混沌の使者
C.E.Cは、今や世界の中心的な都市へと発展したが、歴史はまだ浅く、それ故に日の当たらない場所も多い。
軍と街警が常に目を光らせているとは言え、アルミリスと人間の軋轢、或いは互いを利用しようとする思惑など、様々な事情が絡み合った結果、裏社会は世界でも類を見ないほど混沌としている。故に、軍は東西南北に基地を構え、街警は学生隊員にすら武装させているのだ。
そして、今まさにその混沌が、街の表側すら侵食しようとその影を伸ばしていた。
「参りましたね……。情報通り、例の守護者は戦闘力のみで脇の甘い子供でしたが、まさか、あの白い悪夢が介入して来るとは」
カラン、と、涼やかな氷の音を響かせ、琥珀色の酒が注がれたロックグラスを傾けるその男は、参ったと口にしながらも、どこか愉快げだった。
高級外車の塗装を思わせる嫌味なほど美しいオールバックの銀髪、鋭いが整った相貌、……そして、こめかみを走る稲妻の様な痣が、彼に流れる異界の血を容易に想像させる。
だが、その特異な容姿も相まって、古めかしい地下のバーで酒を飲む姿は、酷く似合っていた。
「あまり虐めてくれるな。Mr.V。……我々にとっても予想外だったのだ。仕方あるまい。何でも、直前に西院鷹ニが根回しし、官学に通わせ始めたらしい」
Vと呼ばれたその男は、一人では無かった。
一つ空席を挟んだ隣に座るのは、一見地味なスーツ姿の男。容姿も至って平凡だ。Vとは明らかに対照的。小洒落たバーより、居酒屋が似合う雰囲気だ。……実際、彼は日常の殆どをしがない役所の職員として過ごしている。
だが、話し相手であるVに、彼を侮る様な素振りは一切無い。寧ろ、一定の敬意を払っているようにすら見える。
「虐めるなんてとんでも無い。ただの愚痴です。彼には私とて幾度も煮湯を飲まされましたから。念の為、事前に軍本部の管轄外のルートであることも調べた上で、刺客を送り込んだんですがね。まさか、彼の通学路だったとは、流石に予想出来ませんでしたよ」
「アルミリスを殺す事しか考えていないあの化け物を、無垢な子供達の中に放り込むなど正気の沙汰とは思えん。まさか、こちら側の情報が漏れていたとは考えたく無いが……」
「情報漏れに関しては恐らく心配無用でしょう。詳細については当日まで私と貴方しか知らなかったのですから。西院鷹ニ、あの男は妙に勘が鋭い。テロが起こった段階で、黒守戒理だけでは力不足と判断し、手を打ったと考えるのが妥当です」
「そうか……」
「まあ、それにしても白い悪夢は過剰戦力と言わざるを得ませんがね。……真白星。三年前、その名の通り彗星の様に突如現れ、その圧倒的な戦闘力で、あっという間に個人討伐記録を塗り替えた、最強のアルミリス殺し。最初に噂を聞いた時は、少し厄介な子供が軍に入っただけだと油断していましたが……一年と少し前、彼が白い悪夢と呼ばれるきっかけとなったあの大虐殺で、当事者である私を含め、日陰に生きる者達は皆その認識を改めた。アレは、関わることその物が間違いだとね」
やたらと様になっている仕草で肩を竦めるVの言葉に、スーツの男は苦虫を噛み潰した様な顔で頷いた。
「それはこちらとて同じ。我々の“悲願“が成るその日まで、出来る限り距離を置くつもりだった。実際、あのテロの日までは上手く行っていたのだ! それを、どこの組織から送り込まれたのか知らんが、あの邪魔者が馬鹿な真似をしたせいで台無しにっ!」
声を荒げる男は、怒りに震える手で乱暴にグラスを掴み、中身を一気に煽った。
そんな彼に、Vは水のグラスをさりげなく差し出しながら、言葉の続きを引き取った。
「確かに、今回のことで彼も西院姫歌の周囲を警戒してしまうのは避けられないでしょう。……ですが、今更引き下がる訳には行かない。私も、あなた方も」
「当然だ。今回は功を焦り失敗したが、次は確実に“悲願“への一歩を踏み出してみせる。白い悪夢とて、いくら強かろうと所詮は一軍人に過ぎん。出し抜く手はある筈だ。その為にも、Mr.V。この街の影の王が一人、【n.Less】の主領よ。再び我々に、力を貸してくれ」
「ええ、もちろん。白い悪夢を相手に事を構えるとなれば、相応の犠牲を払う必要があるでしょうが、あなた方の“悲願“は、組織としても私個人としても、是非叶えて頂きたい。その為の助力を、惜しむつもりはありませんよ」
男の懇願に、Vは人好きのする笑みで快く頷いて見せる。
「おおっ! 貴殿に、我らが主の加護があらんことを」
顔の前で横一文字に線を引くような独特の動きで、男はVの為に祈りを捧げる。
……笑顔でそれを眺めるVの瞳の奥に、愚かな家畜を見下ろす様な嘲りが潜んでいるとも知らずに。
お読み頂き感謝の極み
ちょっと短過ぎましたかね? 精進します。
次話は明日投稿予定。そろそろ投稿ペース落ちるかも...。
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