絶望との邂逅
薄暗い部屋に所狭しと立ち並ぶ電子機器。
それを繋ぐ幾本もの配管。
その全てが赤黒い血飛沫で斑に汚れ、大半は使い物にならないほど破壊されている。まるで、巨大な獣の爪牙に抉られたかの様な有様だ。
足元に無差別に転がっているのは、その機器を使用して何らかの研究をしていたと思われる、白衣を着た者達。
……もっとも、今はただの肉の塊に過ぎないが。
「姫……様………っ」
だが、ただ一人。
明らかに致死量の血を垂れ流し、手足や臓器のことごとくを無惨に潰された有様でありながら、掠れた声を漏らす少年がその中心で倒れていた。
年の頃は十ニ、三と言った所か。
まだ幼さを残すその相貌に浮かべる憎悪と飢えに塗れた形相は、まるで悪鬼羅刹の如く。
被った血が乾いたのか或いは生まれ付きか、その髪は夜闇を思わせる漆黒だ。
誰が見ても、最早その命は風前の灯。今すぐこの世を去ってもおかしくは無い。
「あっ・・・・がぁぁぁあっ!!」
だと言うのに、少年は辛うじてまだ神経が通っている片腕を突いて、起きあがろうともがいている。
その度に、自身の血で滑り、べちゃり、べちゃりと、身体を床に打ち付けていた。
「……」
そんな少年を、無感情に見下ろす者が居た。
……否、”者”と言うのは語弊があるかも知れない。
その存在は、人と呼ぶには余りに異形過ぎた。
甲殻を思わせる鎧の様な剥き出しの筋肉に覆われた肉体。
大きく裂けた口元から覗く鋭い牙。
頭頂部に王冠の如くそそり立つ三本の角。
全身からスパークする蒼白い光。
二本の足で立っていながら、その姿は明らかな人外。
神話に出てくる悪魔、或いは西洋の物語で描かれる鬼が現実の世界に顕現すれば、きっとこの様な姿だろう。
常人であれば恐れ慄いて逃げ出すか、恐怖のあまり失神するであろう異形の存在。
だが、その足元で今にも息絶えようとしている少年は、煌々と憎悪を宿した瞳で睨み上げていた。
「っ…えせっ……っめ、さ、まを………かっ、せっ」
最早、言葉の形を成さない呼気しか発することが出来ない有様にも関わらず、少年は自ら異形の存在に向かって手を伸ばす。
「……****…****」
その時、異形の存在が僅かに口を動かした。
不思議な音で発されたそれは、人間には理解できない言語らしき何か。
それだけ告げると、異形の存在は少年に背を向け、闇の奥へと姿を消した。
「ま……てっ…! めさま、を…ひめ……をっ…!」
少年はその背中を睨んだまま、血の海を這いずる。
……しかし、憎悪に燃えるその瞳も徐々に光を失い、手を伸ばす力すら無くなった身体が、バシャリと音を立てて崩れ落ちた。
「ひ……め………」
辺りに転がる白衣の大人達と同様に、少年はやがて肉の塊と化す。
自身の運命をそう悟った彼は、たった一つの望みすら叶えないこの世界を永遠の闇に閉ざそうと、舞台の幕を下ろす様にその瞼を落とそうとした。
その時。
「見つけた!? 見つけたよ! ! あはっ、あははははははっ! ! なんて、なんて美しいんだろう!?」
少年と変わらない、ともすればもっと幼くすら聞こえる少女の場違いな声が、凄惨な室内に響き渡る。
彼女は何故か酷く興奮しており、ピチャピチャと血の海ではしゃぎながら、死を間近にした少年の元へ駆け寄った。
「君、まだ意識はあるかい?」
「ぅっ……ぁ?」
少年は、辛うじてまだ呼気を漏らせる程度の力が残っていたのか、閉じていた瞼を僅かに持ち上げる。
頭から流れ落ちる血のせいでまともに見えはしないが、目の前に立っているのが先程まで居た異形ではなく、普通の少女だという事は何となく認識出来た。
「よろしい!……こほん」
少女は上機嫌に頷き、何故か喉の調子を整える様に一呼吸置くと、芝居がかった大袈裟な仕草で、こう告げた。
「汝、力が欲しいか!!」
……その、太古から魔王的な方々が愛用する使い古された台詞を耳にしたのが最後。
「……」
少年は、今度こそ血の海に沈んだ。
「あれ……?」
お読み頂き感謝の極み。
次話、すぐに投降します。