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アシモフ説明しろ


 マッシュルーム明彦が目覚めると頭の中に全て情報は入っていた。

 自分がこれから様々な異世界に行くことも分かっていたしそこでやるべきことも明確だった。

 向こうに行ったきりでさっぱり帰ってこない異世界犯罪人たちを逮捕して現実に統合する。

 それがマッシュルーム明彦の使命なのである。


 疑問は何もなかったのだが、納得できるかは別だった。なのでセーフルームに備え付けられた質疑応答機能を呼び出すことにした。


「アシモフ。質疑応答」


 安いホテルの部屋みたいなセーフルームにはアシモフという名のドロイドが設置されていた。ペッパーくんとスターウォーズの雑兵の掛け合わせのような不細工で、首をぐるぐると回すことができた。

「なんですかぁ」とアシモフは応答する。だいたい一万円くらいで買えるそこそこの機械音声の声とそっくりだった。女性の声だ。


「なんで俺の登録名マッシュルーム明彦なんだ」

「だってあなた自分でつけたんじゃないですか」とアシモフは首を回す。


 いかにもそれは彼自身がつけたネームだった。愛用しているゲームアカウントのネームだ。

 元は中学の頃にクラスでついたあだ名である。背伸びして初めて行った美容院で韓流風のマッシュルームカットにしてもらったのが大うけしたのだ。隣のクラスの女子がわざわざ見に来てクスクス笑って帰っていったほどである。


「それはネットの名前で本名じゃないんだって」

「しかしあなたは現物のコピーの分際なんですから、現物とは呼び分けないといけませんよ」とアシモフは言う。

 いかにもマッシュルーム明彦は、一介の男子高校生である鹿庭明彦をベースに作られた情報生命体だった。


 なぜ鹿庭明彦が素体に選ばれたのかというといい感じにコスパがよかったからである。

 情報生命体の生産と運用コストは素体の知性と知識に相関する。


 例えばアインシュタインを素体にした場合、当然アインシュタインと同じレベルの思考能力を持つ情報生命体が誕生する。が、そんなことをすればアインシュタインが納得できるくらいの物理的基盤が必要になり異世界一つ一つのランニングコストがバカ高くなってしまうのである。

 実のところ我らが『主』はアインシュタインをベースにした情報生命体を創るという大罪を過去に犯してしまっていた。

 「アイン」と呼ばれた彼は、そこそこ手を抜いて作られた物理演算ががばがばな、いわゆる「魔法が使える世界」を遍歴し、物理現象の矛盾を突いて様々な悲劇をもたらした。

 彼が「気づいて」しまったとたん、それまで魔法のおかげでタダも同然だった食料やエネルギー問題が襲い掛かってきたのである。お菓子の家は風雨に耐え切れず、絨毯で空を飛ぶには竜巻が必要になる。それらを当てにしてのんびり暮らしていた莫大な数の人類が、阿鼻叫喚の奪い合いをするはめになってしまったのである。もちろん魔法を使えないから、殴り合いで。

 そうして三千ほどの魔法世界を滅ぼしてしまったアインは、やがてあちこち行くのが馬鹿らしくなってしまい、今ではスチームパンク辺りの世界に腰を落ち着けてのんびりやっているそうだ。

 そこで「ムシタロウ」と言う名の疑似科学の王様みたいな素体と巡り合い、今では二人仲良くお互いを馬鹿にし合っているのだという。彼らも異世界犯罪人である。


「そういう失敗例があるので、『主』は数学が苦手な高校生くらいの人類を素体にしています。それくらいがちょうどいいんです」とアシモフは言う。

「あなたの素体としての名前はマッシュルーム明彦ですが、異世界ではお好きなように名乗ればよいではございませんか。勇者明彦でも猿田彦でもひこにゃんでもいいんですよ」

「まあそれはそうだけど」とマッシュルーム明彦はしぶしぶ納得した。


「でもさ。いきなり自分の存在意義を否定するようでなんなんだけど。異世界で幸せにやってる奴らなんか放っておいてやればいいじゃん。楽しくハーレムしたり勇者したり、いいじゃんそれで」

「よくはありません」とアシモフは言う。

「リソースの無駄遣いです。異世界へ渡った素体を観測して連続性を保つにはそれなりのコストがかかるんです。使命を忘れて好き勝手しては『主』が疲れてしまいます」


 なるほど『主』が疲れるのは問題だとマッシュルーム明彦は思った。

 『主』ってそもそも誰やねんとは思わなかった。マッシュルーム明彦はしょせん目的のために造られたコピーに過ぎないのだ。


「もちろんあなたにも報酬はあります」とアシモフは言う。

「異世界犯罪人を逮捕するたびに、あなたはオリジナルの鹿庭明彦と知識を統合することができます」

「ん、はいはい。それは理解してるけど」

「本当に理解していますか?」とアシモフは首を回す。

「例えばあなたが犯罪人を逮捕するのに八十年かかったとします。おめでとうございます」

「うん」

「するとあなたが経験した八十年分の知識と経験がオリジナルの鹿庭明彦に流れ込みます」

「実質人生二周目ってことだろ。お得だ」

「あるいは『じじいでニューゲーム』です」とアシモフは言う。

「痴呆の入った脳みそであろうと『主』は容赦なくブレンドします」

「まじ? 断れないの?」

「そういう報酬体系ですから。あなたのためにいちいち仕様をいじったりはしません」とアシモフは首を回した。「ですから早めに案件をクリアすることを推奨します。統計的には十年以上時間をかけたらそれ以上は無駄です。犯罪人が捕まることはほぼほぼありません。その場合、あなた自身が無能の罪によって犯罪人になることもありえます」

「なるほどね」

 あえて無能を素体に選んでおきながら無能のままでは犯罪になるのか。『主』もなかなか酷なことをするなとマッシュルーム明彦は思った。


「使命については確認できていますか?」とアシモフは言う。

「もちろん」とマッシュルーム明彦は頷く。

「『悪魔』を倒すんだろ」

「はい。『悪魔』については確認できていますか?」

「もちろん。『悪魔』も『主』と同じ能力を持っている。――異世界に行ったり来たり、物を送ったり、人を送ったり。『主』が勝たなければ、あらゆる世界の生き物が『悪魔』の思うままになる」

「その通りです」とアシモフは首を回す。

「索敵を投げ、監視を怠り、『悪魔』の手先と戦うことを恐れてハーレムに逃げるような犯罪人は、『主』は必要としないのです」

「もちろんもちろん」


 マッシュルーム明彦は心の底から同意した。

 そのように造られたからである。

 しかし『主』は分かっているのだろうかと少し心配になった。なにせオリジナルの鹿庭明彦はだらしがない。十五年そこそこの生涯で成し遂げたことなど夏休みの宿題くらいなものである。

 今は頑張ろうと思っていても、一年も経たないうちに堕落してしまわないだろうか。


「少し心配なんだ。未来の俺も使命を諦めてハーレムに逃げてしまわないかって」

「問題ないでしょう」とアシモフは首を回す。

「あまり女性にもてる素体ではないですから」

「それを言うなって」


 そろそろ聞きたいこともなくなった。アシモフもそれを察したのか黙り込んでしまった。黙ってしまうとただの不細工なドルイドだ。

 マッシュルーム明彦は改めて安いホテルの部屋のようなセーフルームを眺めた。狭くて曇りガラスの窓は嵌め殺し。ドアはオートロックで一度出たら戻れない。

 分かり切ったことではあったが、テーブルやベッドの周りをいくら探しても、鍵が見つかることはなかった。

 犯罪人を捕まえるまで、マッシュルーム明彦は異世界に行ったきりだ。

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