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ラビーとミーナは××中

作者: 更科



 昼間は軽食も食べられるカフェ、夜はお酒が飲めるお洒落なお店としてそこそこの繁盛を見せるお店のウエイトレスをしているのが、私、ミーナ。白いシャツに黒いエプロンをした私が働いているのは、お酒の提供が始まる夕方までとなっている。

 若い女の子はなにかと絡まれやすいから気をつけてね。一応こちらも気をつけて見てるけども、なにかあればすぐに言うんだよ。と親身に言ってくれている店のオーナーは髪の長い女性的な出立ちをした細身の男性だが、その細腕から繰り出されるパンチにはかなりの偉力がある。(実際店の中で壁際までぶっ飛ばされた人を見たことがある)

 身体が疲れを訴えかけ始め、ちら、と時計を見る。あともう少しでお仕事の終わりが見えると、ミーナの心はほんの少し軽くなった。


「ミーナちゃん」


 お皿を重ねて下げ、洗い場の前の棚に置いたらミーナの横からオーナーがちょいちょいと手招きしている。


「どうしたんですか?」


 なにか問題でも起きたのかとミーナは仕事終わりの時間を気にしながらオーナーのそばへ寄る。


「奥の席にいつもの……騎士くん来てるよ」


 まだ注文聞いてないから聴いてあげてね。

 こそっと告げ口みたいにしてミーナにそれを伝えると、オーナーは会計に呼ばれて入り口の近くまで移動してしまう。

 ミーナは注文票をエプロンのポケットから出し、奥の席に近づいた。


「おいこら、また来たの?」


他の客に聞こえない程度音量を下げて、ミーナは奥の席に一人で座っている仏頂面に声をかけた。


「もうすぐ仕事終わりだろ?」


オーナーが騎士くんと呼んだ男は、マジに騎士をしている。それも王太子付きの騎士なのでかなり腕がいいらしかった。


 ミーナとこの男には対した絆はない。


 ミーナの家は孤児院を併設した教会の向かい側にあった。村の外れというかギリギリ端っこだ。


 そこにはミーナと同じ年頃の子供たちが住んでいた。後々騎士になったこラビーもそこに集っていた子供たちの中の一人だ。

 教会には大きな庭もある。孤児の皆で食べるための個人的な畑を作れる広大な土地があった。


 当然そこは近所の子供たちが集う一大スポットだったし、近所の大体の子供は男女関係なく庭で駆け回り木登りをしたし、たまに巡回にやってくる騎士たちの手解きを受けて見よう見まねで剣に見立てられた棒切れを振り回していた。

 悪さをして叱られれば、罰として畑の雑草取りを命じられたものだ。


 [騎士くん]はミーナの顔を見もせず、見かけに似合わぬ甘いアイスの乗ったジュースを注文した。

 暗くなると女の独り歩きは物騒だからとミーナを家まで送ってくれるつもりらしいが、実際のところミーナはそれを望んでいない。

 ミーナの家まではほとんどが大通りで、人気が多く比較的治安が良いとされている地域だからだ。


 家に帰るまでの間に、ご飯でも食べようとなり、その食事の最中のこの男の話を聞くのがめんどくさい……。


 騎士なら黙って送っていけ?


 結局ミーナは向かい合わせに座り、ごはんを食べている。いや、騎士の方が給料がいいし、いつもかなり多めに払ってくれるので助かっているのは事実。


「最近なぜか殿下がわけのわからんあんぽんたんを極めた女に目をかけて、婚約者の完璧に仕事のできる美女しかもやんごとない血をお持ちの公爵令嬢を邪険に扱っていてオレには全然意味がわからん」


