表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

実戦訓練


星と心那が官学に臨時入学して三日。

いよいよ、実戦訓練が行われる日が来た。


今の季節は秋。

一年生の二学期であるクラスメイト達は、基礎訓練課程を終え、先日の様に街警の任務に参加する事も許されている。


もっとも、それは悪魔で()()()()()()()()であり、例えば軍の任務に彼等を参加させる事があるかと問われれば、例え最低ランクの物であっても、監督を引き受ける隊は存在しないだろう。


先日の場合は、暗殺を想定していた警備……つまり、悪魔で不審な侵入者が居ないか見張るのが彼等の仕事だった。


暗殺者がテロ紛いの突入を強行したり、独立政府所有のビル内でA級アルミリスが現界したり、なんて想像の埒外(らちがい)にある異常事態(イレギュラー)が重なった結果、星が率いる第七執行部隊が出動したのだ。


だが、例え通常通りの街警の任務であっても、不足の事態が発生する事は十分にあり得る。


ましてや、官学に通う生徒の中でも、『特専』の者達は半数近くが軍へ志願するのだ。


実戦に対応出来る力を早くから養うに、越した事は無い。





と、いうことで。




「今から一人ずつ、俺と心那を相手に実戦を想定した組み手をしてもらう。3()0()()()()()()()()()()、もしくは、()()()()()()()()()()()()()、合格とする」




実戦訓練が始まった瞬間、前に出た星は、唐突にそう告げた。


「「「…………」」」


騒然とするクラスメイトを見回して、心那はこれでもかと分かりやすいドヤ顔で口を開く。


「どうしました? 怖気付いて声も出ませんか? ま、安心して下さいよ。当然ながら自分達は超手加減してあげますから。一人残らず無傷で地面を舐めさせてあげます」


ふんすっ!……と、擬音が聞こえそうな勢いでふんぞり返る心那。


だが、そこからの反応は彼女の予想とかなりズレていた。


「いやいや、30秒って……」


「掠りでもしたらOKとか、流石に舐めすぎじゃね?」


「ウチらだって、素人ってわけじゃ無いんだけど?」


クラスメイト達は各々に呆れや苛立ちを態度に表す。


彼等とて、実力差がある事は理解している。

登校初日に激昂した心那と、それをあっさりと止めた星の動きを見て、実感もしている。


けれど、それでも相手は自分達と同い年の少年と、一つ年下の少女だ。


曲がりなりにも街警や軍でエリートを目指す『特専』の生徒達は、それなりに自尊心も強い。


特に、入学前から軍属の親兄弟に鍛えられた者達や、自身の境遇を変えようと意気込んで官学に入った者達にとって、星と心那の言葉は看過できない。


事実、半数以上の生徒が、反抗的な目で彼等を見ている。


……が、そんな中。



「やめときなさい。余計に恥かくだけよ」



こんな場面で最も声を荒げそうな生徒―姫歌が、誰よりも冷静に、そう告げた。


「は? 何だよ西院。いっつも偉そうなくせに。ナイト君が守ってくれない訓練だと急にヒヨんのかよ? いくら強ええつっても、あんなチビと年下の女だぞ? 一撃くらい余裕で入れれるっての」


と、クラスの中でもとりわけ体格のがっしりとした黒髪短髪の男子生徒が、姫歌に嘲笑を向けた。


……だが、残念ながら彼に返ってきたのは、どこまでも哀れな子羊を見るような同情の視線だった。


「あ〜うん。何でも良いけど、それ以上フラグ立てない方が良いわよ

?」


「あ? お前何言って…」


「先輩。アレは自分に()らせて下さい」


「ひっ!?」


どういう原理か、真紅の髪を炎の様に揺らめかせる心那が、そこには居た。完全に目が据わっている。


それまで威勢の良かった男子生徒も、一瞬で顔を真っ青に染めた。


「ダメだ」


「何でですか!?」


……が、にべも無い星の言葉に、心那はあっさりと撃沈する。


「お前はもう少し()()()()()()の相手をしろ。()()()()の奴はお前のやり方で訓練を受けても意味が無い。そもそも、担当する生徒は事前にリストを渡しているだろう」


