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ゆめ  作者: イソジン
3/3

観察者

朝、目が覚めたとき、まず最初に感じたのは「静かさ」だった。

カーテンの隙間から漏れる光が、いつもより白く見える。

昨日の“ドシャ”という音が、まだ耳の奥にこびりついている。

夢か現実かの区別が、どうも曖昧だった。


ニュースでは昨日の件が報じられていた。

「高校生の転落死。現場から複数の指紋が――」

母は珍しく、リモコンを握りしめたままじっと画面を見つめていた。


「ねえ、今日、学校休んでもいいのよ?」

「いや、行く。日常は止めないほうがいい。」

「……日常?」

「うん、せっかく壊れたのに、また元に戻ったら困るでしょ。」

母は苦笑いして、何も言わなかった。


通学路の途中、妙な視線を感じた。

誰かに見られている。そんな感覚。

振り返る。

誰もいない。

でも確かに、背中に「視線の跡」が残っていた。

胸の奥が少しだけ温かくなる。

——ようやく、見つけてくれたんだ。


教室に着くと、机の上に一枚の紙が置かれていた。

白い折り紙を二つに畳んだだけの簡単なメモ。

広げると、黒いペンでこう書かれていた。


『昨日の音、聞こえてた?』


心臓がひとつ跳ねた。

意味が分からない。

けど、たぶん、私に向けて書かれたものだ。

そう確信できた。


担任に聞いても、「そんなもの知らん」と首をかしげた。

周りの子は目を合わせない。

「ねぇ、見てない?」と聞いても、空気がすり抜けていく。

まるで私の存在が、クラスの中で少しずつ“透明”になっていくようだった。


チャイムが鳴って、担任が言った。

「転校生を紹介する。」

教室の空気が少しだけ動いた。


入ってきたのは、黒髪を短く切った少年。

整った顔なのに、どこか影がある。

目だけが異様に静かだった。

日暮ひぐらしです。」

声は淡々としていた。

私の隣の席に座る。偶然とは思えなかった。


「君、昨日の現場にいたよね?」

彼が最初に放った言葉。

心臓がドクン、と鳴る。

「……見てたの?」

「うん、君がパンを食べてるのも。」

私は笑うしかなかった。

「変態?」

「そうかもね。君も、人が落ちてきたのに笑ってた。」

その瞬間、何かがカチリと噛み合う音がした。

この日、私は彼を“観察者”だと理解した。


放課後。

中庭は、昨日のままだった。

血の染みはまだ消えていない。

その上に置かれた花束が、風もないのにカサリと揺れる。


空を見上げると、4階の窓にシルエットがあった。

見覚えのある姿。けど誰かは分からない。

そのとき、

「トン、トン」

昨日と同じ、鈍い音が響いた。

まるで合図のように。


「また始まるんだ。今度は、私が観察される番。」


血の跡に指を滑らせる。冷たい感触。

でも、その冷たさが気持ちよかった。


「ねぇ、次は何を落とすの?」

声に出したら、笑いがこみ上げてきた。


その夜。

スマホが震えた。通知。

動画サイトのコメント欄に、知らないアカウントからメッセージ。


「現場でパン食べてた子、あなたでしょ?」


アカウント名は「Observer」。

指先が勝手に笑う。


「やっぱり、見てる人はいたんだ。」


スマホの画面に映る自分の笑顔。

その背後に、ぼんやりと立つ“誰か”の影。

振り返らない。

見られている、この感覚がたまらなかった。

私はスマホを胸に抱いて、ゆっくりと目を閉じた。

——これで、完全に壊れた日常が、完成した。


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