覚悟の証明③
「待った?」
「いや、今来た所だよ」
晴わたる空の下、C.E.Cの都心部にある、小洒落た商業ビルのお膝元で、一組の男女が待ち合わせをしていた。
天に揺らめく“門“に陽光は遮られることも無く、時計台の下で微笑む二人の横顔を照らしている。
カジュアルなジャケットと、細身なチノパンに革靴を合わせた王道デートルックを着こなしている少年は、正に少女漫画の登場人物と言った具合の爽やかな相貌。
対するは、大和撫子然とした艶やかな黒髪が似合う、楚々とした美貌の少女。袖の無い白いブラウスと膝下丈のロングスカートというシンプルな装いが、より彼女の品のある美しさを引き立てている。
男女問わず、彼らの前を通り過ぎる人々は皆、あまりにもお似合いなそのカップルに目を奪われ、足を止めていた。
「じゃあ、行こうか?」
そう言って、少年の方から手を差し伸べた。遠目に様子を伺っていた女性達が、「きゃあっ!」と小声で黄色い歓声を上げている。
「うん……」
そして少女の方も、少年に向けてその華奢な手を伸ばす。遠目と言わずすぐ側ですら呆然と少女を見つめていた紳士達から、「ぐぬぬっ!? イケメン死すべし!!」みたいな濁ったオーラが漂い始める……。
もっとも、それも長くは続かなかったが。
「……じゃ、ねぇえわよ!!!!」
「ぐふぅぅっ!?」
「「「っっっっ!!??」」」
突如、少女がその清楚な装いとは真逆の鬼の形相で、少年の鳩尾に拳をめり込ませたから。
「な、何するんだよ、姫歌……」
実際には痛みなど無いのだが、鳩尾を殴られたという認識はある為、その少年ー戒理は、条件反射で腹を押さえて蹲る。
因みに、彼の身体はその殆どが機械で構成されているものの、衝撃吸収と人間的外見の維持という観点から、人工筋肉と人工皮膜に覆われているため、殴った方の少女ー姫歌には、大したダメージは無い。
「いや、どう考えてもおかしいでしょうが!? 何が悲しくてアンタと私がわざわざ休みの日に待ち合わせして、カップルごっこしなきゃならないのよ!?」
「それは…」
「はいはい、開始早々、何を痴話喧嘩しているのですか? さっさとデートを進めてくれないと、いつまで経っても終わりませんよ?」
そんな彼らの前に現れたのは、いつもは下ろしている真紅の髪をポニーテールに纏めた小柄な少女ー心那だ。
執行部隊の隊服や官学の制服はきっちりと着こなしている彼女だが、意外にも私服はTシャツにデニムのショートパンツ、大ぶりなデザインのスニーカーと、若者らしいアクティブなコーディネート。背も低く華奢ながら、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、愛らしい顔とはアンバランスなそのスタイルが強調され、姫歌に負けず劣らず人目を引いている。
「痴話喧嘩じゃねーよこの恋愛脳メンヘラトマト!! つーか、こんな事して本当に意味あんの!?」
「誰が恋愛脳ですか! あと、その胡乱な呼び方は止めろと何度も…コホン。いえ、取り敢えず今日はそれについては不問としてあげます。このままじゃ肝心のデートが進みませんから」
「あのさ、バーミルトンさん。僕の為に考えてくれたのは分かってるんだけど、やっぱり姫歌が乗り気じゃ無いなら、他のやり方にした方が……」
「あら、良いのですか? 彼女を守る上で、デートというシミュレーションは最も現実的でかつ、貴方一人の力が試される状況ですよ? それに、せっかくクラスメイトの皆さんがお休み返上で快く協力して下さっているのに、その気持ちも無碍にすると?」
「うっ……」
片耳に付けたイヤホンをコツコツと指でつつく心那の言葉に、戒理は反論を飲み込んでしまう。
そう、戒理と姫歌は、別に好き好んでわざわざデートの待ち合わせをしていた訳では無い。