「むぅ……まあ、先輩がそう言うなら」


素直に言う事を聞いてすごすごと引き下がる心那。


だが、散々コケにされた男子生徒の方は引き下がれない。


彼は一瞬でも怯えた事を誤魔化す様に、声を荒げながら前に出る。


「ふ、ふざけんな!? 好き勝手言いたい放題言いやがって!! 俺の親父は軍の執行部隊で十年以上隊長張ってんだぞ!! その親父にガキの頃から鍛えられてる俺が、そう簡単に転がされるわけねーだろ!!」


「お前の父親―牧瀬秀悟(まきせしゅうご)少佐は実績、実力共に優秀だが、 ()()()は苦手らしいな」


「あ゛あ゛!?」


「が、既に実践的な訓練を受けていると言うならモデルケースに丁度良い。牧瀬秀一(ひでかず)。お前から相手をしてやる」


「舐めんなよ……軍の都合でたまたま中佐になれただけのチビ野郎が。そのガキみてぇな(つら)、ぶっ飛ばしてやる!!」


額に青筋を浮かべた彼―秀一は、教員の開始の合図を待たず、星に向かって飛び出した。


口ぶりからも察せる通り、秀一にとって父親は自身の誇りだ。

その父親の教えごと自分を見下す星の発言は、彼にとって看過出来ない物だった。


「はあああああっっ!!」


だが、興奮して真っ向から突っ込んでいるように見えて、考え無しというわけでも無い。


秀一は星から1.5メートルほど手前で踏み込みを(とど)め、腰に差した訓練用の軍刀型機鋼兵装(マギアーム)を振り抜き、真っ直ぐと星の顔面に向けて突き出した。


星は訓練にあたって丸腰で参加している。……正確には、相手に合わせて武器を変える予定だったのだが、指名をした途端に襲い掛かられたので、結果的に素手となってしまった訳だ。


一応訓練用のバトルスーツは拳や関節、急所にプロテクターが施されているが、衝撃吸収は出来ても武装として使うナックルダスターの様な硬度は無いので、素手と変わらないだろう。


ともかく、そんな理由(わけ)で、星のリーチは手脚の長さのみ。


元々大柄で手脚も長い秀一は、更に軍刀の長さを活かす刺突によって、反撃の心配が無い星の間合い外からの攻撃を初手に選択したのだ。


流石は訓練を受けたサラブレッドと言った所か。非常に実戦的な動きだ。


………とは言え。



「なっ!?」


「素人よりはマシ、と言った所だな」


抜刀のスピードをブーストする機鋼兵装(マギアーム)補助(サポート)も受けたその刺突を、星は蚊でも払うように拳のサポーターで横に逸らす。


「どうした? 早く次の手を打って来い。残り25秒だ」


「っっ!! っの野郎!?」


あっさりと渾身の刺突をいなされた事で一瞬呆然としてしまった秀一は隙だらけだったが、星は特に反撃する事も無く、その童顔のせいで可愛らしくすら見えてしまう仕草でコテンと首を傾げる。


秀一は自身の失態に対する羞恥と、余裕を通り越して次の攻撃を待っている星の態度に激昂し、軍刀を振り上げた。


だが、大上段から豪快に振り抜かれたその刃はあっさりと避けられ、そればかりか刃の背、日本刀で言えばソリの部分を踏み付けられ、引き戻せなくなる。


「はっ!? ざけんな!?」


「この近距離で大振りは論外だ。敵に少しでも武道の心得があれば、振り上げた時点で懐に踏み込まれて終わる。フェイントならまだしも、自分の腰より下まで振り抜いてしまえば、ただの隙にしかならない」