心底不可解と言う顔をしているその顔は、ごく一般的な顔で、巷で騎士サマ〜♡と応援されるようなキリッとしたものではない。どこにでもいる顔だ。


「自分よりアホな女がすきっていう男は一定数いるよ」


 鳥の串焼きを食べながらミーナは応える。


「いや、まぁそれはわからんでもないんだが。アホに王妃はつとまらない」


「それはそう」


「しかもその女は他の地位の高い男にも擦り寄っていて、貢物を受け取ってセンスのかけらもないドレスを着ているんだが」


「まぁ男の人はファッションに疎い人多いじゃん。他の男に擦り寄ってるってのは脳内で見なかったことになってるんじゃない? 恋は盲目的なやつ」


 ミーナは地鶏の熱々白濁りスープで体を温めた。めちゃくちゃに熱いので一生懸命に息を吹きかけ冷ましながらではあるが、胃に優しいのにすごく美味しい沁みる味だ。


「自分より地位が下の人間に威張り散らしているのが見ていて醜悪で耐えられん」


まぁ、そういう正義感の強い人がなるんだよな、騎士って。

ミーナは苦笑いを浮かべかけ、もにょ、と唇を真一文字に閉じる。


「メイドとかのこと? まぁ貴族席の人には勘違いしたヤバい人たくさんいるよね。うちの店にもたまに勘違い貴族来るよ。めちゃくちゃ迷惑。まぁオーナーの拳という対話で解決してるんだけど」


 お酒に弱いため、ミーナが飲んでいるのはミックスジュースだ。ラビーは何杯目かのおかわりをしているが、頼むものはさほど度数の強い酒ではない。


「……おまえはあんぽんたん女の味方なのか?」


 ミーナはメニュー表から顔を上げる。

 じと目のラビーと目があうが、店員さんが近くを通ったのですかさず呼び止めると地鶏黒スープラーメンを頼んだ。


「いや、知らん人たちだし別にどっちの味方でもないかな。まぁ王妃はアホより頭がいい人がいいかなとは思うけど、それを補える力が王の方にあるならアホを王妃にしてもいいんじゃないかとも思うし、何とも言えない、一庶民の感想」


「……まぁそんなもんだよな」


 ラビーはミーナの頼んでいた鳥の揚げ物を奪って食べた。


「食べたいもの自分で頼んでよ」


「じゃぁ俺もラーメン頼むか」


 ラビーは赤スープを頼んでいる。辛いやつだ。甘党でもあり辛党でもあんのか? 器用な舌だ。







「なんか解雇されたわ」


 めずらしく昼の早い時間に店に来たラビーが、さほど深刻ではなさそうに報告してくる。

 このクソ忙しい時間に来るんじゃねぇよ。


「へー、御愁傷様です。Aランチ定食ひとつですね。飲み物は食後でいいですか?」


 お店は大賑わい、店の外には何組かの待機列ができている。


「次の仕事決まってるの?」


 Aランチ定食を机の上に置きながら、ミーナは愛想程度に尋ねる。


「元殿下の本婚約者の公爵令嬢の家で雇ってくれるらしい」


「へーよかったじゃん」


 何で解雇されたか知らんけど、次の仕事のアテもあるなら大したことではない。


「お前って魅了耐性あるか?」


「えぇ? その話長くなる? 今忙しいからあとでね」


 ミーナは二つ隣の客が席を立ったのを見て会計に走る。

 気づいた時にはラビーはもう帰ってしまっていた。





 ミーナとラビーが遊びに行ってた教会には、魅了の力を発現して孤児院送りになった子供も何人かいた。この国では魅了の能力は悪なのだ。昔王族を魅了で操り国を滅亡に導いた悪女がいたのだとか。魅了持ちの子供は一定期間教会に通い、能力を薄めていく。その期間は大体1年間で、能力の強さによってもまちまちなのだという。