これは、戒理の“覚悟“を鍛え直す為に心那が企画した、『デート式護衛シミュレーション』なのである。
その概要は、普通のカップルが過ごすような日常の中で、クラスメイト(一部他)扮する襲撃役から姫歌を丸一日守り抜くという、実に単純なものだ。
「いやいやいや。何で言い負かされてんのよ。と言うか、快く協力した奴なんて一人も居ないわよね? 大方全員、断ったらアンタの地獄の訓練がエスカレートすると思って、ビビっただけでしょ?」
『『『っっっっ!!』』』
ビルの影、植え込みの向こう、ベンチの裏などなど…至る所からビクッ!! と、身を震わせる気配が漂う。どうやら大正解のようだ。
「はて、何のことでしょう? 自分はただ、尾行や奇襲もまた現場で必要な技術ですから、この機会に養っては? と言っただけです。……まあ、襲撃に成功したチームには少〜しだけ週明けの訓練で優しく指導して差し上げるかもしれませんが」
「完全に贔屓すること匂わせてんじゃねーか!! 汚ぇ!! この女、クソ真面目な皮被ったただのクソビッ◯かよ! と言うかお前ら、揃いも揃って私らを売ったんかい!? それでもクラスメイトか!?」
『『『………』』』
今度はそこかしこから気まずそうな気配が漂って来た。色んな意味で残念なクラスメイト(笑)達である。
「クソ◯ッチとは何ですかお下品な。エサをちらつかせて能力を引き出すのは調きょ……訓練の常套手段です。妙な言いがかりはやめて頂きたい」
「今完全に調教って言いかけたわよね?」
「さあ? それより、いつまでこんな所で駄弁っているつもりですか? 黒守さん。さっさとこのじゃじゃ馬をエスコートして、デートを進めて下さい」
「人の話聞けよ!!」
喚く姫歌をスルーして、心那は戒理に視線を向けた。
言動はともかく、その眼差しはあまりに真摯で、戒理はこのシミュレーションが本当に自分に必要なのだと悟る。……実は、心那には心那で別の思惑があるので、必ずしも彼の為だけと言う訳では無いのだが、当然、戒理には知るよしも無い。
「……姫歌、付き合わせて悪いけど、今日一日だけ我慢してくれないかな? このままじゃ、守護者なのに僕だけ別のクラスに転科させられそうだし。僕自身も、改めてしっかり覚悟を示したいんだ」
「ちっ、マジで乗せられてんじゃねーか……。あ〜もう分かったわよ! やりゃ良いんでしょやりゃあ! その代わり、ちゃんと今日一日で結果出しなさいよ! 出来なきゃ、スクラップにして廃棄物と一緒に埋めてやるから覚悟しとけ!」
やけくそ気味にそう言い放った姫歌は、づかづかと一人歩き始める。
方向的にきちんと心那のプラン通り進んでいる辺りが、何とも根が真面目な彼女らしいと思い、戒理はクスりと笑みを漏らしてすぐに後を追いかけた。
「ありがとう。姫歌」
「うっせ」
追いついて礼を言う戒理の背中を軽く小突いて、姫歌は大人しく彼の隣を同じペースで歩く。
二人の後ろ姿は、やはりどこからどう見ても、お似合いのカップルその物だった。
「………ふっ、計画通り!」
そんな彼らの背中を見送った心那は、思わず邪悪な笑みと共に不穏な呟きを漏らす。
『『『(うわぁ……)』』』
もちろん、優秀な集音機能付きイヤホンはその呟きをバッチリ拾っており、通信が繋がっている戒理と姫歌以外のクラスメイト達は、揃ってドン引きしていた。
何故なら、彼女がこの『デート式護衛シミュレーション』の舞台にわざわざ都心を選んだ理由を、事前にプランを聞かされた際の言動の端々から、薄々気づいていたから……。
お読み頂き感謝の極み。
相変わらず一話が短めで恐縮ですが、もう少しの間は毎日投稿出来そうです。…多分。
暫くしたら、一話は長めになると思いますが、週一〜週二投稿くらいのペースになるかと思われます。
気長にお付き合い頂けると嬉しいです。
ご意見、ご感想お待ちしております。