「く、くそっ!?」


秀一は地面に踏みつけられたままびくともしな軍刀を手放し、距離を取ろうとバックステップを踏む。


「実戦なら手遅れだが良い判断だ。……だが、残り10秒。タイムリミットだな」


「っ!?」


星は軍刀を拾うと、無造作に投げ付ける。


秀一はそれを避けようと片足を軸に半身を逸らした。……その選択が、()()()という意識すら無く。





「悪手だ。今のは避けるより弾くか叩き落とせ」





「………へ?」




気が付けば、()()()()()()()()()()星に向かって、間抜けな声を出していた。


訓練場の地面から見上げた空は、清々しいほど青い。


「そ、そうか、俺、足を払われて……」


「早く立ち上がれ。次の生徒の邪魔だ」


勝ち誇るでも無く、どこまでも淡々とそう告げた星は、元の位置へと戻る。


その背中を呆けた顔で見送りながら、秀一は今起きた事を反芻した。


(軍刀を避けて、すぐに振り返った瞬間、あいつは俺の視界から消えてた……。いや、違うな。俺の意識が逸れた瞬間に、()()()()()()()()()んだ。多分、避ける時に身体を傾けて視界が半分に狭まったせいで、簡単に背後を取られて、足を払われた。……そうか、確かに弾くか叩き落として居れば、少なくとも視界はそのままの広さを確保出来たんだ)


自身が倒れた理由は理解出来た。言い訳の余地も無い完敗だ。

……だが、そそでふと違和感に気付く。


(……待てよ。手加減されてたのは分かりきってる。けど、そもそも死角を作る様な真似しなくても、多分あいつなら身体能力(スペック)だけで俺を圧倒出来たよな? 実際、自己紹介の時に見せられた動きは、目で追うことすら無理だったし……っ!? も、もしかして!?)


「牧瀬くん。お疲れ様。まあ、相手は現役の軍人だし、仕方無いよ」


「な、なあ、それより聞きたいんだけどさ。あいつ、俺の足を払いに来た時、()()()()()()()()()()()()()()()()()


手を差し伸べてフォローする戒理に、秀一は開口一番そんな事を聞いた。


戒理は僅かに思い出す様な間を置くが、すぐに彼のまさかという予想通りの答えを口にした。


「そうだな……多分、最初に()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かな?」


「っっっ!!!………は、ははっ! はははははっ!! そりゃ一撃も入らねぇわな!! レベル違い過ぎ。本当に同い年かよ!?」


「っ!? え、えっと、いや、そんなに自分を卑下しなくても」


あれだけ威勢よく突っ込んであっさり負けたにも関わらず、突然盛大に笑い声を上げた秀一に、他の生徒達は……ドン引きしている。それはもう、同じ様に自分達が腹を立てていた事を忘れるほどに。


いきなり目の前で奇怪な行動を見せられた戒理は顔を引き攣らせて戸惑いながらも、何とかフォローしようと声をかけた。


その勇気ある行動に女子達は、「黒守くん、やっぱり優しくて素敵…」みたいな感じのうっとりした視線を向け、男子達は「ちっ! これだからイケメンナイト様は…」みたいなヤサグレた視線を向ける。まざまざと星の実力を見せ付けられた事もあり、いつも以上にその瞳は濁っていた。


だが、ただ一人、当事者である秀一だけは晴れ晴れとした笑顔のままだ。


「違う違う。卑下とかじゃ無くて、単純に真白がすげーって話だよ。だって、俺は本気も本気、しかも殆ど不意打ちで襲い掛かったのに、あいつは最初から最後まで俺に()()()()()()んだぜ? こんなのもう、笑うしかねぇだろ?」


「稽古? ……っ! ああ、そう言うことか」


秀一の笑顔の理由を、戒理もまた理解する。


そう。星は終始、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()


それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()


これが"稽古"で無くて、何だと言うのか。


実力や身体能力の差で圧倒するだけなら、教員や先輩、クラスメイトなら戒理あたりにも可能だろう。


たが、16歳の少年とは言え武装した大の男が本気でかかって来て、相手の実力を考慮した()()()()をしながら戦える者など、一体どれだけ居るだろうか?


