アルカット王の最後
まとめて投稿します。
アルカット王国領地内にある森の奥にある小さな神殿。
長い月日によって木々に侵食され、僅かに壁が木々の隙間から見える程度となっていた。
そんな神殿の中を二人の男女が進む。
男の方はアルカット王国の王であるアルカット。
この国では王位を継いだ者はアルカットの名も受け継ぐことになっている。
現アルカット王は既に年老いており、見事な白髪を短く切り揃え、褐色の肌に刻まれた皺は力強さすら感じさせる。
老齢とは思えぬほど大きく筋肉質な身体と傷だらけの鎧が、この王がただ玉座に座るだけの男ではない事を物語っていた。
女の方はアルカット王が最も信頼する護衛、リアナ。
黒髪をポニーテールで纏め、軽装の鎧を身に纏っていた。
リアナは決して背の低い女性ではないのだが、アルカット王と並ぶと小柄で華奢な印象となってしまう。
「この国にこの様な場所があったとはな」
「学者たちに感謝ですね」
この神殿は国の学者たちが様々な文献を調べあげて見つけたものだ。
学者たちがアルカット王を囲み「この書物によると」とか「この伝承によると」とか早口で何やら言っていた。
アルカット王は彼らの言う事がイマイチ良く分からなかったが、こうやって神殿を見つける事が出来たのだ、なにかしらの褒美を与えなければなるまい。
「王、見つけました。アレです」
神殿を進んだ先、開けた部屋の奥、壁の穴から漏れる光に当たるように一本の剣が安置されていた。
「おぉっ!あれが"神々の剣"か!」
「王、まだ喜ぶのは早いかと。"神々の剣"なる物は目の前にある物も含めて5本目です」
「おぉ……そうだったな」
アルカット王が探している"神々の剣"は今までに様々な経由で4本見つかっており、その全てが偽物だった。
今回の剣が本物と言う保証はない。
持ち帰り、本物かどうか調べなければ。
アルカット王が剣を取るべく部屋の奥へと進めた時だった。
独特な気配をアルカット王が捉えた。
「何奴っ!」
素早く剣を抜き、背後に向けて剣を振る。
「キンッ」と音を立てて剣が何かを弾いた。
「透明化のまじないの類か……居るのじゃろう?姿を現したらどうじゃ?」
アルカット王の言葉に応えるように、二人の目の前に2人の男が何もない空間からズルリと現れた。
「良く分かったな」
2人の内真ん中の男が喋った。
短髪面長で蛇の様な顔をした男、もう1人は人は深めにフードを被り、スカーフで目から下を覆っており人相は分からない。
「そのまじないは何度か見た事があってのぉ……独特の気配がするんじゃよ」
リアナが剣を抜き、アルカット王と3人の刺客の間に割り込む。
「暗部の者…?どこの差し金でしょうか?」
「ハッハッハッ!心当たりがあり過ぎて検討もつかんわい!」
実際このアルカット王に辛酸を舐めさせられた人や組織は多く、こういった刺客を差し向けられるのは初めてではない。
今までと違うとすれば……
「蛇顔の男、強いだろうな」
「はい……」
両脇の男たちもそうだが、それ以上に蛇顔の男からピリピリとした気配を感じる。
この様な者が刺客として送り込まれるとは。
「お前は神殿入口を固めている兵士達を呼びに行け、この2人はワシが抑える」
「しかし王!」
「リアナ!これは王命である!」
「……ッ!了解……しました……!」
リアナが背を向けて神殿入口へと駆け出す。
アルカット王はそれを追おうとするフードの男へ割って入る。
「おっと、相手はワシじゃぞ?」
蛇顔の男の剣を、フードの男のナイフを、アルカット王は華麗にいなしていく。
「フンッ!」
アルカット王の一撃が蛇顔の男の剣を折った。
いなしながら同じ部位に剣を当て、少しずつ剣にダメージを与えていたのだ。
「流石は武神と言われているだけはある」
蛇顔の男は踵を返し、"神々の剣"へと向かう。
そうはさせまいとアルカット王も駆け出すが、フードの男が立ちふさがり、蛇顔の男に近づけない。
「俺が本物かどうか試してやろう!」
蛇顔の男が"神々の剣"を取り、掲げる。
――何も起こらない。
剣や蛇顔の男に何かの力を感じたり、変化があるようには見えない。
「偽物……じゃと……?」
「ハハハハ!ただの出来の良い剣だったようだな!」
蛇顔の男が"神々の剣"を振るい、アルカット王がそれを弾く。
――手応えが硬い。
確かに出来は良いらしい。
探し求めた"神々の剣"が偽物だった。
リアナは無事兵士たちの元へたどり着いただろうか。
様々な思いがよぎり、僅かな隙を生んでしまった。
アルカット王ならば問題の無い隙だった、老い衰えていなければ。
「ハッ!老いたな!武神ッ!」
"神々の剣"がアルカット王の胸を貫く。
――このアルカットが討ち取られるとは。
国を守る為、戦いに見を投じて50年。
だがこの命、ただでやる訳にはいかかぬ。
アルカット王の左手が蛇顔の男の肩を掴む。
死にゆく老人とは思えぬ、骨が折れるのではと思う程の凄まじい力。
「離せ!この死にぞこないの老いぼれが!」
「ぐッ……ぬぐゥゥッ!」
蛇顔の男が剣を捻ろうとも構わず、剣を逆手にして振り下ろし、蛇顔の男の首元へ深々と刺す。
剣は肉を貫き、心臓へと達する。
「おッ……ごふッ……」
蛇顔の男が口から血を吐きながら崩れ落ちる。
「王!」
兵士達を連れて戻ってきたリアナが目にしたのは、胸を"神々の剣"で貫かれ、蛇顔の男のそばで倒れているアルカット王の姿だった。
「貴様等ァ!」
怒りに震えながらリアナが剣を抜き、フードの男へ駆け出す。
――"神々の剣"は偽物、アルカット王は死んだ。
目的は果たした。
フードの男は再び透明化の護符を使い、崩れた天井へと姿を消した。
「くそッ!」
――逃げられた。
頭を切り替え、剣をしまい、アルカット王の元へ駆け寄る。
「王ッ!あぁ、そんな……王!アルカット王!」
――遠くでリアナの声が聞こえる。
まさかこの様な形で死を迎えるとは。
この剣が偽物だったのた無念ではあるが、本物でなくて良かった。
王の心臓を貫いた剣なぞ縁起が悪すぎるというものだ。
体がどんどん冷えていくのを感じる。
嗚呼、これが『死』というものか。
続きます。