惜しまなかった。
”概念独一“の次元という、“物理法則”に縛られたこの世界より高次元の様に感じる世界から来たアルミリスだが、文明の発展自体はこの世界より遅く、科学技術と呼べるような物は一切持ち合わせて居ない。
故に、戦闘区域から一般市民の避難が完了し、ロケットランチャーや戦闘機のミサイルなど、高威力の戦術兵器が投入される事で、戦力は拮抗した。
また、アルミリスの性質として、上空を覆うようにして開かれている”門“の直下より外の範囲、つまり、街の外には出られないことも、この世界の住人にとって幸いだった。
その理由は、アルマギアの枯渇により、現界の維持が出来なくなるからだ。
アルマギアは、【アルマ】からこの世界に流れ込んで来ている。故に、“門"より離れれば離れるほど拡散し、現界の維持に必要な量の供給が為されなくなってしまうのだ。
が、だからと言って当時のこの世界の人類に油断は許されなかった。
"門"について、何一つ解明出来ていないのだ。もしかしたら世界を覆うほどに拡大するかもしれないし、全く別の場所に新たな“門”が開いてしまう事だってあり得る。
万が一、先進国全ての都市機能が不能に陥れば、人類に未来は無くなってしまう。そうなる前に、手を打つ必要があった。
【アルマ】からの軍勢は、時間が経つほどに”門“が開いた直後ほどの勢いを失い、新たに現界するアルミリスは、徐々にその数を減らしていた。
これを好機とみた各国政府により、戦略兵器の投入、具体的には、絨毯爆撃で地上に限界したアルミリスを一掃し、その隙に“門”から【アルマ】へ核ミサイルを撃ち込む、という、殲滅作戦を決行しようとしていた。
これが実行されていた場合、果たして“概念独一”の次元で核兵器がどう作用したのかは、今となっては誰も知るよしも無い。
何故なら、この世界間戦争は、絨毯爆撃で地上戦力が一掃された直後、【アルマ】側の降伏をもって終結したのだから。
それは、降臨、と呼ぶに相応しい光景だった。
絨毯爆撃を終え、戦闘機が離脱して空っぽとなった空に、蒼い太陽が現れたのだ。
それまで観測されていた現界とは、桁違いの規模で起こったその存在の顕現に、街を取り囲むようにして配備されていた連合軍の誰もが、そこが戦場であることすら忘れて呆然と見上げていた。
『我々に、貴方達を傷付ける意思はもう無い』
その声のような何かは、世界中の人々の頭の中に突如として響き渡った。
実際に聞こえていたのは理解不能の言語らしき音だったが、その意味だけが頭の中に刻まれて行くような不可思議な感覚を持って、その存在の意思は伝えられる。
『生き残った同胞の命以外に、我々に差し出せる物があるなら望むまま差し出そう。故に、どうか矛を納めて欲しい』
そちらから攻め込んで来ておいて、あまりにも勝手な言い分だと切って捨てればそれまで。
だが、各国のトップ達はこの提案に頷いた。
仮に、核を【アルマ】に打ち込んだ所でどれほどの効果があるか全く分からないのだ。……万が一残存勢力がより苛烈な報復に出た場合、次はこの小さな都市だけでは済まないかも知れない。
交渉により一時的にでも和平協定が結べるのなら、相手を知る時間稼ぎの意味でも望ましかった。
更に言えば、深刻なエネルギー資源の枯渇に喘いでいたこの世界にとって、異界のエネルギー資源、アルマギアが手に入る好機を、逃す手は無いという打算もあった。
結果的に、現代の C・E・Cで人類とアルミリスの共生が成り立つ最たる理由が後者である事は、言うまでも無いだろう。
そうして、各国政府で協議の結果、【アルマ】の全面降伏を受け入れた人類。
声の主である蒼い太陽は、そんな彼等に感謝を述べ、"門"へと帰って行った。
それから間も無くして、まるで天の使いの如く、"門"から地上に、人型の何か が降り立った。
数百、数千、……いつの間にか一万近く降り立ったそれらは、連合軍が固唾を飲んで警戒している前で、蒼い光の収束と共に、人の姿となった。
まるで神話の様な光景。
この地に降り立った彼等の末裔は、今もこの世界の人類社会に、大きな混乱と繁栄をもたらし続けているのだった……。
お読み頂き感謝の極み。
次話は明日投降します。
ご意見、ご感想等お待ちしております。