しかも、その相手は同い年で、体格に至っては自分より遥かに劣る少年だ。……確かに、もう笑うしか無い心境だろう。




「何をぼさっとしている。さっさと出席番号順に整列しろ。呼ばれた者から、俺と心那が相手をしてやる。……山田教員。リストの読み上げをお願いします」



「あ、はい」



それまで訓練用の担当教員……山田が完全に空気と化していた事に、生徒達は今更ながらに気が付く。


……もっとも、二人目以降の訓練が始まってからは、生徒達は自分のことだけで必死になり、山田教員どころか他人を気に掛ける余裕など失ってしまうのだが。



+*+*+*+



「「「…………(ドヨ〜ン……)」」」



死屍累々……と言っても、怪我一つ無いまま、死んだ魚の様な目をして俯いている生徒達。


星と心那に軽々と転がされて、見事なまでにプライドをへし折られた皆さんだ。


秀一と同様、腕に覚えのある生徒は勿論のこと、街警の保安課や軍の執行部隊に志願する『特専』の生徒達は、少なからず皆、自分を特別視していたり、エリート意識がある。


そんな彼等が、同い年の少年と、一つ年下の少女に傷一つ付ける事が出来ないどころか、指導されながら転がされたのだ。茫然自失となるのは避けられないだろう。


星は何の感慨も無い瞳でそんな彼等を一通り見回し、最後の一組となった男女を見る。


「……え〜では、最後に黒守くん。真白くんの前へ。西院さんは、バーミルトンさんの前へ」


「山田教員、彼等の演習は一人ずつ行いたいので、時間が許すなら、まずは俺と黒守からでも構わないでしょうか?」


「あ、はい」


菩薩の如き微笑みで頷く山田教員。最早、星の命れ…お願いに頷くだけの置物と成り果てていたが、彼を気遣う者は誰一人いなかった。


「演習が終わった連中は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……黒守。分かっているとは思うが、これは実戦を想定した訓練だ。()()()()()()()()()()


「言われなくても、真白を相手に手加減なんて考えないよ」


「……理解しているのなら良いがな」


「?」


歯切れの悪い返事に戒理は首を傾げるが、星はこれ以上会話を続ける気は無いらしく、とぼとぼと訓練場の端まで退避する生徒達を確認し、開始の合図と言わんばかりに訓練用の大剣を構えた。


戒理もまた、これ以上の問答は不要と大剣を構える。


そして、己が力を解放する式句を胸の内で唱えた。



第壱錠(エインズロック) 解錠(ブレイク)



全身に充謐したアルマギアの蒼白い光を纏う。


肉体そのものが機鋼兵装(マギアーム)である戒理の、本気の戦闘態勢だ。


「…行くよ!」


地面が爆ぜる勢いで踏み出した戒理は、半分ほど距離を縮めた時点で更に地面を力強く踏む。……すると、その姿が()()()()()()()


並の相手なら、戒理の姿がこの場から突如消失した様に錯覚し、硬直していたかもしれない。


……が、残念ながら今の相手は並と言うには程遠い、悪夢とすら呼ばれる規格外だ。



「実戦で、宣言してから飛び出す馬鹿が何処に居る」




星はいつもの無表情のまま動揺する事も無く、()()()()()()()()()大剣を振るう。




ガキィィィインンッッ!!……と、強烈な金属音が響き渡り、いつの間にか戒理が吹き飛ばされていた。




「くっ!? ……やっぱり、そう簡単に先手を取らせてはくれないか」



戒理は二度目の踏み込みの時、上空に舞い上がったのだ。

そして、重力の力も借り、星の頭上から急降下して斬り込んだ。


正面からでありながら奇襲に近い、この訓練形式の中では理想的な形での初手だった。……が、星の予想と反応速度を上回る事は出来なかった。


しかも、星は斬り払いで戒理を吹き飛ばし、強制的に距離を取らせた事で、急襲からのニの太刀も許さなかった。


たった一合、刃を合わせただけで、圧倒的な実戦経験の差を思い知らせたのだ。


「やはり理解していないようだな」


「っ……さっきから何をっ」


「俺は必要な能力を出し切れと言った筈だ。お前の()()がその程度ではない事を、俺が知らないとでも?」


「……僕は、本気で斬り込んだ」


「本気かどうかなど知るか。()()()来いと言っている。今のお前の攻撃は、身体強化タイプの異能者(マギクス)でも再現出来る程度の物でしか無い。……人の枠に収まったままで、お前の守りたい物は守れるのか?」


「っっっ……!! それでも、僕はっ!!」


頭をよぎったのは、不快な朝の挨拶をして来た少女の言葉。


……違う。真に自分を責めているのは、他の誰でも無い、自分自身だ。






―――本当に、今のままでいられると思っているのか?