 つまり、あの教会にはまだ能力の薄れていない魅了持ちが何人もいたし、わたしたちは特に何の対策もしていなかった。

 毎日のように複数の子供から魅了され続け、耐性が出来ているというのはあながちないとも言い切れない。

 しかしそれが何だ。

 今のミーナには全く関係のない耐性である。


「でだ。前から言っていた王子に近づくあんぽんたん女は魅了を使っていたわけだ」


「へー」


 ミーナは熱くなった鉄板の上に肉を並べていく。じゅううーーと美味しそうな音を立てる肉から煙が出て天井の換気口に吸い込まれていく。


「魅了に耐性があったらしいオレだけが正常な頭で、訳のわからん罪状を突きつけられた公爵令嬢を助けに行けたわけだ」


 タレの味が三つもあるのが嬉しい、最初はレモンだけで食べるか。

 ミーナは育て上げた肉を口の中に入れ味わった。


「じゃぁなんで解雇?」


「地下牢をぶっ壊してしまったからな」


「でも公爵令嬢を助けるためでしょ? 魅了にかかった王子が悪いんじゃないの?」


 次に味付けされた肉を置き、薄くスライスされたタン塩も置いた。タン塩はすぐにやけるから注意しなくてはいけない。


「だが何もお咎めなしとはいかないらしい」


「ふーん、ラビーはそれでいいの?」


「公爵令嬢に雇ってもらった方が金が儲かる」


 ラビーはキリッとした顔で、タコワサを食べている。


「それはとても大事」


 ミーナは頷きながら、自分のさらにタン塩を引き上げた。

 ラビーが何やら店員に注文している。締めのアイスだろうか。それとも締めのスープ?

 ミーナは締めにはプリンを予定している。

 店の明かりが暗くなった。なんだ停電か? と思っていたら、お誕生日の定番ソングを歌いながら店員さんがケーキを持ってきた。

 ケーキにはパチパチ光る蝋燭が二本並んでいる。


「おめでとうございます!」


 陽気な声の店員さんのかけ声とともに、他のお客さんのまばらな拍手が響く。

 ミーナは口元を引き攣らせて顔を赤らめながら、やけくそで蝋燭を吹き消した。


「くっそ恥ずかしいわ!」


 ミーナは、ケーキをフォークでぐさぐささしながら、ラビーに抗議する。

 確かにミーナの誕生日は今日だ。

 ラビーになんかプレゼントもらえるかもとは思っていたが、こんな小っ恥ずかしい演出があるとは考えていなかった。


「ほら、これがプレゼント」


 机の上にかわいらしい小さな箱が置かれ、躊躇なくミーナはそれを手にした。


「あけてもいいの?」


 ミーナの目の色に合わせただろう青いリボンが綺麗にかかっているため開けるのを躊躇した。


「早く開けてみろ」


 ラビーに急かされ、プレゼントを開けたミーナは目が点になった。


「え、なにこれ。どいうこと」



 箱の中身は空っぽだった。

 入れ忘れか? と首を傾げてラビーを見ると、ラビーには珍しくにやにやと口元を緩めている。


「このあと二人で買いに行こう」


「は? 何を?」


 ミーナの手は止まっている。


「結婚指輪。こう言うのは二人で納得のいくものを選んだほうがいいと公爵令嬢も言っていたし、このあと店に見に行くことにした」


「え、いや、なんで?」


「なんでって……、あぁ、そうか。わるかった」


 ラビーが謝ったところで、何かの間違いだったのかとミーナは胃液の出過ぎたお腹をさすった。


「オレと結婚してください」


 生真面目な顔でラビーが言う。

 なんでや、付き合ってもないのに。


「好きだから」


「初耳ですけど」


「毎日夕方家まで送っていってるのに」


「まあ」


「ご飯も毎日夕方一緒に食べるし」


 どこかで食べるか、家で作るかの違いはあるが送ってもらっておいてそのまま帰って

って言うのも忍びないと、ミーナは思っていた。


「何回も家に泊まった」


 年頃の男女がひとつ屋根の下で夜を明かすとまぁ何もないわけもなく……?


「既成事実として俺たちは付き合っていた」


「なるほどな」


 よく言ういつの間にか付き合ってたってやつか、いつからだよ、いつから付き合ってたんだよ?


「いつから私のこと好きになった?」


「昔から」


 かなり昔からわたしたちは付き合っていた? わからん。


「ミーナはポンコツだから」


「誰がポンコツだ」


 さっと手を上げて店員を呼ぶと、ミーナはプリンを注文した。

 本日の締めである。


「返事は?」


 ラビーの追い討ちを食らったミーナは、ミーナが注文して残ってしまっている肉をみた。

 きっとそれらはラビーが食べてくれる。今までもそうだったし。

 ふぅ、とミーナは息をついた。

 まぁ、そうだな、答えはプリンを食べてからでもいいだろうか。

 

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