「っ、ぜああああああああああっっ!!!!」



その全てを振り払うように、先程より更に凄まじい踏み込みで地面を踏み砕き、戒理は神速もかくやという勢いで袈裟斬りを放つ。


まともに受ければ訓練用とは言え大剣ごと斬り飛ばされそうな威力だ。



「……馬鹿が」



その時、感情の乏しい星の口から、僅かに苛立った様な呟きが漏れた。


「がっ!?」


そう認識した時には、交錯した刃の奥から飛び出した星のつま先が、戒理の顎を打ち抜いていた。


「ぐうっ、っ!?」


何とか倒れず踏ん張ろうとするも、体制を整える事に意識を裂き過ぎたせいで、大剣を握る手が宙ぶらりんとなった。


その隙を、星は見逃さない。


手首を取り、自身の後ろへ引きつつ、ガラ空きとなった戒理の腹部へ容赦無く膝を撃ち込み、間髪入れず大剣の柄で背中を打ち据え、地面に叩き伏せた。


「がっ!? …….く、そ……」


「……」


相変わらず星の表情は動かない。


……だが、無言で戒理を見下ろすその視線に、明らかな侮蔑が含まれている事は、一目瞭然だった。


「うわ、きっつぅ……」


「ちょっと、やりすぎじゃない?」


「お、俺らの時と全然違くね? 黒守がサイボーグだから、多少ハードにってのは分かるけどよ……」


ただ指導されながら転がされただけの自分達とは明らかに異なり、完膚なきまでに叩きのめされた戒理。


彼へ向けるクラスメイト達の同情的な視線、……そして、星に対する怯えや非難の視線は、至極真っ当な反応だ。


「ちょっと! 貴方達、その態度はっ」


だが、心那はそんな彼等の反応を、指導する側である星に対しての無礼な振る舞いと感じたのか、声を荒げる。


だが、その声を遮るように、自ら前に出た者が居た。




「ほら、どいたどいた。ただでさえ後回しにされて待ちくたびれてんだから、さっさと場所空けなさいよ」




いつも通りの尊大な口調。けれど、何故か自然と背筋を伸ばしてしまう様な品を感じる、凛とした声音。


訓練場に響いたその声の主―姫歌は、不機嫌そうに腰に手を当てて、星と戒理に半眼を向けている。


「……ああ。失礼した。心那、彼女の相手を」


「は、はい!」


星の方もいつも通り、姫歌の態度に取り合わず、淡々と頷いて彼女とすれ違う様にクラスメイト達の元へ向かう。


自分の言葉を遮られた心那は、一瞬だけ釈然としない表情を見せたものの、星の指示に従わないという選択肢は無いらしく、素直に姫歌の後に続いた。


「……」


戒理はそんな彼等を尻目に、俯いたまま無言で立ち上がり、クラスメイト達とは少し離れた壁際へ向かおうとする。


「はぁ〜、ったく…おい!」


「わっ……と、姫歌?」


その背中を、姫歌はバン!と、音が鳴るほど強く叩いた。


思わず振り向いた戒理。その顔に浮かぶ、ただ悔しげなだけでは無い複雑な表情を見て、姫歌はもう一度、「はぁ〜〜〜」と深いため息を吐いた。


そして、不機嫌そうな顔を更に苛立たしげに歪め、ハッキリとこう口にした。


「ウザい」


「え、ええ……?」


「「「(ええ〜……)」」」


戒理は思わず戸惑った顔で、クラスメイト達はドン引き顔で姫歌を見ていた。


先程まで独断と偏見のもと星を擁護する気満々だった心那でさえ、「うわ、この状況で言葉の追い討ちかけますか……」と、引きながら呟いていたりする。


「いつもの作り笑顔もウザいけど、今日は朝っぱらから更にウザい。しかもちょっとボコられたぐらいで、何よその辛気臭い顔? アンタが何考えてるかなんて知らないけど、ずっとその調子でいられても鬱陶しいだけだし、取り敢えず、顔洗って来い」


「はは……姫歌はいつも以上に酷いね」


「そうよ。アンタが馬鹿みたいに律儀に守ってるのは、そういう女よ。……だから、一々細かい事なんて気にせず、アンタもやりたい様にやれば良いでしょ」


「っ! 姫歌……うん、そっか。そうかもね」


本人の言葉通り、姫歌には、戒理が一体何に思い悩んでいるのかなど、きっと分かってはいない。


けれど、確かに彼女の言葉で、戒理は顔を上げた。


付き合いの長さで何となく察したのか、それともたまたまか……いずれにせよ、姫歌の言葉は、戒理の心を軽くしたのだろう。


その証拠に、彼は恥ずかしそうな苦笑を浮かべながらも、つま先の向きを変え、クラスメイト達の元へ戻って行った。


……因みに、心那はそんな戒理の背に向けて、「は? え? ドM…? ほ、本当にそう言う趣味の人って居るんですね…うわぁ……」とか小声でのたまいながら、ドン引き顔で腕をさすっていた。


戒理の耳にその呟きは……きっと届いていない。たとえ、人より身体の制御能力に長けた機械の身体を持つ彼が、何も無い所でつまづきそうになっていても、きっと届いていないのだ。


姫歌は「何コントしてんのよ…」と、呆れた顔で言いつつも、コホンと咳払いし、姿勢を正した。


「メンヘラ…じゃなくて、トマト……でも無くて、え〜と、心那・バーミルトンさん。よろしくお願いします」


……残念ながら、姿勢以外はあまり正されていなかったが、それでも、普段の彼女とは違う殊勝な態度で、思わず見惚れるほど綺麗なおじぎをする。


「失礼さがカケラも隠せていませんね! ……ま、まあ、指導者に対する最低限の態度は弁えているようですし、こちらもそれなりに相手をしてあげます。いつでも、何処からでもかかって来て下さい」


心那は憮然とした顔のままだが、腰を落とし、片手を前に、もう片方の手を脇に寄せて、空手と柔道の構えを合わせた様な独特のファイティングポーズを取る。


因みに、武器を相手に合わせて持ち替えていた星と違い、ここまで心那は担当した全ての生徒を素手で転がしていた。


理由はいくつかあるが、心那の場合、得物を使ってしまうと不慮の事故で相手の生徒に怪我を負わせてしまう懸念があったからだ。


これは別に、心那の実力が低い訳では無い。そもそも、得物や相手に関わらず、事故の心配も無いレベルで対応出来る、星が異常なのだ。


単純な戦闘力で言えば、心那もまた軍トップクラス。

要は、()()()()()()()()()()()()()()が、素手のみというだけだ。


それが分かっているから、プライドの高い姫歌も、得物を使って相手をしろなどと無粋な事は言わない。


……もっとも、彼女の主武装は腕力とパンチの威力を補強する腕のプロテクターと連結したナックルダスターなので、合わせて戦ったとしても素手に近いが、それでも武装があると無いとでは大きく違うだろう。


「じゃあ……遠慮無く!!」


おじぎを止め、顔を上げた姫歌は、ピンと背筋を伸ばした姿勢から一転、猫の様に身体をしならせ、低い姿勢で心那の懐に飛び込む。


心那は慌てる事なく泰然と構えていたが、次の瞬間……思わず目を剥くこととなった。


「おらっ!!」


「っ!」


姫歌の初手は、地面の砂利を蹴り上げた()()()()()()


いつも尊大に思えるほど正々堂々とした彼女の性格からは思いもよらない、以外にも姑息な初手。


だが、実戦に於いて有効な手ではある。


……とは言え、相手は『死神の鎌』と呼ばれる、執行部隊の中でも屈指の武闘派部隊で、エースと呼ばれる少女。そう簡単に主導権は握れない。


「シッ!!」


「っと!? まあ、通用しないわよね!!」


普通なら、後ろに下がるなり横に移動するなりして距離を取る場面。


だが心那は、敢えて砂利に構わず()()()()事によって間合いを詰め、手刀の様に鋭く手を突き出して姫歌を掴みに掛かる。


不意打ちに不意打ちで返すかの如き、見事なカウンターだ。


これまで相手してきた生徒達なら、間違いなくここで終わっていただろう。


けれど、姫歌は目潰し程度は通用しないことまで見越していた。


その証拠に、紙一重とは言え心那の反撃を躱し、既に次手の体制を整えている。



パアンッ!!……と、訓練場に、()()()()()()()



「「「っっっ!?」」」



実弾のそれよりくぐもった音だが、それは間違いなく弾丸が発射された音だ。


姫歌をよく見れば、いつの間にか握っていた小銃を半身で隠す様に脇腹の辺りで構えている。


明らかに近接戦闘の様相を呈していただけに、余りにも意外な手段での再度の奇襲。クラスメイト達は、思考が追いつかず困惑を顔に浮かべていた。



「ははっ! 意外に器用ですね!」



……だが、その弾丸すら姫歌の僅かな動作の違和感から射線を読んで避けて見せた心那は、愉快げな声を上げて更に距離を詰めて行く。


「分かってたけど、マジで化物(ばけもん)ね!?」


奇襲は悪魔で奇襲。一度見せてしまえば、近距離での射撃など戦闘のエキスパートが許す訳が無い。


それを理解している姫歌は、苦し紛れに銃を投げ付け、すぐに本来のスタイルである古武術をベースとした実戦格闘術の構えを取る。


迎撃を想定している為、脇を締めて顔と胴体を腕で庇う様なガードスタイルだ。


「シッ!! ハッ!!」


「くぅっ! このっ!?」


淀みなく手刀やコンパクトな蹴りを繰り出し続ける心那に対して、姫歌はギリギリで反応し、何とかいなしている。


小柄な少女二人でありながら、その格闘戦は手に汗握る迫力があり、クラスメイト達はいつの間にか熱中していた。


……だが、攻め手を徐々に苛烈にして行く心那に対して、姫歌は防戦一方。予想通りの結果が訪れるまで、さほど時間は掛からなかった。



「ふっ……ハアッ!!」



「あっ!? っつぅぅぅ……」



それまで上体を起こした姿勢で攻め続けていた心那は、意識の間隙を縫う様なタイミングで突然沈み込み、駒の様に回転して豪快な足払いで姫歌を転倒させた。


「あ〜、もう! もうちょいやれるかと思ったのにっ!! ……てか、今何秒?」


「28秒です。やけに大人しくなったかと思えば、やっぱり、時間切れも狙っていたんですね」


姫歌の質問に答えながら、心那はどこか満足げな顔で彼女に手を差し伸べる。


「いや狙ってはいたけど、普通に手も足も出なかっただけよ。一体、どんな訓練積んだらそこまで……いや、それ以前にセンスと実戦経験の差か。ま、いずれにしても完敗だわ」


「ふふっ、当然です。自分は最強の先輩の後輩ですから。……とは言え、貴方の方も正直予想以上ではありました。執行部隊はともかく、街警の正隊員くらいの戦闘力は既にあると思います。ただ、今の戦闘に関して言うなら、簡単に意識誘導されるほど余裕が無くなる前に、一か八かで反撃するか、強引に距離を取るべきでしたね」


「……言われて見れば、上半身に攻撃される頻度がだんだん増えてたわ。だからすぐに反応出来なかったのか……。はぁ、アドバイスどうも」


肩を落とし、ため息を吐きながらも、姫歌は素直に差し伸べられた手を取って立ち上がる。


……と、その時。


「「「おおおおおお!!!!」」」


「わっ!? ちょ、何!?」


突然、クラスメイト達が歓声を上げながら拍手をし始める。なんと、それまで笑顔で立っていただけの山田教員まで一緒になって手を叩いていた。


心那はそんな彼等を呆れ混じりの苦笑で眺めながら、戸惑う姫歌に説明する。


「貴方の戦いぶりを賞賛しているのでしょう。私や先輩から見ればまだまだですが、アッサリと転がされた彼等からすれば、十分に善戦と言える結果なんじゃないですか?」


「な、何よそれ……。私だって、結局あっさり転がされたっつぅのに」


つっけんどんな事を言いつつも、姫歌の頬はほんのりと桃色に染まっている。……うら若き乙女が、戦闘能力を賞賛されて頬を染めると言うのも如何なものか、という意見もあるだろうが、彼等の特殊な環境、状況下において常識はスルーの方向がマストである。





「浮かれている暇が、お前達にあるのか?」




シン……と、盛り上がっていた生徒達(+某教員)は、背筋に氷塊を放り込まれた様に一瞬で顔を青ざめさせて黙り込む。


空気を読まないどころか凍り付かせたその声の主は、言うまでもなく、星だ。


壁に背を預け、腕を組んでいる彼は、表情も声音もいつも通りフラットなまま……けれど、その身から漏れる冷然とした気配だけで、一瞬にしてこの場を支配した。


星に対して堂々とした態度を崩さない姫歌ですら、無意識に掌を握りしめて冷や汗を流したほどだ。


そして、全員の意識が自分に向いた事を確認した彼は、壁から背を離し、ゆっくりと前に歩みながら、再び口を開く。


「お前達、『特専』の生徒は、いずれ軍の執行部隊、或いは街警の保安課に入隊し、現場に立つ事を志していると聞いている。そこにどんな理由があるのかは知らないが、少なくとも、今日の結果を見れば分かる通り……()()()()()()()()


「「「っ………」」」


淡々と告げられる、痛烈な評価。


その口調には罵倒する意図も、見下す様な嫌味さも無い。そこにあるのは、ただただ事実を告げているだけという淡白さだけだ。


だからこそ、その言葉は向けられた者達の心を抉る。


「心那の言うように、()()()()()()()西院姫歌は、戦闘能力だけなら街警の正隊員と遜色無いだろうが、()()()()()()()()。判断力、決断力、状況把握能力。いずれも現場に立つ基準を満たすには程遠い。そして、他の連中は彼女にすら及ばないレベル。その事実を理解した上で、お前達ははしゃいでいるのか? だとしたら、今日中に他クラスへ転課を申請しろ。卒業後、路頭に迷うだけだ」


「で、でもよぉ!? 俺らまだ一年だし、現状でプロのレベルじゃないのはしゃーないって言うか、そこを目指す為の『特専』クラスだろ? あと二年あるんだし、こっからガチで鍛え直せばきっと大丈夫だ! それこそ、うちには真白とバーミルトンつう最高のお手本が居るんだしよ!」


どうにか空気を和らげる様に快活な声を上げたのは、最初に星に挑んだ秀一だ。


だが、白い歯を見せて無理やり作った彼の笑顔は、変わらず冷然とした気配を纏ったままの星の無表情を見て、すぐに引き攣る。


()()、と言った筈だ。能力なんて改善の余地は訓練すれば誰にでもある。お前達は、それ以前の問題だ」


「ぅっ……」


反論を容赦なく切り捨てる星に気圧され、返す言葉に窮した秀一は、よろけるように引き下がる。


代わりに前に出たのは、険しい顔をした姫歌だ。


「それ以前、て、どういう意味よ? ハッキリ言われなきゃ、納得出来ないわ」


「……いいだろう」


僅かに瞑目し、頷いた星は、その場に居る全員を視界に収める位置まで歩を進めると、徐に口を開いた。



その声は、決して大きな訳でも、強い訳でも無いはずなのに、一言一句全てが、胸の奥をを殴りつけるような衝撃を伴っていた。







「意志が弱い。努力が足りない。覚悟が無い」






どこまでも淡々と。






「勘違いするな。強くなる事は目標じゃ無い。()()だ」






ただ事実のみを語るように。






「想像しろ。自分にとって誰よりも大切な人間が、踏みつけられ、陵辱され、惨たらしく殺される様を」






訪れる絶望が、ただの結果だと断ずる。







「お前たちが()()を怠れば、その最悪が現実になる」






まるで、その未来を既に、知っているかの如く。









……初めての実戦訓練が行われた、次の日、『特専』の教室に、真白星の姿は無かった。




お読み頂き感謝の極み

次話は明日投稿します。


ご意見、ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